64 封印されし者
薄明かりの中を進むのに、一行は苦労しない。
完全ではないが竜眼を持つセリナはもちろん、ミラは吸血鬼由来の暗視能力、ライザは妖精眼、セラは神眼、シズも半獣人のため夜目が利く。
先頭を進むのはセリナであるのだが、彼女の持つ地図の祝福は、船の中でも有効に働いていた。
表面を覆っていた結界は内部にはないようで、それは大変にけっこうであった。全長80キロの宇宙船の内部を探索するなど、考えるだに面倒なことであった。
そしてセリナの個人的な第一目標は、すぐに見つかった。
「うわあ……」
コミケ会場がそのまま入るような巨大空間。そこは武器庫や食料庫といった、倉庫の機能をまとめたものであった。
もちろん倉庫の類は何箇所かに分割されているが、ここが一番巨大な倉庫であるのは確かである。そして目の前には巨大なゴーレムや戦闘機、小型宇宙船などといった物が、埃も被らず鎮座していた。
「核兵器までありますね……。時空魔法で結界が張られていたようですが」
セリナの地図によると、前にこの倉庫が開けられてから、内部は数時間しか経過していないようである。
「お主の無限収納のように、空間を広げる魔法は使っておらんのかの?」
「ええと……あれ? 地図がおかしい……」
船の構造上ありえないはずの空間が、目の前の空間である。地図に集中すると、その地図が二重に浮かび上がってくる。
「時空魔法を使ってますね……。この倉庫は時間遅延だけでなく、空間拡張まで使ってます」
そう言ったセリナは一度倉庫を出て、倉庫の対面にある扉を開ける。そこも同じような倉庫になっているはずだったのだが……。
「うわあ……」
セリナのうめき声に、他の皆も息を飲んだ。
目の前に広がるのは、明らかに船よりも広大な密林と山脈であったのだ。
「なるほど、これは確かに大陸ですね」
関心したようにセリナは言うが、他の四人は声もないようだった。
あれから幾つかの扉を開けると、砂浜であったり湿地であったりと、大自然の環境がそのままに再現されていた。
もっとも動物の姿は見えず、植物の世話などはゴーレムが行っていたが。
「生物は時空魔法で拡大した空間に入れられないって聞いたような気がするけど……」
ミラの言葉通り、通常宝物庫や収納と呼ばれる空間拡張系の魔法では、生物を中に入れておくことは出来ない。しかし例外もある。
「より高度な時空魔法を使ってるみたいですね。おそらく機械を使った演算。生物にしても、微生物単位なら生息可能なはずですし」
よくファンタジー小説の中では、魔法の袋の中には生物は入れられないという設定があったりするが、味噌や酒を入れられるなら、それもおかしな設定なのだ。
「これだけ広い空間でも、虫以上に大きな動物はいないみたいです」
そう言ってセリナは武器庫に戻った。
船内の探索はまだ続けたいが、その前に必要な物がある。
「あった……」
武器庫の隅、現代兵器に比べれば意味がないはずの、接近戦用武器。
刀や槍といった武器が、白鞘の状態で、何十本も置かれていた。
剣と言うにはあまりにも大きすぎ、分厚く重く、そして大雑把過ぎる鉄塊もあったりした。
刀という武器は、意外と整備に手間がかかるものである。
油を塗って白鞘に入れても、10年に一度は確実に手入れをする必要がある。
錆などが浮いたらそれ以上、研ぎを上手くしなければ、あっという間にぼろぼろになる。その点、時空魔法を使った保管方法は適切であった。
そしてシズと二人で良い刀や槍を目利きしているのだが、銘のある日本刀が何本もあった。
「これは……銘は違うが、おそらく正宗ではないかの」
「こちらは安綱ですね。……もしかして童子切りだったりして」
シズが口にした「おそらく正宗」というのは、ちょっとした理由がある。
正宗という刀匠が生きた時代は、太刀が使われる時代であった。しかし戦国から江戸時代にかけて、刀の長さは常寸と呼ばれる太刀よりも短い打刀という種類に移行していった。
正宗の刀も長さを短くし、本来の銘が入る部分が削られ、他の銘が入ったり無銘になったりしたのである。
江戸時代に「正宗」と言われた刀は何本もあるが、実のところ本物の正宗と呼ばれる打刀は一本もない。当然である。正宗の時代には打刀などなかったのだから。
江戸時代には権威ある鑑定家でも銘が分からず、それでいて切れ味の良い刀はどんどん正宗とされていったという事実もあったりする。
実際の切れ味が良かった場合は、それでも良かったのだが。
