102 軍事都市シャザール

 三機の戦闘機が、空母を囲むように飛ぶ。

 武装の類をこちらに向けている様子はない。接触に慎重になっていると考えていいのだろうか。

「通信が来たな」

 ナルサスが艦内通信で教えてくれる。そのままセリナたちも相手の通信を聞く。

『繰り返す。所属不明艦に告ぐ。貴艦は我が国の領空を侵犯している。直ちに進路を変更するか、当方に来訪の目的を告げよ』

 所属不明艦というのはなんだろう。多少修繕はしてあるが、空母はこの国のものに間違いないはずなのだが。

「国内的に所属不明艦としておきたいのかな」

 ナルサスは悪い笑みを浮かべたが、実際のところは違う。

 新たに出現した世界に向かって飛び立った空母が、帰還するまでにかかる時間を考えると、ここまで早いわけはないのだ。



 さてどうするか、と衆目がナルサスに集まる。彼はごく穏当な返答をした。

「当方は新たに根幹世界に接続したネアース連合の使者である。国交を開始するためにやってきた。指定してもらえば、そちらの誘導に従い着陸する」

 いきなり攻撃してきた相手に対して、随分と普通の対応である。だが当然ながら、ここで攻撃されても全く問題のないことは分かっている。

 逆にこちらから攻撃すれば、一秒で終わる。



 向こうの返答が来るのは時間がかかった。おそらくこの三機では回答出来ず、上層部に判断を仰いでいるのだろう。

 それを傍受することもできたのだろうが、さすがに技術の性質が違いすぎて詳しくは分からない。

『了解した。これより先導する。追尾せよ』

 時間にして10分ほどであろうか。こちらが何者なのか、その意図を考えるには短い時間であったが、判断の早さは褒められるものだろう。

 一機だけが前に出て、空母を先導する。

 方向はほとんど変わらない。この空母が出撃したのと同じ基地に誘導するのだろう。

 当然そこにはこの勢力の戦力が集結しているはずだが。



 もし仮に、そこに戦力の大半が集結しているとする。

 最大戦力は神将であるオグルだろう。神将レベルの敵の強さは分かっている。苦戦はするだろうが、こちらの戦力なら一人ぐらいは完封できる。

 通常戦力や配下の突出した戦士がどの程度いるかは不明だが、いざとなれば転移で逃げてしまえばいい。

 セリナの鑑定により危険は少ないと分かっていても、戦闘準備は怠らない危険な面子であった。







 空母が戦闘機に追随してしばらくすると、前方に巨大な人工物が見えてきた。

 広大な空間に対して、建造物は少ない。大半を占めるのは滑走路や訓練用地だろう。

 そしてそれに付随して、街のようなものが隣接している。おそらく基地の人間を対象とした店などが軒を連ねているはずだ。

「人間ばかりですね」

「人間ばかりだな」

 セリナとプルの常識離れした視力には、豆粒ほどの小さな人間の差異も確認できる。

 常識外に広い根幹世界であれば、種族ごとに分かれて居住することも出来るのだろうか。

「基地の本隊は地下ですね」

 魔法的な隠蔽もされているが、セリナはあっさりとそれを見破った。



 戦闘機と空母が滑走路に着艦する。改めてよく見てみれば、戦闘機は垂直離陸も出来そうな、ネアースを攻めてきた戦闘機とは別種であると今更ながら気づいた。

 巡航用の戦闘機と、純戦闘用のタイプの差であろうか。セリナは鑑定を発動させて確認したが、それでも脅威となるようなものではない。

 地図を起動させて基地の中を暴く。セリナのそれを妨げるほどの高度な魔法防壁は感知されない。そして問題となりそうな特殊戦力も存在しない。

(これが標準的な基地なら、ネアースの軍で攻略出来るな)

