97 第一種接近遭遇

 これは――とセリナはその視線の先、大空をこちらに向かってくる飛行船を見て、まず思った。

(軍隊)

 大型の飛行船はおそらく空母だろう。その周辺の小型飛行船は、飛行機に近いデザインだ。空母の護衛といったところだろうか。

「ミサイル撃ってくるかな?」

 トリーが言うミサイルは、ネアースにも存在するが、かなり地球のものとは違う。動力も違えば、射程距離も違う。

「いきなり撃ってくることはないと思いますが……」

 セリナたちのずっと背後には、この半年で整備された、小さいながらも滑走路とドックを持った基地と、空母や飛行機が待機している。

 さらに言えば機械神も多数そろえているし、隠れているが古竜もいる。

 向こうの兵器の性能次第だが、いきなり攻撃してくるというのは、文明人のやることではない。



 しかし機械が発達しているからと言って、それが即文明的であることには繋がらず、文明的であるというのが平和的であるのと相関しないのも事実である。

「……撃ってきたな」

 竜眼で同じく彼方の集団を見ていたプルは、呆れたようにそう言った。

「じゃあ、あたしは隊に戻るね」

 トリーの所属はジークフェッドのパーティーで構成された、第一即応戦隊である。

 ちなみにセリナたち六人が、第二即応戦隊。軍隊どころかほとんどの国ごと叩きのめせる実力を持つ、緒戦では秘匿される部隊である。



 味方側からは追尾機能を持つ魔法が放たれた。誘導の機能を考えると、まだ機械よりも魔法の方が優れているのだ。

 物理的な破壊力を持つ魔法の矢がミサイルを迎撃し、こちらへの被害を防いでくれる。

 まあ届いたところで魔法による防壁と物理的な防壁を破壊できるかは疑問だが、精神衛生上はこちらの方がよろしい。

 爆風がはるか先で轟いているが、こちらにまでは届かない。

 戦闘は第二局面に移る。







 制空権を握るための戦いが始まった。

 飛行機同士の戦いだが、どうやら性能は向こうの方がかなり劣っている。

 機体の形が空戦に向いてない。おそらく燃料の問題なのだろうが、小回りが利かないのだ。

 レーダーなどで相手の動向が分かる場合、守備側の方が基本的に有利なのは、搭乗員の体力があまり消耗していないからである。

 加えて機体の性能がこちらの方が上なので、普通なら敗北する条件はない。



 そう、普通なら。

 敵の機体が確実にこちらを上回っている点の一つは、防御力であった。



 防衛側であるこちらは、基本的に飛行機に乗せる物が少ない。

 航続距離をあまり考慮せず、ひたすら兵器としての性能を追求してある。

 武装、旋回性能、最高速度などは明らかに優れているはずだ。

 しかしながら機体を重くし、航続距離も縮めてしまうであろう装甲が、こちらよりも優れている。

 素材がそもそも違うのか、装甲を分厚くしてあるのか。



 それでも圧倒的な数の差と、その他の優越している部分のため、敵機は次々に撃墜されていく。このままの展開ならこちらが勝利し、向こうの機体を確保出来る。戦力分析により、さらに有利になるだろう。

 その時上空で待機していた空母のハッチが開く。

 その中から出てくるのは甲冑をまとった巨大な兵士に見える。即座にセリナは竜眼でそれを解析したが、強化外骨格、ようするにパワードスーツを着た白兵戦用の兵士らしい。

「なんだか、思ってたよりも弱い?」

 セリナの感想は、仲間たちにも共通のものだった。



 空母から飛び降りた兵士たちは、さすがに飛行能力ぐらいは持っているらしく、パラシュートらしきもので落下してくることはない。

 手に持っている武器は小銃のようだが、それも竜眼による解析によると、それほどの威力はない。

 どうもここまでやってきたほどの飛行船の技術に比べると、他の部分で秀でたものはなさそうだ。

 もっとも向こうも単なる偵察目的なのかもしれないが、それでいきなり戦闘に及ぶものだろうか。

「敵側の母船から通信の電波が出ていますね。それに有人なのは母船だけのようです」

 セリナの分析結果に、さもあらんと仲間たちは頷く。

 むしろ母船には知的生命体乗っているというほうが驚きである。撃墜されなくても少し故障しただけで、発着した所から数百万キロの地点に取り残されるのだ。

 命がけの偵察と考えると、よくこんな任務を与えたものである。







 パワードスーツを装着したロボットに対して、こちらは普通に射撃を行った。

 レールガンとまではいかないが普通に強力な口径の砲撃に、ロボットは破壊されていく。

 障壁のようなものも展開しているのだが、それを突き破る威力がこちらの攻撃にはある。

「白兵戦であのようなものを使うとは、敵の軍事力はたいしたものではないのでしょうか」

 同じ竜爪大陸でもかなり北、神竜の住まう天空回廊の近くに設けられた司令所で、フェルナは自分の考えを口にした。

「どうでしょう。わざと弱く見せているとか、こちらを侮ってまともな斥候を出さなかった、という可能性もありますが……」

 マートンは途中で言葉を切り、下手な推測を述べるのをやめた。

 今の段階ではどちらの可能性もあるし、それ以外の可能性もある。そもそも相手が国であるのか、国の形ではない集団なのか、その区別すらつかない。

 そして今回の相手が弱いからといって、次の相手も弱いとは限らないのだ。



 敵の人員は必ず生きたまま確保。空母も飛行能力は喪失しても良いが、必ず確保するように命令を出す。

 人員と機械を見たら、ある程度の正確な推測は成り立つ。それを研究する必要があるだろう。

 それにしてもここまでの長距離をやってきた敵が、いきなり戦闘に訴えるというのは予想外の展開なのだが。

 偵察にしても、最初は接触するか近くから観察する程度というのが、ネアース的な常識である。

(価値観が違う? それとも人間を使い捨てにする形の国家なのか? いや、偵察に出すほどの兵士を、ほとんど使い捨てにするようなことはおかしいが……)

