45 英雄の死と……

「くそ……」

 魔法と精霊術とが飛び交い、大規模な戦闘の行われた痕跡が残る荒野。

 そのほとんど中央にある地面にOTLという形で崩れ落ちた戦士の姿があった。

「負けた……」

 逃げたことはある。見逃してもらったこともある。だが、敗北したのは初めてだった。

 そう、ジークは自分が生まれて初めて、本当の意味で敗北したことを実感していた。



 彼を中心に、少し前まで行われていた戦闘に参加していた一同が、輪のようになって立っている。その中から特に二人、彼に近い位置に少女たちはいた。

 即ち、彼を殺した者と、彼を甦らせた者と。

 セリナがジークを殺し、生首を端末で撮影し、それからセラが蘇生させたのだ。

 英雄の死と、呆気ない復活であった。



「あ~、これでやっと任務完了か」

 プルが肩をぐるぐる回しながら声を発する。それに対してセリナも満足した笑みを浮かべた。

 やや困惑しているジークのパーティーであるが、それでも説明を終えた後は、もう戦闘を再開する気はなかった。

 セリナとプルがあらかじめ決めていた目標は達成されたのだ。







 セリナとプルが命じられていたのは、シズとジークの捕獲、又は抹殺であった。

 シズに関しては身代わりを用意して、既にそれは完了していた。ジークに対して身代わり策を採らなかったのは、彼の存在があまりに有名であり、オーガスのデータベースにも身代わりで誤魔化す余地がなかったからだ。

 だからセリナたちはジークを殺害し、それを記録に収め、死体自体は残った彼のパーティーたちから安全に脱出するため、髪を一房切っただけで戦場に放置したというシナリオである。

 ジークは目立つ人間であるから、後に彼がまだ生きていることは知らされるかもしれない。だが、一度は殺したという事実があればいい。彼のパーティーには神の眷属である戦乙女がいるのだから、どうにかして蘇生させたのだろうという理屈が成立する。

 確実に殺したという証明のためには、生首映像と遺伝子鑑定をする髪の毛で充分だと、そう主張するのだ。

 死体を完全に持って帰るには、激昂した彼の仲間たちの執拗な追跡を恐れたためである、という言い訳も立ててあった。

 実際に本当にジークを殺したのは確かなのだから、何も問題はないはずなのだ。



 そんな説明を受けたジークのパーティーメンバーは、かなり複雑な顔をしていた。

「まあ、いつかはこんなこともあるだろうと思ってました」

 ジークの娘であるアルテイシアが、腕を組んでうんうんと頷いていた。

 やがて他のパーティーメンバーも、納得の表情でジークを見下ろした。同情する者はいない。自分たちの呪いを解くために皇帝暗殺までしてくれたという恩はあるが、いつかは女に刺されて死ぬとは皆が思っていたのだ。

 状況は想像と違うが、確かにジークは女の手によって殺された。



 そして、二組のパーティーとエルフたちとは、別れることになった。

 ジークたちは当初の目的地である竜翼大陸を目指す。

 セリナたちは一度通信が使える施設のある都市まで戻る必要があるだろう。地球と比べても技術が発達した部分のあるネアースだが、通信の分野では都市部や国によってかなりの差がある。

