41 要人暗殺
最初の戦果は大規模なものであったが、それ以降のセリナたちの行動は、慎重に慎重を重ねた小規模のものであった。
飛行船にはもう手を出さず、鉄道の線路の中でも、復旧に時間がかかる橋の部分を破壊することを続けた。
当然警備は強化されるのだが、その分どこからか人員を割く必要がある。
そして減らされた警備の部分は、セラが能力で誑しこんだ軍人から聞き出し、今度は物資集積所を破壊することにする。
レムドリアの軍部は苛立っていた。
戦闘力自体は低下していない。しかし兵站を破壊されるということは継戦能力を破壊されるということで、そのような軍にどのような価値があるのか。
そしてリプミラたちによる暗殺は、苛立ちに加えて恐怖を与えていた。
彼女たちの暗殺対象は、戦闘力を持つ者か、それを使役する権力を持つ者である。
第一には軍人であるが、警察や、南レムドリアでは少ない冒険者まで対象としている。
そして軍とつながっている商人などにも手を出しているところから、かなりその選択の幅は広い。
そろそろこちらも、人殺しをしていこうか、とセリナは考えていた。
元々セリナの仲間に、人殺しを忌避する人間はいない。むしろセラやシズは楽しそうであるし、ライザも人の死というものに対して何かを感じているようには見えない。
「要人暗殺か。それはあちらに任せておく方向じゃないのか?」
プルのもっともな問いに、セリナも頷いてはみた。確かにリプミラたちは、重要非重要の区別なく、レムドリアの体制派を暗殺している。
業務の分担のように、役割をそれぞれ果たしておいた方が、効率的なのかもしれない。
ちなみに人殺しへの嫌悪感なぞプルにはない。
これまでのセリナたちの破壊工作で、既に1000人以上の死者が出ている。そのほとんどは最初の一撃によるものだったが。
プルもオーガスに落ち着くまでは、様々な人種を殺してきた。一応善良であり自分に敵対しない者は殺してこなかったはずだが、善良でも自分に敵対した者は殺した記憶がある。
後味は悪いものだったが。
「ソオーグ公国への出兵ですが、既に兵站戦は壊滅に近い状態です」
セリナたちがそうしてきた。最も安定して大量に物資を輸送できる鉄道が、その方面軍にはもはや存在しない。
だが陸の道路を全て破壊することは大変であるし、巨大飛行船による輸送は続いている。
そこで、目先を変える。
ソオーグ公国の併呑に最も積極的な者、利益を得る者を抹殺するのだ。
「で、それは誰なんだ? まあ当然一番利益を得るのは皇帝なんだろうが」
国家として利益を得るのは当然としても、それを主導する者はいるはずである。宮廷に勤めていたプルならば、当然そのあたりのことは分かるのである。
もっとも実際にどういう仕組みで儲かるのかは分かっていないのだが。
そのあたりはセリナが調べていた。
「公国に隣接する辺境伯と、そのお抱えの商人ですね。もっとも軍需物資は多大な量になるので、一つの豪商が占めているわけではないですが」
レムドリア帝国の侵略は、基本的にその地の支配者階級を滅ぼすか、追放するか幽閉する。皆殺しのパターンが一番大きい。
そして利益を得るのはその地に隣接していた貴族と、功績を立てた軍人。有力貴族の次男や三男が新たな領地を得る。
ちなみにオーガスはこれと全く違い、基本的には通商から軍事同盟を重ねて、親交を重ねた上で、旧来の指導者階級に爵位を与えたり、議員の席を与えたりする。
民主的なオーガスと専制君主的なレムドリアという明確な違いはあるが、オーガスが優れているとか進歩的であるとかいうことはない。
文明国が蛮族に滅ぼされることがあるように、民主的な国家が旧来の体制である全体主義国家に滅ぼされることもあるのだ。
セリナの調査とも呼べないほどの簡単な情報収集によると、辺境伯は最前線とまではいかないまでも、前線に近い自らの領都に戻っているという。
レムドリア軍は基本的に皇帝の下に巨大な戦力と統治機構があり、貴族の戦力は普段から治安維持のものでしかない。
それでも領都には帝都との連絡線があり、軍の前線司令本部が存在している。
