65 誰も知らないその場所で
「な――」
「なー―」
「なんだってー!!!」
思わず叫んだのは、別に示し合わせた訳ではない。
「そ、そうですか。死んだはずの……確かに浮遊大陸になら、そういった方たちがいてもおかしくは……というか、この事実が知れれば歴史が変わるのでは?」
事態を把握していないライザだけは、他の3人の声に驚いていたが。
「聖帝シファカだけじゃなく、他にもいるわけ? と言うか、まさかあの時代の英雄って、戦争後も最後が行方不明って人が多いけど…」
「ひょっとして剣聖トールなども『実は生きていた』とかあるのかの?」
「……私を封印してくれたあのクソ野郎も……いえ、何でもありません」
一行の反応は劇的だが、ある程度予測していたのかバランは何故か得意げであった。
「……その人誰?」
大森林の外についてほとんど知らないライザだけは、空気を読まない問いかけをしていたが。
そのライザに対しては他の3人で簡単な説明をし、改めてセリナがバランに向き直る。
「やはり大崩壊のようなことが、また起こった時のためですか?」
「うむ。世界に与える影響を考えて、当時の英雄の方々は多くがここで眠りについている。悪しき神々の復活程度では、あの方々が目覚める理由にはならんしな」
「……200年前の勇者大量召喚の時なんか、けっこう大変だったんですけどね」
「ふむ、確かに異世界との接触は大きな問題のはずだが、なぜ神竜は方々を眠りから醒めさせなかったのか……。水竜ラナ様か風竜テルー様のお考えなのだろう。それに実際、方々の力なくしても解決したのだろう?」
「解決したのは前世の私ですけどね……」
セリナは口の中だけで呟いた。世界中を旅したあの記憶は、もう100年も前になるか。
ふと記憶を探ってセリナが思い出したのが、ゲルマニクスのことである。
彼はもうすぐ、大崩壊レベルの災害がネアースに訪れると言っていた。ならばこの船に眠る人々の力も必要になるだろう。
前に再会した時は詳しく話さなかったが、そろそろ改めて話を聞く必要があるのではないか。
それともう一つ思い至ったことがある。論理的に考えればありえないはずだが、可能性としては存在する。
「ひょっとして、大崩壊の時にも、ここの眠りから醒めなかった人もいるのですか?」
前世、ゲルマニクスは死した英雄を召喚し、セリナと戦ったことがある。
あの時召喚されたのは、魔王と武帝と勇者の残存思念であった。聖帝は召喚しようとしたが、ブラフとして使ってきた。
魂と残存思念の関係は分からないが、死んでいない人物を死霊魔法で召喚するのは不可能なはずだ。
だがそれは、ライザが否定した。
「残存思念は世界のシステムに蓄積されたデータ。そこから人格や能力を召喚することが出来る」
意外なことに、こういった知識は彼女が一番良く知っていた。ハイエルフであるクオルフォスから、森羅万象のシステムについて学んでいるからだ。
「だからまだ生きている人間を、システムから情報を得て構築して魔力で実体化させて、召喚魔法で召喚する。死霊魔法で扱えるのはあくまで残存思念。普通なら魂はそのまま輪廻の輪の中に還る」
「あ~、あの時神竜のブレス食らったけど、生き残れたのは本物じゃなかったからですか」
改めて過去を回想するセリナである。そこから彼女は魂のある存在と、魂のない召喚された存在の強さなどにも思案するのだが、確かに前世、セリナが勇者や魔王を倒せたのは、そのあたりに理由がありそうだ。
今更ながら原因が分かったが、やはり過去のことである。
「大崩壊の折には、この霊廟からは全ての英雄が戦いに加わった。だが歴史には残っていないはずだ。アルス殿とシファカ殿がそう話しておられたからな」
セリナの知る大崩壊というのは、神竜の神域から、数万を数える全ての古竜が動員されて行われた大戦である。
異なる世界――つまるところの並行世界の地球との潰し合いで、地球の神々や軍と戦った。そして勝利し、地球を破壊することによって、ネアースを残すことに成功した。
古竜一柱が、最上位の神に匹敵し、人間で古竜に対抗できるのがアルスやシファカといった人間を超えた英雄であったので、ジークフェッドたちのような超越した戦士でも、まだ戦力としては期待されなかったという無茶苦茶な大戦だ。
「この霊廟に眠っておられる方々は、竜骨大陸の人種だけではない。大賢者アルヴィス殿のように、他の大陸の英雄たちも、数多く眠っておられるのだ」
