86 それぞれの道

 疲労でぐったりしたゲルマンをさらに酷使し、セリナは神竜ラナとつなぎを持った。

 それは純粋に、修行する環境を整えるためのものである。前世においてレイアナに鍛えられたように、それ専用の訓練所を必要としたのである。

 ラナは忙しかったらしいが、わずかながら時間を作り、セリナに会う手間を取ってくれた。

 そんなラナに対して、セリナは訓練所の概要を説明する。



 さて、地球の歴史において、最も修行を繰り返した創作作品はなんであろう?

 実際の地球では不可能でも、ネアースでは神竜の力がある。簡単に言えば、重力を制御したり、大気濃度を調整したり、はたまた神竜の次元を超えた能力で、ステータスを制限してしまうことも出来る。

 セリナが求めたのはそんな条件である。

 もちろん元ネタはドラゴンボ○ルであった。

 基礎的な能力を、とにかく鍛える必要がある。近接戦は実際の訓練で鍛えればいいし、魔法は大賢者たちが必死で開発している。

 よってセリナたちは修行に注力するつもりであったのだが、ラナから条件が出た。

 竜爪大陸の安定である。



 200年前。世界は混乱の渦に巻き込まれた。

 それは悪しき神々の復活と、それに伴う魔族や魔物の活発化であったのだが、実はこの現象、まだ完全には解決していない。むしろ固定化しつつある。

 セラのように敵対をやめた神もいるのであるが、中心となって策謀を企む厄介な神が一柱残っているのだ。



 魔神ルキエル。

 最高位の悪しき神にして、もっとも魔法に長けた神とも言われている。







「殺すのかの?」

 いきなり物騒な問いかけを行ったシズに対し、彼女はふるふると首を振った。

 そして説明しようとするのだが、どうも上手く言葉にならないらしい。

 幸いここには、彼女の言いたいことがなんとなく分かる人間がいる。

「ルキエル自体はこちらの味方をしてくれるのです。だからこちらの経験値にしてしまうのには、南部の悪魔たちを潰すべきかと。そもそもあれもこの世界の存在ではないですし」

