85 地球流修行計画
ニホン帝国を空前絶後の大災害が襲い、経済と軍事、さらには政治体制にまで大きな傷を残した。
消滅してしまった竜牙大陸南端と比べればマシと言えるのかもしれないが、こういう話は下を見ればキリがないのだ。
アルスとフェルナは立場的なものもあって、ガーハルトに帰っていった。意外と働いてくれたのはゲルマンである。
彼は大量の物資を収納したまま長距離の転移が行えるので、被災地ではかなり重宝されたのだ。
セラは肉体的にも精神的にも傷を負った人々を、治癒して回っている。珍しく真面目だ。
ライザは急激な環境の変化を少しでも緩和するために、精霊を使役している。
他の四人は人間重機となって、倒壊した建造物を撤去したり、わずかながら残った生存者の捜索をしていた。
「それにしても、人種が一人でこんな無茶を出来るものなのね」
ミラが作業をしながら呟く。セリナの記憶には、似たような事例が存在する。
「3200年前には当時の帝国の帝都が消滅し、数百万人の犠牲が出て、帝都のあった土地は湖になったそうですね」
「あ~……アルス様も無茶してるわよね~」
呪神帝ネクロのやった程度のことは、実はそれほど珍しい事例でもなかった。
数万年の昔に遡れば、地球ではオーストラリア大陸にあたる小さめの大陸が一つ、ネアースでは消滅している。
セリナもそれほどの規模ではないが、魔境を半壊させる程度の破壊は行っていた。
神竜がその気になれば、地球規模の惑星を破壊できるというのは、あまり知られていないが常識でもある。
三日間を被災者の救援にあてた一行は、再び進路を決めることとなった。
ちなみにゲルマンはまだやることが残っているのでハブられている。
「迷宮を踏破しよう」
提案したのはミラであった。ニホン諸島には五つの迷宮がある。腕に覚えのある探索者などは、これに挑んで稼いでいる。島国であるニホン帝国の、資源産出所でもある。
迷宮には魔物が棲み、その素材が高値で取引されるのだ。
ニホンには魔境がないので、迷宮は必要不可欠の存在であった。しかも迷宮は魔境と違って魔物が外に出ることも少ない。
このあたりも日本人であるアルスの贔屓があるのだが、3200年も前のことなので、エルフでさえあまり詳しいことを知らない。
迷宮と聞いて今更か、という思いがないでもない。
「ちなみに理由は?」
「あたしは大丈夫だけど、あんた達は装備を整えないといけないでしょ?」
なんとちゃんと考えた理由であった。
ネクロとの戦いにおいて、セリナは防具のほとんどを失ったし、プルはそれに加えて武器まで失っている。
自らの魔力で衣服を生み出すダンピールのミラとは違い、彼女たちの戦力は低下しているのだ。
あの戦いにおいて完全に被害が出なかったのはライザだけである。
セラも法衣を失っているし、ミラも身につけた魔法具の類は消滅した。シズの神器とまで言える双刀は失われ、武装も幾つかは損傷し、修復してもらう必要がある。
「とは言ってもな。わしらの使うような武器や防具が、この国で手に入るのかの」
シズの武器防具は神竜レイアナの鍛えた物であり、たとえいくら熟練したドワーフであっても、それに匹敵する物は作れない。素材の段階で歴然とした差がある。
細かい護身用の魔法具であれば、セリナの収納の中にいくらか入っているので、それを付けていればいい話だ。
そもそも根本的な問題として、オリハルコンほどの素材ならばともかく、ミスリル製の防具であっても、セリナの生身の防御力には劣るのだ。
セラの法衣はミスリルを加工した布で作られているが、これを衣服に加工する技術はニホンにはない。
つまり戦力を元に戻すには、超腕利きドワーフのいるガーハルトか神竜の神域まで行く必要がある。しかし神竜はそろって留守である。
ガーハルトも大魔王二人が一度に出てきたのだ。他の面でも相当に忙しいことは察せられる。
ちなみに戦力的なことを言えば、ネクロとの戦いで一同は大方レベルが上がっていた。
倒してもいないのに戦闘だけでレベルが上がるというのは、そうはないことである。
「いや、確かに装備はそうかもしれないけど、最低限の物は必要じゃない?」
「最低限の装備は持ってるけど」
セリナの無限収納の中には、予備の武器や防具がある。もちろん魔法具もあるのだが、基本的にミラなどは吸血鬼由来の祝福があるので、あまりそういうものは必要としていないはずだ。
よって彼女がよりにもよって迷宮に執着するのはおかしいのだが。
「いや、あの戦いで財布なくしちゃって…一文無しなのよね……」
真実はなんとも世知辛い理由であった。ニホン帝国の紙幣やカードは、諸共に紛失したそうだ。