 魔法都市まで戻らないと、帝都までの通信が出来ない。プリムラの術理魔法で通信の魔法はあるのだが、それ以上にこの世界は、通信を阻害する魔法が多い。

 よって完璧とも言える魔法都市の通信設備を使わないと、オーガスへの報告が出来ない。



 セリナたちは魔法都市へ向かい、エルフたちは森へと帰った。ただ一人を除いて。

 ライザがセリナたちに同行していた。

 元々クオルフォスから外の世界を見てこいと言われていたが、本当についてくるとは思っていなかった。なにしろクオルフォスの後継者となるハイエルフである。

 だがこれは彼女自身が望んだことであり、ライラたちも承知したことである。

 ライラのみはしばらく一行に同行しようかとも思ったのだが、結局はセリナのことを信じて任せた。

 伊達に前世で勇者を相手に戦った仲間なわけではない。



「さて、魔法都市に行くわけだが、お前はいつまで付いてくるんだ?」

 胡乱げにプルが言ったのは、セラに対してである。

 セラは何もかも分かっているような顔で、あえて首を傾げて見せた。

「何か問題が?」

「……お前の存在そのものが問題だが、この子の教育に悪そうだ」

 ライザの純粋な眼を見て、プルはセラを半眼で睨み付ける。

「そうは言っても、まだ神聖都市から出てすぐなので」

 セラはいつも通りの胡散臭い笑顔で言った。







 さて、それはともかく一行は往路よりはややのんびりと、魔法都市へ向かっていた。

 移動手段は馬車であり、それを牽くのは悪魔であるエクリプスである。

 レベルにして200以上の実力を誇る悪魔であるが、この一行の中では圧倒的に一番弱かった。

 いや、単純な肉弾戦ならライザには勝てるのだろうが、彼女の周囲の精霊が、それを許さないだろう。

 悪魔と言う異次元の存在だけに、精霊という肉体を持たない存在の脅威を、彼は正確に把握していた。

 ライザはエクリプスの顎の下当たりをくすぐっていたりしたので、気に入ったようではあったが。



 のどかな時間が過ぎる。ちなみにこの間に、セリナは13歳の誕生日を迎えていた。

 前世を合わせれば100歳を軽く越えているが、彼女を祝ったのは僕であるエクリプスだけであった。

 200歳を超えるプル、誕生日という概念の薄い時代から転生したシズ、神であるセラに、数百年を軽く生きるエルフであるライザ。

 人間の誕生日を祝うという行為に、いまいち意義が分からなかったのである。



 そして誕生日を過ぎ、ようやく牧歌的な風景の中を魔法都市へと近づいてきた時。

「お?」

 プルの持つ端末が、警告音を鳴らした。

 高性能であっても秘匿性や使用魔力の関係上、端末に遠隔地から通信を送ることは少ない

 それが鳴るというのは、緊急通信か近距離に相手の端末があるということであるが。



 プルの持つ端末カードに送られたメッセージは、短いものであった。

 至急帝都と連絡のつながる都市へ赴き、秘匿回線で帝都と連絡を取ること。

「珍しいな……。陛下が暗殺でもされたのか? いや、私に連絡があるということは、戦争関連か?」

 呟きながらもプルはセリナを見る。セリナはその意味を正確に把握し、エクリプスに速度を上げるように命じた。

「私は先に行っているからな」

 馬車から身を乗り出したプルは、飛翔の魔法で一行に先行した。



「なんでしょうねえ」

 きな臭い出来事に、セラが微笑みを浮かべる。わざわざライザが用意したエルフ謹製のお茶など飲みながら。

 プルが呼び出されるというのは、よほどのことがあったということだ。まだジークを討伐したという報告も行っていないのだから、前皇帝の後始末より重要なことだ。

 そしてプルの立場を考えると、戦争かその一歩手前の事態になっていると判断出来る。

 しかし、どこと? 潜在敵国はレムドリアだが、緩衝地帯の国がその間には多くある。ガーハルトとは近接しているが、地理的に軍の侵攻は難しいし、前皇帝より聡明だと誰もが知っていた現皇帝が、ガーハルトとの間に戦端を開くとは考えづらい。

 地方で反乱が起こったということも考えにくい。オーガスの国境警備軍の指揮官はそこそこの期間で交代するので、現地の兵を私兵にするのが難しい。



「何かあったのは間違いなかろうの。だがその何かが一つとは限らん。皇帝も代替わりしたし、新たな政にプルが必要と考えられたのかもしれん」

 皇帝を代替わりさせた当のシズは、半眼で意見を述べる。

 そしてその意見は、おおむね正しかった。







 魔法都市にて、プルとはあっさりと再会出来た。

「まずジークの件は終了した。そもそも国家の面子の問題だったから、死んだことにさえなっていれば、別に本当には殺してなくてもいいのだからな」

 プルはそう言った。既に前皇帝が民衆の目の前で暗殺されたことを、オーガスの上層部は問題としていない。

「それで、何がありましたか?」

 セリナの問いに、プルは軽く頷いた。

「レムドリアが動いた」

 少し意外であったが、それは本当に少しである。皇帝の代替わりを利用して軍事行動を起こすなど、レムドリアのやりそうなことだ。

「まあ、もちろん直接にオーガスを攻めるわけではないんだが、周辺国へ侵攻を開始したらしい」



 レムドリア帝国は超大国である。一度に複数の戦線を抱えても、それを維持できる国力があり兵站が整えられている。

 そして複数の戦線を抱える時間は短い。圧倒的な数と装備で、敵を短期間で蹂躙出来るからだ。もっとも戦後の治安を維持するのは、かなり問題が残る手段で行っているが。

「するとプルはどこかの戦線に派遣されるということですか?」

 セリナの質問は、プルの戦力を考えてのものである。一つの戦線を一人で抑える力がプルにはある。

 そして緩衝地域の国家に援助をするというのは、今までのオーガスの定石であった。

「戦略を変えるらしい」

 プルが言うには、これまで行ってきた兵器や経済、食料の援助も同じように続ける。

 だがもう一歩踏み込んだ戦略を、オーガス上層部は考えたらしい。



 そしてその戦略は、レムドリアがなぜ強いのかということを考えたことから生まれたものだ。

「私とセリナには、レムドリアの支配下で抵抗するレジスタンスへの協力が命令されている」

 もっともセリナの場合、年齢を考慮して今回の任務は拒否する権利があるそうだ。

 レジスタンス。レムドリアが周辺国を併合してきた中で、それは発生してきたものである。

 だがそれへの援助はレジスタンスがそもそも存在の秘匿を優先してきたため、これまではあまり効果的ではないと見られていた。

「ふむ、ただ城門を攻めるのではなく、水の手を切るようなものじゃな」

 シズはそう言うが、これはもっと大きな方針の転換であろう。

 皇帝の命か他に立案者がいるのかは知らないが、オーガスの上層部の対レムドリア政策は、よりその危険性を無くそうと考えたものとなる。



 そういうわけで、プルとセリナはレムドリアへと向かうことになった。

 レムドリアは国土が広く国境線も当然のように広いため、密入国するにもそれほどの苦労はないだろう。

「南レムドリアのことは良く知らないですけど、行ってみたいところもあるので、私は参加しますが」

 セリナが仲間たちに確認していくと、シズは軽く頷き、セラは邪悪な聖女の微笑を浮かべ、ライザはただこちらを見続けた。おそらく賛成しているのだろう。

「心強いな」

 プルの言葉は、本心からのものであった。



 エクリプスの進路は、南へ向けられた。

 まずはレムドリアの北部、200年前は北レムドリアとして独立していた地方へ入る。

 そこからは情報を収集しつつ、都市部や穀倉地帯を巡り、まずレジスタンスと接触しなければいけないだろう。

「なんだか長くなりそうな気がするなあ」

 特に不満なわけでもなかったが、セリナは小さくそう呟いた。







   ライザ編 了

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