 もっとも神将オグルの領地がどれだけ広いのかにもよるのだが。

 もしネアースよりもはるかに広大な領地であれば、兵站の都合がつかない。豊臣秀吉の唐入りや、日中戦争の日本陸軍と同じ末路を辿るだろう。ネアース側から攻めるのは愚策だ。

 少なくとも空母に残されていたデータには、その基本的な部分が抜けていた。



 正直なところ、拍子抜けしていた。

 ネアースに侵攻していながら、逆侵攻されることを考えていなかったのだろうか。それともやはり現場の勝手な判断か。

 動きを止めた空母からタラップを出す。そこに向けて武装した兵士が集まってくるが、武器はこちらに向けていない。

 どうやら対応の仕方はネアースと変わらないようだ。こんなところまで似ているのも、おかしな話だが。

 集まって列を作った兵士たちは、右手を左胸に当てる。おそらくこれがここの敬礼なのだろう。

 その中央に作られた道を行くと、明らかに階級の違いそうな、装飾の多い軍服を着た恰幅のいい男がいた。



「軍事都市シャザール駐屯軍司令及び、市長補佐のベヘミッド・ミラーです。ようこそ、我が国へ」

「ネアース連合大使ナルサス・レムドリアです。歓迎を感謝します」

 ここまでは両者共に、仮面のような笑みを浮かべていた。

「それにしても、女性の方が多いですな」

「ええ、中に二人残してありますが、それも女性です」

 エルフであるライザと、半獣人であるシズは念のために残しておいた。

 人間に見えないということも理由だが、艦の防衛としてもこれで充分である。

「さて、ここで話すのもなんですから、建物の中へ」

 基地司令自ら案内し、それに七人がついていく。

 左右を武装した兵士に囲まれているわけだが、当然緊張感はない。

(基地の仕様はだいたいどこの世界も同じなのかな?)

 セリナの目にする基地の様相は、特に未来的なデザインでもなかった。







 基地の中の応接室らしきところに、ナルサスは通された。

 他の六人は別室で寛いでいる、もっとも見張りの兵はいるのだが。

 応接室で向かい合う基地司令は、例外的にレベルの高い兵を室内に置いているが、どちらもナルサスの敵ではない。むしろ彼一人で、この基地だけなら破壊出来るだろう。

 他の八人でも、全員がその程度は出来るのだが、

「正直申し上げて、戸惑っております」

 基地司令は正直な声で言った。



 まず彼は、自軍のものらしき空母に乗って現れたという点に触れた。

 ナルサスが実際に起こったことをそのまま述べると、困惑と怒りがない混ぜになったような表情となる。

「やはりあれは我が軍の空母でしたか。偵察任務として長期遠征している部隊があるとは聞いていました」

 どうやら指揮系統が違うらしく、詳しい話は分からないらしい。

 彼の立場としては、自国の軍が撃滅されたというのは、当然怒って対処しなければいけない問題である。しかしナルサスの一方的な状況説明を聞いても、自分の職掌の範囲を超えていると言われた。



