63 封印大陸

 浮遊大陸。その正体は異世界間を渡ることも可能な、巨大な宇宙船である。

 6200年前、世界間距離が縮まりすぎ、ネアースと異世界、両方の世界が崩壊する危機が訪れた。

 その危機はネアース世界を守護する神竜の一柱である火竜オーマが、自らの命と引き換えに相手側の世界を消滅させることによって回避された。

 そしてその折、相手側世界から宇宙船に乗ってネアース世界に避難して来たのが、現在の人間の始祖である。

 エルフやドワーフ、また魔族でさえも神々の手によって生まれたのに対し、人間だけが自然発生して移民してきたのが、この世界の歴史である。

 地球であれば神話であるとして歴史学者は無視するところであろうが、ネアース世界の神や竜は、当時の記憶を残している。また人間の社会にも、確実な資料が残っているので、これを疑う者はいない。

 疑う者はいないのだが、現在どこに存在するかを知る者はほとんどいなかった。



「全長はおよそ80キロ。全幅は20キロ。浮遊大陸と言っても、せいぜいは島の大きさですね」

 セリナは前世の知識でもそれを知っていたが、考えてみれば大陸規模の大きさの宇宙船などが惑星に着陸すれば、それだけで天災になるのは確実である。

「表面には植物や鳥類の姿が見えるな。両生類や爬虫類を含めて、大型の生物はいなさそうだ」

 プルが目視する限りにおいてはその通りで、セリナも地図を発動させて高レベルの生物がいないかを確認する。

 生物はいない。だが、高レベルの反応はあった。

「ゴーレムを確認。中心部に2体」

 セリナの地図は精度も範囲も優れたものだが、大陸の内部までは確認できない。おそらく並の神以上の存在が創り出した結界のせいであろう。

「どうする?」

「一度戻りましょう。夜になって、ミラの手も借りたほうがいい。それに船をどうにかしないと」



 船に戻った一行は、とりあえず浮遊大陸の近くに船を接舷させた。

 200年前の神々の戦いにも使われなかったこの宇宙船は、3200年前に一度、並行世界線の地球から人間を運ぶために使われたはずである。

「本当に浮遊大陸? この大きさで600万人も運ぶのって、難しいんじゃないの?」

 夜になって起きだしてきたミラは、そもそもの疑問を呈した。

「大きさは間違いありませんけど、確かに6200年前に見たものと同じかは分かりませんね。位置も私の記憶の限りとは違いますし」

 セラは封印されていた時間が長かったので、3200年前にもう一度使われた時のことを知らなかった。



 どちらにせよ、ある程度の調査は必要だろう。船の修繕の方が優先されるとしても。

 その船の方だが、船体全体に歪みがあるため、応急処置をしても当初の予定した港までは行けないだろう。

 なんとかカラスリ半島のどこかに到達するのが精一杯と思われた。

「とりあえず船の修復に、誰か一人は回すべきだろうな」

 客船の乗務員の中には、当然ながら魔法使いも技師もいる。しかし彼らだけに任せていれば、航海が出来るようになるまで、かなりの時間がかかると思われる。

 しかしながらセリナたち一行の中にも、そういった方面に通じた者はいない。一行は戦闘力に偏ったパーティーであり、強いて言えばセリナとプルがその方面の魔法を使えるという程度なのだ。

「せめて私の武器が壊れなければ…」

 セリナの武器であった竜の牙は、武器以外にも工具としても使える万能道具であった。しかしリヴァイアサンの体内を破壊するために、その限界まで酷使したため破壊されてしまった。

