43 二度目の戦い
進行方向に敵が存在することを、当然ながらジークたちは気付いていた。
そしてそれが先日撃退した存在であることも、当然ながら予想していた。
普通の帰結として、先日よりは戦力を強化したか、策を立てていることも自明の理である。
……まあ無為無策に玉砕突撃を仕掛けてくる可能性も、万に一はあるかと思っていたが。
あの少女はそんな無謀なことを仕掛けるタイプではない。冷徹で、思考を放棄しない厄介な敵だとは認識していた。
最初に異常に気付いたのは、エルフのケスであった。
「なんだこれは……精霊術が使えないぞ……」
幼少のころより――あるいは自我の目覚めよりも早く精霊と親しむエルフにとって、精霊と感応出来ないということは、五感の一つ以上を封じられたに等しい。
「それは、相手に高位の精霊使いがいるということですか?」
アルテイシアの問いに、ケスは首を振る。
「いや、神々であっても私の精霊術をここまで妨げることは出来ないはずだ。と言うよりも、精霊自体の反応がない。こんなことが可能なのは……」
そこまで言ったケスが導いた回答は、半ば正しいものだった。
「神竜か、大長」
「クオルフォスが?」
カーズが問うが、ケスは首を傾げる。彼は長い期間大森林を離れていたので、クオルフォスの余命が短いことも、ライザという幼いハイエルフの誕生も知らない。
「おそらく」
地理的に言っても、大森林のクオルフォスの元へ行った可能性はある。だがクオルフォスがセリナたちに力を貸す理由が分からない。
ジークは疎まれ憎まれているが、だからといってクオルフォスが動くほどの理由にはならない。何か交渉をして力を借りたのかもしれないが、大森林に外の世界が提供出来る物があるとは思えない。
「つまりは精霊術なしで、次の戦いをしなければいけないってことか。まあその程度のハンデなら、どってことないだろ」
ジークはそう言って鼻で笑ったが、目は笑っていない。
セリナたちの実力は確かなものであったし、随伴していた騎士たちがむしろ足手まといであったことも分かっている。
クオルフォスを味方につけたというならそれは問題だが、200年前にもジークはクオルフォスたちと戦ったことがある。そしてあの時の相手は、確実にセリナたちよりも強いはずだ。なにしろハイエルフと大魔王、それに大賢者がそろっていたのだから。
「さて、楽しい戦いの時間だな」
ジークの言葉に仲間たちは溜め息をついたが、戦闘を回避しようなどとは思わなかった。
イストリア地方は、森が多い。
エルフの住む大森林は特別だが、それを別としても魔境と化した森や、普通の針葉樹林の森が大地を覆っている。
人種が戦争を繰り返し、大国が国土を維持出来なくなってから、急速に森林面積は増えていったのだ。割合的には魔境が多いが。
その森、原生林にも近い森の中に、エルフの精鋭が潜んでいる。彼らには精霊術の飽和攻撃で、アルテイシアとマリーシアを防御に専念させるつもりだ。
ケスが精霊術を使えないことによって前衛に出てくれば、こちらはプルが相手をする。技能であればプルよりも接近戦には強いであろうケスだが、竜の血脈を持つプルは、素の能力で彼を上回るはずだ。
カーズはシズが相手をして、セリナがジークと一対一で対決する。それが作戦と言うか、予定であった。
この予定の中に、ライザは戦力として換算されていない。
精霊の動きを止めることで、彼女の役割は充分なのである。味方だけが一方的に精霊術を使えるということは、とんでもないアドバンテージである。
だがライザ自身は、自分が動かなければいけないことに気付いていた。
ジークフェッド。あの男は異常である。精霊たちがそう言っている。
精霊とは意志と指向性を持った魔力であると言われているが、ハイエルフであるライザには、もっと簡単な表現が出来る。
