75 様々な巨人

 巨人の町へ紛れ込むと、自分が小人になってしまった気がする。

 いや、子供の頃の記憶が強制的に思い出されると言うのか。とにかく周りの視線が斜め上から降りてくる。

 この町は他の人種もわずかだがいるので、それほど目立つはずはなかったのだが、一行の人数とその身なりと雰囲気が異質だったようだ。

「見られてる。見られてるよ」

 つい最近ようやく日光耐性を手に入れたミラは、馬車の中から周囲を見ている。

「まあ珍しいんじゃろうな。傭兵時代もこの辺りには来たことがないしのう」

 のんびりとシズは言う。いくら大きくでも、相手は竜ではない。だからこその余裕である。

 神である本体であった頃の記憶を持つセラだけは、この巨人たちよりもさらに巨大な本体を持っていたが。



 一行はとりあえず、街で一番の宿を取った。一番とは言っても巨人は集落でほとんど自給自足が出来るので、そうそう宿泊客が来るわけではない。よって宿の数も知れたものであるのだが。

 部屋は巨人サイズなので、ベッドはキングスサイズより大きかったり、扉の取っ手が高かったり、微妙に不便な点もある。

 城門の衛兵にミラの立場と訪問理由は告げてあるので、間もなくこの街の長、あるいは王とも言える存在に面会出来るようにはしてある。

 だがそもそも来客の少ない巨人の国で、果たしてどれだけ待たされるのかは不明である。



 宿は清潔だったが簡素なもので、巨人たちの文明のレベルはあまり発達していないように見える。

 あるいは娯楽や文化に興味がないのか。魔王ともほとんど没交渉だった故に、判断がつかない。

 そもそも巨人サイズで他の人種のような装飾を作ろうと思ったら、原材料を大量に必要とするということもあるのだろうが。

「とりあえず、街を見てみますか」

 セリナの言葉に、一応代表で表立って動けないミラと、引き篭もりのライザ以外は頷いた。







 街を軽く散策すると、セリナはすぐにこの街の特徴が分かった。

 質実剛健。やはり無駄な装飾はあまりなく、たとえば中世ヨーロッパのようなギラギラしたものはない。ただどれも巨大ではあるが技術的に劣っているというわけではなさそうだ。

 周辺の建物も全て巨大であったので他の者は気付かなかったろうが、地図を持つセリナには、多少この街の構造が分かる。

(闘技場がある。それに…劇場? 公衆浴場もあるし、意外と生活は快適なのかも)

 巨人種の人間重機としての力を考えれば、そういった大型建築物を作るのもそれほど難しくないのだろう。装飾にしても、絵が描かれたタイルに覆われた建物や、建築物そのもののデザインは悪くないと思う。



 店もそこそこ大きなものが何種類もあり、さすがは巨人の国の首都とも呼べる存在なだけはある。

(人口は20万前後。けれども広さはすごい。さすがに巨人の国なだけはある)