「なんなら少し融通しますが?」
セリナの場合は無限収納の中に使え切れないほどの貴金属が眠っている。
「だめ! あたしは友達とお金の貸し借りはしないの」
まあそういう拘りを持つ者もいるだろう。
ミラの金策だけが要因ではないが、一行はニホンの迷宮に潜ることにした。
レベルアップした体の慣らし、あるいはネクロのような非常識な存在を想定して、切り札の一つや二つは開発しておくべきだろう。
そしてそのためには迷宮の魔物は手加減する必要もなくちょうどいい。
だが――。
「よいしょ」
気迫のない掛け声でミラが倒したのは、キングヒュドラと呼ばれる個体であった。
討伐推奨レベルは100を超える、普通の探索者であれば数十人のメンバーを集めて挑むようなものだ。
しかしミラも含めてセリナたちは強くなりすぎ――それでもまだ、ネクロには全く及ばない。
とりあえず迷宮を一つ攻略したところで、宿で反省会を開く。
「なんつーか、リハビリにもならないわね」
自ら言い出したことでありながら、ミラが文句を垂れた。
「あれほどの力を示していても、まだ本気ではなかったそうですしね」
「そうじゃなあ。あれが本気になれば、この星ごと砕いたであろうしな」
邪神帝ジンの言葉によると、彼ほどの強力な存在がこちらにやってくるには、かなりの制限が必要になるらしい。
ネクロにしても領土を手に入れるのが目的だったのか、惑星ごと破壊することはなかった。
「ステータスが分からないというのが痛いな」
プルは基本的に、竜眼で敵のステータスを確認して戦っている。
相手の弱点を突き、相手の得意を封じる。そうやって格上の戦いでも制してきたのであるが、違うシステムの世界の住人相手では勝手が違う。
「正直な話、あいつを相手にして、どれぐらい修行すれば、勝てるようになると思いますか?」
セリナの言葉に、一行は難しい顔をした。
ジンは神竜と互角以上に戦えた。しかし50億年の時間を必要としたという。惑星が発生して人類が誕生するぐらいの、途方もない時間である。
「……普通にやれば無理であろうの。なんとか考えねばいかんが……」
そもそも素質の前提が違うのだ。人が竜と戦う程度の差はある。技をいくら鍛えたところで、シズの力は全くダメージを与えられなかった。
やはりまずは武器であろう。それから魔法の研鑽に、肉体的な能力の底上げが必要となる。
「……精霊をこれ以上行使するのは難しい」
ポツリとライザが言った。同じハイエルフでも、シルフィとは実力差がありすぎる。精霊術でも何か根本的な違いがあるのだろう。
「なんとか上手い修行をする必要があるの……」
シズが言うが、ネアースに生まれた四人には、それが上手く理解出来ない。なにしろこの世界で一番簡単に強くなる方法は、敵を倒してレベルを上げるということだからだ。
「単純に訓練を重ねるだけでは、時間がかかりすぎるということですね」
「まあわしらが互いに相手をしあえば、ネクロとかいうのなら、10年ほどで倒せるとは思うが、それも武器を用意せんとな」
その言葉に、ネアース由来の四人は驚く。
「倒すって、マジで!? それにあれ、全力じゃなかったみたいなんでしょ!?」
ミラが叫ぶが、シズだけでなくセリナも頷いた。
「装備を整え、修行する環境を用意すれば、もっと短縮出来ると思います。ですが、やはり神竜の助けは必要でしょうね」
さらに期間を短く言ったセリナに、一行の視線は集まる。それは「正気か!?」と問うようなものであった。
「地球では様々な戦闘を描いたマンガという文化が、このネアース以上に花開いていたのですが、その中には幾つも戦士が修行をして強くなるというパターンがあるのですよ」
実際にセリナは前世、ネアースに転移した初期に、レイアナの手によって過酷と言うのも愚かな訓練を受けたものだ。
「けれど、神竜には会えないのでしょう?」
竜とは相性の悪いセラが渋面になるが、そこまで配慮するセリナではない。
「ゲルマンに連れて行ってもらいましょう。彼なら転移ですぐに神竜の所へ行けるでしょうし」
そう言ったセリナの言葉も乾かぬうちに、宿のドアを開けてゲルマンが戻ってきた。風呂を浴びてきたのか、全体的に身奇麗になっている。
「ああ~、やっとだいたい終わったぞ。あとはもう政府に任せておいても大丈夫だろう」
そうぼやいたところで、部屋の中の視線が集まっていることに気付く。
「ゲルマン、あなたに頼みがあります」
微笑みながらそう言ったセリナに対して、良い想い出のないゲルマンは、引きつった顔で頷いた。
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