74 巨人の国
巨人。一括りにそう言ってしまっても、その内容は実は幾つにも分かれている種族である。
単に巨大な人間に見える巨人。これも巨人ではある。人間の社会に溶け込み、肉体労働者としてありがたがられ、戦争では強靭な戦士として働く彼らは、3メートルから5メートルの巨体を持つ。ちなみにどうでもいいことだが、アソコもでかいのでネアース社会のAV業界での需要もあったりする。
そして岩巨人、森巨人、山巨人と言われる存在は、亜人と言っても表皮が岩のように硬かったり、10メートルを超える身長で木材をばりばりと食べたり、100メートルを超える巨体で前近代的な軍隊を単体で制圧したりもする。
亜種としては炎巨人、氷巨人などもいるが、竜牙大陸にいるのは炎巨人だけである。氷巨人はガーハルトにしかいない。
異種族が比較的混淆して社会を作るこの時代でも、巨人はその巨体のあまりの特異性により、自分たちの種族のみで集落を作る場合が多い。
そもそもほとんどの都市が、巨人の肉体のスケールを考慮して作られていない。そんな巨人たちの自治区が、竜牙大陸にはあるのである。
3200年前の大戦以前から、巨人種の多種族との軋轢の問題はあった。もちろん種族的に吸血鬼も人間と共生するには問題があったのだが、巨人種の問題は簡潔にして切実であった。
彼らは、よく食べるのだ。
岩巨人はともかく、森巨人は植物を大量に摂取する。通常の巨人でも、一食あたりの量は多い。
竜牙大陸に入植を開始した当初、アルスは巨人族にかなりの広さの自治区を与えたのだ。
この巨人種は、その移民の由来がアルスの半強制的な命令であったため、あまり魔王の権威が通用しない。
種族としての性質で朴訥で温和な人柄が多いが、代を重ねても生活習慣の違いから、他の亜人とは違って世界最大の都市を築く人間とも関わりが薄い。
そんな巨人であるが実は朴訥で温和に加えて、さらに実はお人好しの面もあるために、自治区に逃げてきた反政府分子を匿ってしまう場合がある。
魔王軍が本命の大陸南部を制圧するにあたり、巨人の自治区から兵站線を狙ってくるゲリラに振り回される原因だが、強圧的に巨人にゲリラの引渡しを求めても、政治的にではなく人情的に考える巨人種はこっそり逃がしてしまったりする。
気は優しくて力持ち。そんな巨人種だが、だからこそ今、魔王の支配下に置く必要がある。
しかし戦争で支配下に置くことは悪手である。巨人種を敵に回すとは、当面の敵が増えるということであり、戦力を増やさなければいけなくなる。
魔王領は竜骨大陸と近接しているため、交易でかなりの財をなしているのだが、それでも軍隊は少ないほうがありがたいのだ。
よって今回は戦争という以外の手段で、巨人種を飲み込む必要がある。
そしてその代表は、名目上は先代魔王の娘であるミラとなるのだった。
「あづ~! あづ~!」
日中の激しい太陽光に悶えるミラ。半吸血鬼である彼女は痛覚耐性も持っているのだが、そもそも種族的に絶対的な毒である陽光には、それでも耐え難い苦しみがあるらしい」
しばらく馬車の御者台にいて、耐え切れなくなったら馬車の中に逃げ込む。そして自己治癒かセラの魔法で治癒するのだが、それが終わればまた御者台へと。
ドMでもないミラにとって、それは拷問以外の何者でもなかったが、必要とされれば努力しないわけにはいかない。涙目で耐性を獲得する苦しみを我慢するミラであった。
さて、巨人の自治区である。
巨人はその巨体に比例して、必要な食事の量も多くなる。山巨人レベルの巨体はさすがに1000人もいないが、それでも食事を獲得するために必要とする領土は広大である。
高位の存在である巨人は神や幻獣と同じように、大気中の魔素を吸収して栄養とするのだが、大半の巨人は、ただのでかい人間である。
そんな彼らがどういう生活をしているかと言うと、かなり原始的な生活である。
狩猟をメインに牧畜、あと一部の種族は植林などをしている。
もちろん生活全般がそんなわけでもなく、住居などは文明の香りをたたえたものであるらしいのだが、とにかく山巨人のような規格外がいては、規格を統一することも出来ない。
そもそも巨人種というだけでまとめた、アルスのやり方が実はまずかったのではないかと思うセリナである。
ミラは代表団の代表として、物理的に圧迫感のある巨人と交渉しなければいけない。
もっとも脳筋に近い彼女であるので、完全に交渉とその路線を任されるというわけでもなく、ちゃんとアヴァロンの魔王とは連絡を取っている。
実際の交渉は、勘の鋭いシズやオーガスの宮廷貴族たちを相手にしてきたプル、そして地球で政治家と共に陰謀を企んできたセリナなどが期待されている。
セラには何も期待してはいけない。それならまだライザを置物にしておく方がマシである。
ちなみに交渉のためという訳でもないが、一行にはそれぞれ魔王様から肩書きを貰っていたりする。
全権大使がミラで副使がセリナなあたり、見た目で舐められることは覚悟しておくべきだろう。
いざとなればシズあたりが山を両断して、艦砲外交を展開するかもしれないが。
大多数の巨人は温厚らしいので、とにかく問題はゲリラなのだ。
前線から護衛兵として30人ばかりの兵を、ミラは与えられていた。
誰もがレベル100以上の騎士であり、外交に必要な文官も当然だが同行している。
あの前線が一つ消滅したことにより、これだけの戦力を回すことが出来たのだ。都市が消滅したことにより、その征服後の統治に必要な文官も回せたのは幸いである。