それは驚愕すべき事実であった。3200年前の時点で、他の大陸の人種は滅びていたというのが歴史の定説であり、現場証人の言葉であったからだ。
だが確かに、竜と戦えるほどの者であるなら、自分一人分ぐらいなら、あるいはごく少数なら、竜骨大陸へ避難することも可能だったろう。事実アルヴィスは他大陸の大賢者システムの継承者であったと聞く。
「なんだか色々と歴史の裏側を知ったけど……とりあえず戻る? あたしはここ太陽が射してこないからありがたいんだけど」
ミラはそう言って、もうしばらくバランと話すそうだ。他の四人は状況報告のため、一度引き返すことにする。
仲間たちが去った後、ミラはすぐさま口を開いた。
「バランさんは真祖なんですよね? あたしの母も真祖なんですけど、アスカ・アウグストリア、知ってますか?」
バランは微かに目を剥いたが、それほどの衝撃を受けたという感じではない。
「アウグストリア……大崩壊のはるか前、アルス殿がまだ勇者として魔族と戦っていた時代に、その姓の真祖がおりましたな。アスカという名も、大崩壊の折に少し耳にしましたが。ちなみにダンピールという新種族だと聞きましたが、お父上は?」
「……父は大魔王アルスです。もっとも、あまり面識はないのですが」
大魔王アルスは、裏からこの世界を動かす統治者である。同時に卓越した戦士でもある故に、忙しく世界を回り、あまりミラと会った事はない。
直接会ったときは、優しそうな顔でミラをかまってくれていたものだが、この100年はその機会もなかった。
「なんと……」
大魔王の娘ということで、バランは今度こそ驚愕の色を面に出した。
「どうりで吸血鬼の混血なのに、真祖よりも強大な力を持っているはずだ」
「それで、吸血鬼の話なんですけど、ほとんどの真祖は行方知れずとなっていますが、ここに眠っているんですか?」
吸血鬼の真祖は、世界中を数えても200人ほどしかいないというのが学説である。
そして実際に確認できる真祖は、片手で数えられるほどのものだという。
「ここにもいますが、迷宮で眠っている方も多いはずです」
吸血鬼は不老不死の存在である。だが長く生きた個体は、感情を失い世間への関心を失っていく。
だからといって自殺することもなく、大概は長い眠りについて、時折目覚めては少し活動するというのがバランの言葉であった。ミラが母から聞いた情報と変わらない。
ミラはダンピールであるが、能力的にはかなり吸血鬼寄りである。一応母に吸血鬼の戦闘術は習っているが、他の吸血鬼にも独自の戦闘術があれば教えてもらいたかった。
その要望にバランは快く応じ、彼自身や彼の知る吸血鬼の戦い方を教えたが、それだけではなく各地に眠る吸血鬼や、彼自身の知る吸血鬼の古い物語などを教えてくれた。
広い空間を使って実際に戦ってみたりもしたが、力や速度では既にミラが上回っているようだったが、ステータスに比べると実力に差は無いように思えた。
これはミラが今まで、自分と同等や、あるいは格上の敵と戦う経験が少なかったことによるのだろう。
後には同じく戦闘の不得意な、セラも訓練を受けるようになったが。
ちなみにそれでもライザは別枠である。彼女に接近戦を求めてはいけない。
三日の後、船の修理はおおまかに完成した。
その間には壊されたオリハルコンゴーレムの修繕も含まれていたが、これには鍛冶の心得があるセリナが積極的に加わった。オリハルコンを扱うなど、そうそうあることではない。
両者にとって濃密で有効な時間が過ぎたが、船の食料が少なくなってきたこともあり、修繕終了後はすぐに浮遊大陸を出発することになった。
ミラはバランと名残惜しく会話していたが、それでも二度と会えないわけではないのだ。
セリナたちが船に乗り、大陸から離れて、バランもまた眠りにつくべく準備を始める。
世界各地に配置されている観測機や、衛星軌道上にある人工衛星からの受信。魔力や磁気などの異常で、半分はいつも繋がらないものだが、今度はいつにも増してそうである。
「ふむ……時間の流れの乱れが大きいか……」
ネアースの一日は24時間と、ほぼ地球と変わらない。だが場所によって、計測される時間が違うことがある。この世界に時空魔法があるため、場所ごとに一日数秒ほどの誤差が発生する。
ガーハルトのような広大な国では意外とこれが洒落にならず、空間の捻じれもあいまって、世界をカバーする通信が確立しない理由となっている。
