69 剣聖無双

 戦争はどう終わらせるかが、とても重要な問題である。

 単に領土を征服するとか、敵兵力を回復不可能なまでに減らすとか、あるいは前時代的に大将首を取れば終わりとか、色々なパターンがある。

 セリナたちがいる南西方面軍の目的は、敵の戦力をここに留めるということが第一の目標で、実際のところは時間稼ぎが役割なのである。

 つまり、ここの戦線を終わらせる必要はない。



 しかしもし、倒してしまっても構わないなら、どう倒すかが問題となる。

 現在対面している軍は、ほとんどが人間か、その支配下にある亜人によって形成された勢力の軍だ。

 都市の政体はやはり人間主体の種族が過半を占めているが、本来は魔族なども共生していた都市である。

 軍事力により魔王軍と戦う勢力に支配されているが、この軍隊さえ除去してしまえば、少なくとも敵ではなくなるだろう。

 絶対条件として存在するのは、現在の占領軍の排斥である。



 簡単な地図に敵の配置を示す駒が置かれている。

 青が味方、赤が敵、そして黄色が本来なら中立の都市住民だ。

「戦後政略を考えて、まず都市の住民に被害を出すことは避けたほうがいいでしょう」

 セリナの言葉に将軍も参謀も頷くが、それがなかなか難しいのである。

 敵の司令部は一番防御力の高い都市の中にあり、どちらかと言うと住民も敵軍に味方をしている。占領されている以上仕方ないことだ。

 兵糧攻めなどをすれば内部崩壊するかもしれないが、とりあえずセリナたちが必要としているのは、単純で早急な成果である。

 下手に攻めて遺恨を残すよりは、圧倒的に蹂躙して恐怖を染み付かせた方がいい。



「まず、左右にある砦を消しましょう」

 あっさりと言ったセリナに、参謀たちも将軍も、胡乱気な視線を向ける。

「砦だけか? 市民に被害を出さないように、という意図なんだろうが、魔法の調整は難しいぞ」

 プルの戦術級魔法は強力だが、それゆえに細かいコントロールは利かない。

 分厚いコンクリート製の砦を破壊するにはそれなりの破壊力がある魔法が必要で、もしもちまちまと削るとしたら、かなり時間がかかる。敵の魔法使いもいるのでそうそう上手くは壊せないだろう。

「片方はわしが片付けよう。およそ二万人ほどじゃな」

 淡々とシズは言うが、対軍としてはあまり彼女の実力は発揮できない。

 なんだかんだ言って、魔法は広範囲を殲滅することが可能なのだ。大してシズは対個の戦闘に秀でている。

 もちろん一騎当千程度ならばたやすいが、ある程度の時間はかかるだろう。

「まあお前さんの馬を貸してくれるなら、朝から昼前までには終わるじゃろ」

 セリナは頷いた。シズの火力は広範囲を殲滅するものではないが、逆に無用な破壊を行うことも少ない。



 そしてもう片方の砦は、プルとライザの二人が任された。

 プルが戦術級魔法で攻撃し、ライザがその余波から都市を守るという分担である。

 そしてセリナ、セラ、ミラはお留守番である。セリナは何かあった時の予備戦力であり、セラは今回兵を用いるわけではないので治癒に控える必要はない。ミラは時間帯の問題で戦力にはならない。

