41 出撃
ジークたち黄金戦士団との再対決のための準備が整った。
クオルフォスが前線に出てくれないのは残念だったが、エルフの精鋭がライラを筆頭として十人。そしてハイエルフであるライザも参加する。
エルフたちのレベルは200前後で、二人組であれば成竜とも戦えるという戦力である。そしてハイエルフであるライザだが、これが実は物凄く強い。
レベル的には158という、一行の中で最も低いものだが、持つ祝福が強力すぎる。
それは『精霊神』という祝福であり、内容は精霊を完全に支配化に置くというものだ。
これによってケセルコスの精霊術は完全に封じられ、味方のエルフたちは精神的疲労を全く感じず、いくらでも精霊術が使えることになる。
そして相手が使う魔法も、それが精霊の関知するものであれば無効化される。
マリーシアの戦乙女の槍などは別だが、通常の火魔法や風魔法が無力化されるということだ。相手は白兵戦を主とするしかなくなる。
「やっぱり戦闘は、その準備段階で勝敗を決していることが肝要だな」
プルはそう言ったが、実際のところ前線においては、戦力が圧倒的に優っていようと、死者は出るものだ。
戦争への参加経験が多いセリナとシズは、味方の兵が瞬時に命を失っていく現実を体験している。
特にこの世界での戦闘経験が多いシズは、ジークたちの戦力を正確に把握し、エルフの中から数人の死者が出るのではないのかと思っている。
もっとも死が不可逆ではないこの世界、セラがいることによって味方の損耗は無視できる。
重要なのは唯一つ、ジークの首を取ることだ。
計算の上では、これでジークを倒すことは出来る。だがセリナは油断していない。
戦力で圧倒的に不利な状況で、地球での彼女は戦線をひっくり返したことが何度もある。戦力というのは適切に運用されることでその力を発するのだが、実のところそれは現実的ではない。
戦線に戦力が最適に投下されずに敗北する。たとえば関ヶ原の戦いがそうである。小早川の裏切りにより戦の帰趨は決定したが、それ以前に毛利の戦力がちゃんと投下されていれば、勝ったのは西軍のはずである。
あるいは古代ローマのカンネーの戦いなど、ハンニバルの包囲殲滅戦術は無敵のローマ歩兵を全滅させた。
そんな歴史の例を挙げるまでもなく、ジークたちの連携に対して、こちらの戦力は連携が取れない。戦力が足し算でしかないのだ。ジークたちは掛け算で戦闘を行う。
それを別にしても、やはり不利な部分がある。それは敵に対して、こちらの接近戦能力が確実に劣るということだ。
相手は全員が魔法戦士だ。ジークがバケモノのように強いのはもちろんだが、盾を使う黒騎士カーズの盾役としての力は大きい。精霊術を封じたケセルコスも、充分一流の戦士の枠に入る。
アルテイシアとマリーシアも、治癒や補助の魔法に長けているが、接近戦に弱いというわけではない。むしろ接近戦の能力の方が高いかもしれない。
対してこちらは、純粋な前衛の戦士はセリナとシズだけである。プルも剣術は使えるし、セラもステータスのごり押しで接近戦が行えなくはないが、特にセラには回復役として後方から支援してもらう必要がある。
「とりあえずジークは私が仕留める」
セリナの宣言に、シズが顔をしかめた。
「また良いところを持っていくのう。わしに今度は譲ってもよかろうに」
クオルフォスと接してから、妙に言葉遣いが老人めいたものになっているシズである。キャラ付けに必死なのだろうか。
「あなたはこの間充分に戦ったでしょう。今度は私が一人で、あいつを殺します」
その代わり他のメンバーには、他の四人を止めておいて貰う必要がある。
セラが生きている限り蘇生出来るとは言っても、そのセラを危険な位置に置くわけにはいかないので、折角の最高位の神の力が限られる。
「大丈夫」
それまで一言も喋らなかったライザが、キッと前を向いて言葉を紡いだ。
「足止めだけなら、一人で出来る」
それは自信に満ちたような発言ではなく、ただ事実を述べたに過ぎないとでもいうようなものだった。
大森林の中枢、世界樹の麓から、外へと出て行く戦士たちの姿を、クオルフォスは見送った。
今回の件、可能であれば、彼も力を貸してやりたかった。だが、彼の寿命は尽きようとしている。
世界樹の近くであればこそ、普段どおりにしていられるが、おそらくこの森を出たら、長くは生きられないだろう。
そして神竜ラナから聞いた、世界に迫る危機。
おそらくそこで、自分は死ぬだろう。この森のエルフたちを守るために。
ライザとは、おそらくこれが永遠の別れとなる。直感だが、外れることはないだろう。ジークフェッド。あの不条理な男を倒すことが出来れば、それはこの世界の因果から一つ離れることを意味する。
「さて、今度サジタリウスが来るのはいつだったか……」
頬を掻きながら、クオルフォスは森の中へ消える一行を見つめていた。
大森林の中央から、北東。竜骨大陸から竜翼大陸への移動手段である、唯一の港街へ向けて、一行は移動していた。
この時代も相変わらず、海は人種にとって優しい場所ではない。大陸棚までがせいぜい安心して舟を出せる範囲で、それすらも小船では危ない。
巨大な軍艦であっても、その数倍の巨体を誇る海凄生物の前には、沈められることがある。ネアース世界では、それに比べてまだ空の移動の方が一般的だった。
飛行する魔物も多いが、たとえばレムドリアは、巨大な空母を完成させている。これは地球での空母を意味するのではなく、まさに空を飛行する巨大な船だ。
その中には小型の戦闘機や兵員、あるいは物資を積んで飛ぶことが出来る。飛竜騎士という戦力を持つオーガスに対抗すべく開発されたものだが、搭載される武器の性能などを考えると、空の支配権はレムドリアの方が有利に確保出来るだろう。