 リヴァイアサンの牙などから同じような武器が作れなくもないが、それには設備と鍛冶師と錬金術を使える魔法使いが必要である。

 船を直すよりもよほど、そちらの方が難しかった。



 ただ話し合っているだけでなく、セリナとプルが日中は船の修復に協力しているのだが、船体自体の歪みがあるため、精緻な魔法の行使が求められた。

「正直、最初から作り直した方が早い気がする…」

 ミラも魔法を使うのだが、彼女の魔法は二人よりもさらに脳筋寄りである。歪んだ船体を下手に触らせたら、金属の弾性限界を超えて船体が壊れる可能性がある。

「最悪、金属部分を分離して作り替えて、ライザの精霊術で海流を変えて運ぶ手段を採るしかないな」

 プルはあまり気が長くないので、既にそちらの方に意識がいっている。

 セリナも半ば同意したいのだが、生活する設備のない金属の塊でカラスリ半島まで戻るのは、かなり無理があるだろう。それに魔物に襲われた場合、犠牲者が出る可能性は高い。

「大陸の中を調べてみましょうか」

 セリナがそう言ったのには、現状を打破する必要性以外に、この大陸と呼ばれた宇宙船に対する純粋な興味があった。

 200年前の神々の争いにおいても動かされなかった、人種を守るための箱舟。その内部に興味があるのは普通である。

 ちなみにセラは人種移民以前に封印されていたため、この浮遊大陸の詳細は知らない。



 プルが代表して船長と話し合うのだが、現状困っていることがいくつかあった。

 まず第一に、食料の問題である。ネアースの船は大洋の航海を想定していないので、燃料や食料の積載分にあまり余剰がない。水は魔法で作れるが、周辺の魚や魔物を食料とするには、船員の中で戦える者のレベルが足りない。海の中へ潜るのは難しいのだ。

 そして第二に安全保障の面である。リヴァイアサンのような例外は別として、クラーケンやそれ以下の魔物、また人種とは敵対している海凄の亜人も、この近海にはいる。

「食料ですか。こんなこともあろうかと、準備しておいて良かった」

 セリナはそう言って、無限収納から食料を取り出した。彼女の無限収納は祝福の一つであり、ほとんど一つの惑星に匹敵する収納空間と、時間の経過がゼロに近くなるという特徴を持っている。

 慎重なセリナは1万人の兵士を1ヶ月間維持出来るだけの食糧と、途中で殺した魔物の死骸を確保していた。最悪、リヴァイアサンを食卓に並べればロビンソンクルーソーの状態になっても大丈夫だろう。

 そして安全の問題だが、こちらは誰か一人が残れば対処は出来ると考えた。水中から攻撃してくる魔物のことを考えると、魔法を使える者が望ましい。



 人選には迷ったが、対個人戦に優れたシズや昼間に戦闘出来ないミラを考えると、オールラウンダーなプルが残ることになった。

 救難信号は出しているが、おそらくこの島の結界魔法に遮られて届かないだろう。通信妨害手段の発達はネアースは地球より進んでいるが、それゆえ逆に通信手段の利用が地球より発達していない。最悪、カラスリ半島まで誰かが飛んで行くしかないのだが、今度はこの規模の客船の乗員を乗せる船が用意出来ないだろう。