「それでは明日の朝から作戦を開始しましょう」

 セリナが言って皆が頷く。半信半疑の者もいるが、とりあえず方針は決定した。

「……今夜のうちにあたしが敵の司令部を潰したほうがいいと思うんだけど……」

 ミラはぼやいたが、反対はしなかった。







 翌朝。まだ西の空が暗く、日の光が昇る前。

「それじゃあ行ってらっしゃい」

 これから眠りに就くミラを含めて、一行はシズを見送る。

 シズはエクリプスの背に乗り、水虎の装備で十文字槍を手にしていた。

 エクリプスは鞍と鐙を装備しているが、ハミはない。手綱がなくても、己の判断で行動する。

 シズカは手綱なしで、足の筋肉だけでエクリプスに跨るのだ。これも超人的ステータスによるものだ。

 当のエクリプスは主であるセリナ以外を乗せるのは不本意なのだが、かといって彼よりはるかに強いシズに敵対することも出来ない。

 馬であるにも関わらず深い溜め息をつき、シズはエクリプスの腹を蹴って、魔王軍の陣を出た。



 かつて戦場には、一騎当千の戦士がいた。

 しかし現代の戦場はそういった存在が求められるものではない。戦力とは練度、士気、装備、数で計算されるものだ。

 だがまだこの世界には、不条理な戦士が存在する。



 最初シズが魔王軍の陣から出てきた時、それに対する敵の反応はなかった。

 馬に跨り槍を持ち、こちらへ向かってくる軽装の戦士。それは戦力とも呼べない存在だった。ゆえに反応することがなかったのだ。

 だがそのままシズが軽くエクリプスを駆けさせ、砦に向かってくると、わずかながら対処する必要性があった。

 上官から命じられたわけでもないが、一応は武器の用意をする。

 命令が出たら威嚇射撃はするだろう。だがそもそも、相手の意図が分からない。槍などを持って、一体何をするつもりなのか。



 まさかそれが戦闘の備えだとは、近代化された装備を持つ彼らは、少しも思わなかった。



 シズがエクリプスの胴体を、軽く締めた。

 それが合図となり、エクリプスは全力疾走に移る。

 馬の出せる速度ではない。浮遊戦車並みか、それ以上の加速。

 そして砦の手前で跳躍。空中でさらに加速し、鋼鉄並みの強度を誇る砦の外壁を、その足で砕いた。

 金属は弾性があるため、曲がりはしてもそうそう砕けるものではない。だがエクリプスの蹄の破壊力の前に、その弾性限界は突破していた。



 砦の中に入ったすぐそこは充分な空間が取られていた。出撃するための空間があり、そこには旧式の戦車や装甲車が準備されている。

 シズは槍を一閃し、その全てを切断した。上下に分かれた兵器は当然もう使用出来ない。

「さて、どれだけ殺せば逃げ出すか」

 物騒なことを言ったシズは武装を烈火に替え、二本の刀を握り締める。



 陣形を組んで出撃するための空間には、三つの通路がある。どれもが広く、迅速に兵が集まれるようなものである。

「ふむ……ではお主はここで待っておれ」

 そう言ったシズはエクリプスを残し、真ん中の通路へと足を運んだ。



 侵入者の排除に、砦の司令官はすぐに対応しようとした。

 それがたった一人であったり、砦に物理的な穴を開けるような存在であるということは、上手く伝わらなかったが。

 それでも即応しようとしたあたり、現場の司令官としてはごく普通に優秀な人間だったのだ。

 問題は、相手を同じ人種だと思ってしまったことだろうか。







 分厚い盾を持った兵を前衛に、小銃や杖を持った兵士たちが後衛という態勢で、兵士たちはシズを迎え撃った。

 相手がただ一人という異常さに戸惑いはしたが、現場指揮官の命令に従って、攻撃を開始した。

 シズは弾丸や魔法を全てかわすか打ち落とし、目に見えないような動きで盾持ちに迫った。

「なっ!」

 驚愕の声を上げる兵の盾を、まるで紙のように切り裂き、さらにはボディアーマーをも切り裂き、シズの刀は兵士の体を断ち割る。

 ここまで接近してしまえば、兵士たちは銃も魔法も使えない。銃には銃剣を着けていないので、殴打する武器としか使えない。

 そして金属製の銃を、シズの刀は軽々と両断していく。



 しばらくはシズの圧倒的な有利が進んだ。四方を完全に囲まれていても、同時に襲い掛かられた攻撃に簡単に対処する。人間としてのステータスがあまりに違いすぎる。

 やがて敵兵は盾持ちを前に出し、とにかくシズの足を止めようとしてきた。盾など何も用をなさないと分かっているはずなのに。

