78 震える大陸

 実はと言うか、言うまでもなくと言うか、巨神ダイタロスは、神々の中でも特に戦闘力に優れた神である。

 善き神々と悪しき神々の戦いの中でも中立を保てたというのは、彼にそれを許すだけの力があったからである。

 純粋に換算すると、彼の持つ戦闘力は古竜をも上回るかもしれない。だが、だからこそ己たちが挑む価値はある。

 最近普通の魔物を倒しただけでは、セリナたちは全くレベルが上がらなくなっていたので。



 ダイタロスは暴れた。

 己の神殿が建立されている山の上で、存分に暴れた。

 それはもう破壊神とでも言うような見事な暴れっぷりで……それを見ていたセリナたちは、正直少し引いていた。

 山巨人など比べ物にならない巨体は、軽く雲を貫いている。その腕が振り回される度に山が砕け、足音と共に大地には亀裂が入る。

 だがそれをセリナたちは、器用に回避していた。小さな虫が人間の手を回避するがごとく。

 そもそもこの三人は、飛行しながら回避するのに長けたメンバーであった。



「ダメだな。私の魔法ではダメージを与えられない。相手が大きすぎるのもあるが、硬すぎる」

 プルの流星雨は、本来山でも吹き飛ばすほどの威力を持つが、それでも巨神相手には威力不足のようであった。

 かずかな傷を与えることがあっても、神の持つ再生力ですぐに塞がってしまう。セラほどではないが、神の治癒力というのは人間など比べ物にならない。

「あたしもダメだな~。鉤爪でも、文字通り引っかいた程度みたい」

 ミラにも決定的な火力は足りていない。せっかくセリナの血を飲むというパワーアップイベントがあったのに、伏線にすらならなかった。



 セリナの力もまた、巨神には通用していなかった。

 そもそも巨体であるというだけで、生物は強い。それに加えて相手は神である。普通の生物よりもよほど、物理的にも魔法的にも優れた防御力を持っている。

 巨神の咆哮は大気を震わせて、空を飛ぶ鳥を落とした。

 しかし鳥よりも速く動くセリナたちには、その攻撃も効果はない。

「接近戦を挑むしかありませんか」

 セリナは飛翔の更に速度を増す、飛閃の魔法を使った。







 巨神の視界から彼女の姿が消えて、次の瞬間には構えた刀が巨神の左腕に、一直線の傷を与えていた。

 その傷に、ようやく巨神はまともな痛みを覚えたらしい。

 流星雨でもまともに効果がなかったにも関わらず、セリナの刀は巨神の防御を突破した。

 さすがは神竜から与えられた武器だとは思ったが、それでもまだ火力が足りない。



 これは長期戦になる、とセリナは思った。

 いや、最終的にはどちらも相手にダメージを与えられず、勝敗不明となるかもしれないが。

 ただ、条件は全く違う。セリナたちの攻撃が無効なのに対し、巨神の攻撃は当たらないだけ。

 もし当たれば確実にダメージが入る。幸いなのは今が夜だということだろう。日光への耐性を得たとはいえ、ミラの力はやはり闇の中でこそ発揮される。たとえば、霧のようになるといった戦法。黒霧化は日光耐性を得た今でも、夜にしか使えない。



 肉体が黒い霧のようになり、巨神の視界を隠す。巨神は咆哮でそれを吹き飛ばそうとするが、霧は不規則に動いてその視界を妨げる。

『流星雨・改』

 そこへプルの改変魔法が振り注いだ。本来なら広範囲を壊滅させる魔法だが、これは巨神の頭部を集中して攻撃している。

 ちなみに提案したのはセリナで、流星拳と彗星拳の違いであった。

「魔力を高めるよりも、集中したほうが効果は高いか。精神的な疲労は大きいが」

 巨神の防御は突破できなかったが、頭を守った左腕は、かなり悲惨な状態になっていた。

 表面は火傷で変色し、骨は砕けて変な方向に曲がっている。



 確実なダメージだ。しかしそれは、巨神の怒りをも買った。

 咆哮と共に、巨神の全体から大気を震わせる轟音がとどろいた。

 雲が割れ、森は倒れ、眷属であるはずの巨人種たちが逃げ惑う。

 まずいな、とセリナは思った。

 巨神と戦うのはいい。だが周囲に悪い影響を与えるのは良くない。特に巨人種に犠牲を出してしまえば、今後の関係が悪くなるのは目に見えている。

 しかし本来それを考慮すべき巨神が、全く気を遣っていない。これはライザを連れて来て頑丈な結界を作ってもらうべきだったかもしれないが、彼女の結界でさえ、巨神相手では通用しないかもしれない。