「しかしライザを残したほうが、戦力的にはいいんじゃないか?」

 プルはそう言うが、ライザの場合水中での戦闘にも適しているが、それ以前の問題がある。

「ライザは他の人間と話せないでしょう?」

「あ~、それはそうか」

 ライザの人見知りとコミュ障は、いまだに治っていない。最近仲間になったミラでさえ、まだその傾向があるのだ。

「まあ、問題があれば一度退却すればいい。いくらなんでもこの5人で負けるような相手はいないだろう……。と思うぞ。フラグじゃないけど」

 いささか不安なプルの言葉を胸に刻み、5人は島の中央へと歩を進めた。







 高レベル反応のあった中心部に向かった5人が見たのは、貝や砂に覆われた表面と、わずかに茂った植物の光景だった。

 場所によっては植物が根を深く張るところもあったので、小動物なら生きていけるかもしれない。

 だが実際に目にするのはせいぜいが鳥類で、とても人間が住める場所ではなかった。

「史書によれば、3000年以上動かしてないはずなんですけどね」

 そう言いながらセリナは、軽く表層の植物を剥がしていく。すると見えるのは、傷も錆もない金属の面である。

「アダマンタイトか。さすがにオリハルコンやミスリルではないんですね」

「わしの刀はミスリルじゃが、一本貸しておこうか?」

 シズの言葉にセリナは首を振りかけ、やはり好意に甘えてミスリルの刀を一本腰に差した。



 セリナの武器は家宝として伝わっていた脇差であったが、実際は変形が可能な万能武器であった。竜の牙に魔法の付与をして作った逸品である。

 念のために予備の武器も持っているのだが、それはほとんどが鋼鉄で、ミスリルの刀にしても鍛冶師の腕はそれほどとも言えない代物であった。

 正直なところセリナは、ここで代用出来る武器が見つからないか期待していた。

 3200年前の大戦に使われたというこの島の経緯を考えると、中に武器庫があってもおかしくはない。

 そんな少しばかり願望の入り混じったことを考えながらも、セリナは先頭に立って中心部へと至る。

 そこで待っているのは、レベル250に値する、オリハルコンゴーレム2体なのだ。



 ゴーレムの戦闘力というのは、素材、機構、武装、人工頭脳。出力の5つの要素で決まる。

「多分内部への入り口前に配置されてるから、相当の能力はあるはずです」

 オリハルコンという金属は、神々の作り出した金属とも呼ばれ、神竜の牙でもなければ砕けないと言われるほどの素材である。

 その金属で作られた武器や防具は、まず間違いなく国宝レベルのものであり、オーガスにおいてさえ滅多に見ることの出来ないものであった。

 それが全長10メートルはあるゴーレム2体分。

 もし手に入れられたらどれだけの価値がつくか分からない。

 もっとも手に入れたとして、加工技術が失伝しているため、セリナの期待する武器には出来ないのであるが。



 それにしても、である。

「オリハルコン・ゴーレム2体ですか。なかなか厳しいですね」

 目的地まであと少しというところで、5人は作戦を考えていた。

 まず、セラはほとんど補助に回るしかない。そもそも攻撃力に乏しい上に、ゴーレムに精神系の魔法は通用しない。仲間を強化するのと、治癒魔法を飛ばす程度しか出来ない。

 オリハルコンの強度と硬度、そして魔法に対する耐性を考えると、ライザの精霊術でダメージを与えることも難しい。大気濃度を変えて即死させるという初見殺しも、ゴーレムには通用しない。

 ミラの魔法もよほど高度なもの以外は表面を削ることぐらいしか出来ないだろう。鉤爪での接近戦も、ダメージを与えられるとは思えない。

「……しかしミスリルの刀でオリハルコンを斬れるのかの?」

「少なくとも前世で、私は鋼鉄の剣でオリハルコンを斬りました」

 神竜の迷宮において、セリナはオリハルコンゴーレムと戦ったことがある。その時の経験からして、シズの腕であればオリハルコンゴーレムを倒すことは不可能ではないと考えた。

 もちろんそれはセリナにおいても同じである。



「では行きましょう」

 セリナの合図と共に、各自が戦闘準備を開始した。







 前世においてセリナの剣術レベルは、ネアースに召喚された折、最終的には9まで上がっていた。

 現在では10レベルオーバーという、世界のシステムを超越した存在である。

 それにこの二体のゴーレムは、かつて戦ったゴーレムとは違い、オリハルコンをさらに強化してはいなかった。

「はっ!」

 瞬時に間合いを詰めたシズの刀がきらめき、ゴーレムの膝を切り裂いた。

「ほう、確かに斬れるな」



 同じようにもう一体のゴーレムに接近したセリナの斬撃も、その向こう脛を切り裂く。

「強度に対しては対処可能。あとはゴーレムの性能だけど……」

 ゴーレムの動きは素早いが、熟練の戦士二人に迫るほどではない。

 気にしていた武装のほうも、せいぜいがビーム兵器や魔素充電型の魔法を放つ程度で、有象無象の大軍ならともかく、セリナとシズの動きにはついてこれない。

 パワーはあるのだろうが、圧倒的に速さが足りない。魔法で強化された二人の刀が、わずかずつオリハルコンの表面を削っていく。

 素材自体は素晴らしいのであるが、やはりしょせんはゴーレムといったところだろう。

 時間はかかったが、ゴーレムの関節部を破壊し、その機能を停止させた。



「さて、ここからですが」

 ゴーレムが守るように立っていたのは、明らかに非常ハッチと思えるような小さな扉であった。

 出来ればプルの竜眼で見てほしかったのだが、セリナの魔法でも至近距離であれば透視出来る。

「中は生きてるようですね。表面に堆積したものがあるだけで、魔法で保存されている……」

 魔法と科学の融合した物、と言うよりは、魔法も科学もここまで進めば、ほとんど差がない。

 セリナが微細な回路に魔力を通すと、かすかな排気音を立てて扉が開いた。



 一行が覗いてみると、非常用の灯りらしきものがついた、小部屋になっている。ここからさらに、船内に入っていくのだろう。

「危険はあまりないと思いますけど、注意してください」

 セリナの言葉に皆言葉もなく頷くと、彼女はするりと船内に入り込んだ。

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