101 接触

 あまりにも普通に対応してきた根幹世界の住人に対して、むしろセリナたちの方が当惑した。

 とりあえず翻訳の魔法は正常に機能している。だが早めに語学体系は分析しないといけないだろう。

 語彙を分析し、修辞法などを調べるのは、その文明の持つ発想力を特定するのにつながるのだ。



 だがまあとりあえず、第一印象は大切だろう。

「私たちはあちらの、ずっーーーーと向こうから来たんですけど、この辺りのことを教えてもらえませんか?」

 来た方向を正直に言ったセリナであるが、当然ながら村人は当惑した表情を浮かべた。

「あちらの方には、森しかなかったと思うんだけんどもな」

「さらにその向こうから来たのですよ」

「はあ。もしかして他の神様のところからかね?」



 この言葉だけで、いくらかの情報が得られた。

 まずこの世界の住民は、神――神将や神王、神帝の存在を知っていて、その影響下にある。

 そしてその支配領域はそれぞれ別々であり、この領域からずっと遠くにしか、ネアース方面へは人の住む場所はない。

 他の神様、というのをセリナたちは肯定した。実際に神竜は神であるのだから。



 さらに詳しく訊いてみると、この村はやはり神将オグルの領域らしい。

 彼は国力の上昇に熱心で、辺境の開拓を推奨しているようだ。

 領都とも言えるような場所については、村民の誰も知らないらしい。

 国土は広大で、おそらくネアースの大陸の一つ分ぐらいはあるのであろう。



「意外と科学も魔法も、ネアースに近いものですね」

 村の建築物や農耕器具、そして村民が簡単に魔法で水を出しているところから、セリナはそう結論づける。

 正直なところ日本の田舎を思い出させた。彼女が前世の若い頃、祖父母の田舎に行った時に似たようなものを見たものだ。

 だが建物の造りは日本式ではなく、のっぺりと木造のものだ。和式住宅のような装飾は見かけられない。

 思うにここは本当に、オグルの領域でも辺境なのだろう。







 旅人の往来は滅多にない村である。行商人を除けば徴税官や、嫁入り婿取りぐらいしか人の移動はないらしい。

 隣の村までも歩くなら数日はかかるというのだから、その田舎っぷりは並のものではない。

 もっとも共有の自動車があるので、なんとか一日で往復は可能なのだそうだが。

 村長の家にはものすごく概略ながら地図があり、それによると空母であと一日ほども飛べば、大きな都市に至るらしい。



 珍しい客人という扱いで、三人は歓待を受けた。

 若い男一人と女が二人ということで、奇妙な目で見てくる者もいたが。

 両手に花で旅か、と笑いながら言ってくる者もいたが、それに対してサージは「両方食肉花ですが」と答え、プルに殴られたりしていた。

 会話が進み集落の生活を聞いていると、どうやら根幹世界も凶暴な魔物の類には事欠かないらしい。

 そういったものがいない場所に、集落を作って農作物を作っているようだ。人口と領地の増加を目指すのは、為政者の根本的な政策の一つである。

 野生動物は存在するが、なぜか魔物は少ない。そういった場所が多くあるとのこと。この村もそうであるそうな。



 そして重大な事実が一つ分かった。

 村長も直接にその事象を見たわけではないが、根幹世界にはネアースのように、時折他の世界が接続してくるということである。

(根幹世界……つまり大元の世界。宇宙はビッグバンによって生まれ、やがては拡散し続けるか、また収束して元の一点になる)

 某国営放送が好きだった父の影響で、セリナはそういった知識を簡単にではあるが持っている。ネアースにしても宇宙の成り立ちなどは転生者の知識と現地の観測などから理論付けられていた。

 根幹世界に他の世界が接続していくというのは、その現象に似ているのではないか。



 そもそも根幹世界というのはどう生まれ、どうなっていくのか、宇宙の現象と同じなのか、セリナには当然分からない。

 おそらく科学者のように、それを研究している者もいるだろう。そこから話を聞く必要がある。

「めんどくさー!」

 村長の家の一室を借りて眠ることになったセリナだが、プルと一緒にそう嘆いた。

 ちなみにサージは当然別室である。



「とりあえず平和的に接触は出来ましたけど……」

 国民皆兵の洗脳国家らしきところは見られなかった。開拓を行う余裕がある組織集団であり、神将オグルは君臨しているが、その支配力は完全に住民の心までを縛るようなものではないらしい。

