40 ライザ
嫌だ嫌だと言って通るのは子供の内だけである。子供でも、我儘を言えば躾けられるのは当然である。
しかしライザの場合は少し違うらしい。エルフの50歳というのは本当に子供なのだ。ましてやハイエルフ。クオルフォス以外にこれを導く者がいない。
だがそのクオルフォスは、セリナにライザの身を丸投げした。
ジークとの戦いでいかようにも使ってくれということである。
「精霊と仲がいいんだね」
現在セリナはライザとの関係を構築中である。
クオルフォスの家を出たライザは森の中に入り、精霊と戯れている。
精霊とは意志を持った魔力であると言われているが、正確なところは分かっていない。科学的な究明が最も遅れている分野だと言えよう。
だがセリナには何となく感じるものがある。
地球において大自然の中で、突然に奇妙な静けさが襲ってくることがあった。
それは夢うつつの狭間であり、戦闘の渦中であったり、様々な状況でのことだった。
地球には、神は存在する。だが唯一神などというのは存在しないし、物語に出てくるような個性的な神でもない。
地球の神は、自然現象の一部、地球という環境の中で発露する力自体であった。
ネアースの神よりは、精霊に近いものかもしれない。
さて、そんな風にセリナはライザとの関係を近くしようと考えているのだが、ライザは一言で言って、人見知りする子供だった。
セラは子供に近づけるには危険な存在であるし、プルは関心がない。シズは一般的な子供の躾ぐらいは出来るが、ライザは一般的ではない。
よってセリナが彼女と一人で話すこととなる。
本心で言えばすぐにでもジークたちを追いたいのだが、大森林をエルフの森林歩行でショートカットすれば、彼らが竜翼大陸に渡る前に捕捉出来るはずだ。
それでも時間が無限にあるというわけではないのだが。
ライザは内向的だが、コミュ障というほどでもないらしい。精霊さんとはお友達のように遊んでいる。エルフの子供とは遊ばないらしい。ハイエルフとエルフでは、見えている世界が違うのだとクオルフォスは言っていた。
セリナはそれを近くから見つめ、ただその場にいた。
美少女が美少女を眺めるという構図だが、中身を見れば、爺さんが幼児を眺めるという、なんとも微笑ましい光景である。
さすがにこれは通報の事案にはならないであろう。
はてさて、セリナは困っていた。
関係構築を始めてから三日、セリナが強引な手段を取っていないこともあり、ライザのセリナに対する感情は悪くない。
身近にいても怖がられない程度には、警戒感を弱めている。だがより関係を深くしようと思えば、こちらからさらに歩み寄る必要があるだろう。
それが急であれば、やはりライザは距離を取るだろう。なんだか野生の猫を餌付けしている感覚である。
そして四日目。セリナは方針を変えた。
押して駄目なら引いてみろ、作戦である。
ライザの近くで、刀を抜いた。
ライザの意識はこちらに向けられるが、まだ特に際立ったものではない。
そんなライザの前で、セリナは型をなぞり始めた。
型とは、実戦における動きを効率よく伝えるためのものである。
決して無駄に複雑なものではなく、相手の動きを想定したものだ。
実際に接近戦を行えば、もっと動きは泥臭いものになる。相手の武装が多様であれば、本来一撃必殺の技を繰り出す型も、牽制にしかならない場合も多い。
地球では防刃素材を相手に、刀一本で突撃したこともあるセリナである。
摩擦を許さないことにより刃を止めるという機能だが、衝撃を吸収できるわけではないし、銃弾の前には無力であった。
自動小銃の他に、セリナは地球では、小型の拳銃を携帯していた。拳銃とはよく勘違いされるが、比較的近距離で使う武器なのである。
それより近い距離ではナイフが、少し離れた距離では投擲武器があるが、なにしろ普通は回避不能の速度の武器なので。
セリナは型をなぞっていく。それは古流から伝えられたものでもあるし、自ら考え生み出したものもある。時代に合わせて、実戦的な技は変わるものである。
地球では魔法が存在しなかったので、どう接近戦に持っていくかが大変だった。基本的に剣術は、銃の集中運用には勝てない。戦争で重要なのは火力であるというのは、既に幕末の第二次長州征伐で明らかだった。京都で新撰組は大活躍したが、会戦方式では圧倒的な長州の新式銃の前に、数では圧倒的な幕府軍が敗北している。
そもそも戦国時代の末期でさえ、弓より鉄砲の方が主力となっていたのだ。さすがに銃剣はなく、接近戦では槍であったが。
そんな状況であっても、セリナは前世において刀を使っていた。
普通なら十人も斬れば刀の殺傷力は大いに減するはずだが、それでもセリナは刀を使っていた。愛着があっただけでなく、単に選択の幅を広げるために。
小銃は弾が切れれば銃剣として使うしかない、銃剣はいずれ折れる。折れるか斬れなくなるのは刀も同じだ。最後に残った武器は己の肉体のみ。
もっともそこに至るまでに、殺した敵の武器を使って戦闘を継続していたのだが。
とにかくセリナの型は変幻自在で、無数の動きを伴っている。
それをいつの間にかライザは、興味津々といった態度で見つめていた。
次の日、セリナと共にシズとセラが現れた。
シズはともかくセラは大変に子供に接するのに問題のある人物だったが、役目があるので仕方ない。
セラは持ってきた簡易椅子に座り、セリナとシズが刀を振るうのを見る。
今度もライザの視線は釘付けであった。