つまり『なりかけの神竜』であると。
神竜がネアースの誕生と共に生まれたのと同じで、精霊もまた、ネアースの誕生と共に生まれている。
もちろん力の大小、意志の確立は神竜の方が圧倒的に優っているが。
それでもなお、精霊の方が神竜より優っている部分もある。
それを考えれば、ライザという存在は世界にとってとてつもなく重要である。
そして彼女は、ジークフェッドという存在を正しく認識していた。
あるいは神竜たち以上に。
両者の間の距離は、20キロほどにまで縮まっていた。
セリナの地図の範囲内であり、ジークたちも危機感知の能力はあるので、即戦闘に入れるように準備はしてある。
探知魔法で周囲を探るアルテイシアは、エルフの存在にまで気付いていた。だが、ライザにだけは気付かない。
森の中で存在を隠蔽したハイエルフを感知するのは、ほぼ不可能なことなのだ。
「さて、じゃあ行くか」
魔剣を抜いたジークの言葉に、彼に続く四人は頷く。
エルフが十人。しかも相当の手練がいる。これに対しては接近戦で戦った方がいい。エルフの筋力は上限値が低い。弓は得意だがこの状況なら精霊術を使ってくるだろう。
接近戦を行うため、精霊術を防御する必要がある。これはアルテイシアとマリーシアが魔法で行う。
精霊術を封じられたケスとカーズ、そしてジークが前衛で戦うこととなる。
精霊術を封じられたことは痛いが、それでもなんとかなるであろうというのがジークの判断だ。
実際これまで、それでどうにかなってきたのだ。絶対悪運の祝福を持つジークにとって、試練は超えるためにあるものである。
マリーシアが状態異常を防ぐ魔法をかけ、アルテイシアが肉体強化と防御の魔法をかける。
そしてジークが魔力で強化された身体能力で、一気に駆け出した。
続く四人もそれに負けない。音速を超えた速度で距離で間合いを詰め、お互いの敵と対した。
砲弾のような速度で襲来した五人を、セリナたちは迎え撃った。
もっとも完全に反応できたのはセリナ、シズ、プルの三人で、セラはもともと後衛にあたる森の中にいた。
全員がバランスの良い強力な魔法戦士というのは、やはり脅威である。そのくせどいつもが一芸に秀でているのだ。
今回はケスがその一芸を完全に封じられているが。
セリナたちの先頭に立っていたのはシズである。水虎の武装で槍を装備し、地面すれすれを駆けて来るジークたちを薙ぎ払った。
散会、あるいは跳躍した五人は、前衛三人を囲むように位置しようとした。
だがシズの槍の間合いに加え、セリナも槍に変化させた武器を振るったため、予定以上に味方との距離が離れてしまった。
そしてそこに、精霊術の飽和攻撃が行われた。
セリナたちごとである。
味方ごと撃ってきた敵にジークたちは驚くが、精霊術の攻撃はセリナたちに当たりそうなものは消失する。
ライザの能力である。そしてそれは同時に、クオルフォスの能力であるとケスには知られている。
クオルフォスが戦場に来ていると勘違いしたケスは、仲間たちにも再度注意を呼びかけていた。
「森の中の敵は見えない! この三人を倒せ!」
その言葉に仲間たちは頷くが、同時にそれが難しいことも分かっていた。
アルテイシアとマリーシアは、すぐに精霊術の飽和攻撃から、仲間を守ることに全力を費やされることとなった。
ケスは普段は使わない小剣を持って、プルに向かう。シズはカーズと対峙し、そしてセリナはジークと一対一となる。
ジークフェッド・ラーツェンは、選ばれた人間である。何によって、何のために、どのようにして。それは分からない。ただ、選ばれただけだ。
選ばれたとは、つまり死なない、ということである。
神と戦った時も、勇者と戦った時も、大魔王と戦った時も、死ななかった。
そのような因果を持つ彼の仲間たちも、死なない。敗北しても死なないのだ。
