77 巨神ダイタロス

「大雑把な迷宮だな! おい!」

 思わず怒りの声を上げて、剣を振り回すプル。その周辺には既に、何体ものストーンゴーレムの残骸があった。

「あっちから見たら、あたしたちが細かすぎるんでしょ!」

 それに応じながら鉤爪を振るうミラは、やはりゴーレムを破壊していっている。

 無言で駆けるセリナはゴーレムの腕を潜り抜け、指揮するゴーレムに到達する。



 刀を一閃。それでゴーレムは核を断たれ、全てのゴーレムが機動を停止する。



 息も切らさない三人だが、集まって話し合う必要性は感じた。

「まさかここまで大雑把だとは……」

 眉根を押さえるプルに対し、ミラも溜め息をつく。

 セリナは自分の地図が役に立たないことに忸怩たる思いを抱きながらも、そのありがたさは痛感していた。



 巨神の神殿。それはおそらく、ダンジョンと言うのには相応しくない。

 なぜならこの神殿の通路は唯一つであり、迷宮と呼ぶべき分岐がない。さらに罠もない。あるのはゴーレムだけだ。

 そのゴーレムもほとんどがストーンゴーレムで、おそらくこの先へ進めば、少しは強いゴーレムに変化するのだろう。

 まったくもって、大雑把な作りである。ラビリンスの作った迷宮とは違い、作者のこだわりが全く見られない。



「多分、本当に迷宮じゃないんでしょうね。ここは神殿で、ゴーレムは衛兵代わり。ひょっとしたら巨人種であれば、襲い掛かっても来ないのかも」

「あ~、ひょっとしてゴーレム壊したのまずかったかな?」

 気まずげに頬を掻くミラであるが、それにはセリナが首を振る。

「大丈夫でしょう。仮にも高位の神であれば、この程度のゴーレムを作ることは簡単なはず。それにどのゴーレムも全く同じ形というのは、本当に適当に作った番人代わりのはず」

 そう言うセリナだが、巨神が自分たちに気付いていないはずがないとも考える。

 おそらく他の迷宮と同じように、自らの神座へ到達した者だけに会うという、テンプレのパターンを踏襲しているのだ。

「どうせ神竜には勝てないくせに」

 珍しく辛らつに言ったセリナは、神殿を進み、それに慌てて二人が続いた。







 時間だけがかかった。

 ゴーレムは予想通りにその素材を変えて出現したが、どのみち三人のレベルには全く立ち向かえなかった。連携の訓練代わりにさえ思えた。

「ミスリルでこんな大量のゴーレムを作るところは、さすがは神と言うべきでしょうか」

 そんなことを言いながらセリナは、嬉々として機能を停止したゴーレムを素材として収集していった。今度レイアナに会ったら、これで武器を作ってもらおうという考えである。



 プルとミラはその姿を見ながら、軽い食事を摂っている。

「そういえばさ~、プル、ちょっとあたしに血を吸わせてくれないかな?」

 トマトジュースを飲みながら、何気なくミラは言った。

「断固断る」

 ミラの言葉に、プルは決然とした意志を込めて拒絶した。

「そう言わずにさ~。竜の血統に連なる人間の血を吸ったことはあるけど、竜の血脈として発現している人間の血は、吸ったことがないんだよう。ひょっとしたらパワーアップ出来るかもしれないし」

「セリナに頼め。なんなら口添えしてもいいぞ」

「セリナは……う~ん、頼んでみようかな」



 一行の中で、誰かがリーダーシップを取るということはない。だがなんとなく、誰の意見が最も正鵠を射ているかは、皆が分かっていた。

 強いて誰がリーダーなのかと問えば、全員がセリナを挙げるだろう。

 プルは行動の好みが自分の美意識に偏っており、シズは一介の武人に徹し、セラは論外で、ライザも別の方向で論外である。ミラはどこかぽんこつであり、肝心なところで頼りにならない。