 一方的に宣戦布告に近いことをやってきた空母の軍人は、どういう立場であったのか。通信してもう一度確認したほうがいいだろう。

 地方に軍閥などがあり、それが暴走に近い形でネアース侵攻のための偵察を企んだとも思える。

 その場合は神将オグルの統率力に疑問がつけられるのだが。







 翌日、何も事件は起こらないまま、三人は村を出立した。

 村から見えない位置にまで移動してから、空母と合流する。

 ネアースと交信していた空母メンバーも、特に新しい情報は得ていなかった。むしろ新しい情報など出てきていないほうが、状況の変化なしということで安心なのだろうが。

「邪神帝はいつになったら接触してくれるんだ……」

 愚痴のような口調で言ったのは、ナルサスであった。



 この訳の分からない根幹世界において、一番頼りになるのはこの世界において50億年という時を生きていたとのたまった邪神帝ジンである。

 アルスとは確執があったが、ぼこぼこにしてそれも解消されたようであるし、ネアースではジークフェッドという、大半の人間から疎まれる存在に対して好意的である。

 彼自身が言っていたことが本当なら、この世界においては最も頼りになる存在であるし、彼の勢力と合流すればかなり、他の神帝と対決する危険は避けられるはずだ。

 やはり根幹世界が広すぎて、ネアースを発見出来ないのだろうか。



 情報の共有とちょっとした雑談をまで済ませて、空母は当初の予定進路へと戻った。

 辺境とは言え初めて人間と出会った。そう、人間だ。

 亜人や魔族は一人もいなかった。村長たちの話には、鍛冶の特異な種族や魔法に特化した種族、不老の種族なども出てこなかった。

 神将オグルの治める領地は、人間の国であるようだ。もしくはここいらが地球のように、人間しかいない場所なのかもしれないが。



 まあ、それは問題ない。

 一行の中でぱっと見て人間でないと分かるのはシズとライザだが、どちらも外套とフードで姿を隠していれば、見た目は分からないだろう。

 そもそもエルフなどは、ちょっと変わった人間などと思われるだけかもしれない。

 あの村の人間は特にラテン系の顔立ちが多かったと思うが、それはネアースよりも広大なこの土地で、種族が完全に分かれている可能性にもなる。

 もっとも辺境の村はともかく、都市には亜人などが住んでいるのかもしれないが。

 村長は亜人や魔族のことを、少なくとも口にはしなかった。こちらも誘いをかけなかったこともあるが、やはりこの辺りは人間の領域なのだろう。







 村を出てしばらくすると、他の集落の存在が感知されてきた。

 どうやら開拓は大々的に行われているらしい。内政をきっちりと行う支配者は、損得勘定が得意だ。話し合いで問題は解決出来るかもしれない。

 もっとも異なる文化のお話し合いは、殴りあった後で行われることの方が多いのだが。

「大規模な人型生命の感応を確認。おおよそ2万人」

 ライザが報告してくる。その規模なら街であるかもしれない。

「防衛体制は分かるか?」

 ナルサスの問いに、ライザはこてんと首を倒した。

「分からない。けれども強い魔力は感じない」

「そうか……。空母、いったんこの地点で停止。もう一度偵察を出そう」



 街であれば人間の交流も多く、異種族も存在するかもしれない。

 手前でまた三人に偵察を頼もうとしていた矢先、ライザが淡々と、しかし早口で言う。

「飛行物体。三つ」

 それはセリナの地図の範囲外から飛んでくるものだ。

「ミサイルか? 飛行機か? それとも生物か?」

「生物ではない」

 ナルサスの問いにもライザの返答は早い。それとほぼ同時に、サージが艦橋から消えていた。セリナの手を取って。



 空母の上。哨戒のために作られた突起部に、二人は転移していた。

「物が何か分かったら教えて。場合によっては強制転移させる」

 ライザが異常な索敵範囲を発揮しだしたのでセリナの地図は重要度が下がっている気もするが、それでも半型400キロというのは別格である。

 サージももちろん鑑定系の魔法は使えるのだが、目視しないと対象にならない。

 時空魔法で空間を歪めて使うという手段もあるが、それは相手が固定化、あるいは移動速度が遅い場合でないと使えない。



 セリナの索敵範囲内に飛行物体が入ってくるまでには、およそ数分の時間がかかった。

 今のところ根幹世界と言ってもそれほどの脅威は感じないが、ネアースで戦った存在は、大魔王でも勝てないほどのものだったのだ。軽く見ていいものではない。

「飛行機が三機。戦闘機。乗員は特に高レベルの者はなし。速度からいって、接敵までまだしばらく時間はあります」

 つまるところ、普通の戦闘機ということである。それを確認して、二人はいったん艦橋に戻る。







 接近する飛行機からの通信はない。撃墜した相手の飛行機を分析するに、レーダーが積まれていたことは確認してある。

 向こうがこちらを既に認識しているのは間違いないだろうが、さてどういう対処を取ってくるのか。

「強圧な言動でこちらに接触したはずの部隊が、空母だけ戻ってきた。これをどう見るかだが」

 ナルサスが話を向けると、セリナはほとんど考えずに答えた。

「敵に奪取されて移動手段として用いられている」

「だろうな」

 鈍重な空母が逃げられ、戦闘用の飛行機が全て落とされたとは考えないだろう。

 つまり向こうから来る三機も、数が少ないことからして偵察ではあろうが、敵と認識して間違いない。



 それにしても、まだ向こうからの通信がないことは不思議である。

 たとえこちらが敵と判断しても、単純に落としにかかるというのは考えづらい。万一にも空母だけが無事で、通信装置が壊れている可能性なども考慮すべきだ。

「ひょっとして向こうは、あちらがそうだったように、戦闘員が乗っていないと考えているのかもな」

 ナルサスの言う戦闘員とは、武器を持った戦闘訓練を受けた人間、などという生易しいものではない。

 一騎当千、下手をすれば一国を単独で滅ぼすような戦士を、この場合は示している。

「この領域の王は、戦争というのを全く分かっていないのかもしれないな。私たちの常識を全く持っていない」

 それでいて兵器自体はあるのだから、どこか歪ではある。



 ここからの展開は、一方的な蹂躙、もしくは虐殺になるかもしれない。

 セリナはそう考えながらも、その行為に対して忌避感はない。

 戦争で人は死ぬのは当たり前だ。民間人でさえ死ぬのに、軍人が死なないわけがない。

 人を殺すという行為に対して、ネアースという世界の住人は、かなり軽い感覚を持っている。

 魔法が存在し、武器の携帯がほとんど禁じられていない世界では、己を殺そうとする対象は、殺してしまっても構わない、むしろそれが普通なのだ。

(さて、ここからまた戦争になるのかな?)

 腰の刀を確かめたセリナは、敵の接触を穏やかな気持ちで待つのだった。

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