103 神将オグル

 彼女たちの基準ではガバガバの警備態勢を軽く突破し、プルとミラは夜の街へと消えていった。

 その姿を、彼女にしか使えない地図で確認していたセリナであったが、彼女たちの心配はしていない。

 どちらも海を割り山を砕く人型兵器だ。心配なのは、何かトラブルを起こさないかということであったのだが。

「心配性だの」

 シズが背後から声をかけてくるが、あの二人に関しては、セリナの心配ももっともなのだ。

 溜め息をついてセリナは自室へと戻る。その隣にシズが並ぶ。少し狭い。



 普段から無用の口出しはしないシズであるが、珍しく話があるらしい。

「オグルと対面したとして、どうするつもりかの?」

「それはナルサスに任せるつもりですが……」

 政治的判断はナルサスが。それは事前に決めていたはずである。

「その結果、戦うことになれば?」

 全員で戦えば、神将一人など敵ではない。今までの対戦からいって、それも明らかなはずだ。

 だがシズの意見は違うらしい。

「神将オグル、こちらに引き込めんかの?」

 それは魅力的な提案であった。



 そもそもオグルとの接触で、根幹世界での勢力と関係を結ぶことは、選択肢の一つとして考えられていた。

 だがそれはあくまでも協力関係、あるいは同盟関係であり、こちらが支配するというわけではない。

 ネアースがこの世界で生き残るには、侵略戦争とも言える拡大で、勢力を増していくのがもっと良い。

 神将オグルの性格次第だが、戦闘になることも考えられる。



 そして戦闘になった場合、多人数でボコれば神将レベルなら問題ないはずだ。

「それなんじゃがな、もし戦うとなれば、わしに一騎打ちさせてほしいんじゃよ」

 一騎打ちは戦場の花と言われた時代もあった。しかし現在のネアースでは、そんな作法はほとんど残っていない。

 未開地の蛮族的思考の部族ではあるらしいが、そもそもそういった蛮族はほとんど近代化された軍に制圧されているのだ。

 だが例外がないわけでもない。

 一騎打ちでの決着となれば、その後の軍同士の消耗戦は避けられるし、何より敗北した側が納得するのだ。

 オグルは統治者であり、同時に力を持つ戦力である。これを一対一で倒すなら、彼を支配下に入れるのもすんなりといくだろう。

 戦士は戦士として扱われる限り、誇りを持って敗北することが出来るのだ。



 確かにオグルを完全にこちらの側につけるなら、それもいい手段ではあるだろう。

 だが問題は二つある。そもそもオグルがそれを受け入れる性格の持ち主であるのかということと、シズがオグルに勝てるかということである。

 神将の力は個体差もあるが、アルスならばまず負けないというレベルであった。

 あの時点のアルスと現在のシズを比べると、強い弱いではなく、圧倒的に手数において、シズはアルスに及ばない。

「負けたらどうするんです?」

「? いや、負けたらどうとか勝ったらどうとかではなく、一度戦ってみたいんじゃよ。神将レベルとな」

 シズはこう見えて、バトルジャンキーな部分もある。

 バトルジャンキーというよりは、武を極めるということに興味があると言った方がいいのか。それならとりあえず戦ってみたいというのも分からないではないが。

 竜牙大陸出身の人種は、やはり戦闘民族の血が濃いように思える。

「まあ、皆の了解を得てからでしょうね」

 その辺りの判断もナルサスがするのだろう。



 狭い艦内通路を歩き、個室への分岐で分かれようと思った時、それは起こった。

 セリナの頭の中の地図において、ミラとプルの反応が爆発的に増大した。

「シズ! サージとナルサスに、ミラとプルが襲撃を受けていると!」

 途中まで言葉を継いだ後、そのまま空母の出口へと駆けていく。

