66 砂漠を越えて

「……」

「……」

「……」

「……何よ、これ」



 誰かがツッコミを入れるまで、無限の沈黙が続くと思っていた。現実にはミラがそれほどの間を置かずににツッコンでくれたのだが。

 ダンピールというこの世界においては非常な希少種である彼女だが、人格的には一行の中で一番常識的なのかもしれない。



 火炎迷宮。火山の麓に入り口のあるその迷宮は、大陸でも攻略難度屈指の迷宮と言われている。その最奥に鎮座するのは、神竜の一柱でもある火竜オーマ。

 一行は神竜とのコンタクトを取るために、わざわざその難関迷宮に挑戦するつもりだったのだが――。

『現在火竜オーマは留守にしております。探索者の皆さん、ごめんなさい』

 入り口にはそんな看板がかかっていた。

「何よ! これ――――!」

 ミラの叫び声が、砂混じりの風に乗って響いていった。







 修理された船でカラスリ半島に到着した一行は、そこでまた乗り物を変えた。

 船に懲りたため、いざとなれば空を飛べばいいかと、陸路を行く。使えるところは馬車で、それ以外は徒歩で。

 いっそのこと各自で魔法で飛行したほうが早いのではと誰もが思うのだが、空を飛ぶ速度の遅いセラを誰が引き受けるかで、もめるのは目に見えている。

 ――このあたり、なんとも仲間を信用していない一行であった。いや、セラのみが信用されていないと言うべきか。

 多分それを告げても、むしろセラは喜ぶだけだろう。



 そういうわけで陸路を月単位でてくてくと歩き、ルアブラ地方特有の、この世界唯一の大砂漠地帯に入ったわけである。

 砂漠の中にある活火山、その麓にある火炎迷宮には、神竜の一柱である火竜オーマが棲んでいる。

 それに接触すべくわざわざやってきたのだから、この展開には意表を突かれざるをえない。

 ましてミラが昼間に移動するのは効率が非常に悪いため、ほとんど夜中にしか進めなかった。馬車で棺桶を運ぶには、砂漠地帯は道路事情が悪かった。



 そんなわけでミラは頭をがしがしと掻きながら、所在無げに足元の砂を蹴る。

「まあ、いないのは仕方ないでしょう。入り口にわざわざ書かれていたのは、むしろ無駄手間にならなくて良かったのですから」

 セリナは溜め息をつきつつ、前向きに考えることにした。







 竜骨大陸から竜牙大陸へ渡るのは、実はけっこう難しい。

 海路が難しいのは他の所でも同じなのだが、陸路が圧倒的に難しいのだ。

 この周辺は世界一の大砂漠地帯であり、陸路の交通手段がほとんどない。

 線路を敷くことも道路を作ることも、地形の問題があり不可能。神竜様にでも頼めば別なのだろうが、それ以外では高位の魔法使いでも、そんなインフラを長期間整備することはコストが合わないという。

 よって一行は、なんと駱駝を使って、オアシスからオアシスへと移動をしていた。

 砂漠なので日中は休み、夜の時間を移動するため、ミラにとってもありがたいことだそうだ。



 ちなみにダンピールの彼女は、濃い曇りの日であれば、日中虚弱な人間並に動けるのだが、この地域でそんな天気になることは滅多にない。

「日中進むなら、ミラの棺桶を引きずって行く必要があったのう」

「ドラクエかよ! しかも初期!」

 のんびりとしたシズの物言いにセリナが咄嗟につっこんだのだが、他の誰にもそのネタは通じなかった。



 さて、そんな世界規模でも珍しいコントのような一幕を終え、一行は竜牙大陸へと足を踏み入れた。

 砂漠地帯であるのは同じなのだが、この大陸北部には大河の畔に一つだけ、巨大な都市が存在する。



 魔都アヴァロン。

 ミラの故郷であり、一行の目的地でもあった。







 アヴァロンは一度、竜牙大陸の人種が絶滅した後、再入植する人種のための橋頭堡として築かれた都市の一つである。

 そこに君臨するのは魔王であり、初期には竜骨大陸の大魔王の指示の下、主に北部から人種の生存圏を広げていった。

 だがそれも数百年程度の期間である。次第に大陸には種族ごとの集落や、種族の混じった国家が作られていった。

 それは魔王の権威の低下を意味したが、そもそも魔王は開拓初期の問題を解決するために存在するものであったため、それ自体は自然なことであった。



 問題は、戦争が起こるようになったことである。

 種族間の問題による戦争、領土を求める戦争、迷宮の支配権を巡る戦争など、色々な種類があった。

 一番厄介であったのは、人間の他種族への差別意識からくる戦争であった。

 竜骨大陸からわずかな人間の移民と、滅びた世界からの人間の移民。この二種は亜人に対してはそれほどでもないが、魔族に対しては過剰な嫌悪感を持っていた。

 人間だけによる国家を目指し、魔族に対抗するため勇者を召喚し、そして結局は逆に滅びてしまった国家がある。

 200年前の悪しき神々との戦いでも、ほんの一時期人種は結束出来たが、それが終わるとまた人種同士で争うようになった。

 現在も続く戦争や紛争は、ほぼ全てが種族対立によるものである。魔王も国家間の調停などは行っているのだが、新米でまだ未熟な現魔王は、あまり成果を上げていない。彼女の能力ではなく、経験の問題である。



