44 二人の剣士
技術と力を尽くしたセリナとジークの戦いは、静かなものへと移っていた。
派手な連撃や超高速の動きなどは、しょせん観衆の目を集めるものにすぎない。あるいは、単なる牽制か確認。
お互いの技量をある程度把握した二人は、勝敗を決めるための、本当の姿勢へと移行していた。
ステータスでは、ジークが優っている。圧倒的だ。
剣術レベルは10で五分。だがそれが当てにならないことを、五分のはずのジーク自身が良く分かっている。技術が同じなら、ステータスで優る自分が、すぐに勝てなければおかしいからだ。
剣術レベル、技能というのは何か。それは武器への習熟度。単純な慣れ。その武器でどれだけの敵を倒してきたかが、技能として反映される。
だが実際は技術の反映が不十分であり、10以上のレベルが存在することは目の前の存在を前に自明の理である。
ジークは確信していた。焦燥感もなく、冷静に機械的に認めていた。
目の前の少女の方が、自分よりも技術において上だと。
ネアースにおいては、人間にはレベルがある。ステータスがある。スキルとも言われる技能がある。だがそれは、機械的に数値化されたものだ。機械が計測出来なければ、あるいは計測可能域外のものであれば、それらは意味を減ずる。
単純な腕力、筋力、実戦経験、殺した数。それらはジークの方が上だ。なにしろ年齢が違う。だがジークは戦闘において経験を積み、剣術の研鑽もある程度行ってきたが、それでも彼はネアース世界の住人であった。
セリナは違う。
地球という名の世界に生まれ、一度はネアースで剣術を教えられたが、その教わった剣術も、そもそもは地球にあったものをネアースに適応させたものだった。
そして地球に帰還した彼女――当時は彼であったが――は、剣術に工夫をし、戦場で剣を振るってきた。それこそ、圧倒的に不利な状況でも。
苦難は人を折ることもあるが、強くさせることもある。戦闘経験ではジークの方が上でも、苦闘の経験であればセリナの方が上であった。
ネアースにおける魔法と同義の存在である銃火器を相手にして、刀一本とクナイ数本で立ち回った回数は数え切れない。
ジークは強くあったがために、技術を向上させる必要が損なわれていた。
セリナは強くはあったが、それ以上に強い相手と対するために、様々な工夫を強いられてきた。
もしジークが大魔王アルスや神竜を倒すなどということを目的として修行をしていれば、彼の強さはより増していただろう。
だが彼は迷宮や魔境の探索、戦争への関与があったとしても、基本的には圧倒的な強者であった。
セリナと出会う前のプルのように、自分を磨いてくれる相手がいなかった。また彼は戦闘を楽しむよりは、勝利を楽しむ者であった。絶望的な戦場からは、平気で逃げる選択肢が取れた。
それが、ジークがセリナに劣る部分である。
ぎりぎりの間合いで、両者は構えた。
ここから相手に剣が届くのは、刹那の間。どちらが早いか、あるいは速いかの勝負。
身体強化の魔法では、二人はほぼ互角。だが素の能力ではジークが上回る。それもわずかの差。
勝負は一撃で決まるだろう。ジークは確信し、セリナはむしろ懐疑的であった。
ネアースには治癒魔法があるので、地球の剣術では致命的な攻撃が、死に至らない可能性がある。
もっともそれでも、一度傾いた天秤は二度と戻らないであろうが。
ジークは構えた。それは雲耀の構え。
上段ほどの攻撃力はないが、剣でそのまま袈裟切りにする、セリナの知る限りでは二番目に速い技。
ちなみに一番速いのは、抜刀術や居合いと呼ばれるものではない。あれは刀が鞘にあるにも関わらず、既に構えている相手と同等に戦えるものなのだ。
ここでセリナが構えたのは、下段。
刃先が地面に触れるぐらいの、少し歪な型であった。
上からの攻撃が基本有利であるのは、攻城戦や空中戦などの戦争だけでなく、個人の戦闘でも同じである。
それは幾つかの要因があるが、重力という力を利用できるという面が大きい。重力があるから、剣はそのままの重さだけで、下の方向に向かう。
逆に下から攻撃するとなると、重力に逆らわなくてはいけない。単に振り下ろすよりも、余計に力が必要となる。
エネルギーの法則から考えて、上から攻撃した方が強いのは、当然のことなのだ。
だが、この理屈には一つ欠点がある。
そしてその欠点を改善したとき、セリナは自分が本当の必殺技を生み出したことに興奮した。
おそらく塚原卜伝の一の太刀というのは、概念ではなく実際にこの技だったのではないか、とさえ思ったものだ。
その答えとなる構えが、下段である。