 マートンは髪の毛をくしゃりと掻いた。



 前線から送られてくる映像は、電波を用いたものと魔法を用いたものの二系統である。

 それによると空母から出された兵士は瞬く間に破壊され、飛行機も同じように地上からの砲撃を受け、さほどの間もなく全滅する。

 砲撃は精密で、空母の翼を破壊した。

 魔法で翼なしで飛ぶことも予想されたが、どうやらあれは飾りではないらしい。

 接敵から一時間も経たず、戦闘は終了した。







「第一次接近遭遇」

 なんとはなしに呟きながら、セリナは不時着した空母に向かっていた。

 地図により空母内を把握すると、乗員は全部で九名。

 よくもまあ半年もかけてここまで来たものである。

 性能的に航続距離は保証されていたのだろうが、何かあればそれだけで遭難という条件だ。地球の例で言うならば、月に基地を持つ異星人を訪問するようなものだろう。

 それならばさらに、いきなり戦闘に訴えてきたことが不可解であるが。



 不時着した空母は、翼以外には目立った損傷はない。

 パイロットの腕か自動運転かは分からないが、下手でないのは分かった。

「それなりに大きいな」

 プルが比べたのは、ニホン帝国の艦船である。ネアース世界の飛行空母は、せいぜいこの半分程度の大きさしかない。

 全長は300メートルほどになろうか。ネアース世界では箱舟以外の人工物で、これほどの飛行物体はない。そもそも必要ともされていなかったが。

 船の巨大さだけを見ても、敵の軍事力はある程度分かる。



 入り口を見つけたが、手動で開けることが出来なかったので、力技で引っ張った。壊れるような構造ではないのだが、セリナの力は常軌を逸している。

「アダマンタイト合金に似ていますね」

 そもそも世界が違うので、原子の存在も違うのかもしれないが、強度や分子配列はほぼアダマンタイトである。

 足を踏み入れた先の通路はメタリックなもので、これはさすがにアダマンタイト合金ではない。だがやはり合金ではある。

「文明レベルは高いですね。ガーハルトと同じ……いや、機械神のようなものは別ですが」

 これを本格的に調査するのは学者の仕事だ。しかしセリナやプルの竜眼でも、ある程度のことは分かる。



 迷うことなく一同は一直線にブリッジへ。そこに乗員の全てが集まっているのだ。

「この船、自爆とかしないわよね?」

 ミラはなんとなく不安らしい。この船の構造は、箱舟に似ている。あまりに異質という点で。

「どうでしょう? まあ自爆しても私たちは平気でしょうけど」

 セラは呑気に返しているが、この船の動力などを把握しないうちにその判断はダメであろう。

 核爆発レベルでも、近くの基地は吹き飛んでしまう。まあ結界を張る魔法使いには不足していないが。







 それほどの時も経たず、一同は空母の司令室にやってきた。

 セリナの地図によると、扉の向こうには敵が準備万端待っている。しかし竜眼でそのステータスを見ると、ちゃんと表示されている。

 神帝のようにネアースの存在でないはずなのに、それが分かるのだ。このあたりは後で神竜に訊いてみるべきだろう。



 ロックされていた扉を、ミラが強引に腕力でこじ開ける。部屋の中から驚愕の気配が伝わる。

「警告。降伏すれば命は取らない。抵抗しても命は取らないけど、痛い目に合うわよ」

 自信満々、腰に手を当ててミラが宣言すると、彼女に向かって実体弾が発射された。

 施設内でそんな兵器を使うのは危険なのだが、とりあえずミラはそれを全て手で止めていた。

 障壁でも張ればいいのに、なぜかそんなことをするミラである。



 入り口から侵入したミラは、敵兵たちに向かって瞬時に動いた。

 二番目に入ったシズが一人を倒している間に、既に残りの八人を制圧している。

 敵兵は近未来的なスーツで武装していたが、ミラの怪力を無力化出来るほどではなかったようだ。

 シズの場合は衝撃を通して気絶させていたようだが。



 気絶に至らなかった敵兵の意識をセラが狩る間に、他の全員が司令室に入る。

 特に目立った意匠のない部屋だ。ネアース世界の空母の施設と比べると、地球で見たような、SFアニメを思わせる程度に文明度が違う。

 だが技術自体はそれほどの差もないようだ。セリナが解析している間に、プルが適当なパネルに手を触れようとしたりして、ライザに止められたりしていた。

「うん、分からないのが分かった」

 セリナの出した結論はそれだけだった。

 技術者や科学者を出して、調査させる必要があるだろう。それまでには敵兵たちから情報収集する必要があるのだが。

「……翻訳の魔法、ちゃんと効果あるのかなあ」

 根本的な問題で、セリナは眉をしかめた。

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