100 根幹世界

 根幹世界。荒野しかなかったその世界で、ようやくセリナたちは生物を見つけた。

 当然というべきか、それは動物ではなく植物であった。乾きに強い植物の大地が少し続き、やがて草原となり、森となった。

 セリナの地図には大型なものはまだ出ていないが、小型の動物も既に出現している。

「水脈もありますね。地熱もあるし……この世界、本当に意味不明です」

 嘆息のようなセリナの声に、頭脳組は色々と考える。

「とりあえず敵はいないのよね?」

 脳筋組のミラは、それが第一のようだ。



 空母には一応、レーダーや無線に分類されるものがある。

 一部はネアースで交換しているが、それまでにあった機能で外したのは、自爆装置ぐらいである。

「訳の分からん穴から太陽もどきが出てるから、このあたりでも農耕は出来るだろうが……」

 排外的な集落を作るなら、この森の中はなかなか良さそうだ。凶悪な敵性生物がいそうにない。

 ナルサスが為政者的観点で森を見るが、そろそろ山などの地形も見えている。セリナは地図に集中しているが、まだ危険性はなさそうだ。

「どうなってるんだ、この世界……」

 ファンタジー世界に慣れたはずのナルサスも、重力や恒星の存在が訳の分からない働きをしている根幹世界には頭を悩ませている。

 今思えばネアースの物理法則は、それなりに地球に近かったと遠い目をする。



 眼下が森林になってから、空母はその速度を元に落としていた。

 当然森への影響を考えたものであったが、人間の住めそうな土地に来るにつれ、敵からの接触もあると判断されたためだ。

「一応地図と比較して見るんだが……基準点がどこか分からんな」

 ナルサスは計器をいじっているが、上手くいかないらしい。

 ここはやはり魔法の出番なのだろうが、それよりもライザが手を上げた。

 最近積極性が増している。いいことなのだろうが、変化が心配でもある。



 ライザの精霊術は、セリナの地図とは異なるタイプだが、遠い距離までを把握するという点では似たようなことが行える。

 そしてその範囲は、現在ではセリナを上回るほどになっている。大気が存在している以上、そこには大気の精霊も存在するからだ。

「あっちの方に三時間、村がある」

 進路からわずかに外れた方向を示し、皆の注目を集める。

 さてどうするか、と考えたのは頭脳組である。

「このまま行けば、この空母が本来発進した基地に戻るわけだから、いきなり戦闘になる可能性もあるな」

 実は平和主義者なナルサスは、出来ればそれは避けたいと思っている。まあ空母が破壊されてしまえば、ネアースへの帰還手段がサージの転移以外になくなるからでもあるが。

「この空母に乗っていた愚か者たちは、しょせん軍人でした。民間人がいるのであれば、そこから情報を得たほうがいいでしょう」

 セリナもまずは情報収集と、真っ当な意見を述べる。



 基本的にこの二人が方針を発表して、サージとクリスの意見を伺うというのが、この旅において成立した意思決定手段である。

「まあ、現地人との接触は当然慎重にするべきだと思うし、さすがに民間人に高レベルの猛者はいないと思うけどね」

 サージの言葉は賛成を示している。クリスもまた頷いた。

「それ以前に一度降下して、植生を調べてみたいのですが」

 研究者肌のクリスとしては、そもそも植物が見えた時点で調査がしたかったらしい。

 この船の乗員は全員が高い毒耐性を持っているが、ただの木や茸が致命的な毒を持っていれば、そんな危険な土地に住む動物の脅威度も、高く考えなければいけないだろう。







 慎重に慎重を重ねて、空母は一度静止し、クリスの注文通りに、きわめて高い毒耐性を持つセリナとプル、そもそも毒の効かないミラが降下することとなった。

「見たことのある植物があるな」

「見たことのない植物もありますけどね」

「ほとんど見分けがつかないんだけど……」

 三人は特に警戒もせず、周囲を見回す。

 毒を持ったような植物や小動物はいたが、それでも多数ではない。ただ熱帯雨林の植生に似ている。

 もっともセリナの知識に鑑みれば、シダ植物の類が多いように思えるが。



 周囲の植物を切り払い、空母が着陸出来るだけの土地を切り拓く。

 かなりの大音が出たはずだが、接近してくる動物はいそうにない。

「……虫の類がいませんね」

「どういう生態系になってるんだか」

 セリナの致死感知に引っかかるものはない。だから彼女を害する程度の脅威はないはずだ。

 しかしプルの方には問題が出てきた。

「竜眼がちゃんと機能しない……」

 それはつまり、ネアースのシステムがここまで届かず、神竜由来の力が働かないということだろう。



 神竜由来、つまりネアースの世界を管理しているシステムは、ある意味当然ながら根幹世界では全てが通用するわけではなかった。

 そもそもネアースのシステム全体が神竜や神々によって作られたものではあるのだが、ほとんどが根幹世界でも機能している。しかし神竜由来の、世界全体をカバーする部分だけは別だ。

