49 帝都へ

 ククリの里の宿に居を落ち着けて数日。

 セリナたちはこの里が想像以上にレジスタンスを抱えていることに気付いた。

 まず里で発行される新聞であるが、ここには帝都の情勢と、地方の農民反乱や治安の悪化について書かれていた。

 ククリの里からさらに東に離れた、魔境に近い場所で、レジスタンスは大規模な行動を起こしているらしい。

 レジスタンスの種類は主に二種類で、帝都や有力都市で活動を行うものと、地方で活動を行うものとに分かれていた。

 地方で活動を行うためには補給が必要であり、どうやらこの里がその補給源になっているようなのだ。



 セリナの常識から言えば、まずレムドリアは軍を派遣して、地方の反乱を鎮圧するべきである。

 大規模なレジスタンスがいなくなれば、帝国内の治安は比較的鎮静する。街の中でのテロ活動は、大元が枯れれば維持することは難しくなるだろう。

 しかしレムドリアは確かに地方へも軍を向けるのだが、反乱軍を壊滅させようとはしていない。

 消極的とも言えるのだが、反乱軍の多くが魔境を根拠地としていることも原因である。



 北レムドリアの魔境。そこは人類未踏の地であると言われている。

 そこを根拠地とするなど、世間一般の常識では正気ではないが、強力な戦闘力を持つ人間がある程度いるなら、不可能ではない。

 あのダンピールの一同にしろ、ここが重要な拠点となっているのは確かであった。



 そして同時に、セリナたちは目的である転移装置の所在場所に見当をつけていた。

 このククリの里から近くの、魔境の中である。

 魔境に入ってしばらくの距離で、あの四人の反応が消失することにセリナが気付いたからである。

 やはりさすがに里自体にはそんな装置はなかったようだ。







 魔境の中に転移装置がある。普通はありえないことである。

 相当に堅牢な施設を作っても、魔境の中ではそれを維持することが出来ない。だがそれはあくまで魔境の中に転移施設だけがあればの話。

 実際にはこの場合、魔境の中には堅固な、それでいて目立たない要塞があり、そこにはレジスタンスの軍が駐留していた。

 ここが本当の根拠地であるとは限らないが、その一つであることは確かである。

 辺境の他の街を攻撃するにしても、ククリの里を後背地として、魔境の中に駐留地を作っておくというのは分からないでもない。



 そして間もなく夜が明けるというその時間帯。

 魔境の中から現れたリプミラたちの前に、セリナたち一行は立ちふさがっていた。

「……帝国の間諜か」

 仲間たちの中で先頭に立ったのは、ダンピールのリプミラである。

 ダンピールは新しい種族であるため、その能力が完全に解明されているわけではないが、オーガスでもそこそこの研究はされている。

 それに何より、セリナには万能鑑定があった。



 しかしセリナたちはそもそも、リプミラたちに敵対する意思はない。

「私たちは帝国は帝国でも、オーガス帝国の人間です。一部は違う人間もいますが」

 正確に言えばオーガスの命令で動いているのはセリナとプルだけである。

「こちらはオーガスのプリムラ、ご存知の方も多いでしょう。そして私はハーヴェイ子爵家のセリナリア、こちらは武闘会で私と決勝を争い、皇帝を暗殺したシズカ」

 オーガスからの情報を、レムドリアは遮断してはいない。そもそも遮断するのが不可能である。

 そして武闘会などという、戦士にとっては注目度の高い情報は、他国であってもよく知られている。ククリの里では新聞まで発行しているのだ。

「……暗殺者とオーガスが一緒にいるということは、つまりそういうこと?」

 敵意を満たして今にも飛び掛らんとする仲間を手で制し、リプミラはからくりを考える。

 つまりあの暗殺劇は、帝国上層部による皇帝排除の陰謀であったのかと。



 確かに外から見て、一行の中に本来いていいはずのないシズがいるということは、それが自然だと思えるだろう。

 だがそれも含めて全て偽装であるということも、リプミラは考えていた。

「それで、私たちに何の用?」

 一人称が変わっているな、と思いつつセリナは答えた。

「レムドリアの周辺侵犯に対し、オーガスは諸国の支援と、レジスタンス活動の支援を決定しました。レジスタンス活動なら、大規模な軍よりも少数精鋭の方が相応しいかと」

「……ウスラン卿ではなく、あなたが仕切っている訳?」

 ごく当然の疑問をリプミラは発し、鷹揚に構えていたプルが頷く。

「戦い方にもよるが、こいつの方が私より強いしな。前世持ちで、局地戦などにも慣れているそうだし」



 前世持ちであるセリナは、確かに局地戦や少人数による特殊作戦に強い。