もっとも巨人種との交渉で、統治のための文官が必要かと言えば、セリナの経験的には書記官程度の働きしかしてもらえないだろう。
前世においても武力勢力相手の交渉は、頭の回転や知識よりも、とにかく押しの強さと面の皮の厚さが必要とされたものだ。
この集団は良馬を持つ騎士と大悪魔であるエクリプスの走破力により、前線から瞬く間に巨人の領土へと迫っていった。
もちろん列車があればそちらの方が早いのだが、巨人の領土へあまり必要のない線路を作ることはなかった。作っても維持できないので。
そして一行は巨人の領土の直前で、彼らともある程度交流のある獣人の自治区に寄っていった。
獣人の自治区は猫獣人や犬獣人であるコボルト、オークなどが運営している。
巨人種と違って彼らは魔王に対して協力的であるが、隣人である巨人とも比較的上手くやっているそうだ。
邪悪とかつては言われたコボルトやオークであるが、実は人間よりもよほど法に従うという意識は強く、良くも悪くも玉石混淆な人間と比べると、誠実である場合が多い。
そもそも習俗こそ野蛮で未文化とも言われるような彼らだが、暴力的であるという面は生来の要素である狩人の血が原因なのだ。
公平で、自分より強い相手には間違いなく従う。この部分を利用して、アルスは魔族領統治の当初、獣人種を支配下に置いていったのだ。
獣人の自治区は、国家と言ってもおかしくない運営がされていた。
獣人が最大多数を占めるが、ダークエルフやオーガもいるし、吸血鬼もいないわけではない。ゴブリンやトロールもいて、それでいて治安は比較的安定している。
対外的には人間至上主義国家と睨み合っているが、その人間も国家の構成員として存在する。
そしてその獣人の行政府に立ち寄って、一行は交渉すべき巨人の当たりをつけていた。
「まず大多数を占める普通の巨人、これは当たり前ですね」
眼鏡をかけた知的な雰囲気のコボルトが言う。彼はこの獣人領地の族長補佐であった。
彼によると、巨大な巨人は食料を得るために必要な縄張りが広く、山巨人などは家族単位で分散している場合が多い。
普通の巨人種であれば、集落と呼べる程度なら形成している。そしてこの普通の巨人種はまた、その領域において唯一とも言える国家も形成している。
とりあえず交渉するのはこの巨人種であろうと。
巨人たちの領土は、率直に言って大雑把だった。
基本的には他の領地と接触はしない。今のところ領土に対して巨人の人口は少なく食料などの問題は少ないし、大概の問題は巨人の腕力でどうにかなるのだ。
巨人たちは単に筋力に優れているというだけではなく、ほぼ全てが剛力か、その上位の怪力技能を持っている。
交通路を整備するにも、その巨体を保持する道路を作ることは難しく、力任せに大地を踏破することが多いのだ。
肝心の馬が通れない場所などもあって、その場合は馬を巨大な箱車に入れ、吸血鬼由来の怪力を持つミラが運んだりもする。
物理魔法で飛行を全員にかけるのが一番早いのだが、この魔法は他人にかけると調整が難しく、肉体全てがぐしゃりと潰れる場合もある。
ライザが空間を区切ってその中全体を飛行させる精霊術が、どうやら一番早いようであった。
「あ~、時空魔法鍛えないとな~」
分かっているが鍛えていない。プルは呑気である。今後どれだけの強力な敵と戦う羽目になるかもしれないのに。
だがそれは他のメンバーも一緒だった。そもそも時空魔法の適性が無に近いシズを除いて。
セリナはかなりその必要性を分かっているのだが、そもそも高位の時空魔法に長ける人種というのが少ないのだ。
宝物庫という祝福にも似た、いわゆるアイテムボックスの時空魔法はそれほど難しくもない。単純な加速の魔法も、戦闘における切り札の一つとなるほど、戦士にとっては有効なものだ。
しかし転移系の術式は、同じ時空魔法の中でも特に難しい。
これは単純に、転移先の座標を計算して術式に落とし込むのが難しいからである。
視界内の転移なら、プルはこの旅の中でも、少しずつ到達距離を伸ばしている。セリナもそうであるし、ミラも事前の準備をすれば転移は可能になっている。
だが10秒をかけて転移するぐらいなら、飛んだほうが早い。それが現実である。
道なき道を行き、川を渡り谷を越え、一行はついに巨人の街を視界に収めた。
軽く安堵して笑みを浮かべ、そこに向かって進むだけ。だが地図の祝福を持つセリナ以外は、近づくに従って違和感を覚えていた。
街が遠い。
「……デカいな……」
プルのその一言が、事実を端的に示していた。
形としては、普通の人種の街に近い外観である。だが近づくにつれ、その巨大さが明らかになった。
他の人種は、巨体を誇る魔族のオーガでさえ平均的には2メートル程度の身長である。オーガスでも巨人種はいたが、通常の人種のサイズに苦しんでいたのをセリナたちは見ている。
「城壁はあるのね。巨人って一般人でも強いイメージがあるから、必要ないような気がしてた」
ミラは一番この大陸に詳しいはずなのに、巨人種に対する情報が少ない。
「子供の巨人はさすがに弱いでしょう。治安があまりよくないので、村でも柵ぐらいは作ると思いますが」
セリナの予想は当たっている。巨人種は怪力であるため、人間重機となって壁や柵を作るといった肉体労働には向いているのだ。
「さて、それじゃあミラの出番ですよ」
「OK。任せておきなさい」
いささかならずこういった方面では頼りないミラは鼻息も荒く、一行は巨人の街へと足を踏み入れた。
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