「これを潰しましょう。辺境伯と軍司令部の人員を始末すれば、前線は大きな混乱に陥るでしょう。その間にソオーグ公国の軍が盛り返すことを期待します」
ソオーグ王国の軍備を調べる限りでは、正面から戦っては勝ち目はない。既にゲリラ戦のような不正規戦闘で、かろうじて帝国の足止めをしているというところだ。
もっともここしばらくの兵站破壊により、帝国も大規模な侵攻は行っていないらしいが。
つまりここであと一押しすれば、ソオーグ王国への侵攻は断念される。もしくは再編成をすませるまでの時間が稼げる。
そしてセリナたち一行は、辺境伯の領都へと、鉄道で向かうことになったのだった。
だがその前にやることが一つあった。
帝国の中でも首都や大都市においては、その中で一般人の武器の携帯は認められていない。
常に腰に刀を帯びたシズと、咄嗟に抜くためにはやはり腰に差したセリナは、帯剣許可証を取得する必要があったのである。これまではほんの一時的に武器を隠して移動していた一行だったが、これを機会にちゃんと許可を得ることにした。
もちろん国民でもない一行がそんなものを得ることが出来るはずはないので、またセラの洗脳によって役所から許可証を得て、データを改ざんする必要があったのだが。
ライザの髪も、普通のエルフのように緑色に染めることにした。
普段は自分の意志を示さないライザも、これは嫌がったが、最終的には従った。
かくしてようやく、一行は帝都を出発したのである。
鉄道の旅は順調なものであった。
戦時下で、しかもテロ活動によって散々な目に遭っている帝国では、旅行者の身分証明をさせられることが多かった。
ここで一番活躍したのがセラである。
なにしろ偽りと裏切りの神なのだ。検査する人間の精神を操作するだけでなく、魔法や機械の効果まで騙してしまうのだ。
そんなわけで特にトラブルはなかったのだが、時間自体はそれなりにかかった。
皮肉なことにセリナたちが破壊した兵站線のせいで、軍需物資の輸送が最優先となり、通常のダイヤでは鉄道が運行されていなかったのだ。
いくら広いとはいえ首都から領都まで二週間もかかった。
辺境伯の領都は、喧騒に満たされた状況にあった。
普通の戦争でも最前線近くの都市は物資の輸送や兵員の移動によって慌しくなるものだが、セリナたちの破壊活動によって通常の規定では前線の物資を賄うことが出来なくなっていたからだ。
「やりすぎましたか……」
「いいじゃないですか。私は楽しかったですよ」
反省するセリナに対して、セラは朗らかな笑みを浮かべる。
駅から近い宿に泊まることにした五人は、早速計画を考え始める。
「大規模な魔法で丸ごと潰すのが一番簡単なんだがなあ」
相変わらず雑な思考のプルであるが、今回はその手もなかなか有効そうである。
軍司令部は領都の役所を接収して置かれており、そこは領主の政庁でもある。
流星雨のような高度な魔法でなくても、一つの施設を破壊する程度なら可能である。
そしてその手段であれば、オーガスの工作員の仕業とは断定できない。
その案でいくとして、問題は誰が政庁に侵入し、破壊を行うかである。
まず基本的にシズとライザは除外される。前者は手段が向いてないし、後者は性格が向いていない。
逆にセラには同伴してもらう必要がある。仮にもレムドリアの司令部であるからには、相当の警備が成されているはずだ。隠蔽系の魔法に優れたセラは必須である。
あとはセリナとプルの問題であるが、斥候としての能力はセリナの方が高い。重要施設に侵入しての破壊活動や要人暗殺についても、前世では散々に行ってきたことである。
「まあ、私の魔力の波動については、レムドリアの諜報部にばれているかもしれないからな」
結局これまでどおり、セリナとセラの二人が作戦を行うこととなった。
結果に関してだが、それは見事に成功した。
成功しすぎて、被害が政庁の外にまで大きく広がっていた。
爆発系の術式で時限式の魔法をトイレに設置。
それをセラが隠蔽し、誰も気付かないようにした。
トイレとは実は丈夫な場所なので、念のために威力を高めておいたのだが、高めすぎたようだ。
政庁はほぼ完全に吹き飛び、周辺の建造物も一回りは瓦礫と化した。
