91 想定外は無能の言い訳
現在異世界間――根幹世界との接触が行われるのを、一番最初に感じているのは神竜ではない。
大賢者にして時空魔法を10レベルオーバーで取得しているサージである。
今日も彼はネアースという惑星と、その衛星軌道上という広範囲を、時空魔法で監視している。
ちなみに並の超優秀な魔法使いが同じことをした場合、頭が沸騰して死ぬ。
世界線は歪み、あちこちの世界から様々なものが侵入してくる。
それが程度の低い魔物であれば、そのまま空間ごとぷちっと潰す。ヤバイのが相手ならばアルスたちに連絡して対処する。
ある程度危険なのは月面か、亜空間で対処する。というかアルスたちに対処してもらう。
どうしようもなく危険なのは、逆にネアース惑星に通路を開く。知能が低すぎたり、人格が破綻していない限りは、惑星上の方が相手の攻撃力も抑えられるので、こちらが有利に戦えるのだ。
先日のネクロなどはその典型で、本来なら惑星を破壊するか、表面を全て荒野にする程度の力を持っていたが、上手く制限させて戦うことが出来た。
サージの仕事はそういった地味で、しかしながら替えの利かない役割である。
その日も彼は、愛妻のいつまで経っても上手くならない愛情たっぷりの朝食を食べると、賢者の塔の最上階で世界を監視していた。
術式を構築してあるので自動で変化は分かるのだが、それすらも抜けてくる存在がいないとは限らない。
3200年前――あの世界大戦、世界と世界の滅ぼし合いを思い出しては、頼りになる味方が死んでいくのを思い出す。
それは既に記憶ではなく記録となって脳に残っているのだが、この現状ではあの頃の強者たちの存在を思い出さずにはいられないのだ。
今回の戦いにおいても、竜はその力を振るって世界を守ろうとするだろう。ラナやテルーが言ってるので、それは間違いない。
だがサージの見る限り、今回は必要な戦力の質が違う。
先日のネクロや、アルスが倒してきた神将を見る限り、竜では相性が悪いのだ。
敵の雑兵には竜のブレスは脅威であろうが、どうもそれに耐えるだけの戦艦などを用意しているらしい。
また神将などの存在はブレスに充分耐えうるし、小回りが利くので竜の大雑把な攻撃は回避されるのだ。
もちろん雑兵が竜の防御力を突破するのも難しいので、防衛線を構築するのには役立つのだが。
アルスたちの作成した新しい魔法を、自分の時空魔法に応用できないか、サージは書類を見つめる。
彼の周辺には空中に投影されたウインドウがあり、それには魔法を使用した後に計算された結果が予測されている。
視覚ではなく脳に直接アクセスしてくる情報を処理するのにも、もう慣れた。慣れざるをえなかった。
同じ部屋では同じようにクリスが同じ作業をしているのだが、こういった実験や計算分野では、彼女の方が処理能力が高い。
もっとも時空の歪みなどの専門分野では、サージに一日の長があるのだが。
そして今日もまた、時空に歪みが生じる。
しかしいつもと違うことは、それが同時に三つ出現したことだ。
「うわぁ……」
額に手を当てて困ったのも一瞬、サージは連絡を取り、それぞれの場所へと侵犯空間を誘導する。
最も強大なものはアルスの元へ。強大とは言っても、神帝レベルではない。
次にジークフェッドのところへ。最近槍使いの女の子の魔法戦士が新たにパーティーに入ったらしい。噂によると手を出していないそうだが、マリーシアとアルテイシアの苦労が偲ばれる。
そして最後は竜爪大陸。天竜ラヴェルナの元へ。
ラヴェルナ自身もそうだが、その眷属にとってもレベル上げに適した相手であろう。
これまでの経験からいって、処理することに問題はないだろう。サージはますます崩壊の危機にある、世界の境界線に嘆息する。
三箇所もの同時侵攻。これまでになかったことだ。
その、これまでになかったことに対処したために、サージは、さらにこれまでになかったことを見逃していた。感知できなかった。
そしてそれを彼は、一生後悔することになる。
「勝った! 第二部完!」
ズタボロの状態でありながらも、アルスは空元気を発揮してそう叫んだ。
