第三部 幻想崩壊 幻想崩壊編

94 残された時間

 アルス・ガーハルトの葬儀が行われた。

 既に公職からは退いていることもあり、一般人の参列などはほとんどなかったが、腐ったお姉さんたちがかなりの数集まったりはしていた。

 そして現在公職にある連中の中で、特にトップに立つ者たちはほとんどが参加していた。

 葬儀でさえも政治にしてしまう。権威を持つ者というのは、そういうものである。



 もっともアルスの死は素直に、海千山千の政治家や謀略家たちにも受け入れられた。

 アルスは有能で効率的な為政者であったし、表の世界からの引退後は世界各地の隠れ外道を踏み潰すヒーローでもあった。

 竜骨大陸の政治家や権力者は、彼だけは怒らせてはいけないと恐怖すると共に、その絶大な力を畏怖もしていたのだ。

 ネアース世界の権力が極端な腐敗に陥らなかったのは、神竜ではなく人間であるアルスのおかげであった。

 彼の永遠となった不在は安心させるものであったが、同時にどこか足元が軽くなってしまったような感覚を与えた。







 そしてその後、魔法戦士たちがある魔法の術式を教えられた。

 迷惑な魔法であった。

 自分が死ぬのと引き換えに、相手に大ダメージを与える。開発者本人が実践して、その効果を明らかにしてしまった。

 魔法使いは死を恐れるが、真の戦士は死を恐れない。そういう建前になっている。

 実のところは死ぬのが怖くないはずはないし、もし怖くないならそれはどこかが壊れているだけであろう。



「術式自体は簡単……というか単純すぎるな」

 最初に習得したプルはそう呟き、続いてセリナとミラも習得した。

 セラは少し時間がかかったが、それは攻撃系の魔法や、神としての自分の存在意義の問題から抵抗があっただけで、確かに簡単ではあったようだ。神として長く存在した彼女がこれを使えば、アルスと同じく神帝をも倒せるだろう。