剣道では防御に優れた構えとも言われるが、最も一般的な構えとはやはり違う。
しかし下段は、実は速い攻撃が出来るのだ。真剣で手首を捻れば、そこから相手の脛や手首に届く。
だが、セリナの奥義はそれとも違う。
ジークの勘が、巨大な危機警報を鳴らしている。目の前の少女の、上半身を晒した構えは、飛び込めば食われる迫力を持っている。
しかし己の剣の速度が、彼女に劣るとは限らない。迷いは死につながる。
もしこの時、ジークが対人戦闘ではなく、巨大な魔物との戦闘を思い出していれば、セリナの構えの理にも気付いただろう。
ネアースのステータスシステムを考えれば、彼以外にもセリナの境地に達する可能性はあったはずなのだ。
だが、結果はこれだ。ネアースの剣術は、地球と違って雑なのだ。
剣神レイアナの指導を受けたブンゴルが、すぐに流派を名乗ったぐらいには、剣の理は一般化していない。
魔法や科学兵器の発達の影響もあっただろう。重武装で戦う兵士は、銃か重量武器を使う。
セリナの刀が特別製だということを考えても、誰もごく簡単で、単純な発想に届かなかった。
ジークの剣が振り下ろされる。重力と、己の筋力を込めて。まさに神速の如きに。
同時にセリナの刀も動いた。一つの直線となって。
上からの攻撃と下からの攻撃。
上からは、重力の恩恵を受けられる。だが下からは、己の筋力のみとなる。
しかし、この場合は下からの方が速い。
ジークは大地に立ち、その上には空が、空間が広がっている。
セリナも同じく大地に立ち、そして彼女の足の下には、当然ながら大地がある。
ジークは大地に踏み込み、その力を振り下ろす剣につなげる。
セリナは大地を蹴って、その力を振り上げる刀につなげる。
そう、どちらがより、力を有効に使っているかという話だ。
ジークの持っている筋力は、大地を踏むことによって上へと逃げてしまう。
それに対してセリナの筋力は、大地を蹴って上へ向かって進む。
ある一定以上の力があった場合、下から攻撃する方が、逃げる力は小さいのだ。
セリナの刀が、振り下ろしかけたジークの腕に当たり、強固なはずの鎧を切り裂いた。
ジークの攻撃が止まる。片腕を半ば以上切断され、懐に潜り込まれたジークは、そこで動きを止めてしまった。
いや、剣から手を離して、逃げようとした。少なくとも背後に跳躍しようとした。
だがそれを追撃するセリナの動きの方が速い。人は後ろに動くよりも、前に動くほうが速いのだから。
圧倒的な、今まで感じたことのない死の気配が、ジークを襲った。
セリナの刀が踏み込まれた体勢から、横に薙ぎ払われた。
そしてジークの首からはぷつっと血の玉が湧き出て――。
その首が、地面に落ちた。
ジークフェッド・ラーセンが死んだ。
その瞬間、戦場が、偶然、全く同じタイミングで、音を無くした。
まるで時が止まったかのような有様であったが、すぐに誰もが事実を理解した。
ジークの仲間たち。それらはジークの死を悼むでもなく怒るでもなく、ただただ驚愕していた。
セリナの仲間たちもそれは同じであったが、かろうじてシズだけはほっと息を吐いた。
彼女だけは、セリナの力を本当の意味で認識していたから。
「ジーク!」
マリーシアの叫びが響き、エルフたちは精霊術の行使を止め、そして全ての戦闘行為が中断し、そのまま終了した。
英雄たちの視線が集まり、その中でゆっくりとセリナは動き、そして切断したジークの首を、髪をつかんで持ち上げた。
それでもジークの仲間たちは動かなかった。
セリナが強者であるからというのでもなく、単純に持続する驚愕のあまり。
「あれ?」
小さく呟いたのは、森の中で精霊を操っていたライザであるが、その声は誰の耳にも届かなかった。
「あら?」
微笑さえ浮かべて不審を抱いたセラの声も、誰の耳にも届かなかった。
だが二人が感じたことは同じであった。
世界が、小さく揺らいでいた。
同刻、ネアース世界のある地点にて。
「何が起こった!?」
神竜レイアナは、ネアース世界が生物のように蠢いていると感じた。
「これは世界の……周りの世界との動きが……」
何か把握しようとした大賢者サージも、それを上手く言い表すことは出来なかった。
その状態は、数分の間続き、そしてやがて収まった。
世界は元の様を取り戻したように見えた。
だがそれ以前の世界と、それ以後の世界が、わずかだが明らかに違っているのを、時空魔法に長けた者たちは全て気付いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます