73 侵犯者
「ありがとうございます、ありがとうございます」
「もう大丈夫ですか?」
「はい、あとはこの中でじっとしてますから!」
場所を破壊の爪跡が比較的少ない元地下基地に移して、一同が揃っていた。
セリナたち一行と、レイアナとカーラ、そして将軍と一部の参謀である。神竜はラナを除いて既に去っていた。
破壊された場所から太陽光が射すので、ミラは棺桶に入ったままだ。シュールである。
ちなみにミラの傷を癒したのはセラではなくカーラであった。
セラの治癒魔法はもちろん素晴らしい効果があるのだが、彼女はあえて治癒時に痛みを与えてきたり、痒さを倍増させることが多いので、戦闘時ならともかく通常時は、ポーションやプルの治癒魔法の方がありがたい。
「さて、それでは話をするか。私もあまり時間がないので、手早く済ませないといけないのだが」
レイアナはそう言って、跪こうとする将軍たちを立たせた。元々権威や形式に拘る人ではないので、そちらの方がありがたいのだ。
「まずは師匠、現在世界に起こっていることを説明してください」
そう声をかけたのはセリナである。前世からのつながりが強い相手であるので、順番からして不思議ではない。
二人の娘であるはずのプルは、なぜか及び腰であるが。
「そうだな。それにはまず、大崩壊という現象とその原因から話す必要があるか」
レイアナはそこに人数分の椅子を生み出し、自らが最初に腰掛けた。
大崩壊。それは世界と世界の接触による、世界の崩壊である。はるか巨大な視野から大宇宙団を見ると、実はそこそこ頻繁に起こっている現象である。
なぜ世界同士が接触するかと言うと、まずそもそも近い存在の世界は、その距離を縮めていくという前提がある。
勇者召喚や異世界間転移により、その力は増大し、より大崩壊は起こりやすくなる。
もちろんそれを遠ざける手段も存在し、たとえば大量の人種が死亡することによる魂の転生するエネルギーを利用し、一時的にではあるが大崩壊を逃れることも一つだ。
実際にネアースでは過去にその手段が取られ、多くの人種の死と引き換えに、大崩壊を遠ざけてきた。
だがそれに満足できなかった人間がいた。二代目勇者にして初代大魔王であるアルスである。
アルスはそもそも接近する対象の世界を消滅させて、大崩壊自体が数億年単位で起こらないようにしたのだ。
これは成功し、ネアースは3200年前から大崩壊に怯えることはなくなった。だが、人間とは愚かな生き物である。
神竜による勇者召喚システムではなく、独自に開発した勇者召喚のシステムにより、また他の世界との距離が縮まり始めたのである。
それでもまだ、神竜たちでさえ事態の詳細は把握していなかった。迫り来る未来が、大崩壊とは異なるものだとは。
気付いたのはセリナが前世で勇者たちを全員帰還させてからである。
「世界というのは、多次元宇宙の中には数多くある。たとえば地球型は最も多いと言っていいらしい。実はネアースも、広義の意味では地球型だ」
管理者である神が明確に存在し、魔法が存在し、精霊が存在する。それでもネアースは地球型であるがゆえに、物理法則はほぼ地球と同じであるし、大気の濃度や海水の構成物質、何より惑星の地形が似ている。
「しかしだな、ありとあらゆる世界の根源である、根幹世界というものがあるんだ。この根幹世界はなんというか……私の知りえた限りでは、物理法則が違う場所があったり、魔法が使えない場所があったり、あるいは人種の存在に偏りがあったりと、ありとあらゆる世界の原型を持ったもので、世界自体の力がネアースよりはるかに強い」
これはかつてレイアナが、先代暗黒竜のバルスから教えられ、サージなどの手を借りて確認したものだ。
「それでまあ……うん、どこまで話したものかな。とりあえずその世界から、こちらに来ようとしているやつらがいるわけだ。侵略……いや、侵犯者だな」
「また世界の危機ですか……。ネアースって神竜がいるのに、地球よりもずっと、滅びかけることが多くないですか?」