彼の背後には死屍累々の味方がいるが、実際に死んでいるのはごくわずかだろう。味方以上に敵の死骸が多い。こちらはきっちり殺している。
そんな少しの損耗も無視出来ない情況なのだが、今回はカーラがいてくれたのがありがたかった。
「そろそろ蘇生の魔法が使えなくなってきました」
沈痛な色を面に浮かべ、カーラは重大な事実を述べる。
世界と世界の衝突においては、魂の輪廻が通常とは異なるルートで次の生命へと生まれ変わる。
異世界に行ってしまった魂をこちらの世界で蘇生させることは不可能だ。それはカーラだけでなく神竜もまたそうなのだ。
少しずつ戦力を失いながらも、生き残りの戦闘力は上昇している。少数精鋭の戦力が、やがて訪れる大戦期には必要とされるだろう。
レベル100程度の弱兵なら、兵器を使った方が効率的である。
もっともレベル100というのは通常の人間なら限界と言われるほどの到達点なのだが。
ちなみに人間をやめている存在のレベル上限は300程度と言われている。さらに上のアルスやカーラといった存在は、超越者というより変態である。
実はアルスは本気で、この世界の宇宙には、野菜の星の超戦士がいないかどうか考えることもあるのだ。
「いざとなれば箱舟で、何万人かを逃がすことになるのか……」
前回の大崩壊でアルスが優先的にこちらに持ってきた人材は、かなり彼の好みに偏っていた。
サージやレイアナの選別も偏っていたので、彼を責める者はいない。
「大将! 死んだのは17人だ!」
巨大な戦鎚を担いだハーフオーガの男が、アルスに報告する。
彼はアルスにとって新参の部下であるが、どちらかというと協力者に近い。
ハーフオーガであるにも関わらず身体能力はオーガをはるかに上回り、オーガが不得意とする強化系以外の魔法もかなり使える。
そして何より転生者だ。
アルスも一度しか見たことのなかった固有の祝福を切り札とする戦士で、既にレベルは300に到達している。
細マッチョである彼は戦鎚を転がし、その上に座った。
アルスは適当に椅子を創り出し、そこに座る。
理想的なカーブを描く椅子のライン。無限魔法の無駄遣いである。
「17人か。かなり死んだな」
山を二つほど吹き飛ばすような戦闘の後なので、捜索と確認に時間がかかった。
生きてさえいればカーラがどうとでも治してくれたのだが、死んでしまえば終わりである。
ちなみに心臓が破壊され、脳波が途切れていても、それで死んだとは言えないのが、ネアース世界の戦士の常識である。
「大将、俺は直接戦っていないけど、その神帝っていう層のやつらはそんなにやばいのか?」
事実上この世界の支配者であるアルスに対しても彼がなれなれしいのは、前世が別世界とは言え地球の日本人であったからである。
「俺が三人がかりで戦っても退却させるのが精一杯というところだな」
アルスも砕けた口調で説明する。前世でセリナの友人であったというハーフオーガは、アルスにとって重要な戦力であった。
もっとも将として用いるなら、まだまだ教えないといけないことが多いが。
「あんたが三人って……どんだけ化物だよ……」
強気な彼も絶句する、正真正銘の化物である。
「まあ今回の戦いは終わったし、キリのいいところで休もうか」
神将とそれに従う数名の侵犯者は、全滅させた。定義上の全滅ではなく、皆殺しである。
少しずつ敵の戦力を削っていって、この世界に介入するリスクが高いと思わせれば、交渉なり放置なりで、つかの間の平穏を得ることが出来るだろう。
その間に、こちらは兵力を増やす。そして迷宮を使ってレベル100オーバーの戦士を増やし、ドワーフの尻を叩いて兵器を増やす。
兵站部門の責任者は一応フェルナであるが、彼女でも判断出来ない場合はアルスに話が回ってくる。
「ギネヴィアが生きてたらなあ……。まあマートン氏がそのあたりはやってくれるか」
戦闘力も高いナルサスを後方支援に回さざるをえないのが痛いところであるが、彼には将軍としての指揮も求めることになろうだろうから、ここで下手に消耗して欲しくない。
