79 蹂躙する魔王軍
魔王軍の侵攻が再開された。
それまでは侵攻し、領地を占領しても、ゲリラ化した人間たちに兵站線を破壊されることが多かったが、ゼロではないにしてもそれは大幅に少なくなった。
捕まえた非正規兵を、魔王軍が虐殺して晒していったからである。
基本的にそれまでは、占領民との融和を考えて過度な威圧をしてこなかった魔王軍だが、それでは手ぬるいと主張したのはセリナとシズである。
「下手に温情をかけると、それで調子に乗って色々と画策するからのう。それが判明してから根切りにするよりは、最初から怖がられていたほうがいいんじゃよ」
「恨まれても憎まれてもいいが、侮られ蔑まれることだけはあってはいけません」
この二人の説得で、魔王ミュズは方針を転換したのである。実際政治というのは寛容を旨とするのは難しく、下手に自由を認めるよりも、強烈に縛ってしまったほうがいいという経験を、戦国を生きた二人は持っていた。
前線の将軍たちも、魔王の決断を支持し、内心では大喜びしていた。
せっかく自分たちが上げた戦果が、後方の兵站線遮断により無に帰すということがそれまではあったからだ。
魔王の強硬姿勢は将軍たちのみならず、一般兵にまで伝わり、その士気を上げた。
戦争による人殺しというのは、常人の意識で行えることではない。自らの正義、あるいは戦士としての闘争本能を刺激する必要がある。
今、魔王軍の兵たちは、その両方を手に入れたのだ。
「では、テロリストへの対処はお願いする」
前線にて軍を率いる将軍の中でも、最も序列の高いダークエルフの将軍が、セリナたちに一礼した。
ゲリラとも民兵とも言えるが、彼らにとってはテロリストでしかない。それへの対処は、今まで大きく部下たちの犠牲を強いられてきた。
正規の軍に対して、ゲリラの戦法は有効である。しかしゲリラに対しては、セリナたちのような一騎当千の強者が有効となる。
「引き受けた」
ミラが力強く頷き、仲間たちを見る。
全員が頷く。戦争というものは、人種から現実的に駆逐することが出来ない悪夢である。ならばそれを少しでも早く終わらせることが、せめてもの善意と言えるだろう。
セリナたちは二人三組に分かれて、テロリスト、あるいはゲリラの討伐を依頼され、そして承諾した。
ゲリラはその隠密性が力であり、軍という形の前に現れて戦うことは少ない。
セリナたちはこのゲリラを各個撃破する。そこそこの戦闘力を持つ小集団など、セリナたちの敵ではない。
「では行きましょう」
広範囲の地域を出来るだけ早く無力化すべく、セリナたちは陣を後にした。
ゲリラというのはあくまで自称であって、敵対する者から見ればテロリストというのが正しい。
軍服を着ずに所属を明確にせず、敵対する軍人を後ろから撃つ。それがゲリラだ。
それについて善悪をどうこう言うつもりはない。ただそれは、魔王軍が大陸の治安を維持するためには邪魔なものだった。
およそ十日間。その間にセリナたちは、千名を超えるテロリストを始末していた。
テロリストの中には物心つかない年齢の少年少女もいたが、それに情けをかけるセリナたちではない。
ぽんこつ具合の多いミラでさえ、そこは非情である。レムドリアでテロリストをしていた自分が、今度はテロリストを狩るという立場になったのは皮肉だが、世の中と言うのはそういうものだろう。
最も広範囲を担当したのはセリナで、地図機能によって知られていない小さな村まで虱潰しに当たった。
中には村が丸々テロリストの人員であることもあって、そこでは虐殺が展開された。
魔王軍の後背を安全なものとし、結果的に戦争を短縮し、犠牲を少なくする。その現実をセリナはよく知っていた。
探知能力に優れた者と、対多数戦闘に優れた者が組んで、魔王軍の後背地を守る。
攻撃的な防御である。物資の集積地や兵站線を守るため、少数精鋭で編成された敵軍をどんどんと減らしていった。
竜牙大陸での戦争は、竜骨大陸での戦争とは違い、まだ個人の力が大きく戦局を左右することがある。
そしてその個人の力とは、せいぜいが100レベル付近を頂点としたもので、セリナたちの一行は異常な戦力を持っているのだ。
「ここから東に3キロほど。10人程度の兵士がおるの」
