88 昆虫人は(経験値的に)美味しいです
セリナは一行の中で唯一、己の弱さを悲観していなかった。
竜の血脈というチートな祝福を持ち、剣術は既に世界のシステムを超越するレベルに至っている。
魔法に関してはまだまだとも言えるが、魔神ルキエルという意外な協力者が現れたため、しばらくは壁にぶつからずに成長するだろう。
問題は時間だけだ。
邪神帝ジンとハイエルフのシルフィから神竜にもたらされた情報は、セリナたち一行も共有している。
ジンは勇者であり、神帝と呼ばれる超越者だが、最初からそこまで絶大な力を持っていたわけではない。
50億年。その気が遠くなるような年月をかけて、力をつけてきたのだという。
ネアースの神々の年齢は、精々が数万年。長くても数十万年で、ジンのような悠久の時を過ごしてきたわけではない。
それでも神々は誕生の時から力を持った存在で――だからこそ単純に力で優る竜には敵わない。
そしてこの世界の守護者である竜であっても、接近しつつある異世界の神々には歯が立たないという現実がある。
だが、セリナはそれに対抗出来ると考えている。夢想ではない。現実的にその理由があるのだ。
神帝という存在は、異世界の神である。神というのは存在自体が強大なものであるが、ジンを除いては決定的な弱点を持っている。
それは力が強いからこそ逆に存在する弱点。即ち実戦経験の弱さと、対等かそれでないにしても強敵との戦闘経験がないことである。
強力な魔法は行使できる。肉体の性能も高い。しかし言わば、それだけだ。
実戦に優る修行はないとも言うように、前世で苦戦や敗北を繰り返してきたセリナとシズには、戦術や切り札によって苦境を逆転する力がある。
実際に前回の戦闘では、セリナの一撃がネクロにかなり有効な一撃を与えた。
しかし、である。
あの一撃から決定的な攻撃へつなげることは出来なかった。セリナだけでなく、仲間たちの全てがだ。
やはりレベルの底上げが必要なのだ。単純にステータスを上げ、打撃力を高める。それによって純粋にネクロの防御力を突破する。
課題は単純であるが、達成は困難であろう。しかしやるしかない。
そのための課題が、今から始まる南征である。
竜爪大陸。戦乱の竜牙大陸に対して、暗黒の竜爪大陸とも呼ばれる。
大陸の北三分の一は天竜ラヴェルナの支配の下、人種が秩序だった社会を形成している。しかしそこから南進すると、悪魔たちの領域に達する。
悪魔とはネアース世界の理から外れた存在であり、異世界からの侵犯者であるが、どうもネアースとは裏表のような関係にあるらしく、勇者召喚のように世界間に悪影響を与えることはない。
よってたくさん召喚して経験値に変えることが出来る。下手に神や竜を殺してしまえば、こちらの戦力が減るので、それが一番いいのである。
かつては竜爪大陸の南端まで追い詰めた悪魔や昆虫人であるが、悪魔は魔界とも呼ぶべき異世界から戦力を召喚し、昆虫人は繁殖力が高い。
ラヴェルナに協力する人種や神もいるのではあるが、やはり戦いは数であったらしい。
ラヴェルナの眷族軍とでも呼ぶべき軍は要所を固めて敵の侵攻を防いでいるが、徐々に追い込まれているようだ。
時折他の神竜からの援助によって、一気に敵戦力を壊滅させることもあるが、どうしてもあと一歩が足りない。
ゲリラ的に戦闘する昆虫人や悪魔は、軍隊にとっては相性が悪いのだ。
しかしここに、ゲリラともテロリストとも呼ばれ、そういった非正規戦術に慣れた者がいる。
レムドリアを相手にしたミラと、前世で散々暗殺や破壊活動を行いまくったセリナである。
この二人がいるわずか六人のパーティーが、眷族軍にとっては魅力的な戦力に映るのだ。
「レベル上げをしましょう」
いつもの六人で集まって、セリナは開口一番にそう言った。
「私たちのレベルは、一番低かったライザでも既に300以上。これ以上は高位の神々や成竜とでも戦う必要があるが」
プルの意見は、つまりそんなことをすれば、ネアース世界全体の戦力が低下するということだ。
数だけいても仕方がないので、神や竜を経験値にするという、手段を選ばない方法もあるが、少数の強者よりも多数の弱者が必要な場合もあるのではないか。
「既に兵器の発達により、成竜程度なら先進国の軍で倒せるようになっています」
それは事実だ。しかしそれでも神や竜を失うのは痛い。
「それにどうしてもこちらの味方にならない破滅傾向の神や、高位の悪魔、レベルの上がった昆虫人などを駆逐していけば、ちゃんと経験値になるでしょう」
悪魔というのは、そもそも悪しき神々よりもさらに、人種にとっては危険な存在である。
たとえばセラの本性であるラクサーシャは、人の悪徳を煽り、友愛を叩き潰すことによって悦楽を得る、悪しき神である。だがそれでも人種を絶滅させようとはしない。
むしろ自分が楽しむためには、ある程度の人種がいてこそと思っているのだ。騙そうとして逆に人の絆を見せ付けられ、参った参ったと敗北したこともある。
悪魔は違う。とにかく人種を抹殺することを目的とし、人種を殺し、食らうために存在するものだ。
そして昆虫人は徹底的に人種とは相容れない。昆虫人の価値観というか、社会構造や本能が、どうしても人種とは反発するものなのだ。
種族差別がほとんどなくなっているネアースだが、昆虫人たちはその例外だ。