 セリナの言葉に、天竜ラヴェルナがこくこくと頷いた。



 竜爪大陸、天空回廊。

 神竜の一柱である天竜ラヴェルナの神域である。

 ラヴェルナはかつて200年前、悪しき神々とその眷属である悪魔の手によって、自らの神域から追い出され、眷族とも言える人々を殺された。

 その折に、当時神竜の騎士として一時召喚されたセリナや、他の仲間たちと共に行動し、ネアースの危機を救ったのである。

 同時に悪しき神々に対しては大魔王や神竜の関与もあり、なんとか自らの神域を取り戻すことに成功している。



 そして現在、神域の奥の間、ラヴェルナの個人スペースに、彼女たちと彼が集まっていた。

 女の子七人に対して、男が一人。

 きわめて場違いな雰囲気の中、彼は涼しい顔をしている。

 まあ前世が男だったのが二人もいるので、そのあたりは男女の機微は分かっているのだが。

 そもそもプルの思考もきわめて男性的で、シモの欲望も女性に対してしか抱かない。

 だがそれらの要因があったとしても、彼は同じような顔をしていたであろう。



 魔神ルキエル。

 ネアース世界の魔法を最初に作ったとも言われる、悪しき神々の陣営の中にいながら、どちらかというと中立的な神だ。

 そういう所以でもないのだろうが、見かけも中性的な美形である。

 ちなみにミュズなどはアルス×ルキエル本などで己のリビドーを発散しているらしい。

 とことん腐った魔王である。







「根幹世界との接触は、私たち悪しき神々の中でも、通俗的な立場の神は避けたいことだ」

 ルキエルの言葉の意味は、悪しき神々の中でも俗物の神は、ネアースを守りたいということである。

 中には完全に破綻した性格の、破滅主義者の神もいるのだが、それは少数らしい。

 かといって悪しき神々の性質からして、完全に神竜をはじめとする戦力と協調することなど出来ない。

 ルキエルはその中でも例外の一柱であるのだ。



 天空回廊の頂上、ラヴェルナの神域に、ラナとテルーが協力して、訓練所を作ってくれた。

 ちなみに最終的な微調整を行ってくれたのは大賢者サジタリウスであった。彼曰く、やはり神竜も力が強すぎる故に、細かいところに目が届かないのだとか。

 これにルキエルが協力して、新たな魔法の開発などを行っている。

 そしてそれの試し撃ちに、竜爪大陸南部に巣食う悪魔を使っているというわけである。



「それじゃあ二倍から行くよ~」

 ミラが間延びした声で言い、空間に浮かんだパネルを操作する。

 次の瞬間には、広大な白い空間の重力が、二倍になっていた。

「げふ……」

 セラが潰れそうな声を上げたが、しばらくすると背筋を伸ばしてしっかりと立つ。

「二倍ならまだ問題はないですね」

 肉体能力的には一番劣っているライザでも、なんとか動けている。もっともセリナやシズのように飛び跳ねるのは難しいようだが。

 いくら精霊術特化の後衛でも、ステータス的にはかなり筋力もあるのだ。



 段階的に重力を上げていって、セリナとシズの二人がどうにか動けるのは、十倍までと分かった。

 もっともこの状態ではほとんど戦闘は行えない。素振りや体捌きを重点的に訓練するが、まるで素人に戻ってしまったようだ。

 自分と同じ人間を九人乗せながら動くというのは、地球などとは隔絶した身体能力を持つネアースであっても、相当に難しいのだ。



 肉体能力的な面を言うなら、ミラが一番この環境には適応出来る。

 体を霧に変えて、飛行してしまえばいいのだ。ダンピールであるのに純粋な吸血鬼よりもよほど血が濃く出ている。父親の遺伝子が優秀であったこともあるのだろう。

 逆に悲惨なのはライザである。べったりと床に這い蹲り、精霊に運んで貰わなければ移動もままならない。

 セラも同じような感じで、神の本性を出せばどうにかなると、何度も同じ言い訳をしていた。







「それにしても、君は異常だな」

「わしがかね?」

 訓練風景をのんびりと見ていたルキエルが、シズに声をかけた。

「他の五人は分かる。竜の眷属が二人に、神、真祖の吸血鬼と大魔王の娘、そしてハイエルフ。それに対して君は、肉体的には純粋な獣人より劣るはずの半獣人であるにすぎない」

