98 広大すぎる世界

 結論から言って、翻訳の魔法は効果があった。

 だがそれ以前に一つ、問題と言うべきではないかもしれないが、少しばかり不可解なことがあった。

「全員人間か……」

 基地司令官であるダークエルフの男性は、眉根を寄せて呟いた。



 これまでにネアースに侵犯してきた種族は、ジンを除いて全てが人間以外であった。ネクロのようにネアースに存在さえしない種族もいた。

 それが今回は全てが人間である。そしてアルスたちが戦っていた神将たちと比べると、圧倒的に弱い。

 根幹世界は広く、ジンもその全てを把握しているわけではないらしかったが、これまでの例と比べて、あまりにも敵に差がある。

 捕虜となった根幹世界の住人に対して、基地の一室にて尋問が行われた。

 基本的には高級将官のみが集まっているが、異世界転生者代表として、セリナとトリーも参加している。

 そして捕虜に対する尋問というか質問は、向こうからの罵声で始まった。



「この辺境の野蛮人どもが! 我ら神将オグル様の勢威に逆らって、まともに死ねると思うな!」

 とりあえず殴っておいた。

 セリナが三人ほど一撃で撲殺したあたりで、彼らの口は閉ざされる。

 一応一番偉そうな服装の人物は残しておいたので、ここから情報を仕入れるべきだろう。



「さて、まずオルグといったか? それについて教えてもらおうか」

 司令官の静かな問いに、指揮官らしき者の目が泳ぐ。

 部下たちは顔を背け、自分に対して暴力が行使されるのを避けているようだ。もっとも指揮官の口を割らせるには、もう少し殴り殺したほうがいいのかもしれないが。

 セリナが司令官に提案し、他の生き残りの五人は他の部屋へと連行される。

 ステータスを見る限り平均的な兵士と同じ強さなので、さほどの危険もないだろう。

 そう、彼らに対しては、ネアースのシステムが機能していた。



 一人きりになってしまった指揮官は、顔面を蒼白にしている。

 そしてそれに対して、司令官は優しく接してやる必要を認めない。

「お前たちの常識がどうかは分からないが、我々の軍では情報収集をするために拷問することも禁止されてはいない。と言っても我々が知りたいのは、それほど機密に属することでもない。素直に喋った方が得だろうな」

