81 電撃的蹂躙戦

「蹂躙せよ!」

 将軍の声に応じて、機械化した魔族部隊と、それをも破壊する魔族の歩兵が突撃する。

 街の外壁はせいぜい10メートルもなく、跳躍力に優れた獣人や吸血鬼などは、平気でそれを超えていく。



 時間は当然夜。魔族が全力を出せる時間帯である。

「私たちの出番はなさそうですね」

「血が疼くの」

 高台から戦況を眺めるセリナは、武者震いするシズを肩を叩いて止める。

「この戦略では最後の一撃が一番重くなりますから、それまでは戦力を温存する必要があります」

「分かっておるよ。そもそもわしらが倒しても、あまり意味はないからの」

 シズはおとなしく言って、天幕の中に入って行った。







 会議の結果、電撃戦が採用された。

 もっとも本当の電撃戦とは意味が違うのだが。

 魔王軍は大陸南端を特に、東の方面を重点的に攻める。

 大陸の西部と、ニホンの連絡を出来るだけ遮断するためだ。

 もしニホンが急襲してくれば、挟み撃ちにあう危険な戦略だが、ここはニホンの慎重さを考えて、退路を確保した上での戦闘である。



 魔王軍の進撃速度は、常軌を逸していた。

 速度のある兵科を出来るだけ温存し、足の遅い兵は一時的に都市や街の守りに当てる。

 戦力の分散につながる悪手であることは承知の上で、速戦を求めて動いているのだ。



 浮遊戦車とそれに付随する高機動歩兵は、優先して進軍させていた。

 この戦略は速度が物を言う。大陸の東を南の戦端まで駆け抜け、そこから西へと時計回りに動く。

 全ては速度にかかっている。だが攻城戦が多くなることも予想され、本来なら攻城兵器も求められるのだ。

「ほりゃ」

 全力を込めたミラの拳が、外壁ではなく、門を破壊する。

 歪んだ門は複数の敵兵を巻き込み一直線に飛び、家を破壊して止まる。



 この戦いではセラもまた参加していた。

 彼女の能力、人を惑わすという力は、本来強い人間のパーティーよりも、弱い人間の集団に対して有効である。

 さっさとそれを言えよ、という話だが、セラがわざわざそんな有利になる話をしてくれるわけもない。

 あくまでこちらを試している。神としての人格が、彼女の思考を歪めている。

 だがそれでも、セラの力は強力だった。







 街を一つ落とすと、軽度の負傷を負った味方を警備に置き、他種族融和派の指導者に住民のまとめを頼む。

 その折には指導層の排斥派は全員抹殺するが、民衆レベルでは殺戮は避ける。

 しょせん民衆と言うのは扇動するものがいなければ動けないものなのだ。

 逆に言えば、扇動されれば理性をなくしてすぐに猪突するものでもあるのだが。

 人間の本質は変わらない。今も昔も、異世界でも。



 魔王軍の進撃は速かった。

 それ以上に早かった。

 ニホンの政体からして、元首が即座に判断を下しても、軍が動くのには編成や補給の手続きなどで五日は最低かかると思われる。

 もちろんもっとかかるかもしれないし、有能な指揮官が補給を最低限に無視して、即座に軍を動かすこともありうるかもしれない。



 しかしそれは文民統制のニホンの国体を考えれば、無理な話である。

 無茶は出来るが、無理は出来ない。それでも最低限その可能性を頭の中に入れておくが、あくまでも念のためということだ。

 いざとなればライザの精霊術で、嵐を起こしてしまえばいい。

 ニホンの艦艇が優秀だとしても、それは海の危険を完全に排除するという保障ではない。

 ただでさえ大陸に介入する利点が微妙なのに、そこまでするかと言えば、さすがにデメリットが大きすぎるだろう。



 戦争において無茶を通す場合はあるが、それはその無茶によって明確なメリットがある場合である。

 ここはその場合に当てはまらない。ニホンはそもそもどちらを明確に支援するかも決めてないのだ。安全保障のためには南部には人間の国が統一されずに残っていたほうがいいのだろうが、魔王軍はこれまで国家を完全に征服しているわけではない。

 戦争もそうだが、戦後処理を素早く済ませれば、ニホンの動きは抑えられるだろう。別に融和派がニホンと悪い関係にあるわけではないのだ。むしろニホンとしては、融和派の方が自分たちの感情に近い。

