48 ダンピールの少女

 プリムラ・メゾ・ウスランは女誑しの女である。

 そのストライクゾーンは広く、法律の範囲内であれば種族の差を超え、自分の美的感覚にひっかかる者にはすぐに声をかける。

 むくつけき三人の男共と席を同じくする十代後半に見える少女に声をかけたのも、少女が美しかったからである。

 旅に出てからここのところ、あまり女性に触れていないという状況もあり、酒の勢いで声をかけたのだ。

 なんともダメダメな話である。



 声をかけられたリプミラは、プルの存在を認識した瞬間、警戒度を最大限にまで上げた。

 ダンピールである彼女の瞳は幾つかの特殊能力を持っており、その中に相手のステータスを見破るというものもあった。

 だがそれによると、声をかけてきた長身の美人は、鑑定不能である。



 鑑定不能。

 幾つかの原因は考えられるが、まず神か竜の血を引いている可能性が高い。

 実際にプルの視線を受けたリプミラは、自分に対して魅了の効果を発しているように感じた。ダンピールの視線でそれは相殺されたのだが。

「あなたは?」

 警戒しながらも、リプミラは問い返した。周囲の仲間は既に臨戦態勢に入っている。

「私はプリムラ。親しみを込めてプルと呼んでくれても構わないよ」

 それにしても酔っ払っているにしても、リプミラを囲む三人の屈強そうな男を無視しているのが異常である。



「私はリプミラ。……親しい人は姫とかお嬢とか呼ぶけれど」

「……ふむ……では私は特別に、ミラと呼んでもいいだろ――あたっ」

 プルの背後から忍び寄り、鞘のままの刀でセリナは頭を叩いた。

「すみませんね、酔っ払いで。ささ、皆さんはどうぞお食事の続きを」

 ふらふらしているプルを、セリナは引っ張っていく。その様子に仲間は微苦笑を浮かべたが、リプミラだけは笑えなかった。

 鑑定不能の人間が、二人も揃っていたからである。



 あちらのテーブルを眺めてみれば、神官らしき少女と刀を携えた少女、そして室内であるのにフードを目深に被った少女がいる。

 女の子たちの旅行に、ダメダメな酔っ払いが引率している。そう思えなくもない構成である。

 シズが年齢の割に幼く見えるので、そう判断出来るのだ。

 それにしても、女の子だけの旅行というのは珍しい。

 レムドリアは常時戦時体勢であり、特に今は小国への侵攻を開始した。

 自然と国内の治安を維持する軍が、手薄になっているということだ。そんな状況で観光地として有名なククリの里へ来るというのは珍しい。

 里自体は非常に治安が良いが、ここまでの道程では、盗賊が出ることもあるのだ。また、末端の兵士が盗賊化することもある。

 ククリの里を訪れるような人間は、殺されても仕方ない。帝国の上層部にはそんな考えがあるのも確かであった。







(それにしても、何者?)

 あれから早々にリプミラはあの場を後にした。仲間はまだ食い足りないようだったが、それよりも重要な問題が発生したからである。

「あの二人が、ですかい?」

 人虎であるキャドの問いに対して、リプミラは頷いた。

「あたしの邪眼でステータスが見れなかった。偽装とか隠蔽ではなく、単に見れなかったんだ。それに他の三人も、明らかにステータスを偽装していた」

 その言葉に三人の男たちは顔を見合わせる。ダンピールの視線には親である吸血鬼と同じく、色々な特殊効果がある場合があるが、リプミラの場合は魅了と鑑定の能力である。

 鑑定としてのレベルは決して高くないはずであったが、それでもそこそこの魔法具での隠蔽は看破出来る。

「まさか、帝国の諜報機関じゃ」

「いや、それにしちゃ女だらけだと目立ちすぎだろ」

 人狼であるネックの推測を、キャドが否定する。



 その後に、少し考え込んでいたナーガのサルトルが重大なことを思い出した。

「あの声をかけてきた女……オーガスのプリムラじゃなかったか?」

 その言葉に、残りの三人は自分の記憶を漁った。

「……似ていたような気がする。だけど……」

「いや、さすがにありえないだろう。なんでオーガスの最大戦力がこんなところに?」

「でも、それだと鑑定不能だった理由は分かるよ。プリムラは確か、竜の血脈を持っていたはずだからね」

 リプミラの知識によると、神の血脈や竜の血脈を持つ者は、たいていの場合ステータスが鑑定不能となる。



「帝国の間諜という可能性もある」

 自らの意見を翻すように、サルトルが言う。だがそれの説得力はあまりない。

「あたしの邪眼を、単に偽装隠蔽すんじゃなくて、鑑定不能にするような人材を、帝国がそうそう抱えているかな?」

 レムドリア帝国は強大だ。その保有する戦力も強大である。だが、戦力は突出した個人という形ではあまり存在しない。

 リプミラたちレジスタンスを壊滅させるため、そのような特殊で強力な戦士を動員する可能性は低そうだ。もっとも、レジスタンス活動がリプミラたちの想像以上に効果をあげているのなら、その可能性は引き上げるべきだが。