 一応本国との連絡を取るのはプルだが、実際の行動指針を考えるのはセリナである。

「少数精鋭ね……。見た目ではとても強そうには見えないのがいるものね」

 この五人の中で、ある程度実力があると認められるのはプルとシズぐらいだろう。

 セラが接近戦に強そうとはとても見えないし、セリナとフードで顔を隠しているライザは幼すぎる。幼女戦記ではないのだ。

「それで、私たちにレジスタンスへ紹介しろと?」

 リプミラはそう言いつつ、東の空を気にし始めていた。

 夜明けが近い。ダンピールである彼女が全力を出せない、太陽の出る時間まで間もなくだ。



 ここで交渉しても、あまりいい返事はもらえないだろう。セリナはそう判断して、逆に問いかける。

「私たちが何をしたら、レジスタンスに紹介してもらえますか?」

 リプミラは戦闘力こそ組織では最強かもしれないが、まだ上に頭がいるに違いない。

 彼女の立ち位置からそう判断したのだが、どうやらそれは正しいらしい。

 少し考えた彼女は、懐から端末を取り出した。軍用の頑丈なタイプである。

「他のメンバーとも相談して、こちらから条件を出すわ。番号を教えて」

 そして連絡を取れるようにして、リプミラたちは里の中へと散っていった。







 接触は成功であった。

 向こうからの連絡を待つとはいっても、セリナは地図でそれぞれの住居を把握してある。

 リプミラがそこそこ大きな館に入ったのに比べると、他の三人は普通の民家に入っていったようだ。

 もっとも本来ハーフリングのサイズに作られた里なので、やはり彼らの家は普通より大きいようだが。

「それで、これからどうする?」

 向こうからの連絡を本当に待つのもいいが、それではそれまでが暇である。

 観光をしてもいいのだが、だいたい面白そうなところは回っている。

 あちらの好感度を稼ぐためにレムドリアの砦を一つや二つ落としてもいいが、それで連絡が行き違いになったら本末転倒である。

 実際のところ、セラとシズの二人だけでもそこそこの砦や駐屯地は落とせそうだが。その場合は皆殺しにしなければいけない可能性が高いので、あまり選択したくはない。



 セリナとシズにとってみれば、修行をしてもいいのだが、宿の中庭で世界屈指の剣士が立ち会えば、どう考えても目立つ。

「普通に情報収集を続ければいいでしょう。図書館で昔の新聞を調べれば、レムドリアの内情も分かってくるでしょうし」

「そういうの、私は苦手なんだが」

 セリナも得意ではなかったが、必要に迫られれば人間は技能を獲得するものである。

 地球ではどんな達人でも、核の炎に焼かれれば死ぬ。致死感知を持つセリナであっても、日頃から情報を得るようにはしていたのだ。

「私は文を読むのも好きですから、それでも構いません」

 セラはそう言って、ライザも頷いて同意する。

 シズも肉体派だからと言って、文章を読むのが苦手なわけはない。そういうことで四人の視線がプルに集まると、彼女も溜め息をつきつつも同意したのだった。



 セリナ、セラ、ライザの三人は図書館に、プルとはシズとはそれぞれ別に情報を収集することになった。

 あくまで文書化されたものは、帝国の大本営発表である。それとは別に、噂話や冒険者の話を聞くのは、比較的年齢が高く見える二人の仕事である。

 どこか危なっかしく世慣れていないライザと、違う意味で危なっかしいセラは、セリナの視覚内で作業をすることとなった。

 そしてセリナは思った。この国は腐っていると。



 レムドリアは正義であり、王族は正しく、貴族は気高い。

 自治区であるので他国の書物も集められている図書館ではあるが、レムドリアの主観では他の国家は蛮族か野蛮人、あるいは魂を悪魔に売った下劣な国家であると言う主張がなされている。

 ククリの里はどんな意見でも認められる自治区ではあるが、やはりレムドリア国内ではあるので、その国家が発行する書物が一番多くなる。

 里には印刷所があるので、独自の書籍も並ぶのであるが、人口から言ってもそれほど多くの本が発行されるわけではない。

「よし、なんとなく分かった」

 レムドリア人、特に人間は、きわめて歪んでいる。

 前世における一神教の教徒のような選民思想に染まっているのだ。

 これをどうにかするのは、正直短期間では無理だろう。







 合流した五人は情報を交換したが、結果分かったことは、レムドリアという国は強い国であるという改めて知った事実である。

 オーガスのような階級間の流動性を持ち、様々な人種がそれぞれの役割を果たすと言う柔軟な国家体制ではないが、人間が主導として大レムドリア主義を標榜して国力を高めるという、きわめて実際的な国家だ。

