76 巨神の神殿
道らしきものを進むにつれ馬車は使えなくなり、騎士も馬から下りて手綱を引くような状況になっていた。
「広いのに、道が整備されてないですね」
淡々と文句を言うセラに、頷く者は多数。
「巨人の体格を考えると、こんな道を歩くのは大変だと思うけど……」
ミラもごく普通の疑問を呈するが、それに対してはセリナが答える。
「巨人の自治区はある程度奥に行くと、完全に自給自足だったはずですから、この辺りは整備されていないのでしょう」
衣食住、全てが巨人サイズなので、人間種サイズの物では交易が成り立たない。
そして巨人種は、特に大きな巨人種は数が少ないので、わざわざ彼らに合った商品が作られることはないというわけだ。
実際には巨人種用の織機などの需要はあるそうだが、輸送コストの問題で商人が往来することも少ない。
それでも必要となれば、各集落単位でギガントヘイムへやってくる。そしてものすごい巨体の巨人にとっては、多少の道の悪さは跨いでいける程度のものだ。
道の幅自体は広いので。
人間サイズの騎士たちや、それを乗せる馬や地竜は、かなりの足手まといになった。
しかしそれでも道なき道を進むにつれ、わずかに人の手が入ったと思われる幅広の道に出る。
「北か西か、どっちだっけ?」
相変わらず他人任せのミラであるが、そこはちゃんとサポートするセリナである。
「巨神の神殿は西にあると言われているそうですから、そちらかと」
セリナが視線で示す先は、巨大な山脈が遠くに見えている。
だが実は炎巨人の集落があるのは北である。そちらにも山の連なりが見えているが、山の色が違う。端的に言えば黒い。
「北には炎巨人の集落」
巨神の神殿の近くには山巨人の集落があるので、両方に向かうなら手間がかかる。
「これは二手に分かれた方が早そうですね」
セリナの提案に、意見が分かれた。
随伴する騎士たちは、たとえ時間がかかっても、戦力を割るべきではないと力説した。
巨人族は強大な種族であり、何かの拍子で敵対でもしたら、恐るべき戦士に変貌する。
基本的に穏やかな傾向の種族と言っても、中には数千年を生きる巨人種もいて、アルスやその配下に遺恨を持つ者もいる。
万が一を考えたら、慎重論が出るのは当然である。しかしパーティーの六人には、そう考える者はいなかった。
「炎巨人を相手にするなら、ライザがまず有力だな。前衛を務めるのに、シズでどうだ?」
プルの提案にセリナは考える。シズとライザは頷いている。
「ライザの護衛に騎士を割き、巨人の強さを考えたらセラもいた方がいいでしょう。万が一の時のために蘇生を使ってもらいます」
もちろん蘇生させなければいけなくなるのは、騎士たちの方であろう。
そしてセリナ、プル、ミラの三人は巨神の神殿を目指す。
騎士たちは全員が全力で反対した。彼らの護衛対象は、あくまでもミラが最優先である。それを考えたら無理もないのだが。
しかしもし、何らかの理由で巨人たちと戦闘になった場合、彼らを守れるのはライザやセラの結界系の力である。そもそも護衛としては圧倒的に力不足なのである。
そしてセリナ、プル、ミラの三者に共通していることは、その生命力である。
半吸血鬼であるミラはもちろん、セリナとプルも、心臓を破壊された程度では死なない。そして近接戦も遠距離戦も可能である。
これまた万が一巨神と戦うようになっても、飛行して逃走することが可能である。
騎士たちがいると、逃走という手段が取れない。はっきり言って足手まといなのだ。
結局シズが騎士たち全員を、一人でボコボコにするという実力行使で、この編成を納得させた。
道なき道を行く。
エクリプスを巨大化させ、その上に三人は乗り、エクリプス自身は空を駆ける。
「絶景かな、絶景かな」
そのエクリプスの背の上で、ミラがご機嫌な声を出している。
巨人種の中でも特に巨大な種が棲むこの辺りは、高度な文明を感じさせるものはない。
巨人という種族自体が強大であり、一箇所に集まってしまってはすぐに獲物がなくなってしまうのだ。
巨体であるということもあって、満足な住居を作ることも困難で、自然の洞窟や原始的な石材とコンクリートを使って家とするのだ。
「あ、いた」
ミラが指差す先には、小さな集落があった。20人前後のものであろう。森巨人だ。
森の一角を切り開いているので、すぐに分かった。
「そういえば前世でも森巨人レベルの巨人種とは遭わなかったですね」
「私は何度かあったぞ。森巨人はデカすぎて、私の好みとは違ったが」
セリナの言葉にプルはそう返すが、彼女は巨人種の女性も攻略対象なのであろうか。
空を進むにつれ、地形は変わり、所々に山巨人の集落が見えた。
ほとんどそのまま名前の通り小さな山ほどの大きさがあるので、発見すれば見逃すことはない。
目ざとくこちらに気付いた彼らは、手を振ってくる。それに対して一行も手を振ってみる。
「なんだか親しみやすそうな人たちだったね」