 そんなことを考えながら回避を続けるセリナの脳内地図に、味方の反応が現れた。

 ライザだ。シズとセラの反応はまだない。だがこの状況ではまさに待っていた援軍である。

 音速を軽く超える速度で、ライザは戦場に向かって来ている。それでもあと数分はかかるだろうが。

 それまで巨神の動きをどうにか防げないか。セリナは上空から巨神を睥睨する。

「神を見下すか! この不遜者!」

 巨神の手がセリナに向けられ、衝撃波がセリナの魔法防御壁を叩く。



 巨神は物理的な攻撃力こそ尋常でないものの、魔法的な攻撃はあまりしない。

 使えないわけではないのは、万能鑑定で分かっている。単に肉体の攻撃力の方が、魔法よりも優っているからだろう。

 通常ならばその巨腕による衝撃波だけで、魔法の代わりに広範囲を攻撃出来るのだ。

 しかしここでその戦い方が、セリナたちには有利に働いた。

 やはり物理だけではなく、魔法も加えた戦い方の方が優れている。







 しばらく巨神を翻弄した後に、ライザが戦場に到着した。

 彼女は何も言わず、巨神の攻撃による衝撃を緩和する精霊術を駆使する。

 結界を張ってしまわないのは、後続の援軍を待っているからだ。



 少し遅れてシズが、そしてかなり遅れてセラが戦場に到着する。

「どうしてこうなったのかは後で聞くとして、あれは殺してしまってもいいのかの?」

 シズの問いにセリナは頷く。基本的に神は、その神核を砕かない限り、肉体を失ってもいずれは復活する。

 おそらくセラの力を使えば、その時間は短縮されるだろう。侵犯者との戦いにおいて、巨神が戦力になることは間違いないので、完全に滅ぼすわけにはいかない。

 そもそも神の魂を滅ぼす手段を、さすがにセリナは知らないのだ。



 三人であった敵が倍に増えた。だがその程度のことは、ダイタロスは問題にしていなかった。

 確かにこの人種の戦士たちは常識外の力を持っているが、彼はまだ真の力を解放していない。

 なぜなら大地の巨神とまで言われる彼の力を本格的に発揮すれば、この地に住む眷族である巨人種にも被害が出るからだ。

 セリナたちが周囲に被害を与えていると思っていた巨神の攻撃は、まだまだ本気ではなかったのだ。



 しかしその余裕も、最後に戦場に到着したセラによって失われることになる。

「皆さん、あれの足止めは、とりあえず私がします」

 そう念話で伝えたセラは、その真の姿を解放したのだった。







 神々は巨人の姿にて描かれることが多い。

 それは単に、巨人が力の象徴であるからである。そして中身が神であるセラにも、それは適応される。

 セラが己の力を真に解放した瞬間、彼女の背丈はダイタロスの半分ほどにまで巨大化していた。

「ラエルテか!?」

 神代の昔に見知った姿ではないが、その本質は変わらない。セラの姿は、善き神である聖治癒神ラエルテの神威を感じさせた。

 しかラエルテが巨神に使った力は、明確に彼を敵として認めたものだった。



 不治。治癒を司るラエルテが使う、己の属性とは正反対の能力。

 それは巨神の再生治癒速度を低下させる。それに気付いた巨神は、ラエルテの姿と神威が、変化するのを見て取った。

 偽りと裏切りの神、ラクサーシャ。

 それに気付いた瞬間、同じ神であるダイタロスは、敵の脅威度の順番を変更した。まずセラに向けて殴りかかる。

 巨大な腕は空気を切り裂き、そして呆気なくセラの巨体を突き破った。

 偽りの神の使う能力、幻影である。

 セラは火力の足りない神であるが、戦闘に向いていないわけではない。