シズは半獣人である。獣人ほどではないが五感が発達している。
それを存分に活かし、並の人間では気付かない匂いや、装備の立てる音を聞く。
「OK。それじゃやりますか」
ミラが鉤爪を出して戦闘の準備をする。比較的高レベルの敵を倒せば、血も飲んで経験値は倍増である。もっとも戦場で暮らす汚いおっさんの首筋に噛み付くことは嫌なのだが。
「あちらにレベル100を超えた戦士が8人いる」
ライザの探索は精霊を使ったもので、魔法使いにさえその兆候を感じさせることはない。
「100レベルか。私が戦闘力を奪うから、とどめはライザがしていけ」
現在のレベルはプルの方が上なので、わずかなりとも経験値が多く入るライザにそれを回す。
もっともライザは精霊術の力が異常に高いので、実際に戦えばプルよりも戦闘力があるのかもしれないが。
そしてセリナはセラの動向に気を配りながら、ほぼ単独で任務を果たしていた。
「私がこちらに回った必要はあったんでしょうか?」
そうぼやくセラのレベルは一行の中で最も高く、そのくせ火力は低い。
それが分かっているセリナがあえてセラを同行させたのは、彼女が危険だからである。
巨神との戦いで知った、セラの本来の戦い方。あれを背後から喰らえば、セリナたちの中でも危機感知に優れたシズ以外は大きな打撃を受けるかもしれない。
今更ながらセリナは悟るが、セラは悪しき神々なのだ。
魔王軍本隊もまた、占領地の支配に一定の人数を置き、合流していた。
竜牙大陸の火薬庫とも言えるアセロア地方。そこへ進撃するための編成を行っていた。
各軍がそれぞれの戦力を支配地に分散して置いたので、改めて編成しなおす必要があったのだ。
「しかしゲリラが1000名以上とは、かなり戦略に長けた人物がいたようですね」
とりあえず任務終了となって本隊に合流したセリナは、血の匂いをさせながらそうのたまった。
「大軍や装備に優位な相手には、嫌なものだからな」
うんうんと頷くプルはいつもの森林の香りをしているが。
民間人をも巻き込むテロリストに関してセリナは、特に悪感情を持っているわけではない。
戦争はとにかく勝てばいいのである。地球においてさえ、テロは最後まで絶えることがなかった。ネアースでも劣勢な敵が行うのは当然のことだろう。
そもそもレムドリアでミラがやってたのは明確にテロである。戦場以外で敵を殺すことは、無差別な殺戮のようであるが、正しい。
近代以降の戦争は国家の総力戦であるからして、戦争の兵器を作る工廠も破壊対象であるし、軍人の背中を守る一般人も、殺害の対象になるのだ。
東京大空襲や核兵器の投下にしても、後世の人道的見地から見ても、当時の価値観から見ても、外道ではあるが戦争において勝利したならばそれは正しい選択なのだ。
そもそもそれより100年前のアヘン戦争だって、そのあまりにも悪辣な目的と手段に対しても、勝利した側が正義となっていた。
後世の解釈がどうなるかはそもかく、その時点では正しいことなのだ。
戦争で一番悪とされるのは、敗北することである。
「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候、とな。あれは越前の太郎左衛門尉殿の言葉であったかな」
シズは生まれた時から竜牙大陸の戦乱の渦中にあり、生前も一生を戦乱の中で過ごした。
どんな手段を取っても勝って、平和を手に入れるならそれを肯定する。
日本の専守防衛などという戯言を信じる者は、この中にはいない。
それに現在のニホン帝国は、拡張路線こそ取ってないものの、最強の海軍国家として成立している。外交的にはガーハルトと文化面で親密な関係があり、実質的に竜牙大陸に影響を持つのは、魔王軍とニホン帝国である。
さて、魔王軍はここでまた軍勢を分けて、人間至上主義の傾向が強い都市を分担して攻撃することになった。
戦術的に見れば兵力の分散は悪手というのが基本であるが、それにも例外はある。
戦力というのは、適正な値を投入しないといけない。たとえば小さな城を相手に10万の兵を動員しても、そのほとんどは遊兵となって無駄飯ぐらいとなる。
もちろん戦線の悪化により援軍を送らなければいけない場合もあるが、相互の戦力がほぼ確実に判明している場合は、拠点を同時に数箇所攻めることも間違いではない。