 シズは艦内通信でそれを知らせた後、セリナの後を追ってすぐに追いついた。



「何が起こっとる!?」

「ミラの生命力が一気に半減――プルも!」

 わずかな差ではあるが、攻撃を受けたのだ。

 だが、どこから? 少なくともセリナの地図の範囲では、そんな強力な攻撃力を持つ存在はいない。

 自分への攻撃なら、致死感知が働いたのだろうが。



 混乱の数秒間の間に、空母内は完全に臨戦態勢が整えられていて。

 そしてミラからの通信が入る。

『……遠距離からの攻撃。あたしはともかく、プルはしばらく戦えなさそう。方向は同じ。攻撃方法は、多分弓矢」

 弓と矢。火力偏重の近現代戦で、まさか弓矢とは。

 まあ確かに銃と違って音が出ないとか長所もあるのだが。



 それより問題は、放たれた方向だ。

 そちらは神将オグルの拠点であって、つまりミラやプルにダメージを与える攻撃が、そちらから放たれたということで。

「オグル……」

「武装天空」

 セリナがまだ判断を保留している間に、シズは装備を整えていた。

 それは敵と同じ装備、弓を武装としたものである。



 シズはただ直感に従い、大弓を放った。

 はるか彼方、どう考えても届かない距離であるが、それはシズの装備が普通であった場合の話。

 神竜の肉体とオリハルコンを複合させて作られた弓は、常識を破壊して遠くを射抜く。

「……かわされた」

 遠方の気配はゆらいだが、手ごたえはなかった。

「相手は……やはり神将オグル?」

「そうじゃろ。ここまで非常識な攻撃をしてくるのは、神将以下であるはずがない」



 それでもセリナの聞いていた神将のスペックからは、かなり外れた力の持ち主であると思うのだが。

 同じ神将であっても、神帝の部下に甘んずる者と、独立した者とでは力の差があるということか。

 天空装備のまま空を駆けるシズの後を、慌ててセリナは追いかけた。







「当たったが、仕留めきれなかったか」

 直線にして1000キロは離れた所から矢を放った壮年の男は、静かな表情の下に迸るような戦意を隠していた。

 その背後には軍師とも言うべき男が一人と、レベル200前後の戦士が数十人、そして軍隊が進撃の準備をしている。

「将軍の弓で倒せないというのは、いささか信じがたいものでありますが……」

 そう言いつつも、軍師は織り込み済みだという表情を崩さなかった。

「ふむ、あちらにも良い武将がいるようだ」

 わずかに身を動かしたオグルは、自分の額を狙ってきた矢を、素手で掴み取った。

 軍師の顔がかすかに引きつり、兵士たちも驚きのざわめきをあげる。



「孝直よ、兵を動かすぞ」

「……将軍自らが先頭に立つなど、大将としてはあまり誉められたものではありませんが」

「これがわしだ。一介の将というのが力量相応。止めてくれるな」

 孝直と呼ばれた男性は、諦めたように息を吐いた。この男は前世からそうだったのだ。普通なら隠居して当然という年齢でも戦場を駆け巡り、数多の武功を打ち立てた。

「撤退の合図にだけは気をつけてください」

「分かっておる。お前の判断はいつも正しい」

 前世から続く両者の関係は、年齢差はあっても上手く機能していた。



「それではホァン将軍。お気をつけて」

「うむ。……だがどうやら、向こうからやってきたらしいぞ」

「なんと」

 予想をはるかに上回る敵の存在に対して、孝直は珍しく驚いた。

 だがすぐに兵たちに向けて指示を出す。

「隊列を組め! 将軍を戦闘に錐の陣を――」

「もう間に合わん」

 一人馬に乗り進み出た将軍の前に、セリナとシズが着地した。







 将軍の目の前に立った二人の少女に対して、オグルの兵の反応は鈍かった。

 若い。そして女。この根幹世界でも傑出した女の戦士は数多存在するが、どちらかと言うと魔法使いの能力に偏った者が多い。