「巨人族の中でも山巨人は、特に温厚で知られていますから。逆にあの体で温厚でなければ、害虫のように駆除されていたでしょう」
どでかい凶暴な魔物がいたとしたら、それは殺害の対象となるであろう。
やがて目的地である巨峰の麓に到着する。
エクリプスはそこで降下する。この先には結界が張ってあり、空から侵入するのは困難なのだ。無理ではないが、変に刺激して、巨神に悪感情を持たれるのは避けたい。
中立の立場とは言え、巨神は神々の中でも最強に近い座を占める。三人がかりで戦っても、勝率が高いとは限らない。
エクリプスは影に戻し、周囲の植生についてのんびりと話をしながらも、三人はかなりの速度で登山を開始した。
既にここいらは神域に近いのか、魔力のうねりを感じる。
登って降って、それを繰り返している間にも、山巨人たちの気配を感じた。
というか巨体でありすぎるために、その気配を消すことが難しいのだろうが。
「って、いつまで登るのよ」
ミラが愚痴ったように、最大の巨峰への道はまだ遠い。
衆知されている地図によると、この山脈で最も高い部分は、高度五千メートルほどになる。
肉体的には人種を超越している三人だが、一日でそこまで到達するのは難しい。
セリナの地図もここではあまり有効ではなく、最高峰の頂点に巨神の神殿があるという話をそのまま信じるしかない。
「地球に比べれば、それでもはるかにマシなんですけどね」
セリナの前世においては、ヨーロッパのアルプス山脈でゲリラ戦を行ったことがあった。
鍛えていたとは言え常人の肉体のセリナである。戦闘以前に環境の問題で、かなりてこずったものだ。
それでも三人は歩みを止めない。
いっそのこと走っていったらいいのかもしれないが、果たして高度の変化による大気密度の低下が、どのように体に作用するか分からない。
半吸血鬼であるミラも、竜の血脈を持つセリナとプルも肉体的には頑強だが、この神域であまり目立つ行動を取らないほうがいいと思うのだ。
「雪が積もってるな」
およそ高度三千を超えた辺りから、小さな谷間には雪が残っているのが発見された。
「この緯度だとここまで来ないと残雪がないようですね。それにしても、先は長い」
「やっぱり地面スレスレを飛んで行った方がいいんじゃない?」
ミラの魅力的な提案に、プルも傾くのだが、セリナは頷かない。
「目測によれば、今日中には到着出来ます」
セリナはとにかく魔力や体力を温存したいのだが、道なき山を登るというのは、その体力を消費しているのではないか。
プルはそう思うが、実際のところ超人であるこの三人は、たとえエベレストでも通常装備で頂点に立つことが出来る力を持っている。
というか宇宙空間でさえ生存できるほどの性能を誇る肉体だ。無理なのはシズぐらいで、彼女も武装を使えば問題はない。
そしてセリナの言葉通り、太陽が沈む前に、三人は神殿へと到達していた。
かなり遠くからその姿は目にしていたが、巨大なため遠近感が狂っていたのだ。
山巨人さえも入れるようなその神殿は、列柱と壁により区切られており、高さは数百メートルに及ぶ。
おそらくこの世界で一番高い建造物が、こんな場所に建っているのだった。
「地震でも起きたらすぐ壊れそうだな」
「結界で覆ってあるから、それはないと思うけど」
ネアースの建物は基本縦には伸びないので、かなり圧倒される二人である。
スカイツリーや東京タワーで慣れているセリナは、それほどでもなかった。ドバイの超巨大なビルディングも見たことがあった。
もっともその全ては戦争で破壊されてしまったが。
三人が神殿を進んでいくと、立ち並ぶ列柱が仄かに輝きだした。
静寂に満たされた空間には、他に生きる生物の気配を感じない。
キョロキョロと珍しげに周囲を見回す二人と違い、セリナは神殿の奥を注視している。
やがて目に入ったのは、この神殿にしては珍しくレリーフが細かに施された門であった。
「この奥に巨神がいるわけか」
巨大な、巨人種を想定して作られたであろう門だが、セリナとプルの怪力で、それは開けられていく。
奥の空間にあったのは、下へと降っていく階段であった。
「……迷宮か。まさか山の高さをずっと下まで行くわけじゃないだろうな」
巨人に合わせた迷宮である。光源はあるし元々暗視能力がある三人だが、問題はその底がどこまであるかだ。
「巨人種に合わせたなら、構造自体は単純だと思います。あとは敵が出るかどうか」
それにしても、とセリナは思った。
「これが敵の出てくる迷宮なら、分かれたのは失敗でしたね」
巨神とも敵対関係になりたいわけではないので、戦闘を前提としてはしなかったのだが。
「まあ足手まといがいないだけ、気楽と思っておこうか」
どこか不敵な笑みを浮かべて、三人は段差の激しい階段を降りていった。
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