 数年間の徴兵制度や兵站の重視、また政府や軍の組織も明確に整理され、貴族階級の陞爵や降格も多い。

 完全な実力主義であり、それでいて名門意識も高いという、国家全体が強さを求めているようなものだ。



 オーガスのように、頭を暗殺したら国家の運営が大いに滞るということもないらしい。

 さすがに首脳部を壊滅させたら話は別だろうが、いくらセリナたちが強いといっても、その機会を見つけて襲撃するのは無茶であろう。

 プルの流星雨でさえ、複数の魔法使いや魔法具を使えば、無効化とまではいかないが防ぐことは可能である。



 国家体制の崩壊のさせ方について、セリナには充分な知識があった。

 まず政府が腐敗、無能であること。残念ながらレムドリアは腐った国家だが無能ではないし、収賄などの罪が大きいので、倫理的にはともかく国家的には強い。

 次に軍事力の単純な減衰。レムドリアのような軍部の強さで地方を抑えている国家には有効だが、いちいち駐屯地を壊していくのは面倒くさい。

 そして無差別テロ。軍人や有力者のみならず、一般人まで巻き込むものだ。だがこれはあまりオススメできない。民間人の政府に対する不満はふくれるが、テロリストへの憎悪も当然生まれる、長期的には悪手と言える。

 無差別に対して、区別したテロというのもある。有力者や軍人、政府高官などを狙ったり、重要施設を破壊したりするものだ。

 前世のセリナは軍の駐屯地に忍び込み、その司令官や参謀などを暗殺するのが一般的だった。高級将校などは、そう簡単に育成できるものではないのだ。

 それに都市部での重要施設の破壊などは、警備が厳しいので難しかった。



 だがネアースでは違う。個人の能力が突出したこの世界では、都市部の精強な兵士がいる場所でも、暗殺や破壊が可能である。

「まあ、敵の頭を殺せば、普通はそれで勝ちじゃからの」

 シズのいた竜牙大陸ではそうだったのだが、レムドリア軍では指揮権の継承順位が決まっているので、それほど効果的ではない。

 現在レムドリアは戦争中なので、補給線の破壊というのもかなり有効な手段だろう。リプミラが何を提案するかは分からないが、どんな条件にでもこの五人なら対応出来る。







 リプミラから連絡があったのは翌日だった。

「ソオーグ公国へ侵攻中の軍の、兵站線を破壊してほしいの」

 不可能ではないし、無難なところだ。

 近代以降の戦争では、戦場での勝敗よりも、軍を維持できるかどうかで勝敗が決まる。

「まあ、いいけど……」

 セリナが渋面を作ったのは、ソオーグ王国への兵站線まで、かなりの距離があることだった。

「兵站線を破壊するなら、どこでもいいのかな?」

「出来るだけ復旧が難しいところを選んで」

 その程度の裁量は任されるらしい。



 セリナたちはククリの里を後にし、帝都へと向かった。

 どうせ破壊するなら、本当は前線近くの兵站線を破壊した方がいい。物資集積所の近くを破壊したら、複数あるはずの他の補給線を利用して前線へ物資を回せるからだ、

 しかしそれは距離が遠すぎるし、何より帝都の状況を見ておきたかった。

 それにもう一つ問題がある。

 オーガス帝国は、巨大な飛行船を運用している。飛行型の魔物が多いこの世界でも、国内であればほとんどの魔物は間引いてある。

 線路は破壊しても工兵がすぐに復旧させるが、飛行船を建造するのはそれよりよほど時間がかかるだろう。

 線路を複数破壊し、飛行船をも破壊する。これならリプミラの要請にも応えることになるだろう。

 問題は、どう破壊すれば効率的かなのだが。



「潜入しての破壊工作なので、私と……セラが先行します」

 セリナの気配隠蔽と、セラの偽装能力。

 セラの性格はあまり信用出来ないが、確かにそちらの役割を考えるなら、最適の人材と言える。

 帝都ホリュンポスへの道のりはおおよそ二週間。

 富裕であるという南レムドリアに、一行は踏み入るのだった。

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