「そうでもないぞ。地球の歴史を数億年単位で見ると、支配的な生物がものすごい規模で変わったりしてるじゃないか」
まあ確かに、セリナの前世では地球の人類は滅ぶ寸前までいったのだが。
かつてネアースを救うために戦ったセリナであるが、地球を救う一端を担うことにもなった。それでも寿命で死ねたのだから、仲間内ではほとんど唯一の成功者と言えるかもしれない。
「敵の戦力はどれぐらいなんですか? まさか今日のレベルの相手が普通にいるとか」
「それもどこまで話すべきかな。今日の相手は邪神帝と言ってたが、根幹世界ではその力を示すのに称号があってな。まず第一が称号持ちの神帝。その次が神王。そして神将となるんだ。あとはなんか知らんが、アルファベット表記でSランクとかがその下にある」
「アルファベットって、地球型の世界の影響でしょうね」
ちなみにネアースではアルファベットは普及しなかった。アラビア数字的なものは活用され、冒険者ランクもその数字で表記されたり、貴金属の名前でランクがなされる場合が多い。
「今のところ、一部例外を除いて神将レベルまでがこの世界に接触するのが精一杯だな。私たちはそれを亜空間で待ち構えて、各個撃破している」
「今回のあれは?」
「元々ネアース世界の来歴があるから、上手く時空魔法を使って世界間の壁を飛び越えてきたんだろう」
レイアナの説明に、なんとはなく納得する。そもそもどちらかというと味方の存在なのだから、話としては後回しなのだろう。
「私たちは戦力になりますか?」
「向こうにも数の戦力はあるらしいからな。もちろん役に立つ。だが今のままでは、まだ力不足だ」
レイアナの視線はプルに向けられた。
「久しぶりだな。だがお前、あまり鍛錬をしてなかっただろう」
母の言葉にプルは引きつった笑みを浮かべる。彼女にとってレイアナの持つ優しさは、己の子を高みにやろうという厳しい優しさだ。
「とりあえずもう少し接近戦技能を上げた方がいいな。その後はもっと魔法の火力を上げるべきだ」
その言葉には頷かざるをえない。もしジンのような敵と戦う場合、プルの魔法ですら全く効果はないだろう。もっともそれ以前の問題として、隔絶したありとあらゆる部分での実力差があるわけだが。
「リプミラはとりあえず、日光耐性を手に入れろ」
「え! あたしダンピールなんですけど!? 種族的にそんなの無理です!」
棺桶の中から叫び声を上げるミラであったが、レイアナはそれをばっさりと切り捨てた。
「人種だったが私が神竜になったんだ。人間の血が入っているお前なら日光耐性を手に入れることも出来ると思うぞ。そうなれば戦略の幅が一気に広がる。そこの性悪女神に治癒をさせまくれば、どうにかなるだろう」
死にかけるまで太陽光を浴び、それから治癒してもらう。他の耐性の獲得の仕方と言えば一般的なものだ。そもそも人間の血を引くミラなら、吸血鬼よりはよほど獲得はたやすいのかもしれない。
棺桶の中なので分からないが、おそらく彼女の顔は引きつっているだろう。
「それで性悪女神、お前はもうちょっと……火力を手に入れろ。少しでいい。あとは……搦め手をもっと増やして、脳筋を倒せるようになれ」
セラはうっすらと笑っているが、内心ではさすがにあせっている。いくらなんでも相手が悪い。
だが言っていることはまともだ。セラの能力は単なる火力ではなく、精神に直接働きかけるものが多い。偽りの神の名前は伊達ではないのだ。
それを鍛えれば、単なる火力馬鹿の相手であれば、むしろこの中で一番強いかもしれない。
「セリナとシズとライザには、特に言うことはないが、シズとライザは連携して戦うのがお互いの欠点をカバーするのに一番いいだろう」
ここまでで注文をつけられていないのは、セリナだけである。万能型で特に接近戦に強く、暗殺といった手段にも長け、肉体の生来の能力にも問題はない。
「お前は、全体の能力をくまなく上げていくことだな。剣術技能自体は、正直私より上かもしれないが、この世界の魔法と組み合わせるという点では、さすがに私に及ぶべくもない」