 仲間を援護し、敵を翻弄するという点では、極めて優れているとさえ言えた。



「おのれ! ラエルテの姿を偽りし謀神めが! 尋常に勝負せよ!」

 巨神の怒りに、思わずセラは薄笑いを浮かべた。その悪態、蔑称は彼女にとって称賛でしかなかったからだ。

 相手を翻弄し、冷笑を浴びせ、恐怖と困惑に苛まされる姿を見るのは、セラにとって何よりの悦楽だ。特に相手が偉ぶった神などであれば。



 実のところダイタロスは、火力こそあるが戦闘力は高くない。

 なぜなら彼の神は、善き神にも悪しき神にも属さず、紀元前の神々の戦いをほとんど経験していないからだ。

 相手が同じように脳筋の神であれば良かったが、セラを相手にするには相性が悪すぎた。



 セラの幻影はダイタロスを惑わし、その力を振り回させる。

 一つの幻影を砕き、今度こそ本体を破壊せんと振り向いた巨神の目の前に、弓に矢をつがえたシズの姿があった。

「真空波」

 弓のまとう魔力は大気の力を秘め、大地の力をまとう巨神と衝突した。

 そして矢は巨神の防御を突破し、その目を貫いた。







 巨人を相手にして、セリナたちは虫けらにすぎないと思われるだろう。

 だが実際の虫には、俊敏で人の手で捕まえることは敵わず、猛毒で人を殺す虫もたくさんいるのだ。

 巨神の左腕は砕け、片目は潰れ、そしてセリナの太刀が片足を切断する。

 童子切り安綱・改。レイアナにもらったセリナの装備の中で、一番強力なものであった。

 地球にあった本物の童子切り写しを、原材料を竜の牙にし、魔法の回路をこれでもかと付け足し、巨大な刃を発生させる。

 それはまさに、斬山刀とでも言うべき非常識な刀であった。



 崩れ落ちた巨神は、荒く息を吐いていた。

 周囲の被害は凄まじい。山ではなく山脈が無数に砕け、大地には大きな亀裂が入っている。

 空中で戦っていたセリナですらその振動は感じていたのだ。おそらく広範囲で大地震が起こっていたに違いない。

 その惨劇を確認し、人命救助を行うためにライザとセラ、そしてミラは戦場から去っている。

 大怪我をした人間は、最悪ミラが吸血鬼にして助けることになるだろう。



 倒れ伏した巨神の目の前で、セリナたちは浮いていた。

 久しぶりに大幅なレベルアップをして、少し浮かれてもいた。

「さて、強大にして傲慢な巨神よ。私たちの願いを聞いてくれますね?」

 冷たい瞳で己を見下ろすオッドアイの少女に、巨神は明らかな恐怖を感じていた。

 セリナは知らないことであるが、セリナの持つ太刀ならば竜の力を持つため、神の神核を破壊することが可能である。

 神々の戦いを経験していないダイタロスには、己の消滅に対する恐怖を克服することが出来ていなかった。



 恐怖。普通であれば神が感じることはない感情である。

 だが竜の血脈を持つこの相手に対しては、そんな感情が当然のものでもあるのだ。

「……強者には従うしかあるまい。もし我が言葉を聞かぬ愚か者であれば、巨人種ごと人間を殺すがよい」

 なお矜持を保とうという巨神を見て、セリナは眉を寄せる。

 このまま殺してしまった方が、経験値も入っていいのではないのかと思ったのだ。

 もちろんその殺気を感じたダイタロスは狼狽し、言葉を重ねた。

「我が眷属には重々言い含めておく。もし反する者があれば、我が自らそれを止めよう」

 弱々しい声で、巨神は誓った。

 かくして当初の予定よりいささか暴力的な手段で、セリナたちは目的を達成したのであった。

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