何度か刀を振って体の動きを確認した後、セリナとシズは対決した。
型を前提とした、稽古である。もっとも二人のレベルになると、型の約束を守らないと、普通に致命傷を負うことになる。
万一のことを考えてセラを同伴させているのだが、二人の動きは忠実に型をなぞっていた。
そして少し休憩を取ると、二人は新たな型を考案する。
剣術レベル10オーバーというのは、既に常人の想像するところではない。
だがそれでも二人の動きは、基本的には原則に忠実であった。
シズは槍も使った。
地球に残った槍の流派も、上泉信綱の新陰流から発生したものである。
戦場において、地球の物理法則下では、当然のように槍の方が刀より強い。
そして刀で槍と対決した場合、セリナとシズは互角であるのに、セリナが槍を持った場合、勝率は圧倒的にシズに傾くのである。
セリナは槍も稽古したが、実戦ではその取り回しの悪さが、機動力を落とすことを考えて、ほとんど使ったことがなかった。
そこでシズの槍よりもはるかに熟練度が低くなっているというわけだ。
二人は主に刀、槍、投擲武器で模擬戦を行ったが、頻繁に腕や足が切断するような事態が出た。
その度にセラの役目となるのだが、やがてシズの動きが精彩を欠くこととなってきた。
これは二人の技術の差ではなく、セリナの持つギフトが関係する。
こと生存するということにおいて、セリナは圧倒的にシズよりも優れたギフトを持っている。
竜の血脈。回復、治癒、再生の速度があくまで人種であるシズとは全く違うのである。
もっともセラの使う治癒系の魔法は、手足の切断や大出血でさえも回復させる。
普通であれば疲労で倒れるはずの訓練を、二人は延々と続けることが出来たのだ。
かつて竹刀が存在する前、地球では木刀での稽古が当然であった。
しかしこれでは打たれた相手が後遺症を残す怪我をすることも多く、かえって剣士の育成にならないことを考えて、新陰流が発明したのが、現代の竹刀の元となった袋撓である。
だがネアース世界には治癒魔法がある。そして治癒魔法において卓越したセラがいれば、生きてさえいればどうとでもなるほどの過酷な訓練が可能となる。
まして二人は、セリナはともかくシズもまた、肉体強化、回復系の技能を持っている。
日常的な訓練が過酷になるのは当たり前で、過酷となった訓練により剣術の腕が上がるのも当然であった。
もっともこれは、腕や足を切り落とされたり、腹を貫かれても平気な精神力を持つ二人だから可能なのであるが。
そんな血なまぐさい光景を、セラは苦笑しながら見つめている。
対してライザは目を離せない。
野蛮だとか血を見ることへの禁忌は彼女にはなく、純粋に二人の動きに見とれていたのである。
「いや~、久しぶりに見たわ、あの無茶な訓練」
ライザの隣に、ライラが立っていた。
「久しぶり?」
反応が返ってきたことに少し驚きながらも、ライラは説明を続けた。
「セリナ……あの銀髪の方なんだけど、前世では不死身の祝福を持っていたんで、同じく不死身の祝福を持っていた仲間と、血みどろの訓練をしたりしてたのよ」
それは人にとっては遠い昔。エルフにとっても少し前の話。
かつては異なる名であったセリナと、その仲間であった槍使い。この二人は不死身の祝福を持っていた。
不死身の祝福と言っても、完全に不死身というわけではない。細胞の一欠けらも残さず滅すれば、さすがに再生し復活することはない。しかし武器を使っての怪我程度ならば、まず死ぬことはない。
二人の訓練は、だから非常識なもので、訓練の限界を超えた訓練であった。
おかげで旅の仲間たちの間でも、二人のレベルは突出していたのだ。
それを聞いても、ライザは何の表情も浮かべなかった。
「不死身……」
だが、小さく呟いた。その反応にライラは驚いた。ライザとは、エルフとさえ滅多に会話を介さない。ハイエルフの傲慢さとかではなく、そういう性質なのだ。
それが今、目の前の血みどろの訓練に関心を抱いている。
こういう娘だったのか? とライラは不思議に思った。ライザはハイエルフのため、狩などに行くこともない。しかし実のところ、そちらの方が向いているのかもしれない。
セリナとシズの訓練は、いつの間にか徒手空拳のものとなり、お互いをひどい音を出しながら殴り合い、絡め合い、投げ合おうとしている。
そしてセリナがシズの右腕を折ったところで、今日の訓練は終了したらしい。
セラが楽しそうに、二人の傷を癒していく。その過程でべったりと付いた血を少し舐めたりもしている。
200年前の仲間も個性的だったが、今の仲間はそれを上回る。この場にいないプルも、美形揃いのエルフの少女たちにひそかに近づいているのだとか。方向性はともかく、そちらも全く尋常ではない。
ジークの討伐には、ライラがエルフの強者数人を連れて参加するつもりである。魔境の魔物を相手に戦うエルフの戦士たちは、高位の者であれば竜とも戦えなくもないほどの力を持つ。
クオルフォスはライザを外の世界に出そうとしているが、ジークを片付けるならば、エルフの精鋭が十人も加われば充分であろう。そういう計算だった。
だがここにきて、ライザが意見を変えた。
「一緒に行く」
誰もが気付かなかったことだが、この幼いハイエルフは、血を見るのが好きなようであった。
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