 元々はミラが次代の魔王候補筆頭であったのだが、彼女は正直自分の考えで動くよりも、他人の考えに従って動く方が得意だ。一種の脳筋である。

 魔王選出の際に政治的なごたごたが起こることを懸念して、彼女は竜骨大陸に渡って己の力を上げていったのである。

 現在の魔王はミラの幼馴染にして、魔将軍レイ・ブラッドフォードの娘、ハーフダークエルフのミュズ・ブラッドフォードが務めている。

「おお! 懐かしの故郷! 我が愛しきアヴァロンよ! 私は戻ってきた!」

 深夜に到着した魔都の門を潜ると、ハイテンションでミラは叫んだ。

 この時間帯でも、夜行性の人種が多い魔都では、それなりの人目がある。

 馬車の御者台で、わざわざくるくる回転し、さらに片足で立ちつつ両手を広げる体勢で叫んだミラを、彼らは生暖かい目で見つめた。



「目立つな」

 プルに首根っこをつかまれ馬車の中へと連れ戻されながらも、ミラは幸せであった。自ら選んだとは言え、50年ぶりの里帰りである。

「それで、どこへ行けばいいんですか?」

 御者をしているのはセリナである。列車や公用車が走る魔都で、馬車はかなり目立つので、土地勘のあるミラに決めてもらわなければいけない。

 セリナも前世で訪れているのだが、200年前とはさすがに様相が変化している。

 正直なところ、以前よりも街が薄汚れている気がする。大通りから入る路地に、屋根だけを作った空間で生活している者がいる。

「王城へそのまま向かって。あたしの家もそこにあるから」

 前世でも訪れた王城。しかしあの時に会った強大な魔王は既にいない。

 山を一つくりぬいたような巨大な王城へ、セリナはエクリプスを走らせる。



 それにしても、街の雰囲気が変わっている。

「ふむ、以前には通り過ぎた程度じゃが、また少し難民が多くなっておらんかの」

 シズの感想に、ミラも窓から見える風景を眺めて嘆息する。

「そうでしょうね。竜牙大陸はあちこちで戦いが起こってるから、比較的治安のいい魔王領に、特に魔族は避難してくるのよ」

 アヴァロンは大河に面して作られた都市である。この大河近辺を南に長く、魔王領が存在している。

 地球で言えばナイル河にあたるこの河は、古代エジプトのように農耕に適した土を運んでくれる。アヴァロンの100万を超える人口を支える農地が、河の両岸に広がっているのだ。

 治水も完璧に行われているため、毎年の豊かな恵みが約束されている。おかげで食料の不安はないため、魔王領には難民がやってきても、どうにか食べさせる程度のことは出来るのだ。

 スラムになったような地区に住む貧困者も、魔王の名の下に行われる炊き出しで、どうにか飢え死には防いでいる。



 だが、この状況がいつまでも続いていいわけはない。

 余力のある現在、魔王軍が領域を広げるか、あるいは周辺勢力を支配下にし、少しずつでも大陸に平穏をもたらす必要がある。

「戦国時代じゃのう。言うなれば魔都が朝廷、魔王が帝といったところか。しかし帝に武力があるのだから、どうにか出来るはずだがの」

 魔王領には食料と共に、それなりの軍資金がある。竜骨大陸との交易で稼いだものであり、また技術を持つ工廠もあるので、戦争を行うなら可能であるのだ。

 実際、シズはなぜ魔王軍が動けないのか、不満を抱いている。過去も、現在もである。



 難民に武器を持たせて兵士とする。本拠地はあり、兵站にも問題はないだろう。

 そのように条件は整っているにも関わらず、魔王軍に動きがないのは、ひとえに新魔王が足元を完全に固めていないことによる。

 魔族というのはいくら文明化しても、基本のところは戦闘力が物を言う種族である。

 現魔王ミュズは確かに他の魔族に比べて傑出した実力を持つが、圧倒的というわけではない。

 内部統制に手を割かれるため、これまで魔王軍を派遣することも難しく、防衛に力を割かざるをえなかった。



 軍を派兵するにはそれを率いる将軍が必要で、それを任せられるほど信頼出来る者がいなかったというのも大きい。

 逆に自らが親征するにも、後を任せる者に不安がある。

 幹部の能力は信頼できても、忠誠心を信用出来ないところに、彼女の弱点があったのだ。







「開門! かいも~ん! ヘイヘイ! リプミラ様のお帰りだぜー!」

 相変わらず変なテンションで叫ぶミラは、巨大な魔王城の表門の前に立っていた。

 しばらくたっても動きがなく、ミラがガンガンと門を蹴り始めて、門衛が脇門から出てきて止めようとする。

「ちょっとあんたたち、あたしのことを知らないの!? 先代魔王アスカ・アウグストリアの娘、リプミラ・アウグストリアよ!」

 無茶を言う。50年も顔を見せていなかったのだから、当時の門衛などは世代交代しているだろう。

 それでも長命種の魔族がミラの顔を知っていたので、しばらく待つようにと言われて、ミラは貧乏ゆすりをしながら門の前で待つ。



「あれ、大丈夫かの? 今の魔王からしたら、先代魔王の娘など、お家騒動の元にしかならんと思うんじゃが」

「魔族の常識から言えば、そのあたりは大丈夫だろう。少なくともすぐ殺されることはないだろうが」

 シズとプルがそう囁きあうのを聞きながら、セリナは地図を頭の中に浮かべている。

 王城の中枢はともかく、外辺部は把握できる。そして奥からやってくるのは、高レベルの魔族に守られた、さらに高レベルの存在。



 正面の大門がゆっくりと開き、左右に練達の戦士たちを控えた、質素と言ってもよさそうな衣装を身にまとった、ダークエルフの少女が現れる。

「ミュズ!」

「ミラ!」

 思わずミラは駆け寄り、ミュズもまた同じく駆け寄り――。

「この馬鹿ちんがーっ!」

 魔王のドロップキックが、ミラの顔面に突き刺さった。





            間章 封印大陸編  了

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