 圧迫面接もかくやという状況で、尋問という名の情報収集が始まった。







 さて、分かった情報の共有である。

 まず大前提となるのが、根幹世界は想像以上に広大で、しかも安定していないということであった。

 ネアースや地球の何倍とかいうレベルではなく、その果てまでを確認した者がひとりもいないという。

 天空に見える大地も、どこかで歪んでつながっているという。太陽はどこからか出てきてどこかに沈むが、至近距離まで近づいて研究出来るようなものではない。

 地球やネアースにあった、惑星の軌道や宇宙全体の円運動は、全く当てはまらないようであった。

 おそらく何か法則はあるのだろうが、まだそれは発見されていない。

 世界全体に関してそのぐらいである。



 次に、この周辺の状況である。

 ネアース世界よりもよほど広範囲の大地に、国家は一つしかない。

 地質は荒野が多く、作物の育成や牧畜も不可能である。最初にテルーが見つけた街とその周辺が、例外的なものの一つであるという。

 そしてその土地も含めて、この周辺を支配しているのが、神将オグルという者であるという。



 思ったより強者が少ない、とセリナは思った。

 正確に言えば、領地の範囲に比して、人口が圧倒的に少ないのだが。

「とりあえずその神将オグルというのは殺しましょう」

 セリナの短絡的な言葉に、反対する者は誰もいない。

 オグルは神将の力を持っているが、さらに上位の神王や神帝に属しているわけではない。彼を殺せば、とりあえずネアースの安全は確保出来そうだ。

 ネアースを根拠地にして、そこから支配領域を広めていく。なんだか植民地活動のような気もするが、別に搾取しようとかそういうことは考えていない。

 あまりに支配領域を広めると、神帝の領域と接触してしまう可能性もある。

 アルスのいない今、あれらと戦うのはかなり厳しいだろう。



 必要な情報を手に入れたが、それは予想外のものだった。

「……広すぎますね」

「しかしこちらが密集していることを考えると、防御には向いているかと」

 フェルナの呟きに、マートンが返す。

 根幹世界の広さは異常だ。これが宇宙のような真空なら、もっと速度を出して移動や輸送が出来るだろう。

「これだけ広いと、自国への被害を考慮せず、広域攻撃魔法が使えます。

 フェルナの見識は、魔法に関してははるかにマートンの上をいく。



 ネアース世界の半分を焼き尽くすような禁呪。それを使っても、自国にまで被害が及ぶことはない。

 しかしネアースを焦土としてしまえば、占領して植民地化するというような手は使えないが、そもそもネアース自体を脅威と見ているのなら話は別だ。

 攻撃してきた指揮官の話によると、武装した敵がいれば先制攻撃を許可されていたらしい。

 防衛のための戦力という概念がないのか、分からないものはとりあえず抹殺というのは、あまりに短絡的過ぎる。

 神将オグルというのは、遠慮なく言ってしまえば野蛮人であろう。







 こちらから偵察を出すという案が、当然のように出た。

「神将オグルを倒せば、とりあえずの安全は確保できると思いますが……」

 マートンが口ごもるのは、兵站の問題であろう。

 半年以上もかけて移動しなければいけない距離にある敵地へ遠征するというのは、常識的に考えても不可能である。

 非常識に考えてみれば、充分可能なのだが。

「食料や燃料、魔結晶に魔核、その他生活必需品に兵器の予備と、それをメンテナンスする設備。まあなんとか持っていけるかな」

 時空魔法のレベル10オーバー、大賢者サジタリウスが頼もしい。



 直接転移魔法を使うのはどうか、という案も出たが、専門家のサージが反対した。

 この物理法則が異常な世界では、長距離の転移は座標が取れないのだという。

 一度行った場所ならどうにかなるだろうが、まずは地道に空を飛んで行くしかない。



 そして拿捕した敵の空母だが、ネアースのものと比べるとかなり性能が良かった。主に航続距離という面で。

 使っているのは大気のマナを自動的に燃料にするというもので、ネアースの技術にはない。

 魔結晶も一部は使っているのだが、ただ飛ぶだけならいくらでも飛べる。

 また水や食料のリサイクルシステムもあり、時空魔法で空間を拡張した倉庫には、余分な水や食料もある。

 ネアース的に考えると、これは空母と言うより宇宙船に近い。

 よってこの空母を改修し、敵側に攻め込むということになる。

 もっともその場合、空母が破壊されると帰れないという問題にもなる。空母自体の戦闘力は低いのだ。







 強硬偵察の人員が検討された。

 まず第一に決まったのがサージである。

 彼の時空魔法の収納能力は凄まじいし、いざとなればネアースの座標に転移で戻ってくることが出来る。

 そして彼の妻であり、魔法の理論的分析には最高の頭脳を誇るクリス。

 戦闘員としてはセリナたち六人。

 状況判断をするためには誰かもう一人は必要になるのだが、ここで挙げられたのがナルサスであった。



 ナルサスは全体の判断をするためにネアースにいてほしかったのだが、政治的な判断をする場合には、どうしても政治家が必要になる。

 そして政治家であっても敵性国家への接触を行うのであるから、個人の戦闘力も備えていなければいけない。

 奇しくも乗員は同じ九人になった。神竜たちも付いてきてほしかったのだが、ネアースと根幹世界の接続を調整するために、場所を離れるわけにはいかない。

「いいですか、目的はあくまで偵察。可能なら接触です。戦闘は本当に万が一に備えてですからね」

 マートンが繰り返し言うが、この中にはその場のノリで行動してしまいそうな人物もいる。

 かなり強く言ってあるので、さすがにないとは思うのだが。



 そして人員の選定が終わった後も、相手の反応に対してどう接するかのシミュレーションも行われる。

 これは単に壊れた空母を修繕する期間があったため、その間に行われたものだ。

 捕まえた捕虜に対する尋問もさらに行われ、神将オグルの領域の情報が明らかになってくる。



 根幹世界というのは、基本的に普通の世界と同じような地理が多い。

 普通というと、この場合はネアースである。もっともネアースにも色々な地域的特色があったが。

 ネアースが接続したこの辺りは、本当に何もない荒野であったらしい。

 それが今は、海があり山があり、森がある。

 つまり人の住める土地ということで、根幹世界の国家や勢力は、これを奪い合っているのが原則である。



 もちろん例外がないでもない。

 神帝に支配された土地は、豊かであり民の数も多ければ、文明も発達している。

 神将オグルの支配する土地は、ほとんどが荒野であるが一部にはそういった豊かな土地もある。

 科学や魔法の発達レベルは、科学に関してはネアースよりやや上な分野が多く、魔法に関してはやや下であろう。

 ネアースのように世界が接続することは多く、周囲の勢力はすぐにそれを取り込もうとする。

 つまり放っておけば、今後も敵性勢力の襲来はあるということだ。







 空母の改修に、一ヶ月がかかった。その期間で操縦方法も教わった。

 また空母自体の分析も終了し、今後はネアースでもこの型の空母を揃えていく予定である。

 撃墜した戦闘機も一応は生産できる体制に入っている。

 もっともネアースを防衛するだけならば、竜や飛行魔法を使える魔法使いだけで充分だろうが。

 空母は本当に戦闘員を移送するために使うのが、ネアースの戦力構成としては適切だろう。



 そして空母の修理が完成した日、特に目立つ出発式なども行われず、九人の偵察班が出発することとなった。

「こういう言い方はなんですが……」

 言いよどみながらも、フェルナはしっかりとそれを告げた。

「他の三人は、絶対に今後も必要な人員です。あなたたちの命に代えても、守ってください」

 なるほど単なる戦力であるなら、代わりはきくというわけだ。

 その言葉に特に気分を害したこともなく、セリナたちは頷いた。



 もっとも彼女たちの中でも、命の優先順位はついている。

 ハイエルフであるライザが一番、接近戦で神帝と戦えるセリナが二番である。

 まあミラなどは死ににくい体質なので、そのあたりも考慮して、戦列を組み立てるのだが。

 とにかくライザは火力も防御力もある割に死にやすいので、守ってやる必要があるのだ。



 ネアース世界の重鎮たちの見送りを受けて、空母が基地を発する。

 手を振る人に笑顔で応え、セリナたちは旅人となった。

 目的先は神帝オグルの治める都。これまでの旅と比べても、圧倒的に長く遠い旅程である。

 空母を自動運転にした一行がまず行ったのは、荷物からカードゲームを取り出すことであった。

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