 そのような訳で魔王軍は高速で移動し、三日目には竜牙大陸の南端の都市を落としていた。







「さて、ここからだ」

 ダークエルフの将軍が、わずかに緩んだ声を出した。挟撃という最悪の場面は回避出来たのだから、それも無理はない。

 ここから魔王軍は北方に進撃し、大陸南西部を占領していく。

 既にここまでの戦闘で、援軍を送るなどした南西部の国家は、かなりの戦闘力を喪失している。

 そして魔王軍はまだ充分な戦闘力を持っている。戦略的には、戦闘で勝つことはほぼ間違いない。

 あとの問題は、戦後を見据えてどう対処するかなのだ。



 基本的には、これまでと同じ占領政策で良い。

 排斥派を確実に排除して、融和派を国家の指導層につける。

 差別的な思想は、長い時間をかけて少しずつ排除していくべきだろう。民族対立どころか種族対立なので、かかる時間は長いものとなるだろうが。

 それはミュズたち政治家の役目である。



「そのことについてだが、一つ提案があるんじゃがの」

 珍しくシズが手を上げた。

「最後に残った都市、そこではまず降伏勧告をして、排斥派以外を都市の外に出すんじゃよ。そして残った排斥派は、全て皆殺しにする」

 排斥派でも、いわゆる市民には武力などない。

 だがそれでも根切りにする。シズの過激な意見に、将軍たちでさえ動揺した。



 しかしセリナは賛成した。

「排斥派以外がちゃんと逃げられるように、城壁などは破壊した方がいいですね。それと勧告をちゃんと全員に伝える必要がありますが」

 統治には、恐怖が必要な場合がある。

 統治ではなく支配ではないかと思われる場合もあるが、為政者には民衆に恐れられる要素がある方が、優位な場合があるのだ。

 最後に残った排斥派を完全に皆殺しにするというのは、今までに降伏した排斥派や逃げている排斥派に、強烈な意思を伝えることにもなる。

 殺戮という悪が、統治の上で必要となる。そんな場合も戦乱を経験すれば納得するものだ。



 将軍たちにも、その意見は消極的にしろ積極的にしろ賛同された。

 今までテロリストたちによって殺されてきた兵を思えば、感情的にそれは拒否しづらいものであったのだ。

 民主主義の国家でも、恐怖が必要とされる場合がある。

 それによって逆に民衆が統治する側に対して、革命を起こす場合もあるが。

 魔王軍の兵器の優位性により、小規模な反乱などは即座に潰すことが出来る。

 最初は恐怖からであったにせよ、善政が10年も続けば、民衆はそれに安寧するものだ。



 だが、広い視野を持っている者が反対した。

「大陸の統治という面では、確かに有効でしょう。しかしニホンへ与える印象はどうでしょうか」

 そう言ったのはオーガの将軍で、種族的に血を好むという偏見からは、全く自由な思考をしているようであった。

「ニホンとは一番遠い地方になりますから、情報がそのまま伝わることはないでしょう」

「いえ、ニホンの場合は海路を使うので、遠く見えても直接向かうことが出来ます」

 セリナの反論に、すぐさま的確な反論が返ってくる。オーガという種族に対する見方を、改めなければいけないような人物であった。



 将軍たちの間では、既にシズの過激な対応が支持されつつあった。だがこの反対意見も、検討の余地はある。

 ニホンという国家は単純に強いが、それだけではなく他の国家にない特徴を持っている。海運重視という点だ。

 基本的にネアースでは、財産になるのも交通路も陸であり、海よりはまだ空の方がありえるという、地球の常識からしたらおかしなものであった。

 それを元から島国国家であったニホンが移住してきたため、海に対する意識が他の国家とは全く違うのだ。

 3200年も前にリュクシオン王子が、難攻不落の要塞を陥落させたのも、海からの補給という当時には考え付かない概念を持っていたからだ。

 そして現在でさえ、多くの国では海よりはむしろ鉄道の方が重視されている。

 文明的な発達に比べて全世界的な視点が弱いのは、交通の面の弱さであるのだろう。



 オーガの将軍の意見は新鮮なものであったが、他の将軍たちは議論の末に彼の意見を採用しなかった。

 提案者でさえ、それほどは拘る様子を見せなかったので、セリナとシズの転生組、特にセリナは不思議な感じがしたものだ。

 シズの場合は前世でほとんど海運の重要度を知らなかったので、それも無理はないのだが。







 そして一週間後、奇襲にも似た魔王軍の素早い行軍によって、最後の攻城戦が始まった。

 既に首都以外は陥落した国家の、最後の戦いである。

 残念なことにシズの出した案はあまり成功していない。退去勧告に応じた住民があまりいなかったのだ。



 戦場の空気とでも言おうか。たとえ逃げ出しても、魔王軍が本当に約束を守るとは限らない。そもそも生活基盤を捨てて、どこへ行けばいいのか。

 城壁は破壊され、既に城内の軍事施設まで破壊されている。それにも関わらず住民が逃げ出すことはない。

「考えが甘かったかのう」

 溜め息と共にシズは言ったが、彼女のせいではあるまい。

 民衆というのは常に自分の生活が、明日も変わらず続いていくことを期待する生き物なのだから。

「さて、じゃあ始めるか」

 そう言ったプルは、セリナと顔を見合わせた。



 事前に決められていた時刻は過ぎた。

 魔王軍はいったん都市から遠ざかる。それを撤退と感じたのか、都市からは遠くからでも歓声が聞こえる。

 それを愚かと感じるか、哀れみを覚えるか、セリナは知らない。

 二人の魔力が溢れ、魔法が展開される。



 広域殲滅魔法『流星雨』



 二人がかりの流星雨は、最後の都市を徹底的に破壊した。

 地形からその衝撃を受けない場所に移動して魔王軍の将兵も、その破壊力は震動だけでも理解出来た。

 両者が合わせて、系10回の流星雨。これで破壊できない結界は、それこそガーハルトの帝都ぐらいだろう。

 爆発と衝撃と震動と、砂塵の爆風が響き渡り、長い時間が経過する。

 全てが終わった時、セリナの地図では、都市で生きている存在は感じ取れなかった。

 根切り以上の虐殺。虫の一匹さえ逃さない抹殺。

 クレーターが幾つも見られ、結晶化した大地が、抉り取られたような景観となっている。



 この日、魔王軍は大陸を支配し、一つの都市が地図から消えた。







竜牙大陸戦国編 了

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