 禁呪ではあるが習得は容易で、しかも己の命以外を差し出す必要がない。

 これほど悪質で効果的な魔法を、セリナは初めて知った。

 ちなみにシズとライザは適性が全くないため、最初から習得は諦めている。

「今後はこの魔法を使うか使わないか、使うとしたらどこで使うかが重要になるでしょうね」

 セリナは戦士だが、名よりも命を惜しむものである。

 ネアースの戦士が戦い自体に意味を見出す者が多いのに対し、セリナは任務の遂行に重きを置いているからだ。どちらが気高いとか、そういう問題ではない。



 一行の中で一番、命よりも名を惜しむ者はシズであろう。

 武士として戦士として、単に臆病風に吹かれて逃げるのは屈辱である。

 もっとも不利な局面で撤退するのは当然と考える程度の、柔らかい頭は持っているのだが。

 まずは術式を完全に構築するために、四人の魔法使いは神聖なる時の間を利用した。







 シズに用意されたのは、新しい装備であった。

 近接戦には圧倒的に強い彼女のとっての弱点は、己では魔法をほとんど使えないことにある。

 その弱点を克服するのは難しいため、装備でその部分を埋めるのだ。

 まあ魔法使い相手に素手でも戦えるシズなので、これまでは過剰な戦力となっていたのだが、今後は適正な戦力となるだろう。

「それにしてもアルスの意見が聞けないのは痛い……」

 わざわざ装備を己自身で届けてくれたレイアナは、アルスのことを高く評価していた。

 3200年前、自分を手駒のように扱い邪魔な国家を滅ぼさせ、千年紀を回避させるように誘導したのは、敵ながら見事なものであった。

 直接会うことはなかったがアルスの行動はたいがい把握しており、水戸黄門を思わせるその所業は、彼女に苦笑を浮かべさせるものであった。



 シズはその装備を身に付け、レイアナと訓練を行った。

 基本的な方向性は同じで、ただ出力を上げた装備である。

 だがそれゆえに慣れることは必要であり、その相手としては製作者でもあるレイアナは最も適した存在であった。

 そしてやはり気付いたのだが、武器の扱い自体は、レイアナよりもシズの方が上手いらしい。

 純粋な身体能力や戦闘以外の技能、魔法の行使を考えればレイアナの方が圧倒的に強いのだが、技のキレだけはシズが上なのだ。

 おそらくセリナもまたそうであろう。

 レイアナは大崩壊以降、戦士としてよりは武器職人として活動していた時間が長いため、技を磨くことがなかった。

 もっと正確に言えば、技を磨かなければいけないほどに、彼女の相手を務められる者がいなかったということでもある。



 神竜レイアナ。人の身では剣神とさえ言われる最強の存在。

 彼女はこの危機的状況において、さらに力を高めようとしていた。

 ネアースを管理するのが神竜の務めである以上、彼女が戦わないという選択肢はない。

 まして相手の力を思えば、彼女こそが最大の戦力となる。

 その訓練の相手を務めるのに、シズは適当な相手であった。







 ライザはただ一人、師もなく学ぶべき書もなく、ただ修行をしていた。

 だがそれが彼女にとって不利という訳ではない。道はシルフィが示してくれた。



 ネアースの住民にとって、宇宙という概念は実はあまり馴染みがない。

 もちろん学者は知っているし、高位の魔法使いであれば大気圏を突破して宇宙空間に出ることも可能、また衛星軌道上で地面を眺めることもある。

 だが精霊使いにとっては、宇宙というのは力の範疇ではなかった。

 だがライザは知る。惑星を一薙ぎで焼き尽くす、太陽の力を。

 大気よりもマナにあふれた漆黒の空間を。

 それらも全て精霊にあふれ、その力を使うことが出来るということを。



 太陽は大きい。

 その巨大な太陽からは、エネルギーがあふれ、それがマナへと変換していく。

 マナを餌に精霊が生み出され、成長していく。即ち精霊の力は無制限。

 精霊使いは魔法使いよりもさらに、理論がいいかげんで強力な能力者だ。

 ライザはそれを知った。

 知った後は、それを行使した。



 精霊の働きにより、ライザは天空に浮かぶ。そのまま上昇して、大気の壁を突破する。

 空気のない宇宙に出た時点で、ライザはその空間を、自分に害のないように精霊術で改変した。

 広い世界だ。

 大地を動くものは、小さすぎて見えない。精霊術で拡大して、ようやく蟻のように見える。

 これが本当のハイエルフの力なのか。

 だとしたらクオルフォスや自分は今まで何をしてきたのだろうか。

 たった一つ、固定概念を捨てるだけで、力の段階が大きく進んでしまった。



 しかしハイエルフである自分にとっては、どうしても地上に魅かれるものがある。

 世界樹だ。

 精霊に満ちた大森林の中でも、特に精霊の気配の強い土地となる、世界樹の周辺。

 あのハイエルフは世界樹の世界を捨てて、他の世界に行くことに躊躇いはなかったのだろうか。

 ライザは考える。普段無口な彼女が、その姿に疑問を抱かれることはない。

 だが彼女の内面は、変わりようのないハイエルフの特徴とは違って、全く別の存在に至ろうとしていた。







 時は過ぎる。

 ネアース世界を終焉させるかもしれない戦いは、刻一刻と近づいていた。

 為政者の中でも上位の者にしかそれは知らされていなかったが、どの国もが国力を軍備に向け、自由人である傭兵さえも多く雇うという行為がなされていれば、何かしら民衆も感じるものだ。