 言わば『群れ』のリーダーに血を吸わせてくれと言うのは、吸血鬼の価値観ではありえないのだ。もちろん吸血鬼として再誕させるための血分けは除くが。



 希少金属を手に入れてホクホク顔で帰って来たセリナに、ミラは「お願いですから血ぃ吸わせてつかぁさい」と土下座した。

 どこでそんな文化を知ったのか、まあそれはともかくドン引きのセリナであったが、理由を聞いて納得はした。

 パワーアップ。少し前に邪神帝の力を見たセリナには、ミラが焦る気持ちは良く分かる。

 ネアースは基本的に神竜という絶対的な存在があり、人種がどうにか出来るのは古竜までである。だがレイアナの説明によると、それでは足りないらしい。

 こんなところで言い出すのはともかく、ミラの要求は理解出来るものだった。



「じゃあ、はい」

 指先を切って、ミラに向けるセリナ。揉み手をしながらぱくりと指先を咥えるミラ。

 ちゅーちゅーと血が吸われていく。もちろんそうたいした量ではないし、失った血もすぐに回復するのだが。

「おおおおお! キター!」

 一定量を吸ったミラは口を放し、天を仰いだ。そこには石の天井しかないが。

 竜眼で見ていたプルは、ミラの能力値が上がったのが分かった。レベルは上がってないが。

 そして竜の血脈由来か、その生命力に連なる祝福も加えられたり、成長したりしている。

「これは……吸血鬼に私たちの血を与えれば、それだけで戦力が強化されるんじゃないか?」

 プルの疑問に、ミラは首を傾げる。

「確かに強力な魔物や人種の血を吸うと能力が上がることはあるけど、あまりに力の差があると、逆に吸血鬼が死ぬ場合があるらしいし」

 残念なことである。

 しかし今後は定期的にミラには血を与えるべきかもしれない。

「次は首筋から吸ってみたいな」

「それは嫌です」

 セリナはその耽美的な光景に一瞬憧れたが、対象が自分ではあまり楽しくない。ライザの血を吸うところなら見てみたいが、それは禁断の光景にも思える。

 わずかな休憩の後、三人は神殿の奥へ進むことを再開した。







 そして巨大な門に到達した。

「ここね、間違いなく……」

 ミラが口にするのに、他の二人はわざわざ頷くこともない。精緻な彫刻の成された巨大な門は、この先が特別な場所であると、無言で告げている。

「しかしやっぱり、巨人種じゃないと開けられそうもないですね」

 門の大きさは、岩巨人でさえ開けることは出来そうにない。おそらく山巨人でようやく、といったところだろう。

「そんじゃま、ご対面といきますか」

 竜の血脈由来の怪力技能を持つセリナとプルが、扉を押していく。

 幸いにも錆び付きなどはなかったので、門はちゃんと開いてくれた。



 神の座は、巨大な空間であった。

 山脈の一つや二つは入りそうな空間は、どう考えてもおかしい。おそらくは時空魔法で歪めているのだろう。

 そして随分先に、巨大すぎる玉座に座った、彫刻のような筋肉の男――いや神が座していた。

「よくぞ来た、挑戦者たちよ。まさか我が眷属以外がこの場に足を踏み入れることになるとは思わなかったが」

 声に込められた威圧感だけで、普通の人種はひれ伏すだろう。やはり騎士たちは置いてきて正解だった。

 神竜や異界の神の神威に晒された経験は、三人に超人的な胆力を与えていた。



 巨神を見上げて、セリナはまず自分が一歩踏み出した。

「初めまして、偉大なる巨神にして巨人種の祖ダイタロス殿。私は暗黒竜レイアナの弟子にして、竜の血脈に連なる者、セリナと申します」

 軽く一礼するセリナ。一応貴族として生まれた彼女は、こういった礼法も心得ているのだ。

「実はあなたにお願いするために、私たちはやってきました」

 そしてセリナは現在の竜牙大陸の情勢と、巨人種たちに対する対応を願ったのである。



「話は分かった」

 巨神は頷き、その声が空間に大きく響く。

「卑劣な人間が我が眷属の好意を利用し、あまつさえ己たちの戦力にまでしようとしているのだな?」

 このまま巨人種が人間を保護し続ければ、魔王軍でも巨人種に対する攻撃がなされるかもしれない。それは確かだ。

 巨神はしばらく瞑目し、セリナに再び視線を合わせる。

「我が眷属には神託を下そう。だが人間が巨人種に悪意をもって協力を強制しようとする可能性もあるな」

 そこは確かに問題である。

「従ってお前たちには、そのような人間を皆殺しにしてほしい」

 神の提案は傲慢で、しかし妥当性もなくはなかった。



 元々魔王軍は、アセロア地方に頑として根を張る人間至上主義者を根切りにする予定である。

 先代の魔王の頃はしなかったことだが、ミュズが魔王となり、その権威が軽視されているため、逆に断固とした処置が必要とされているのだ。

 そもそもミュズが魔王に就任した途端、アセロア地方では人間以外の人種に対する犯罪が大規模に発生している。

 それが軍の大きさにまで拡大してしまったのは、ミュズの初期対応のまずさもあったが、ミラが勝手に旅に出てしまったせいもあるのだ。



「罪もない亜人や魔族を殺す人間を、何も考えずに匿っている巨人種には罪はないと?」

 そのセリナの言葉には、プルもミラもぎょっとした。

「なんだと?」

 巨神の顔がしかめられる。まさかこんな返しがあるとは思っていなかったのだろう。

「あなたが眷属をしっかり見張っていれば、そもそも巨人種の領地は安定していた。それをこちら側に全て押し付けるのは、いささかならず不道理というもの」

 セリナの言葉には、確かに一部の理がある。だがわざわざ巨神をここで怒らせるほどのものかどうか。







「レベル上げの相手にちょうどいいでしょう」

 セリナは小声でそう言った。つまり、この巨神を怒らせて、戦おうというのか。

「不遜なり、小娘。神を相手に罪を問うか」

 ダイタロスの体から威圧感がますます溢れてくる。完全に敵意をむき出しにした状態だ。

 だが、それでも。



「まあ、やって勝てないことはないか」

「そうね。三人がかりなら」

 六人揃っていれば間違いないだろう。特にセラとライザの能力は、この相手には相性がいい。

 それでもあえて三人で戦うことに、セリナは意義を見つけている。



「良かろう小娘! 表に出ろ!」

 まさかこの世界で神に言われるとは思わなかったセリナであるが、表に出るのに時間はかかりそうである。

 それにダイタロスも気付いたようで、三人の姿は巨大な山塊を認める地上に戻っていた。

 一つの山が崩れ、そこからダイタロスが姿を現す。

 身長はおそらく4000メートルぐらいであろうか。これが戦うとなると、セリナたちはともかく周辺への被害が凄いことになりそうだが。



 まさに怪獣大決戦。プルが流星雨の魔法を使い、避けることも不可能な巨神の巨体へと隕石の雨が降り注ぐ。

 それに対してダイタロスは手で顔を覆っただけで、全くダメージを受けていないように思える。

「これはまた、体内に侵入して内側から壊していく方法が有効でしょうか」

 三人がそれぞれの武装を整え、睥睨してくるダイタロスと視線を合わせる。

「かぁっ!」

 ダイタロスが吠え、周辺の山脈や大地が吹き飛び、地形が変わる。

 怪獣大決戦が始まった。

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