「やはり関の刀はよいな」
油を拭い、うっとりと刀の波紋を見つめるシズは、ちょっと危ない人のようである。
「シズが死んだ後の時代にも、いい刀匠は出ましたよ。たとえばこれは虎徹……って偽物だ」
セリナも同じように刀を見ていくのだが、中には銘と実物が合わない物も含まれている。
先ほどの正宗もそうだが、虎徹などは本人が在世中から、偽物が出回っていたものだ。
「これ! これ清麿! こっちは間違いない!」
「あのさ、あんたら。いつまでやってんの?」
ミラが呆れたようにと言うか、心底呆れて声をかける。
女の買い物には時間がかかると言われているが、これも似たようなものなのだろうか。
「……そうですね。では他の所を調べましょうか」
いささか気まずい表情をしながら、セリナとシズは立ち上がった。
次に目指すのは動力機関か艦橋であろうと意見は一致したが、どちらが重要かという点では意見が分かれた。
この船が生きているのは間違いないので、機関部に行けば制御している端末があるのは間違いない。
艦橋に行くにしても、文字通り命令系統の中枢であるのだから、同じく端末が生きている可能性は高い。
「それにしても、この船の動力は何でしょう? ダンジョンなどと同じ、封印動力でしょうか」
セラがセリナに向けて訊ねたのは、普通であれば3000年もの間機能を維持するという機械は、作るのが難しいからだ。それは科学だけでなく、魔法を使っても同じことだ。
ダンジョンと同じ封印動力というのは、ダンジョンの主である神や竜の魔力をダンジョンの維持に回しているということだ。しかし伝説によるとこの船は、神や竜ではなく人間が作った物なのだ。
「そうですね。一応主機関としては……縮退炉? があるようですが、補助動力は対消滅で……なるほど、これも現在は停止中と」
縮退炉にしろ対消滅機関にしろ、現在のネアースでは再現不可能な、あるいは故意に再現されていないエネルギー源である。魔石や魔結晶という、便利で枯渇しないエネルギー源があるというのも理由であるが。
とりあえずこの場にいる者には、その二つの動力の意味は分からなかった。セリナにしろ地球にあった仮説から導き出しただけで、これが正しいのかも分からない。
「……やはり、封印動力のようですね。エネルギーの流れを逆に辿ると……」
プルを連れて来るべきだったかと考えるが、彼女の知識でも詳しくは分からないだろう。だが戦力としては必要になるだろう。
封印動力を使う以上、この船には神や竜、あるいはそれに匹敵する存在が眠っているのだから。
全長キロの船体のほぼ中央部に、それはあった。
地図で見ても艦橋や機関には思えなかったので、実際に何があるのかは直接行ってみるしかなかった。
「一応生命反応はないみたいだけど……」
セリナはセラを見るが、彼女も顔を横に振った。
そもそも時間と空間が曲げられているような場所である。生命反応の探知を阻害するような技術が使われていてもおかしくはない。
それにしても静かである。
入り口こそゴーレムに守られていたが、以後は特に進路を妨害するようなギミックもない。倉庫でさえ鍵はかかっていなかった。
天井部分の薄明かりはもちろん電力か魔力を必要としているのだろうが、それに付随するような音も全くない。
「倉庫の武器類を考えると、もっと警備が厳重でもおかしくないと思うのですが……」
小声で呟くセリナに対して、呆れたような溜め息と共にミラが応じた。
「オリハルコンゴーレム2体以上の戦力を配置するってわけ? それに船の中に下手なゴーレムを配置したら、戦闘で船の内部が壊れるかもしれないじゃない」
なるほど、それも納得出来なくはない。もっともこの船はほとんどがアダマンタイト製なので、そうそう傷をつけることも出来ないだろうが。
だがそれでも、これから行く中枢部の前には、さすがに番人のような存在がいるのであろうか。
一行はゆっくりと進む。ゴーレムなどの警備がないにしても、何か罠が仕掛けられている可能性はある。
通常の罠であればセリナの地図で把握できるのだが、なにしろ伝説の浮遊大陸である。何が起こるか分からない。
「この先からエネルギーが来てるみたいなんだけど、神や竜の反応はないですね」
しかしその一つ前、やや大きなホール状の部屋に入ると、一行の戦意は一気に高まった。
これもおそらく時空魔法であろう、地図よりもはるかに巨大な空間。
そこには一つだけ、そう一行の中でも特によくミラが見かける物があった。
