50 破壊活動
近現代戦における戦争の、それ以前の時代の戦争との大きな違いは、それが総力戦かどうかであるということだ。
紛争レベルならばともかく、国家間の戦争になれば、必ず国力を戦争に注力し、長期的な視点を持たなければいけなくなる。
そしてこの場合に最も重要なのが、兵站である。
もっとも古代ローマ軍のように、その時代から既に兵站を重視している国家もあったが。
ちなみに兵法書として有名な孫子では、兵站物資は現地調達という名の略奪で済ませよとあるが、これは国内の物資の消耗を防ぐことが目的なので、兵站を軽視しているわけではないだろう。
「というわけで、物資集積所を破壊します」
「どういうわけでしょう?」
首をこてんと傾げて可愛らしく質問したのはセラだが、中身の黒さを知っているセリナには通用しない。
現代の戦争を知識としてでも知っているのはセリナとプルのみである。シズは戦場経験は豊富だが、戦争の形態については詳しくない。ライザに至っては戦闘自体を行ったのがジーク戦が初めてだ。それも、直接戦闘していたわけではなかった。
そんな面子にセリナは、総力戦という概念を説明する。そして軍隊の戦力を維持するためには、前線の戦闘員よりもむしろ後方の支援が重要であることを。
「そこまで重要か? 流星雨でも一撃すれば、大隊規模の軍なら消滅するが」
プルでさえこんな発言をするのである。それは戦場での勝利であって、戦争での勝利ではない。
戦争の目的とは何か。この質問には実は幾つかの回答が存在する。
自国の安全を守るための敵戦力、橋頭堡の殲滅。領土の獲得。国境線を確定させるための戦闘など、多種に渡る。
「その中でもレムドリアの場合は、領土の獲得が最優先となっているわけです」
大レムドリア主義によると、その最盛期の領土を取り戻すことが目的となっているはずだが、実際には既にその領土を得ている。
膨張した軍と、領土拡大に伴う経済圏の獲得が、自動的にかの国を動かしているというわけだ。
領土を獲得して経済圏を獲得しなければ国が回らない。大レムドリア主義と言っても、実際のところはそういった問題があるのである。
そしてこれをどうにかするには……実はどうしようもない。
この方針を採らなければ、レムドリア自体が潰れかける。好景気すぎてソフトランディングが出来ない国家。それがレムドリアの正体である。
軍という物資を消耗する集団、そして軍による領土の拡張と市場の獲得。これが大レムドリア主義をのさばらせている原因なのだ。
だが前線の軍に物資が届かなければどうなるか。当然戦線は維持できず、反撃されて後退することもあるだろう。
物資を延々と略奪するか消耗させれば、商人は儲かるかもしれないが国家の財政が破綻する。
財政破綻でレムドリアの治安が悪くなれば、商人も商売が難しくなる。結局のところ、レムドリアを崩壊させるには軍とその兵站を破壊すればいい訳だ。
そしてそれには、少人数の精鋭部隊の襲撃が的確である。
かつて南レムドリアと呼ばれていた地方。北のレムドリアとは明らかに違う風景に、五人はそれなりに驚いていた。
大規模な街が鉄道や道路でつながり、たまには上空を飛行船が飛んで行くのも見ることがある。
森林や草原は少なく、平地はほぼ開発され尽くしている。北のレムドリアとは、明らかに文明の差があった。
その街の一つで、一行は馬車の旅を終えた。エクリプスにはまたセリナの影に入ってもらい、帝都行きの列車に乗る。
ここまで二週間ほどの時間をかけていたが、列車による旅は、わずか二日で一行を帝都へと運んでくれた。
「マネーシャとは違うな……」
それがホリュンポスの中心を見たプルの、最初の一言だった。
「プルは武者修行時代、レムドリアには来なかったのですか?」
「ん、ああ、ガーハルトを主に活動していたからな」
オーガスやガーハルトは迷宮や魔境が多く、レベルを上げるのにはもってこいの地であった。
特にガーハルトは魔族の自治区が多く、知られていない強者に手ほどきを受けたことも多い。
竜牙大陸にも渡ったが、その北辺をうろついただけで、紛争地域の中南部には入らなかった。
ホリュンポスの都市としての構造は、それほどマネーシャとは変わらない。
だが街が計画的に建設され、無機質なデザインの建物が多いところが違う。
個性を排して効率性を優先させた、趣味の入らない首都である。
まあマネーシャが趣味に走った都市であるということもあるのだが。
近代以前の伝統的な建築物などはほとんどなく、次から次へと建物が変わる。それがレムドリア全体としての特徴でもある。
そしてまずセリナが買ったのは、地図であった。
レムドリア全域の地図である。かつて地図とは軍事的に非常に重要なもので、簡略な物しか販売されていなかった。しかし現在では交通の便のためにも、精密な地図が売られている。
もっとも軍需施設などに関しては、機密となって記されていない部分がほとんどだ。
「さて、兵站の破壊についてですが、兵站の管理部を破壊することと、集積部を破壊することの二つが考えられます。どちらがいいと思いますか?」
相談ではなく質問の口調でセリナが言うと、各自がそれぞれに答える。
「それは管理部だろう。頭がなくなれば、手足が残っていても動かせない」
「同感じゃな。戦は所詮大将首の取り合いよ」
「私の力を使えば、警備の厳重なところでも侵入は可能でしょう」
ライザは無言であるが、三人の意見は同じである。
しかしセリナは首を振った。