それがなぜなのか、神竜でさえ分かっていない。ただ、世界に満ちた不条理が、彼に向けて偏っているということが分かるだけだ。
ジーク本人は、それに気付いているが、ほとんど気にしたことはない。
傭兵の父と神官の母の間に生まれ、乳離れしたころに両親を亡くした。
神聖都市の孤児院で育てられ、その潜在能力の高さから、将来は神聖都市の高位の神官か、あるいは神聖都市の聖騎士団長になるであろうと見られていた。
だがその羨望される道を、本人が否定した。神聖都市にて次期聖女間違いなしと言われた少女を強姦したことによって。
その後の彼の経歴を辿ると、奇妙な影響力に気付く。
自身が直接関わったわけではないが、間接的に世界を大きく動かしてしまっている。
一番の例が、召喚された勇者とクオルフォスの後継と見られていたハイエルフを、異世界に飛ばしてしまったことだろう。
大魔王アルスの第三次千年期戦争、人間と亜人と魔族の最後の大戦は、勇者の不在によって現在まで続く世界を構築させることとなった。
さらに経過を見てみれば、先代神竜である暗黒竜バルスの消滅にもつながる。
彼自身は一介の冒険者であり、快楽主義者であるのだが、戦闘力だけの人間がそのような影響を及ぼし、しかもまだ死んでいないというのが異常なのだ。
ライザは知らないが、大魔王アルスはジークのことをこう称していた。
特異点。あるいはエラーと。
セリナは予定通りにジークと対決していた。
既に武器は刀の形状となり、ジークの魔剣と打ち合っている。
どちらの武器も神代の武器に匹敵するものであり、お互いの魔力を帯びているため、刃が欠けるということもない。
しかし接近して即座の連撃は、どちらにとっても様子見であった。
セリナとジークは、一度も戦ったことがない。
それはオーガスの武闘会や前回の襲撃だけでなく、前世も含めてのことだ。
セリナはほぼ自分と互角のシズが、ジークとやはりほぼ互角であったことを知っている。
そして前世のセリナは、ジークには勝てないと判断した。おかげで過剰な援軍を待って戦ったのだが、その時もジークと直接戦うことはなかった。
今は一対一。本気の殺し合いになる。
もっともセリナは、ジークがセリナを殺さないように言われていることを知らない。だがジークも、自分の命がかかった場面では、セリナの命を奪うのにためらいはないだろう。
セリナは我知らず、唇の端を持ち上げていた。
剣術というより、殺し合いに楽しみを覚えた人間の浮かべる笑みだった。
相手と自分、どちらが強いか。明確にそれを楽しむ。それは武人としては耐えられない衝動である。
もっともジークは、戦士ではあっても武人ではないが。
状況はセリナたちの圧倒的な優位に遷移していった。
高位の精霊術士であるところのエルフたちの攻撃は、完全な遠隔攻撃。状況を変えようと無理に動けば、予備戦力のセラが動く。
前回の戦いでセリナは思ったのだが、セラの戦闘力は想定よりかなり低い。
正確に言えば、ジークたちを相手にした場合、その能力が存分に発揮できないということである。
これが軍を相手にした集団などであれば、状態異常を引き起こして壊滅させることが出来るし、戦後の治療などでは最も役に立つ。
だが高レベルの少数精鋭相手には、状態異常もかなり制限される。よって彼女は暇であった。
「暇だな~。後ろから撃ってやろうかな~」
不穏なことを言いつつも、セラが今セリナたちを裏切ることはない。彼女は根本的には悪しき神であり、裏切り方にも美学がある。ここでセリナたちを唐突に裏切るのは、彼女にとって美しくなかった。
「ああ、でももう終わりそうだな~」
セラの視界には映らない戦場。そこで動きを止めて対峙するセリナとジークを見て、偽りと裏切りの神は邪悪な笑みを浮かべた。
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