 セリナよりも背の高い巨人種の子供たちが、街路を駆けていった。

 地図を頭の中で展開し、改めて巨人の能力を調べるが、やはりそもそも人間などとは種族としての性能が違う。

 レベルに対して肉体的な能力が高いのだ。その分魔法的な素養を持つ個体は少ないようだが。



 表通りから少し離れて、小さな路地裏に回ってみても、薄汚れたところなどはない。

 建物などの景観は古いが、実際は細やかに整備され、機能している。さすがに魔法や科学の粋を凝らしたようなものではないが。

 巨人種全体はともかく、この街の巨人とは話が通じそうだと思ったセリナである。







 この街の最高権力者は町長であった。

 巨人種は貴族制を採用しておらず、全員が平民である。都市と周辺の村落が一つの社会共同体となり、選挙で為政者を決めている。

 その町長の仕事場である官庁には、魔王軍の十人の騎士を従えたミラと、セリナ、プル、そしてセラが付き添っている。

 セリナとプルはともかく、セラの同行は何か問題が起きそうであるのだが、交渉という点を考えれば相手の心の動きを読むセラは役に立ってくれるはずだ。

 もっとも本人に役に立つ気があればであるが。



「ようこそギガントヘイムへ」

 応接室に通されたミラに対面したのは、身長5メートルを超える巨人であった。

 今更ながら、この街の名はギガントヘイムである。対面した町長は赤銅色の肌に銀髪という、筋骨隆々とした巨人であった。

 交渉の場ではあるが、騎士たちには少し緊張している様子である。さすがに巨人の巨体は、それだけで圧力となる。

「初めまして。私は魔王軍の大使リプミラ・アウグストリアです」

「オーガスのプリムラ・メゾ・ウスラン」

「セリナリアです」

 交渉の矢面に立つのは三人である。セリナはわざわざ家名を名乗ることもない。



 町長もそれに対して挨拶をすると、早速訪問の内容が話し合われることになった。

 他の人種であれば、事前交渉を重ねて、ある程度落としどころをつけた上で、高官同士の話となる。

 だが巨人種はその点直截的で、魔王軍も人間のようなもたもたした交渉を取らない。

 町長はこの周辺の巨人種のトップであり、ミラもかなり頼りなくはあるが、全権大使なのである。

 もっとも交渉する事柄ははっきりしているので、相手次第ではすぐに話がつくのだろうが。



 そしてその予測は正しく、町長は魔王軍の言い分の大半を受け入れた。

 しかしそれはあくまで、このギガントヘイムの勢力圏に限る。

 巨人種は大気中から自然と魔素を吸収する竜と違って、基本的にその肉体を維持するために莫大なエネルギーを必要とする。

 そのためには広大な狩場とも言える縄張りが必要であり、小さな集落が点在し、ギガントヘイムには命令する権限は基本的にない。

 もちろん全く交流がないわけではないので、ある程度の意見を伝えることぐらいは出来る。しかしある程度、である。



 そもそも巨人種は、魔王に対してあまりいい感情を抱いていない。

 正確には大魔王アルスに対して、先祖代々の不満がある。

 それはもう、3200年前にまで遡るものであるのだが。

 当時の巨人種は、亜人であるにも関わらず魔族扱いされ、魔族領に住む種族であった。

 巨人はとにかく、コストのかかる種族であった。食料もそうであるが、住居や衣服もそうである。

 そんな巨人が数を増やすと、善悪の基準ではなく、経済的な基準でその地方が圧迫される。

 よって3200年前の大崩壊の折、大魔王アルスは一部のガーハルト地方でしか生きていけない巨人種を除き、大半の巨人種をこの地方に移した。

 もちろん与えられた広大な縄張りと豊かな獲物によって、巨人の生存は保障されたが、先祖代々の土地から強制的に移されるというのは、巨人たちにとって不満であったろう。







「お父さんのしたことだから、娘のあたしが尻拭いするのも、一つのケジメではあるのよね」

 ギガントヘイムでの交渉があっさりと終わった後、一行は巨人の領土をさらに奥へと進んでいった。

 本来なら人間との境界に近い集落を回るべきなのだろうが、町長による助言があったからだ。



 巨人種は一言で巨人と言っても様々な特性を持っている。

 彼ら全てに話を通すためには、その中でも強大な力を持つ者に、まずは認められたほうがいいということだ。

 強大な巨人とは、まず山巨人が挙げられる。その肉体の巨大さだけで、単に強い戦士や魔法使いなど、全く相手にならないだろう。

 次に炎巨人。巨人種としては珍しく魔法に優れた種族である。名前からして特に炎を操る魔法に長け、口から炎を吐いたりする。戦闘力では山巨人とほぼ同等である。