「レムドリアの強さは、頭を失ってさえすぐに代わりの者が見つかるということです。軍大学で教えられる教範に従えば、それほど時間も経ずに頭脳部は再編されます。それでもまあ、ある程度有効ではあるのですが」
セラの偽装能力とセリナの隠密能力を考えたら、確かにそれも可能なのだ。
「しかし、この場合は手足を潰していく方がいいでしょう。そもそも頭脳部を叩くには、それなりの戦力がいります」
「私の流星雨で一網打尽にしたらどうだ?」
「流星雨をも防ぐ防壁が、さすがに首都にはありますから。それに流星雨を使えるような魔法使いが、世界に何人いると思います?」
「けっこういるぞ? 竜を除いても母様や大魔王、魔王に大賢者。数人で儀式魔法を使えば、もっと多くなる」
セリナはそれに対して首を振った。
「しかしその中で、レムドリアを潰そうというのはオーガスの紐のついたプルだけでしょう。私も使えなくはないですが、そもそもそんな戦術魔法を使った時点で、オーガスとの間に緊張状態が発生します。世界大戦に突入ですよ」
この場合犯人が誰かではなく、おそらくオーガスと推測されることが問題なのだ。
「お主とセラなら、大将首を奇襲で取ることも出来るのではないか?」
そのシズの問いにも、セリナは首を振った。
「出来ますが、同じ理由で却下です。この兵站破壊は、レジスタンスの戦力でも可能な範囲で行う必要があります」
もっともあのリプミラなら、流星雨ぐらいは使えそうではあるが。レジスタンスの戦力もまだ、分かってはいないのだし。
「よってまずは、物資集積所を各個に潰していきます。そのために必要なのがこの地図と、地図に示されていない集積所の場所です」
「地図に示されていないのなら、どうやって調べる? どこかに侵入するのか?」
「それはセラの精神魔法で、軍のお偉いさんを洗脳して教えてもらうのです。このぐらいなら、オーガスの関連を疑われることもないでしょう」
セリナの説明に、一同は深く頷いた。
三日が経過した。
軍部の高官を特定し、それを洗脳して情報を聞き出すのに、それだけの時間がかかったのだ。
その間に他の三人は、都内の軍事施設を地味に破壊していたりする。
足手まといに思えるライザだが、精霊を駆使することによって魔法の防壁を消去するなどして、意外なほどに役に立っていた。
むしろシズがあまり活躍していない。刀で殺せる人数は、さすがに魔法の爆発には敵わない。そもそも接近戦でそこまで人間を殺せる達人など、特定されることも早いだろう。
シズはプルとライザの護衛として、プルが地味に魔法で各所を破壊していった。
そんなわけで帝都の治安と民衆の不安は、どんどんと悪化していた。
そして目的である物資の集積地。
軍事施設であるからには、当然警備は厳しい。だがそれもセラの偽装魔法とセリナの隠密魔法によれば、それほど困難な壁ではない。
まず破壊するのは、首都からわずかに離れた飛行船の発着場である。当然のことながら、ここには軍需物資も集まっている。
宮崎さんが好きそうな巨大な飛行船が鎮座する基地は、周囲を草原に囲まれていた。
警備も厳しく、魔法的な結界に人の目という原始的な監視がある。だがこの程度ならセラの偽装隠蔽で姿を隠すことが出来る。
「狙いは飛行船ですか?」
セラが見るのは巨大な飛行船だ。彼女もこれほどのものは見たことがないらしい。
「狙いもですけど、レジスタンスが可能な手段で破壊する必要があります」
正直セリナの基準から考えると、リプミラたちの活動には無駄が多い。
もっとも無駄とも思える活動を継続するのも、大事なことではあるのだが。
セリナの狙いは簡潔である。
飛行船と軍需物資の内、爆発する物にタイマー型の起爆魔法を貼り付ける。
これほどの物資が集まった場所だ。さぞや巨大な火柱が立つだろう。
「それじゃあセラ、頼みます」
「頼まれました」
セラの隠蔽の魔法がかけられる。何重もの探知魔法を潜り抜ける、神ならではの高度な魔法だ。
この場合のセラの裏切りを、セリナは考慮していない。もしここで裏切るとしても、セリナなら力づくで突破できるからだ。
外壁の上には接触型の感知装置があったので、セリナはそこを大きく飛び越えた。
夜の闇が自然とセリナの姿を溶かす。全身を黒に包むのもまた、セラの魔法だ。
セリナは竜眼で探知魔法の術式を読み、それに触れないように侵入していく。
爆発物の近くには、小さな機械式の発火装置を仕掛け、それ以外の物資にはやはり時限式の燃焼系の魔方陣を仕掛けていく。おそらく爆発物の火力で充分だとは思うが、念のためだ。飛行船に関しては、燃料となる魔結晶を暴走させる術式を作っておく。
一人でこれをやるとなると、相当の手練と思われるかもしれないが、複数ならば普通の工作員と思われるだろう。それでいい。
全ての仕事が終わるのに、一時間もかからなかった。
基地からある程度離れた遮蔽物のある場所で、セリナとセラは時間を待つ。やがて轟音と共に爆風がやってきた。
「わは」
「素晴らしい音色です」
集積地の建物は完全に吹き飛び、資材や食料もとても使用できないほどにばらばらになっている。生存者もほとんどいないだろう。
「南無」
軽く拝んで、二人はその場を立ち去った。
その夜、集積地の消火活動と救助活動で手薄になった帝都にて、政府高官の暗殺が行われた。
リプミラたちの手によるものなのだろうが、見事な手際であった。
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