「どうする? 今夜の活動は中止するか?」

 サルトルの慎重意見に、リプミラは即座に同意した。



 レジスタンス活動と言うのは、己の存在を常に秘匿する必要がある。少しでも危険があれば、それは避けなければいけない。

 特にリプミラたちの場合、少数精鋭と言えばいいものの、実際には一人でも欠けたら大きく戦力が減衰するのだ。

「そうだね、今日は吸血鬼らしく、空の散歩でもしてみるさ」

 リプミラの言葉に、仲間たちは頷いた。ダンピールである彼女と違って、彼らは本来日中に動く種族である。もっとも人狼も人虎も、夜には強い種族であるのだが。

「では、ここで別れよう」

 サルトルの言葉で、四人は暗い四辻で別れた。

 四人はそれぞれが別の家を持っている。危険を少しでも分散するためであるが。

 リプミラは宣言の通り、空に浮かび上がった。



 ククリの里は、繁華街と呼べるほどの狂騒じみた地区はない。

 だがたくさんの宿や酒場で、吟遊詩人の歌う詩が流れている。

 それを耳にして良い気分になりながら、リプミラは宙を舞った。







 ふむ、とセリナは頷いた。宿のベッドの上である。

 五人が入れる大部屋を取ったので、全員がセリナの声の届く範囲にいる。

「どうやら今日は大きな動きはないみたいです」

 セリナたちは先ほどまで宿の食堂で、食事をしながらも多少の情報収集はしていた。

 このククリの里では、レジスタンスが暴れたという話はない。そもそも犯罪件数の少ない、平和な街であるのだ。



「レジスタンスはここを根拠地としているわけじゃない、ということかな」

 プルの問いに、セリナは頷いた。

「おそらく帝都の事件の数々は、この里からの転移を使っているのでしょう」

「帝都内部に転移か。それは私でも不可能だが」

「何か安全で出力の巨大な転移装置を使っている可能性があります。そしてその装置から、この里は近いのでしょう」



 地球でのレジスタンス活動やテロ活動というのは、転移魔法がない以上、安全なアジトを構えるのが難しかった。

 実際のところセリナもレジスタンスとして、あるいはテロリストとして活動したことが何度かあったが、彼女を残して味方が全滅するということも、ままあった。

 ホリュンポスへの転移となれば、おそらく時空魔法のレベルが10以上になっていなければ無理であろう。単なる10であっては、それでも難しいかもしれない。

 セリナの考えでは、ゲルマンでもおそらくは不可能だろう。

「誰かが昔作った物を、利用しているんでしょうね」

 それが誰か。あいにくと前世で世界中を旅したセリナだが、レムドリアの帝都には足を踏み入れていない。その必要がなかったからだ。

「大崩壊以前の代物かもしれないな。まあ、連中に聞けば分かるんだろうが、接触はもう少し後か?」

「誰かさんが強引に迫ったせいで、作戦は練り直しです。なぜあんなことを?」

「……好みだったからな」

 プルの返答にセリナは頭を抱えたが、シズは笑い飛ばした。



 元々この里に寄ったのは、本当にレジスタンスと接触できると考えたわけではない。

 もちろんその期待もないではなかったが、自治区となっているこの里からは、帝都はあまりにも遠い。

 戦力を集結させるにも、さすがにそこまでやっては目立つだろう。それにそもそも転移装置など、この里にあるとは本当は思っていない。

 もしそんなものがあるのなら、昔ククリと共にこの里を訪れた時に、せいぜい彼が自慢してくれただろう。

 ククリの笑い声が聞こえた気がした。



「とりあえず、しばらくはこの里に滞在するのかのう?」

 シズの言葉に、一同はセリナを見る。

「私が決めるんですか? プルでは?」

「あ~、私はそういうのには向いていないんだ。お前は前世でも旅のパーティーのリーダーだったんだろ?」

「いや、それはそうですが、細かいところはそれこそククリに……」

 元々前世での旅は、行き先がしっかりと決まったものであった。だが今回のこれは、政府に命じられた作戦である。

 それならば軍属であるプルが判断すべきなのだろうが、こういった作戦は確かに、セリナの方が経験は多いだろう。



 まず、足がかりは出来た。

 セリナの地図で、あの四人の現在位置は判明している。

 もしも転移しているというのなら、その帰り際を抑えたい。そしてレジスタンスであるということがはっきりしたなら、こちらの目的も話した上で協力出来るだろう。

「分かりました。とりあえずここに滞在します。あの人たちの動きを見て、レジスタンスと確信できたらもう一度接触します」

 全員が頷く。ライザの頷きは小さすぎて、よく分からなかったが。そしてセラの微笑みはいささかならず微妙すぎる。

 ジークとの戦いではちゃんと役割を果たしてくれたが、こういった組織的な動きに対しては、味方を裏切ってきそうな気もする。

 セリナたちと違いレジンスタンスのような立場では、一度組織が瓦解してしまえばそれで試合終了だ。



 セリナの疑惑の視線に、セラは「裏切りませんよ」と答えた。

 全く信用出来ないが、目を離すわけにもいかない。そもそもこいつの裏切る基準がどこにあるのか、聞いてみたこともない。

 いい機会なので、訊ねてみた。

「そうですねえ、まず私の裏切りとは、相手を絶望に落とすものです」

 ゆったりとした笑顔を浮かべて、セラは真面目そうな顔で答えた。

「それと、相手が先にこちらを裏切ったり、だましたりしている時がいいですね。優位だと思っていた人間が一瞬で絶望に染まる。あの表情が大変に好みです」

 なんと歪んだ性格だろうか、さすがは神なだけはある。

「つまり、こちらが誠意をもって対し、ちゃんと仲間扱いしている間は裏切らないと?」

「そうですよ。偽りと裏切りの神と言いますが、そこには美学が存在しているのです。いつも何度も裏切るようでは、誰にも信用されなくなりますからね。本末転倒です」

 それでもまだ、こういった秘密工作にセラを伴うのは気が進まないのだが。

「なんだかんだ言って、お前さんは嬢ちゃんを気に入っているのじゃろう?」

 シズの言葉に、やはりセラは微笑みで応えた。

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