 しかしセリナとシズは前衛であるので、遠距離からの攻撃もする前衛という存在を、兵士たちはあまり知らない。

 将軍自身が偉大な弓の使い手であり、さらに接近戦にも長けた存在であるのだが、あくまでそれは例外的なのだ。

「ほう……」

「シズ、レベルにしては400程度だと思うけど、技能が――」

「見れば分かる」



 能力値そのままを振るってきた神将や神帝とは違う、真の武人が持つ重々しさが、目の前の男からは感じられた。

「武装水虎」

 槍に武装を変え、相対するシズ。

「エクリプス、シズを乗せろ」

「承知」

 セリナの影から現れたエクリプスの背に、シズはひらりとまたがる。

 エクリプスもまた武装しており、鞍も鐙も装備している。戦場で使う仕様である。



 シズと将軍が相対し、そして同時に笑みがこぼれた。

「珍しい。報告は受けていたが、新しい世界の住人か。天の果てに星の見える世界から来たのかな?」

 いきなりミラとプルを殺しかけたことなど全く気にせず、将軍はそう言った。

「然り。我が名はミナモトのシズカ。転生者にして日の本の武人」

 何かいきなり交流が始まっていた。

「日の本……何人か知り合いがおるな。いずれの時代から来た者だ? ゲンペイか? ナンボクチョウか? センゴクか? それともバクマツ以降か?」

 意外と言ってはなんだが、この男には地球の知識があった。それはまあ根幹世界と言うぐらいだから、並行世界の地球をいくらか取り込んでいても不思議はないのだが。

「センゴクである。上泉伊勢守信綱。剣聖の二つ名で呼ばれ、何の因果か女に生まれ変わった」

「ほう、剣聖か。ならば弓聖として我も名乗らねばなるまい」

 将軍は己の髭をしごき、対等の敵相手にそうするように、気迫を漲らせた。



「我が名は神将オグル。前世にては漢の将軍ホァン・ジョン、字をハンシェン、諡名して剛侯という」

 その名乗りにシズは平然と対していたが、ある程度中国語の知識があるセリナは驚きを隠せなかった。

「シズ! その人三国志の黄忠だ!」

 演義において蜀漢の五虎将と謳われた名将である。七十歳を過ぎても前線で戦った、老いてなお盛んなるという言葉の元になった人物でもある。

 そのセリナの言葉に、シズは不敵な笑みを浮かべた。

「千年以上も昔の武人と、まさか生まれ変わって戦うとは。これも運命か」

 明らかにバトルジャンキーの血が騒いでいる。



 二人の周囲からざざざと兵たちが退いていく。この一騎打ちを見届けようとしているのは明白だ。

 一人兵とは違う鎧をまとった男に、セリナの万能鑑定が発動する。そしてこの男もまた転生者で――黄忠とは相性が間違いなく良い。

『ナルサス、こちらセリナとシズ。神将オグルと接触。オグルの正体は三国志の黄忠。参謀に法正がいる』

『何それ超見たい』

 上泉信綱VS黄忠。接近戦であるならシズが有利か? しかし黄忠の盤刀もかなりの業物である。

 馬から下りて戦うのならシズがさらに有利な気もするが、相手に合わせてしまうのは武人の性なのか。



 ナルサスのまるきり観戦者の応答を無視して、セリナは敵兵たちを見回す。

 法正の頭脳による訓練を受けたのか、非常識にレベルの高い兵士集団である。人数はおよそ2000ほどか。

 だがまあ、セリナであれば対処は出来なくもない。

「手出しは無用ぞ」

 黄忠とシズがそれぞれの武器を手に、馬を時計回りに動かす。

 おそらくこの戦いは、馬の差でシズが勝つだろう。その後のことを考えて、セリナは法正にちらちらと目を向ける。

 回復したミラとプルが早く来ることを祈っている間に、一騎打ちは始まった。


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