なにしろ思考回路の大前提が違っている。知能は高いが人種とは全く異質なものなので、理解することも難しい。。
せめて棲み分けが出来ればよかったのだが、昆虫人の繁殖力は高く、北へ向かえば豊饒の大地が広がっている。
そんなわけで竜爪大陸の戦力は南に向けられ、戦費によって復興がいつまで経っても進まないという現状がある。
ラヴェルナが前線に出れば一気に追い込むことも出来るが、なにしろ神竜は最終兵器であるので、滅多なことでは使えない。
また昆虫人は魔境に隠れることもあるため、一網打尽という手段も取れない。よって軍が必要になっているのだ。
そんな最前線の基地の一つを、セリナたちは訪れていた。
「なるほど、了解した。つまり君たちに自由にやらせろということだな?」
珍しく人間の司令官であった男は、部屋の壁面に貼られた地図を掌で叩いた。
「我々の基本は、直進して虫どもを海に落とすことにある。海凄の人種とは連携が取れているからな」
しかしそれは敵陣奥に進むということであり、後方を遮断されて兵站が途絶する危険もある。
よって今までの侵攻は石橋を叩いて渡るというもので、着実にではあるが遅々としてしか進んでいなかった。
一行は精密な地図を受け取り、昆虫人が作った巣の位置までも確認する。
「二つに分かれたほうがいいですね」
セリナの言葉は妥当なものである。神竜軍の攻撃で東西に分かれる昆虫人や悪魔は、やはりこちらの後方を扼す可能性があるのだ。
「一人一人で、片付ける」
珍しくライザが発言した。
しかもその内容は、セリナたちも予想していなかったものだ。
ライザはこの中で接近戦の技能に劣り、不死性も備えていない。
護衛となる者がいなければ、いくら強大な精霊術でも接近戦でやられる可能性がある。
「何か考えがあるのかの?」
シズの問いに頷くライザだが、その内容を説明しようとはしない。
だが彼女がそう言うのであれば、何かの成算はあるのだろう。
「では一人一人、昆虫人を駆除していきましょう」
セリナの問いに、仲間たちが頷いた。
昆虫人の生息する地域には、人種は残っていない。
全て殺され、食われたのだ。
よってプルが流星雨を使おうが、セリナが街の廃墟ごと大地を削ろうが、問題はない。
戦後の復興を考えれば極端な手段は取れないのだが、まずはレベルを上げて侵犯者どもと戦う力を手に入れなければいけない。
よって戦争は、根切りになった。
例によってプルは広域殲滅魔法を使い、集団で行動する昆虫人を駆逐していく。
時折現れる悪魔も、ようやくレベル10に達した剣術技能と、強化魔法の前には敵ではない。
剣を振り強い個体を捌きつつ、軍としても機能してない群れは魔法で潰していく。
時折かなり強い悪魔や昆虫人が現れるが、なぜかそれらは連携することがない。
わずかに苦戦することはあっても、彼女自身には全く問題がなかった。
後ろから付いて行って占領を確かにする歩兵の方が、ゲリラ的に襲ってくる残存個体に悩まされることが多かった。
シズはとにかく個人での戦闘に終始した。
対集団戦ではあまり活躍の場がなかった彼女であるが、昨今新しい技を開発したのである。
魔力自体はあるので、それを使って地平線まで飛んで行く音速の矢を放ったり、槍を旋回させ暴風で森の木々をなぎ倒したりしていた。
あくまで魔法に頼らないその姿勢は、案外彼女を突出した性能の戦士に育てているのかもしれない。
ミラは搦め手を使うことにした。
半吸血鬼である彼女は、本来使い魔を使役することが出来る種族特性を持っていた。
もっとも日光への耐性をなかなか取らなかったように、基本的には怠惰で向上心の薄い女なのである。
だがさすがに先日の戦いで思い知ったのか、割と訓練をおこなっている。
使い魔である虫や鳥によって昆虫人の巣を虱潰し探査して、問答無用で駆逐していく。
魔法と接近戦の割合は、どちらかというと魔法を優先するようである。なにしろ鉤爪でしか接近戦は行ったことがない上に、その鉤爪ではネクロに全くダメージを与えられなかったので。
セリナはいつも通りであった。
地図と広範囲魔法を使う彼女に死角はない。
そして最も懸念されていたライザの単独行動であるが、彼女は彼女なりに手段を見出したのである。
風や炎の精霊王を傍らに置いて、接近戦をそれに任せる。自らの精霊術で昆虫人をまとめて片付けるのは魔法と同じである。
土の中に巣を作っている昆虫人は、何も出来ることがなく、彼女に一方的に埋められていった。
「勝った! 第一部完!」
「まだ終わってない」
ミラの戯言に珍しくライザが突っ込んだ。彼女も少しずつ人間らしさを身につけているらしい。
神竜軍の侵攻は速やかなものになり、セリナたちもそれなりの経験値を得てレベルを上げていた。
だが予想していたほどの悪魔や昆虫人の大物はまだ釣れていない。おそらく大陸の南端に追い詰められているのだろうが。
「食料の問題があるので、共食いしているかもしれんの」
シズが淡々と怖いことを言ってくれるが、蟲毒のように少数の強者に経験値が蓄積されるなら、そちらの方がレベル上げの対象としてはいいかもしれない。
「とにかくもう少しです。昆虫人と悪魔はさっさと絶滅させましょう」
絶滅危惧種の概念がないネアースで、セリナの言葉に一行はおう!と賛同した。
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