棺である。
一行がホールに入ると共に、その棺は浮き上がった。
「素材はアダマンタイト、そして中に入っているのは……」
ホール内に入ったと同時に、セリナの地図が正確に周囲を把握する。
棺が開くと共に、その男の姿が浮かび上がる。
「真祖……」
セリナの言葉に、ミラがごくりと喉を鳴らした。
吸血鬼には大まかに分けて三つの種類がある。
一つは真祖。悪しき神々が直接その力と肉と血を分け与えて生み出した、魔族の中でも最強と呼ばれる、不死に近い存在。
次に上位吸血鬼。真祖から血を分けられ、直接的な戦闘力以外はほとんど真祖と同じ能力を持つ。この者たちはあるいは単に、吸血鬼とも呼ばれる。
そして最後が下位吸血鬼。吸血鬼からさらに血を分けられた存在だ。肉体的な能力はともかく、魔法の才能などは吸血鬼化する以前の能力に依存し、ベテランの冒険者や軍の一個小隊で対抗できる程度の存在である。
吸血鬼は地球などでは血を分けて種族を増やす存在であったが、ネアースにおいては生殖能力を持ち、真祖同士では真祖の力を持つ吸血鬼が生まれる。
ほとんどないことだが、真祖と上位吸血鬼が両親である場合などは、親の能力の強弱でどちらかが決定する。だがこの場合は後天的に修行を行うなどによって、真祖と同じ力を得る上位吸血鬼も存在する。
ちなみに真祖は世界全体を見ても数百人しかいないが、その実力は成竜にも匹敵する。
もっともその程度の実力であれば、このメンバーにはたいした脅威ではないが。
「封印の間に立ち入る者よ、そなたらは何者か」
時代がかった物言いだが、棺から立ち上がった吸血鬼は、それなりの威厳をもって言葉を発した。
「どうもお邪魔してます。乗っていた船がリヴァイアサンに襲われて、ここに漂着したんです。それで危険な動物がいないかとか、船を修理するのに使える物がないかとかを調べていたら、ここが浮遊大陸だと気付いたわけです」
セリナの言葉はおおむね間違っていない。だが吸血鬼は納得しなかった。
「門番がいたはずだが?」
「……すみません、通してもらう方法が分からなかったので倒してしまいました。この船になら、修理する施設とかありませんか?」
そのセリナの言葉は吸血鬼に衝撃を与えるのに充分であった。
吸血鬼はバランという名前であった。
彼はセリナの言葉を聞き、携帯端末で周辺情報を確認する。その途中に質問することもあれば、逆に質問に答えてくれることもあった。
バランはこの浮遊大陸の管理人であり、数百年単位で眠りから醒め、浮遊大陸の位置を移動させたり、船の保守点検をしているらしい。
通りで浮遊大陸の位置が、時代によってばらばらのはずである。これには一行も納得した。
対してバランは、外の出来事に大いに驚かされた。以前に眠りから醒めたのは300年ほど前で、悪しき神々の復活や、ダンピールなどの新種族の誕生も知らなかったのだ。
そしてさらに彼が驚いたのは、そのダンピールや半獣人が目の前にいること以上に、ライザの存在である。
「ハイエルフなど、私でも大崩壊の折に見ただけだ……」
情報交換をする間に、戦闘には至らない雰囲気になったのは良かった。バランが言うには、船を修理出来るような作業用ゴーレムまで提供してくれるとのこと。
伝説の浮遊大陸の探索で、危険がないかとずっと思っていたので、正直拍子抜けではあった。
「それと、武器庫からいくつか武器を持ち出してしまったのですが」
刀や槍といった物を目の前に出すと、バランはひどくおかしな顔をした。
「魔法の武器もあったはずだが、それでいいのかね?」
セリナが師匠の名前を出すと、引きつった顔で了承してくれたが。
一通り話すべきことが終わって、ようやくセリナは最大の疑問を口にした。
「この先には何が……あるいは誰が封印されているのですか?」
一行の当初の目的は、バランと話すことによって解決されていた。
だが当初この区画を訪れた目的だけは、まだ残っていた。
それに対してバランは口を閉ざしたが、しばらくセリナを見つめた後、いかにももったいぶった口調で答えてくれた。
「この船が使われた3200年前……その折に異なる世界の神々と戦った兵器や、戦士のうち、生き残りながらも後に表の舞台から消えた方たちが、万一の時のために眠っておられる。たとえば……」
そして告げた。その者の名を。
「聖帝シファカ様などだ」
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