42 裏側
星々が瞬かない空間で、その戦闘は行われていた。
月面。ネアース惑星から見たその裏側。荒廃した大地にぽっかりと開いた穴から、ぞくぞくと異形の集団が現れる。
それに対するのは、闇を溶かしたかのような漆黒の鱗を持つ闇の竜。その数およそ1000。
闇のブレスは月面を削り、敵対個体に攻撃を仕掛ける。だが。
「やはり、竜と同格か…」
黒竜たちを束ねる神竜、暗黒竜レイアナは、戦場を上から見つめていた。
ここに連れて来たのは、竜の中でも最も上位の古竜である。それと互角であるというだけで、その異常さが分かる。
巨大な白い狼。炎をまとった巨大な鳥など、地球の神話にあるような、神より偉大な獣たち。
これらの軍勢に対してリアは、己の戦闘指揮によって、確実な戦果を上げていっていた。
だが、足りない。
敵の軍勢は無数に湧き出る。一度に襲来する数が少ないからこそ包囲殲滅を行えているが、こちらには戦力に余裕がない。いや、いずれ余裕がなくなる。
一頭でも死なれては困る。一頭も死なせずに敵を圧倒するという戦術を駆使しながらも、リアの眉間の皺は深くなる一方であった。
「……来るか」
リアの感知に、それまでとは全く次元の異なる力が穴から出てくる。
それは竜であった。
金色の鱗を持つ、全長数キロにも及ぶかという。
「全員離脱。あれは私とアルスで止める」
「念のために聞くけどイリーナじゃないよね、あれ」
リアの隣で魔王機械神に乗ったアルスが、どこか苦い声で問う。
「当たり前だ。イリーナはあそこまで強くない」
「やっぱり神竜以上か……」
巨大な魔王機械神の隣で、リアは己の姿を神竜へと変化させる。その巨大さだけで言うなら、対する竜と同程度であろうが……。
「リア、無理をしないように」
アルスの反対側でリアの隣にいたカーラが声をかける。それに対してリアもまた、苦い声で応じた。
「どうかな。無理はともかく、無茶はしないと勝てないかもしれんが……」
巨大な魔王機械神と、それより巨大な暗黒竜は、異界からの竜に対して向かう。
対する竜の瞳にははっきりとした知性が見て取れた。
(人型でガラッハを使う方がいいか? いや、それよりもこいつは、そもそも敵なのか?)
対する金色の竜は、口を開く。そしてほとんどの間隙もなく、そこからブレスが発射された。
魔王機械神の半身が、一瞬で消滅した。
リアの鱗を貫通し、ブレスはその巨体を切断した。
衝撃は一瞬。リアは人の姿に戻り、深手を負ったまま神竜刀ガラッハを収納空間から抜き出した。
海を割るかのような斬撃にも、黄金の竜の鱗は耐えた。周囲の敵は余波で消滅しているので、こいつが規格外の中でも特に規格外なのだとは分かる。
(だが大きければそれだけ、こちらを捉えるのは難しいはず!)
アルスも同じように、半壊した機械神から飛び出て、聖剣を手に竜に対して襲い掛かった。
羽虫ほどのサイズの二人に対して、竜は首をかしげ、そして変化した。
人間のサイズに。
「な!」
黒髪黒目に深い彫りという、地球人によくある、ネアースでも珍しくはない外見的特徴。
男はゆったりとした衣服をまとっていたが、その両腕には直剣を握っていた。
ネアース最強の武器である神竜刀ガラッハと、魔王殺しのアルスの聖剣。
ガラッハは直剣を切断したが、聖剣は弾きあい、むしろ刃こぼれを起こした。
「む」
ガラッハの斬撃を受けた男は、袈裟切りの形でリアの攻撃を受ける。だが神器であるガラッハの攻撃をもってしても、男の肉体を両断することはなかった。
「グワン!」
どういう意味か分からない叫びを、男は上げた。ガラッハは鎖骨で止まっていた。男の武器が破壊されたことを考えると、勢いがそのままなら倒していたかもしれない。
だが実際は、必殺のはずのガラッハの斬撃は止まり、男はリアの腹を蹴って距離を空けた。
「グワン? どういう意味だ」
「痛いな、という意味らしいな、どうも」
アルスは術理魔法で『翻訳』を常時発動している。ここではそれが役に立った。
男はリアとアルスを交互に眺め、そしてリアに対して残りの剣を構えた。
そのわずかな間に、男の出血は止まっていた。高速治癒の祝福は持っているらしい。――リアの『竜眼』でも見れないステータスだが。
無視された格好のアルスは、男の背後に回りつつ、魔力を溜める。
『其は尊き物にして始原なる者――』
詠唱を必要としないはずのアルスが、あえて詠唱をする。それは使う魔法の強力さの証である。
ネアースの人種でも、わずか二人しかいない無限魔法の使い手。それがアルス・ガーハルトである。
彼の手に生み出されたのは、神々をも殺すための武器、神剣であった。
片手と片足を切断されたアルスは、カーラから再生魔法で治癒されていた。
「くそ……。さすがにアレ以上はないと思いたいけど……」
一度閉ざされた月面の穴。それを見下ろすのはリアとアルス、カーラ、そして遅れてやってきた風竜テルーであった。
本来なら水竜ラナと共に敵の排除を行う予定であったが、ラナはネアースに出現した敵を排除するため、竜爪大陸に渡ったのだ。
ようやくやってきたテルーと共にリアとアルスが三対一で戦い、ようやく男は撤退したが、まだ余裕は見えた。
「それにしても、あれらはいったいなんなんでしょう」
アルスの傷を再生したカーラが、思案するテルーに言葉を向ける。
「分からないが……神竜二柱の攻撃に耐えて反撃する以上、この世界の理からは外れているな」