実のところ、アルスは他にも転生者を探していたりする。
普通の転生者なら神々の祝福をもらっても、ただの一平卒にすぎないが、何人かは前世で化物と呼ばれた記憶を持つ者を採用していた。
まずはハンニバル・バルカ。この前世を持つ人物を発見したのは、本当に大きかった。
現代でも通用する包囲殲滅作戦で、無敵のローマを滅ぼしかけた古代五指に入る名将である。
そしてティトゥス・ラビエヌス。
それほど有名ではないが、西洋史上最高のチートであるカエサルの副官を務めた人物である。
また東洋では楽毅。
中国戦国時代の名将で、大国斉を滅亡寸前にまで追い込んだ、戦術家としては抜群の実力を誇る傑物。
日本ではそこまでの転生者はいないが、毛利勝永を発見している。
大阪の陣で真田幸村らと共に五名将に数えられていたが、戦死した幸村らと違って、最後まで秀頼に殉じた、戦場指揮官としては無類の者である。
まあこれらの人材も、人格に変化があったり、ネアースの戦場に対応し切れていないので、戦力化するにはもう少し時が必要であるが。
特にハンニバルはこの世界の歴史書と戦術書を全部見せろと言い、もう数ヶ月も書庫から出てきていない。三次元的な戦いが分からん、というのがその理由だ。
(上杉謙信とか大村益次郎……中国なら曹操とか光武帝、西洋ならナポレオンにベリサリウスもいいな。まだこれから見つかるかもしれないけど、時間がないか……)
アルスは深々と溜め息をつき――そして聖剣を素早く背後に振りぬいた。
そこには大鎌を持った、フードを目深に被った敵がいた。
ハーフオーガが巨大な戦鎚を構えるが、アルスはそれを手で制した。
この近距離まで接近したという時点で、只者でないことは分かっている。レベル300のハーフオーガのルギアスでは相手にならないだろう。
「この世界に入ってきたのは三組だと聞いていたんだが……」
ゆっくりと立ち上がり、剣を構える。こちらは消耗している。特にカーラはいったん戦闘が終了したと見ているので、治癒に魔力を使いすぎたはずだ。
「あれらは私の侵入を隠すのに、非常に役立ってくれました」
フードの奥から背筋を凍らせるようなくぐもった声が洩れてくる。
こいつは危険だ。自分一人では無理だ。だが消耗した味方の中で、誰が戦力になるのか。
「名前を聞きたい。俺はアルス・ガーハルト。この世界の先代大魔王だ」
「ほほ、まあそれなりの力はあるようで。私は死神帝バミラ。敵を必ず殺すため、死を司るとも言われている」
なんだそれは。最悪ではないか。
アルスは自分の価値を知っている。戦術や戦略に政略を正しく理解し、そして世界を一致団結させる名声やカリスマを持ち、さらに人種としては最強であろう。
だが最強であろうと、価値を考えれば本来は前線に立つことは出来ない。彼の喪失は、ネアース世界をバラバラにする可能性が高い。
さてここで、神帝級の相手に戦える戦力を計算してみる。
カーラは魔力を使いすぎている。牽制ぐらいにはなるだろうが、彼女が死んでしまえばレイアナが本気で怒る。それは怖い。
ルギアスは切り札を少し使ったが、前の戦いではもっと長い時間使っていた。数十秒なら戦力として計算出来る。
……それだけだ。
絶望的な戦力差。死神帝と言うからには、神帝級の力はあるのだろう。ネクロより少しは弱いのかもしれないが、強い可能性もある。
何より不気味なのは、この敵はサージの索敵に引っかかっていなかったことだ。
強いと言うよりは、異質なのかもしれない。
「メイビーメイビーこちらアルス。神帝級の脅威を確認。至急援軍を請う」
『了解、すぐさまゲルマン、回復次第他の戦線からも送ります』
サージへの連絡は済んだ。あとはどうやって持ちこたえるか。
「カーラは援護と怪我人の後送を。ルギアスは牽制を頼む」
息を最大まで吐き出したアルスは、まだ血臭の残る大気を大きく吸い込む。
ここしばらく珍しくなくなってきた、決死の覚悟を必要とする戦闘が始まる。
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