 ナルサスの方からも質問があった。どうしてあのような敵対的な行動が起こったかということである。

 司令は全てを話したわけではないが、情報に敏感な民間人に公開されている程度の、国情は教えてくれた。

 神将オグルの国、あるいは領地と言うべきか。これは地方に軍閥を形成しており、その総指揮権が中央にある。

 他の軍が動いているなら、それは中央のみが情報を把握しているということで、他の軍閥には情報が知らされていない。

 地方軍閥と言っても、せいぜい治安維持程度。中核の戦力は首都近郊にあるという。



 司令の立場としては、それはおそらく地方軍閥が勝手に動いたのだろうと言うしかなかった。

 神将オグルの指示としては明らかに迂闊なもので、接続してきた異世界をあの程度の威嚇でどうにかなると考えているなら、オグルは軽率で愚かな無能に間違いはない。

 この日の会話では互いの情報をある程度確認したのだが、ナルサスの得た情報の方が多かった。

 この基地の司令は、少なくとも戦闘を望んではいない。

 詳しい対処は中央の指示を仰ぐためと言って、会見は打ち切られた。







 ナルサスの報告を受けた一行は、その情報を咀嚼する。

「つまり神将オグルはこの広大な領地の、一応の支配者ではあるが、全ての軍隊を完全に把握しているというわけではない、ということですか」

 セリナの言葉に、ナルサスは首を動かさない。

「ここらの戦力は、軍隊と呼べるほどのものだと思うか? 正直言って、俺一人でも数回魔法を使うだけで更地に出来るぞ」

 この一行の中で、一番攻撃的な戦力に劣るのは、クリスであろう。だがそんな彼女でも、この基地の数倍の規模の敵でさえ、一人で相手は出来る。

 オグルの国は中央のオグルの直接統治下と、その支配を受けた周辺の半独立部分に分かれているということだ。

「めんどくせー!」

 サージが叫び、ナルサスは軽く頷いた。

「まあ国だか領地だか言っても、統治方法は地域で違うことはあるだろう。私たちのネアース連合にしても、フェルナに全ての権力が集まっているわけではないし、意思決定すら任されていない」

 ナルサスなどの大国の王や代表者が集まり、全体の方針を決定する。

 制度で言うならば寡頭制である。



 オグルの統治体制は、絶対君主制に近いが、地方が半ば自治の状態にあるということは、帝政に近い。

 神帝ではなく神将であるらしいオグルがその体制で統治するのは、ちょっとした皮肉であろう。

「帝政と言っても、ネアースの帝政とは違うけどな」

 話のネタにとナルサスが言及する。

 ネアースの場合は異種族が混淆し、それぞれが種族ごとに区別されて権利を持つ。ガーハルトは多種の魔族や亜人、一部の人間を含んでいるのでこれに当たる。

 オーガスも同じであり、実は王国となったレムドリアも、他種族で構成されているという点では帝政と呼ぶに相応しい。

 だがナルサスは基本的に人間以外を排斥しようとするレムドリアを新たに作り直した時に、種族の自治を大幅に認めた。

 王国という体制だと彼本人は言っている。



 さて、神将オグルとはどのような人物か。

 少なくとも苛政を布く暴君ではない。基地の司令の話からそんなことは覗えなかったし、隣接している街はそれなりに繁栄しているようで、清潔さを保っている。

 政治家として末端までを把握した名君でもない。ネアースへの接触があのような形になったのは、部下の暴走だとしても統率に疑問が残る。

「つまりは平均よりも高い能力を持った、平均よりはまともな神経の持ち主だというところかな」

 ナルサスの総括に、それでいいと思うよ、とばかりにサージとクリスは頷いた。



 さて明日に向けて早く寝るのかといえば、そうではない。

 これまでに接触した神将オグルの治世下の人間は、農村の人間と軍人に限られている。

 出来ればもう少しサンプルが欲しいといったところで、ミラが手を上げた。

「夜に情報収集をするのは、ダンピールとして当然じゃない?」

 かつてレムドリアの帝都で散々に破壊活動を行っていた少女は、ごく軽い口調でそう言った。



 せっかく側に民間人のいる街があるのだから、そこを見ておくべきだというのは普通の意見である、だがミラは破壊活動が得意だったのであって、情報収集が得意なわけではなかった。

 しかし確かに翌日にオグルと接触する可能性も考えておけば、彼の人となりを街の様子から推測するというのも重要なことなのだ。

「では私も一緒に行こう」

 立ち上がったのはプルで、確かにネアースでは世界を旅した経験がある。人選としては間違っていないのだろうが。

 二人を送り出すとき、セリナはプルの耳元で囁いた。

「あんまり羽目を外しすぎないようにね」

 長期間の禁欲生活により、プルにストレスが溜まっているのはセリナも気付いていたのだ。

 セリナの言葉に対して、プルはさっぱりとした顔で頷いた。

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