 根幹世界の強度が、神竜の支配力を上回るとでも言うべきか。そしておそらく適合する部分は、ネアースのシステムがそのまま使えるのだろう。

 特に機能しないのは、鑑定系の能力であった。

 情報の取得が事前に出来ないという場合、敵と戦う上では序盤にかなりの消耗率を覚悟しなければいけない。



 クリスはほっそりとした少女のような手で、丁寧に植物を採集していく。そんな悠長なことをしている場合かとも思う短絡な者はいない。

 生物の生態を調べることによって、そこがどのような土地か分かるというのは事実である。今後知的生命体に接触する前に、その予備知識となりそうなことに力を入れるのは間違っていない。

 ほぼ半日をかけて一帯の植物、およびわずかな動物を収集し、一行は空母の中に戻った。

 空母は輸送を主とした乗り物であるが、サージの時空魔法による魔改造で、内部空間を広げちょっとした実験室のようなものまで存在する。

 ここでまた半日をかけて、頭脳担当の中でも特に、研究者肌のクリスと、植物に詳しいライザが全く違う観点から分析する。



 結論、おそらくこの周辺は、ネアースの常識内の世界と見ていい。

 当初からそうだろうと思っていたことが、補強されただけであった。

「そもそも人間が住んでたわけだしね」

 脳筋のミラが肩をすくめてそう言って、空母はまた空へと飛び立った。







 セリナの地図にも、大きな人間ほどの生物の反応が現れた。

 地図の反応を鑑定してみると、それは人間だとステータスが普通に表示される。

(前から思ってたけど……根幹世界は支配者階級以外はほとんど人間なのか?)

 種族がかたまって集落を作るのは珍しくない。むしろそれが当然である。ネアースにおいて大きな街では種族が混淆して住んでいる場合があるが、それはある一定以上の数が街に住んでいる場合が多い。

 なぜなら一定以上の数が存在しなければ、種の維持が出来ないからだ。現在では遺伝子操作で異種族間で子供を作ることも珍しくはないが、それでも少数派には違いない。

 だが田舎の集落だったりすると、ドワーフの一家がいたり、エルフの一家がいたりもした。これは種族の特性がコミュニティで必要とされたからである。



 村の人口はおよそ300人。全てが純粋な人間だ。

 表示されるレベルも一般人と同じもので、ネアースと同じ基準だ。

(根幹世界というのは、全ての世界の根幹にあるという意味なのか? それなら人間という種が存在するのもおかしくはない)

 そんな考察をしているセリナを尻目に、空母は停止した。

「一応偵察する必要はあるんだが……」

 ナルサスの視線は、まずセリナとミラに向けられた。レムドリアで前政府を翻弄した破壊力と隠密性は、今でも記憶に新しい。

「それに加えて、おいらが行こうか」

 いざとなれば転移する。そのためにサージが手を上げた。



 空母から偵察に出た三人は、森の中を飛ぶ。

 手を加えられていない森はまともに進路が取れないが、先頭を飛ぶセリナは障害物を全て排除していく。

 転移してばかりで、実は飛行系の魔法に劣るサージは、、最後尾から二人の少女を追いかける。

 そして森を出る直前、歩いて五分ほどの場所で、三人は着地した。



 慎重さのかけらもなく、セリナが先頭を行く。

 元々危険性は少ないだろうと思っていた。毒や瘴気もなければ、土地が呪われているわけでもない。魔素が少し薄い気はするが、本当に普通の森なのだ。

 そしてその森が拓けた所に、集落があった。

 害獣がいないこともあってか、集落を囲む柵すらない。家畜をまとめてある土地に、囲いが作ってあるだけだ。

 畑に隣合うようにして家が建っている。木造の建築だが、一部石材を使ってもいるだろう。そして遠くから見ても分かるように、集落のおおよそ中央に、二回りほど大きな家がある。屋敷と言うには洗練されていない。



 時間帯的には――太陽の動きが無茶苦茶なので分からないが、昼間ではある。畑で働く人々は、現代的な農具を使いもすれば、細かいところは手作業で畑仕事を行っている。

 ごく平凡な、セリナが前世の日本でよく見た、農村の風景と言えた。

「文明レベルはネアースより少し劣るか。インフラはどうなってるのかな……」

 サージが頭の中で検証する間も、三人は村の中へと入っていく。当然ながらその姿は、農作業中の人々にも見られるわけで。

「あんたら、どこから来なすったかね?」

 ごく普通に、少しだけ珍しそうに問いかけた中年の男性が、根幹世界で接触した最初の一般人となった。

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