その言葉はセリナにとって意外であったが、同時に納得も出来るものであった。
魔法のない世界の剣術と、魔法のある剣術では、その求める到達点は違うであろう。前世のネアースではむしろ魔法に力を入れていたので、少し皮肉である。
さて、とレイアナは腰を上げた。続いてラナとカーラも腰を上げる。
これで話は終わりということなのだろうが、カーラはともかくラナは何のために残っていたのか。
「回復したか?」
その言葉に対してラナが頷き、ようやくセリナたちはラナのダメージが深刻であったことを知った。
神竜とは世界そのものであると言ってもいい。それが消耗しているというのは、異常事態である。前世でもセリナはレイアナの戦う姿を見たことがあるが、神相手でも圧勝だった。
勇者という存在に加えて、根幹世界において凄まじい修行と戦闘を繰り返した末、神帝を名乗るジンは神竜を超えたのだろう。
もっともレイアナとの対決を見れば、火力自体は神竜とそれほど変わらないようにも思える。だが、あれはどちらも全開ではなかった。
「じゃあ私たちは仕事に戻るが……」
レイアナはプルを軽く抱きしめた。その上からカーラも同じようにする。
「生き残れよ。我が娘」
短く端的にすぎたが、それは間違いなく愛情のこもった言葉であった。
将軍たちにも簡単に声をかけて、レイアナたちは去った。
当初の目的からは完全に軌道が外れてしまったが、セリナたちのやることには変わりはない。
とりあえず竜牙大陸南部の制圧である。この魔王軍は制圧目標、現実には足止めすべき目標が消滅してしまったため、そこそこの被害を受けたが自由に動けるようになった。
「諸君らには、また違う任務をお願いしたい」
兵力に余裕が出来た将軍は、そう言い出した。
セリナたちのやることが変わったわけである。
竜牙大陸に戦乱が絶えないのは、完全な統一がされないからである。
敵対的な存在はもちろん、中立的な存在でさえ、一度は完全に支配下に入れたい。本来の魔王の役目である調停者という意図からは外れるが、魔王の権力を認めさせなければ、その役割も果たしづらいのだ。
「大陸西部の巨人族を、支配下的な同盟関係にしてほしい」
これは魔王陛下の考えでもある、と将軍は言った。
竜牙大陸の西部、アフリカ大陸で言うならば瘤のように見える広範な地域は、巨人族が主に住む場所である。
巨人族は一応亜人の分類であるが、細かい種族に分かれていて、生物学的にはともかく歴史的には魔族に分類される種族もある。
彼らは比較的穏健な種族であるが、戦力自体は凄まじい。
兵器による攻撃力が、巨人の強大な肉体を凌駕する時代を迎えたとは言え、その戦力や、肉体から生み出される重機的な力は馬鹿に出来ない。
個体によっては日本の怪獣映画並の特殊な力も持ち、神に一番近い種族とも言われる。そしてそれは間違いではない。
「説得と書いて物理的交渉と読むわけですね、分かります」
「いや、彼らは基本的には温厚な種族が多いのは確かなんだがな」
セリナの皮肉に将軍は律儀に返した。
「そんな彼らだからこそ、こちらの支配下に組み込みたいわけだ。正直あの地帯は巨人の縄張りなこともあって、敵対勢力が一時的に逃れて潜伏することもある」
地政学的に見ても、その一帯を完全に抑えるのは、今後の南部への侵攻で間違いなく必要なことではある。
「それでは頼みましたぞ、リプミラ様」
「え!? なんであたし!?」
「魔王領の組織的に言って、一番の権威持ちは貴方でしょうが」
「いや、人間には向き不向きというものがあってだね……」
ぶちぶちと逃げようとするミラの棺を、セリナは強引に開ける。
「熱い! 死ぬから! マジで死ぬから!」
強烈な西日に晒されたミラに泣きが入った。
「それでは、頼みましたぞ」
「うう……。こんなことになるなら、魔王継承レースに出ておいた方が良かった気もする……」
今更ながらに無責任なことを言うミラに対して、セリナはもう一度棺を開けた。
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