 そして何より、巨神の住む神殿というのが存在する。



 巨神ダイタロス。善き神々でも悪しき神々でもない、中立の立場の神である。

 もっとも人種に無体なことをしないという時点で、善き神々寄りの立場ではあるのだが。

 ダイタロスから神託という形で巨人種に示唆を与えてもらえれば、巨人領に逃げ込むテロリストを受け入れることは少なくなるだろう。

 神の意志があればとりあえず山巨人や炎巨人に接触する必要はないのだろうが、今後のことを考えていくと、魔王軍との関係も修復したほうがいい。

 それでも図々しく入り込むのがテロリストというものなので、あとはそれらを個々に撃破していけばいいのである。

 皆殺しはセリナたち一行の得意技でもある。







「それにしても人間って、寿命が短いくせにどうして昔のことにいつまでも捕らわれるのかしら」

 旅路の途中でミラがそんなことを言った。

 巨人という人種に対してのことではなく、まさに人間――竜牙大陸南部の人間のことを指しているのは明白である。

「そう言われても……この中で純粋な人間種はいないしな」

 プルの言葉通り、一行の護衛とも言える騎士を含めても、純粋な人間はいない。魔王軍であるので当然なのかもしれないが、魔族が過半数に、残りを亜人が占めている。

「でもセリナとシズは前世は人間だったんでしょ? その価値観から見て、どう思うの?」

 ミラの言葉に顔を見合わせる二人であるが、そもそも生きていた時代が違う。また生まれ変わってからの環境も違う。



「わしの前世は、とにかく家をつなぐことが大事だったからのう。周りの家と争って、それが代々続く場合もあったし、婚姻などでそれを解消する場合もあった」

 シズの生きていた時代は戦国時代であったので、とにかく生き残ることが大変だったのだ。血統にこだわるのは人間だけである。

「私はシズの生きていた時代から400年ほど後の同じ国でしたが、国内はともかく外国では2000年前のことを執拗に覚えて、無理やり土地を奪った国もありましたね。宗教の関係ですが」

「宗教の関係って……そんな邪神を崇める国があったの?」

「いやそれは……邪神じゃなくて、唯一神という宗教だったんですよ。その神の教えによると、その土地は自分たちのものだと。だから大きな戦争でその土地に建国したんですが、当然それまで住んでいた人々との軋轢から、ずっと戦争が続いてましたね」

「唯一神? そんな迷信がどうして続くのよ。神が一柱しかないって頭おかしいんじゃない?」

「いや、地球ではそもそも神自体が存在しなくて、だからこそそれを迷信とは思わずに、自分勝手な狂信を持つ民族がいたんです」



 言うまでもなく中東の国であるが、それ以外にも地球の国々では争いがあるし、ネアースでも人間社会ではすぐに戦争が起こる。

 対して亜人や魔族であるが、亜人はほとんど防衛戦争しかしないし、魔族にしても戦争に決着がついたら、あとはあっさりと遺恨を捨てる傾向にある。もちろん個々の凶暴さは人間より上ではあるのだが。

「なんというか、人間は……あるいは魔族よりもよほど、争いが好きな種族なのかもしれませんね。けれど国によっては平和を愛する国もありますし……戦争を政治の手段にして、色々と理由付けする種族でもありますが」

 そう言ったセリナの頭に浮かんだのは、平和ボケで21世紀の半ばには崩壊しかけ、少数の政治家が豪腕で立て直した祖国の姿であった。

「いや、やっぱり人間は馬鹿が多いですね。それでも半分以上は流されやすいだけだと思いますけど」

 結論、魔族は人間よりも怒りっぽいが、戦争にまで発展することはそうそうない。現在の竜牙大陸での南征も、治安維持のためであるし。

 亜人に至っては歴史上防衛戦争すらせずと領地から逃げ出したりもする。

 まあ昔の魔族は残虐であったのには違いないが、それでも戦争という概念はなかった。そしてアルスやフェリナの支配により、現代では基本的に他種族を軍勢で襲うことはなくなった。



「人間の敵は人間、って父様は言ってたわね」

 やれやれと言いたげにミラは肩を竦めるが、大魔王にこの質問をしたら、どういう反応が返ってくるのだろう。

 事実上この世界の戦争を、一時的にでも完全になくしたのはあの男である。そして実在する神である神竜たちはどう見ているのか。

(けっこうどうでもいいと考えてるんだろうなあ)

 険しい山道へ踏み入りながら、セリナは己の思考に没入していた。

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