それはもうずっと前、それこそ神話の時代からの出来事で、それ自体はおかしくないのだが。
「いや、おかしいぞ。この数値は……彼女たちとの接触が問題か? いや、送られてくるデータに干渉したとは思えない……」
そこへ緊急命令を告げるシグナルがつながる。この船へそのような指示を出すのは、ごく限られた存在だ。
「サジタリウス殿か! 何が起こっている!?」
封印廟の封印をいつでも解除出来るように心構えをしながら、バランは新たな連絡を待った。
同時刻。どこでもない場所で――。
大地も大気もない、光さえも存在しない、おおよそ生命の生存に適しない広大な空間。
聖剣を両手に握り、荒く息を吐くのは、ネアース世界最強の人種と呼ばれる、先代大魔王アルス・ガーハルト。
ただ生存するためだけに回される魔力は、残り少ない。
「アルスさん……」
遠く離れた位置から、それを見つめるのは大魔女クリスティーナ。いつでも発動出来るように複数の術式を準備しているが、はたしてその隙があるのか。
隣に浮かぶサージは、自らが作り出したこの空間を、わずかに捻じ曲げてネアースの世界へとつないでいた。
そしてさらに遠く離れた、アルスを見つめる四人の――人種に近い形状の存在。
「くくく、フォルクスが破れたか……」
「しょせんあやつは、我ら呪神帝四神将の中でも最弱……」
「では次は……我が相手をしようか……」
「いや、ここは我であろう……」
「ならば我が……」
「「「どうぞどうぞ」」」
コントのようなやり取りの後、しぶしぶ進み出たのは、先ほどアルスが必死になって滅ぼした、フォルクスという名の存在に、よく似ていた。
痩せた人型ではあるが、その眼窩に灯る光は暗い。視線だけで常人を発狂させるほどの存在感。
「あの……ちょっと……質問……」
荒い息を吐きながら、途切れ途切れにアルスが声を出す。大気の振動もないまま、その言葉は伝わる。
「ふふふ……時間稼ぎのつもりか?」
「いや、それもあるけど……」
アルスはあっさりと肯定し、そして続けた。
「あんたら5人なのに、なんで四神将なの?」
空気……はないが、ぴたりとその四つの存在は動きを止めた。
「ふふふ……それはだな……」
「ふふふ……」
「…」
顔を見合わせて、何度も目線で語り合い、結局アルスの前に進み出た神将が答えた。
「我らが主の様式美だ。実際一人減ったことで、丁度数が合うようになった。奇妙な話だが、貴様には感謝しないでもない」
アルスはがくりと顔を伏せたが、その隙に攻撃されるということはなかった。
同じく遠くから見ていたゲルマンは、そのあまりにも意味のない答えに、馬鹿なの、死ぬの、と小一時間問い詰めたくなったが、下手に口は出さない。
この間抜けなやり取りの間にも、少しはアルスは回復してくれるだろう。そして一対一という状況をあと二回なんとか繰り返してくれれば、ゲルマンを合わせた四人で、残りの二人を数の差で倒す計画である。
卑怯と言うなかれ。つまるところは勝てばよかろう、なのだ。
「ふふふ……少しは回復したのかな?」
「もう少し。あ、サージ、ポカリちょうだい」
ふらふらとサージの所まで近づくと、アルスは念話でサージに伝える。
『正直あと二人は辛い。もう一人倒して、次のやつが出てきたら、初見殺しで倒してくれ。その後は予定通りだ』
『了解です』
「待たせたな」
「くくく、待ったぞ。正直、回復速度が速くて、ちょっと驚きなのだが」
どこか間抜けなコントを繰り返すようだが、アルスは剣ををしっかりと握り直した。
――こいつらは、強いのだ。
確認できないが、ステータス的にはアルスよりも上であろう。ただ純粋に、ステータスだけで敵を圧倒してきたため、技術が足りていない。
同格や格上との対戦が不足しているため、アルスが何枚も持つ切り札を使えば、勝てなくはない。
たあそれも、後に残る者ほど強くなっていくのは本当のようだ。だから、卑怯でも卑劣でも勝ち筋しか採らない。
大きく息を吐き、そこが真空である亜空間であるにも関わらず、アルスは時空魔法で収納しておいた空気をたっぷりと吸った。
「行くぞ!」
飛閃の魔法で空間を駆ける。それを迎撃すべく手を上げる四神将。
広大な亜空間の中で、世界の命運を賭けた戦闘が繰り返される。
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