200年前、多くの勇者が召喚されたあの事件。勇者たちは地球へ帰還させ、その事件自体は解決したはずだった。
しかし最も予知能力に優れたラナは、この事態を察知していた。
これは、大崩壊に最も近い。
世界と世界の衝突。ネアースは過去二度それを経験し、二度ともあちらの世界を破壊することで、惑星としてのネアースを守ってきた。
しかしこれは違う。異世界との門のようなものがあちこちで開き、そこから出てくる敵に対して、神竜や大魔王が陣頭に立ち対処している。
それにしても、あの竜はネアースの竜とは全く違う存在である。
ネアースの竜は全て女性で、繁殖のために肉体の一部分が男性化することはあっても、見てすぐ分かるような男性体ではありえない。
とりあえず、月の穴はふさいだ。これまでの事例から考えると、半月はこの穴が再度開くことはないだろう。
月の裏側のこの穴と、サージが感知した亜空間。この二つが敵の侵攻ルートとなっている。
今のところは撃退に成功している。だが敵の数は増え、強さも増している。
古竜と互角に戦う存在が、数千の単位で出てくるのだ。
「これは、間に合うのか?」
リアの呟きに、返事をする者はいない。
向こうの『世界』らしきものとつながる門は、月面に固定した。ネアースの大地に直接開きそうな穴は、サージがいったん亜空間に誘導することによって対処している。
しかしそもそも、敵の平均的な強さが巨大すぎる。
成竜では連携を取らなければ死ぬ可能性が高く、古竜でさえほぼ互角。さきほどの竜の男は、神竜二柱に大魔王を加えてなお、余裕をもって撤退していった。
「第一、なんで『男』なんだ?」
リアの疑問に、即答できる者はいない。
「世界が違うのは確かだが、かなり遠い世界なのだろう。おそらく地球型ではないし、物理法則や魔法の概念も違うかもしれん」
テルーの推測に、アルスもまだ青白い顔で頷いた。
さて、これからどうするべきなのか。
敵の侵攻を防ぐ。これはもう前から行っていることだ。しかしサージによれば、敵の世界とネアースは、少しずつ近づいているらしい。
これまでの大崩壊では、神竜の力によって向こうの世界を滅ぼし、ネアースを守ってきた。しかしあの竜の男のような存在が複数いるなら、神竜でも確実に勝てるとは限らない。
地球の神とは全く違う次元の力を持つ神だ。
方針は、正直もう決まっている。
ネアースは滅びる。
そして現在ネアースを管理しているラナとテルーは確実に、ある程度自由に動いているオーマも、それと共に消滅する可能性が高い。
ネアースの人種を、向こうの世界に連れて行く。それが、神竜たちとアルスの出した結論である。
だが向こうの世界には、ネアース以上に恐ろしい強者がいる。
それらからネアースの人種を守るには、竜や神ではない、人種の強者が必要なのだ。
だからこの二百年、ネアースには強者が転生してきている。また、本来介入して停戦させるような戦争にも、大魔王が口を出すことはない。戦争によって強者を育成するためだ。
しかし魔法と科学の技術によって、人種の武力というのは、あまり良い方向には向かっていない。
セリナやプルといった突出した戦力ではなく、軍という作戦や兵站を考慮した集団戦の戦力が、ネアースでの常識的な武力だ。
おそらく向こうの世界に逃げ出す場合、それでは軍は短期間しか武力として通用しない。
現代の軍では兵站や情報収集からなる戦略、戦術の重要度が高いからだ。
だが、だからこそ竜牙大陸や竜爪大陸での戦争は奨励される。
旧イストリア王国圏での武力衝突も、かえって原始的なものとなり、個人の武力ではオーガスの騎士たちを上回る者が少なくない。
想定どおりではないが、期待した結果は出ている。それがネアース世界のトップの考えであった。
しかしそれでも、強者が増えるのにこしたことはない。
ゲルマニクスもそうであるし、シズもそうである。もちろんセリナもそうであるが、ハイエルフのライザの存在は大きい。
レムドリアの反体制派にも、かなりの強者が存在しているのを、トップたちは知っている。
アセロア地方にも、その存在は確認される。あそこはネアース世界の地獄だ。同じ人種同士で争い、無益に血を流し続けている。
だが英雄と呼ばれるほどの強者を誕生させるには、充分以上の土壌となるだろう。
(さて、果たして何人が生き残るのか)
リアは転生していた弟子を想い、月の穴を見つめた。
「くちん!」
可愛らしいくしゃみをして、セリナは鼻を掻いた。
「ちょっと、まさか風邪?」
セリナの隣で待機していたライラが眉をしかめるが、セリナは軽く首を振る。
「まさか。多分どこかで誰かが噂してるんだよ」
セリナたち一行、合計十五人の戦士たちは、ジークたちを迎え撃つ地に展開していた。
作戦は堅実で、全員が自分の役割を認識し、今では迎撃体勢を完全に布いている。
この状況からまたジークたちを逃すというのは、考えづらい。一つセリナが懸念しているのは、セラが土壇場で意味もなく裏切るのではないかということぐらいである。
だがここしばらくのセラを見る限り、その可能性は薄いのではないかと思う。偽りと裏切りの神などと自称しているが、彼女は単なる快楽主義者だ。その対象が、人をいたぶるのに向いているだけで。
やがて、セリナの地図に反応が現れた。
「ジークフェッド……そろそろ本格的に退場してもらう」
魔法で伝達し、各員が意識を切り替えた。
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