「まあ、そうじゃろうな」

 通路の反対側から、槍や剣を持った兵たちが隊列を組んでやってきた。シズが考えた敵中侵入からの蹂躙ではなく、完全な前後からの挟み撃ちである。

 銃や魔法は完全に諦めて、接近戦に持ち込む。確かに一人の敵を相手にするなら、フレンドリーファイアの多い遠距離攻撃は悪手である。

 銃や杖を持っていた反対側の兵たちも、後方で接近戦武器に持ち替えていた。

 だが、それがどのほどのものか。



 シズは通路の反対側へ駆け出した。

 武器は変わらず二振りの刀。それに対して兵たちは槍襖を敷く。

 中世以前、古代時代の戦闘法だ。シズには慣れた相手でもある。

 刀で槍の側面を軽く打つ。わずかに生じた隙間に、その肉体を入れる。

 剣の間合いに入りながら、一人異常な高速で、隙ですらないはずの一瞬を、強引に必殺の間に変える。

(いかんな。殺しすぎて通路が埋まる)

 シズは跳躍して一度間を取ると、今度はまた最初の通路へと走り出す。

 舞うような蹂躙がまた再開される。



 剣聖。誰がそう言ったものか。

 シズは手ごろな銃器を拾っては、適当にそれを敵に向かって撃つ。そうしてどんどんと敵は減っていく。

「う~む……敵の司令官を討っても、城の中には将軍がおるわけじゃし……」

 シズの知る戦闘は、会戦が多かった。遭遇戦からの、指揮官が見える戦いである。

 しかしここは敵の砦、言わば城の本丸である。

 本丸を落とすには、二の丸三の丸と落としていかなければいけない。せめて空中が空いていれば、ショートカットで敵将を討つのだが。







 内心困っているシズではあるが、それを相手にする敵兵は恐怖で染まっていた。

 わずかな傷を与えるどころか、攻撃を一つ通すどころか、歩みを止めることさえ出来ない。

 まるで自分たちとは違う存在、それこそ竜とでも戦っているような。

 前線指揮官も、兵たちの士気が下がっているのは分かっていた。これはまさに竜や神を相手に、ただの軍が闇雲に突入しているようなものだ。



 しかし神や竜であれば、まだしも火力を揃えて撃退することは出来るかもしれない。しかし相手はただ一人の人間なのだ。

 武装はおそらくミスリル。それも莫大な力が付与されたものだろう。しかし単にそれだけで、人間が軍を相手にすることなど出来ない。

 竜牙大陸で勇名を馳せた傭兵団、七つの流星でさえも、竜と対決したのは火力が使える会戦であったのだ。

 だがこの敵は竜より小さく、そして素早く、予測不可能なほどの技量を持っている。それは神や竜のものではなく、人のものだ。



 指揮官は司令部に情報を送りつつも、鑑定が使える魔法使いで敵の力量を探るぐらいのことはしているのだが、武装の能力かそれも解析できない。

 つまりどれだけ強いかさえ分からない、圧倒的に強い存在が、こちらをひたすら蹂躙するという結果がここに現出している。

 よって指揮官は司令部に撤退を進言し――そして遅すぎる許可を待ってから、全ての兵力を砦から中央の都市へと撤退させた。

 シズが悠々と砦の最奥へ踏み入った時、既にそこはもぬけの殻であったのだ。

「うむ、逃げられた。しかしどれだけ斬ったかの」

 わざわざ数えるなどということは、シズはしていない。だがまだ相手の指揮系統は残っていたし、概算だが2000人ほどしか殺していないだろう。

 俗に傭兵の中では100人殺しと呼ばれる存在がいる。戦場で相手の小隊を一人で壊滅させるほどの強者という意味であるが、ここでのシズは2000人殺しであった。



 シズは司令部に何か情報が残されていないかと少し探したが、さすがにそのような失策は犯されていないようであった。

 今後このような状況になれば、途中はとにかく侵攻することを優先して、敵の大将を狙おうと反省した。

 持たされていた爆薬を司令部に設置して、この砦がすぐには復旧できないようにする。

 それから返り血ばかりの己の姿を見て、洗浄の魔法で血や脂を取った。これぐらいの魔法はシズでも使えるのだ。

「やはりわしは大物相手の方が向いておるな」

 数多くの敵兵に消えないトラウマを残して、シズはエクリプスと合流する。

 砦から出た彼女は手を上げて、己の役割を果たしたことを味方に伝えた。

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