「まあのう。だがわしは転生者じゃしな」

「転生者など珍しくないが、君ほどの者はそうはいない」

 シズの持つ祝福もそれなりに強力なものだが、明らかに種族的に、他の五人よりは弱いはずなのだ。

「まあ、装備の差もあるからの」



 ルキエルが不審に思うのも無理はない。地球とネアース世界では、種族による能力差が圧倒的である。

 シズの片親である猫の獣人は、素早い斥候などには向いているが、戦闘職には向いていないのが現実である。

 遺伝子的には強力な傭兵団の主戦力であったので、確かに優れた部分はあるのだが、それでも成竜を問題なく倒せるような域に達するのは、異常なのである。

 それこそ勇者でもなければ、まさに英雄と呼ばれる存在である。

 まあシズの場合は前世で剣聖とまで呼ばれた経験があるので、それがステータス外の実力として表れるのだが。



 シズの接近戦の訓練相手になるのは、セリナだけである。

 プルやミラでも、彼女には勝てない。神竜の技能システム上限を超えているだけのことはある。

「やはり、武器がないとどうにもならんかの」

 シズがぼやく。先日の戦闘で双刀は砕かれてしまった。

 この世界でドワーフよりも優れた鍛冶師であるレイアナの作った武器でも、あのネクロ相手にはほぼ効果がなかったのだ。

 一応訓練が進み、ある程度の区切りが付いた時点で、レイアナは新しい武器を作ってくれると言っている。

 ガーハルト帝国で、大魔王の技術協力を元に、自らの神竜刀ガラッハに匹敵するほどの武器を作る予定だ。



 レイアナの神剣を前世で初めて持ったとき、セリナは一方的に魔力を吸い取られ気絶した。

 限界まで魔力を消費するという、魔力の上限を上げる方法としては有効であったが、転生してからはむしろ魔法よりも近接戦に重きを置いている。

 しかしあの敵を相手に、単なる剣術だけでは勝負にならない。魔法で肉体や武器を強化しなければいけないが、そのためには潤沢な魔力が必要だ。

 わざわざレイアナが作ってくれる武器なのだから、それを使いこなす準備も必要だろう。







「せっかく作ってもらった訓練場だけど、想定していたほど効果はないようです」

 修行が一段落し、皆がへたり込んでいる中で、セリナはそう言った。

 過酷な環境で肉体を動かすというのは、確かに負荷をかけてその体を強化することが出来る。

 だが実際のところ、生物にはその惑星において生まれもった、適切な肉体があるわけであって、重力に抵抗する筋肉を付ければ、動きが変わってしまう。

 セリナやシズのような技を極めたような人間は、むしろ異常な環境では、肉体の動きを制限されるようで、技量が歪むのであるが……。



 セリナはともかく、シズは高重力にも適応した。

 もっとも、それが狙い通りのものだったというわけではないのだが。

「環境が変われば剣も変わる。そういうことじゃろ。いろんな環境に慣れることで、技の幅をふくらませるのじゃな」

 さすがは剣聖と呼ばれただけあって、戦場を往来した数では負けないはずのセリナを瞠目させた。



 そしてシズはそれだけでなく、西洋剣の取り扱いや、槍の扱いにも甚だしい上達を見せた。

 セリナがネクロとの戦いにおいて相手の防御をなかなか突破できなかったことを見て、一点を突破する刺突の攻撃を重視し、槍の重要性に着目したのだ。

 戦国時代、武士の接近戦での主武装は槍であった。

 剣聖とまで言われたシズであっても、それは変わらなかった。

 対してセリナは携帯性を問題にして、刀の技を磨いていた。

 このあたりに二人の差が出来ているのだ。



 それでも、最後に前面に立つのはセリナであろうとシズは言った。

 シズの肉体はあくまで半獣人をベースにしたもので、竜の血脈を持つセリナとは、本来比べ物にならないのだ。

 装備の差を考えても、ネクロのような敵を相手してはセリナの方が有利なのである。







 高い不死性を持つミラもまた接近戦が求められたが、他のメンバーは魔法を主軸として考えるしかない。

 特にセラは付与魔法での強化や、相手を幻惑する魔法を強化している。

 主に攻撃魔法に習熟していたプルも、単純な攻撃魔法でダメージを与えるのは難しいと考えていた。

 しかし『塵は塵に、灰は灰に』がわずかながら効果があったことを考えて、対個人用の魔法の訓練を行っている。

 これまでは見た目が派手で、多数の相手を殲滅する攻撃魔法に偏っていたのだが。



 そんな一行の中でライザだけは、特殊な状況にある。

 精霊術。ネアースの数ある人種の中で、おおよそエルフのみが使える特別な能力だ。

 大自然に起こりえる全ての事象を操ることが出来るが、逆に言えばその範囲内のことしか出来ない。

 簡単に言うと、神竜は惑星を破壊する力があるが、精霊使いにはないということだ。

 もちろんそれでもライザの力は強力なのだが、ネクロのような相手を考えると、さすがに攻撃にも防御にも不十分と言える。



(どうしよう……)

 仲間たちがそれぞれ殻を破ろうとする中で、ライザだけはどうしようもない限界を感じていた。

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