ジークたちの進路は分かっていたが、空路を取ることも考えられてはいた。しかしそもそも、旅客を飛行機で移動させるという概念がこの世界にはない。
飛行する魔物も海ほどではないが危険なものが多いので、乗客の安全を考えると、一般人を運ぶ手段としてはまだ考えられていないのだ。
もっとも転移施設などを考えると、ネアースは一部の科学魔法技術においては、地球を凌駕しているとも言える。
セリナの前世の地球は、ほとんどの地域で技術が基礎レベルから崩壊し、大型機械の大量生産が難しくなっていた。
一番重要な食料に関しては、さすがに優先的にラインが組まれていたが、兵器を大量生産するのは難しく、略奪するほどの余裕を世界全体が失っていた。
そういう世界に、セリナとゲルマンたちがしてしまったのだ。
「やっぱり早いですね」
大森林の中央から森の外れまで、わずか一時間ほどであったろうか。
大森林の静謐な森とは違う、人の手がある程度入った普通の森が一行の周囲に存在している。
森林歩行の精霊術はやはり便利である。ある意味転移よりも便利かもしれない。物資の輸送という点について。
前世では思わなかったが、この大森林は天然の要塞だ。同時にゲリラ戦を展開するにも最適である。そもそもエルフの里の物産も珍しいものだが、もしレムドリアが覇権を広げるならば、大森林により迂回を強いられるルートの攻略も考えるだろう。
まあそれ以前の問題として、レムドリアと戦うにあたっては、空母をどう沈めるかが問題となるのだが。
完全に森から出て、寂れた街道に至る。
かつてはメンテナンスが行われていたこの街道も、一帯を統一する大勢力がない今、荒れるがままに任されている。
一行はルートを確認するため、一度そこで休息を取った。
「セリナ、ジークたちの位置は?」
「残念ながら」
セリナのマップの範囲に、ジークたちは存在しない。既に通り過ぎたとは考えづらいので、これから迎え撃つという形になるのだろうが。
「待って」
ライザがそう言って、とんがった耳に手をやった。
「……ここから700キロ離れた所に、とても強い人間が五人いる」
精霊のネットワークを利用したものだろうか。セリナはライラに目を向けると、彼女は首を振る。
「これが出来るのは大長とライザだけよ。普通のエルフには、森の中のことしか分からない」
なるほど、やはりハイエルフというのは特別な存在である。
セリナは地図を詳細に起動させ、待ち伏せに最適な場所を選ぶ。
奇襲は通用する相手ではないので、純粋にこちらが有利に戦える地形を選ぶわけだが、やはり森が近くにある場所がいいだろう。
エルフの戦士たちの武装は、弓矢と小剣。だがもっとも利用するのは精霊術で間違いない。
精霊術で飽和攻撃を行い、相手の動きを止める。出来ればプルの戦術級魔法で相手を分断したい。
そしてジークは、セリナが倒す。
ジークに接近戦で対応できるのはセリナとシズだが、今回はシズにはカーズあたりの乱入を防いでもらうことにする。
一対一なら勝てる。試合でなくて、殺し合いでも。
セリナには奥義とも言える剣技がいくつかある。たとえば雲耀の太刀。示現流の技であり、蜻蛉の構えから袈裟切りに相手を斬るという、セリナの知る限りにおいては二番目に速い剣技である。
だがセリナは地球からこの世界に転移・転生し、独特の技術を確立した。
地球の人間の肉体性能・物理常識では不可能な技も、彼女は使える。
地形を把握して迎撃の準備を整える。あとは待つだけだ。セリナたちはもちろん、狩りに慣れたエルフたちも、待つのには慣れている。
「暇だな。将棋でもするか」
「あ、いいですね」
プルが自分の収納空間から基板と駒を取り出し、それにセラが乗っかる。
……確かに、緊張状態を続けて待つよりはいいのだろうが、精神状態が弛緩してしまわないだろうか。それに将棋で神経を消耗させる可能性もあれば、止めるのが常識なのだろうが。
「ああ、お前も出来るのか。私は強いぞ」
プルとセラは敷物の上にどっかりと座り、本格的に駒を並べ始めた。
そしてそれとは全く別に、ライザはぷるぷると震えている。
「怖い?」
セリナの問いに、ライザは小さく頷いた。だがその恐怖は、戦闘に対するものではないらしい。
「なんだか変。胸がざわざわする」
ハイエルフの言葉に、セリナは反応する。
「それはジークフェッドについて?」
「あれは、おかしい。人間じゃ……ない」
ジークフェッド・ラーツェンは人間である。神殺しであり不老不死の英雄であるが、間違いなく人間のはずだ。
だが、ライザは違うと言う。そういえばクオルフォスも、ジークに対してだけは感情の起伏が大きかった。
言われてみれば、いや言われるまでもなく、ジークは不思議な存在だ。
不老不死の英雄で、3200年を生きる戦士。しかし歴史に残る偉業をなしえたわけでもなく、己の思うがままに生きている。
(ただ、それでも今回は死んでもらうけど……)
セリナはそう思いながらも、ライザに加えて質問した。
「何がおかしいのです? 確かに人格はおかしいですけど」
「あれは、半分外れてる」
どうも言葉足らずなライザだが、ジークと直接まみえた三人には、その意味が分かる。
ジークの存在は、イレギュラーなものに思える。この世界の強者とは神竜や大魔王、大賢者といったシステムに縛られているが、彼は違う。
死ににくい存在。改めてセリナはそれを感じる。
「だけど、今度は私が殺す」
何の気負いもなく、セリナは呟いた。
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