当然そのような大爆発が人口密集地で起こったので、死傷者の数も1000人を軽く超えた。
「まあ仕方がないか」
セリナはその一言で結果を締めた。
軍人や官僚でもない一般市民にも多くの被害が出たが、所詮は仮想敵国の人間である。
前世においてもセリナは、民間人の被害者をたくさん出している。爆発物を使えば、当然そうなる。この場合も予測していた。
前世でテロと呼ばれていたこの行為に、セリナは全く罪悪感を覚えない。せいぜいが、巻き込まれたのは運が悪かったなと思う程度である。
たとえば民主国家であれば、その代表を選出した人民にも責任があるので、セリナは容赦なく一般人を巻き込むテロを起こした。
レムドリアにおいては民衆は国家運営に関わることなどない、無責任で不幸な被害者であるのだが、効果的でさえあれば何をしてもいいとマキャベリも言っている。
そしてこのようなテロが起こった場合、民衆の怒りは正体不明のテロリストより、無策な行政側に向かうものだ。
テロには決して屈しないと言った某国の首脳も、セリナは前世で間接的に殺したことがある。正直に言えば、あれはスカっとした。自己中心的な正義を振りかざす大国に、因果応報という言葉を教えてやった気にさえなったものだ。実際あれ以降、大国の資源国への介入は減った。
「それにしても私たちは結局、付いて来ただけで何もしなかったな。正直暇なんだが」
適当なことを言うプルであるが、彼女も全く罪悪感はない。母には無辜の民を虐げることは悪であると習っていたが、これは効果的なことだ。そもそも戦争においては、母でさえ理想論を語ることはなかった。
「まあ民に関しては確かに運が悪かったというしかなかろうの。これで結局戦争が終われば、結果的にはそちらの方が良かろう」
シズの反応も乾いたものであった。竜牙大陸において殺される者は、殺されるほうが悪かったのだ。
意外にライザも無反応で、むしろ決行したセラの方が不満を持っていた。
「仕事が簡単すぎます。もっと警戒してくれないと、遣り甲斐がありません」
間違った方向に怒るセラも含めて、一行はまた帝都へと戻るのであった。
ソオーグ王国への支援は、結局成功したと言えるだろう。
指揮系統と兵站をずたずたにされた帝国首脳は、ソオーグ王国との講和を選んだ。
内容は帝国に有利なものだが、ぼろぼろになった戦場跡の土地を割譲するというもので、そこを再開発するにしろ軍事基地にするにしろ、しばらくは時間がかかるだろう。
この稼いだ時間でソオーグ王国がどう動くかは、それこそ向こうの役割だろう。
そしてセリナたちは、またさらに時間をかけて、ククリの里に戻ってきた。
帝都を満たすテロへの怒りは、この里には無縁である。そもそも自治が認められているので、同じ国という意識自体が薄い。
その里にて、夕日が西の地平へ没する前、セリナたちの宿に訪問客がやってきた。
リプミラと一緒にいたナーガ族の男である。ナーガは本来蛇の下半身を持つ種族であるが、この男は変身の魔法で人間の姿となっている。
「約束を果たしてくれて礼を言う。こちらの根拠地の一つに連れて行く」
男はサルトルと名乗り、一行をククリの里から魔境へと導いた。
そのままでは時間がかかりすぎるので、セリナの馬車を出す。
「驚いたな。相当上位の悪魔か」
ふふん、とでも言いたげに、エクリプスは鼻から息を吐いた。
サルトルの案内に従い、馬車は列車よりも速く、魔境へと向かって行く。
セリナの地図に示されるのは、魔境に住む多くの魔物たち。だがこちら側の魔境には、それほどの大物はいないはずだ。
日がとっぷりと暮れた後も、暗視の能力を持つエクリプスは速度を落とすことがない。
ちなみにライザとセラは馬車の揺れを気にすることもなく眠っている。一応他の三人は臨戦体勢だが、サルトルがこちらを害しようとする動きはない。
そして草原から魔境へと至るその境において、一人の少女が一行を待っていた。
「思ったより早かったわね」
再会したリプミラは、好意的な笑みを浮かべてそう言った。
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