一つの城に拘っていると、他の城からの援軍に背後を突かれることもある。それを考えれば適正な兵力で援軍を阻止し、本隊で全力でまず一箇所を攻めるという手段もある。
「まあ、てろりすとどもを駆除したから、あとは安心じゃろ」
シズの言葉は、決して相手を甘く見てのことではない。
後方を撹乱するテロリストはほぼ駆逐されたし、魔王軍はそれぞれの編成を終えて目標へと向かっている。
数も装備も問題はない。兵站も充分。相手が砦や都市といった防御拠点にいるのが問題だが、それでも魔王軍の装備と戦術の違いにより、本当の問題にはならないだろう。
実際、魔王軍は圧倒的に都市を落としていった。
いざとなれば戦術級の戦士が六人もいるので、その点での心配は全くない。
気をつけなければいけないのは、都市の住民の魔族や亜人に対しての感情である。
これに対してもミュズは、明確な方針を打ち出していた。
人間至上主義の都市とは言え、融和派や穏健派がいないわけもない。
声が大きく威勢のいい差別派が都市の主導権を握っていたのだが、それらは全て戦死か逃亡か、あるいは捕虜となっている。
こいつらは全員、穏健派などから特に懇願されない限り、全員処刑する予定である。
そして以降の都市の支配は、魔王軍ではなく穏健派に任せることとなっている。
既存の支配階級を残すことで、魔王軍との間にクッションを置く。これでもし都市の住民が不満を持っても、まずは穏健派に矛先が向くというわけだ。
そもそも魔王軍に支配されるより、同じ人間に支配された方が、よほど悪感情を持つことは少ないだろう。
魔王軍はその戦略で、南部へとどんどんと侵攻していく。わずかずつ兵力を治安のために残していくが、相手の兵力もそれ以上に減っている。
何より連敗の事実が、差別派に心理的ダメージを与えてきた。しかし狂信者というのはこういう時こそその真価を見せるもので、負ければ負けるほど、その主張は強く先鋭的になる。
都市の融和派や穏健派に対してさえ、差別派は攻撃を開始した。もっとも実際の刃が交わされたわけではなく、その主張が過激になるというものだが。
そしてセリナやシズが恐れていた事態が発生した。
「ニホン帝国が敵の援助を!?」
前世において日本を知るセリナは驚いたし、他の仲間も驚いた。
驚かなかったのは戦国日本を経験しているシズぐらいであったろう。
ニホン帝国は、3200年前に滅びた地球から避難した、日本人が作った国である。
大魔王アルスの差別意識というか、故郷を優先する姿勢から、地球から逃げ出せたのは多くが日本人だったのだ。
在日外国人を排除したところなどは、アルスの政策の汚点とも言えるが、他のネアース国家では当然のことだと思われている。
地球の日本という国は、アメリカと中国の間に存在する国で、本来なら強大な軍隊を必要としているはずの国であった。
それを考えれば、どこかずれた平和主義の日本を優先するのは、大魔王の心情的には当然のことだったのだ。
こちらの世界で国家を作っても、特に侵略戦争などを起こしてはいない。
だがニホン帝国は、亜人や魔族に対する差別が最も少ない国でもあったのだ。
それが人間至上主義の勢力を援助するなど、今までの歴史から考えるとありえないことだったのだが。
「まあ、所詮は人間の作った国ってことじゃない?」
ダンピールのミラからすると、人間が作った国が、人間を助けようとする意識は理解出来るらしい。
魔族として人間社会で生活していたミラは、吸血鬼以外の魔族に対しても、多少の親近感を覚える。
だがセリナは違う。彼女の前世は中盤から世界規模の紛争や戦争があったが、日本はかなりその被害の少ない国であった。
ネアース世界でのニホン帝国も、海軍国家であり領土への野心は持っていないはずなのだ。
だからニホン帝国の考えていることは、単に同じ人間だから助ける、という同族意識から来るのかもしれない。
しかしそんな姿勢では、国内に多数存在する魔族や亜人との間に不和が生まれるような気もするのだが。
「参りましたね」
そう呟いたセリナの声は、本物の苦悩に満ちたものだった。
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