 竜牙大陸の戦争は終了し、レムドリア帝国は滅亡し、竜爪大陸の悪魔と昆虫人はほぼ根絶されたというのに、軍縮の動きへ向かうことはない。

 常識的に考えれば、これはまた国家間の戦争が起こる予兆であると言えよう。

 だが各国の首脳は頻繁に情報を交換し、マスコミもまたそれを報道している。戦争に至るには、少し動きがおかしい。

 無責任にメディアに発言するコメンテーターはいるが、それらは間もなく自分の過去の言動を後悔するだろう。



 セリナたちは悪魔と昆虫人を、完全に絶滅させた。

 昆虫人は巣穴を掘るため、その撲滅は難しいはずなのだが、さすがにセリナの地図の範囲から逃れることは出来ない。

 磨いた技の実験台として、彼らは非常に役に立ってくれた。

 昆虫人から見たら、人種は残虐で非寛容で、共棲する事が不可能な獣であろう。

 だが人種から見たら昆虫人は人種の領域を侵すものであり、やはり生かしておくわけにはいかない。

 対決戦用に戦力として使えないかという案も出たのだが、昆虫人と対話することが出来ないため、背後を気にせずに戦うために皆殺しにするしかなかった。

 もっとも昆虫人は卵で増えるので、どこかでまた生き残りが発生するかもしれないのだが。

 とにかくこの短い時間、昆虫人は邪魔であった。



 悪魔が邪魔であったかというと、そうでもない。

 悪魔は基本的に、知性と理性を持っている。だが持っているからこそ人種と対立する存在な訳で、そんな危険なものを生かしておくわけにはいかない。

 セリナのエクリプスのような例外を除き、悪魔も人種が戦闘を行うための実験台として使われていった。



 サージが伝える。

 彼の時空魔法で、時折現れる門のような空間から、何者かが現れることが次第に増えていく。

 それは全く無害な動物であることもあったし、神将のような危険な存在でもあった。だがどちらも公平に処分していった。

 ただの動物であっても生態系にどういう影響を与えるか分からない。それを思えば3200年前の移民も危険ではあったのだが、過去のことはこの際振り返らない。



 時は過ぎる。

 予想されていた破局まで、あと半年というところで、邪神帝ジンがまた現れた。

 あちらの世界に力のほとんどを残しているということで、とにかく情報を与えるために来たとのこと。それは好都合ということで、マートンをはじめとする頭脳担当が、用意していた質問を大量に投げかける。

 そのあまりの分量にジンは目を回していたが、むしろ気分はいいようだった。

 これだけ事前準備をするということで、ネアースが被る害はかなり抑えられるかもしれない。そもそも戦闘にすらならないということはないであろう。



「ところでお前自身は、私たちの味方をしてくれるのか?」

 合間を縫って質問したレイアナに、ジンは軽く頷いた。

「この世界には恩人もいるし、知り合いも少しはいるからな。ただ俺は一人しかいないから、戦線が複数になるとそれはお手上げだ」

 根幹世界については、ジンもまだ全てを知っているわけではない。

 ネアースという世界が接触したとき、どれだけの数の神帝や、その下の神王が動くかは分からないのだ。

 そして神将レベルでさえ、ネアース世界の人種や成竜が戦うのは難しい。

 驚くべき被害を出す消耗戦になるのではないか。マートンはそう考えている。

 あるいは長く続く、国力を疲弊させる戦争か。そうなっても後方から援軍を出すために、次代の戦士や兵器を育成しなければいけない。

「勝てるか?」

 ナルサスの単純な質問に、マートンはかなり苦い顔で応じた。

「勝利条件を決めてください」



 まず治安の維持。これは大前提である。そして民衆の生活の保障。衣食住といったところか。

 神帝の多くがネアースを尊重し、侵攻してこないと約束してくれれば、戦争にすらならないかもしれない。

 だがそれはあまりに甘い見通しだ。新しい土地を見つければ、支配者はそれを征服したくなる。それが利益に本当になるかも判断せず、己の欲を満たそうとする支配者は多い。

 ネアース世界の国家と同じだ。恒久の平和などない。だが短くても平和は与えられるべきで、その時間は長ければ長いほどいいだろう。

 マートンは理想に溺れることなく、現実の実務を淡々とこなしていった。



 そして、時は過ぎた。

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