37 進路変更

 不毛の大地となった戦場跡で、セリナたちは面倒な作業を行っていた。

 騎士たちの死体集めである。出来るだけ遺体が集まっていたほうが、セラの蘇生魔法は必要な魔法が少なくて済むらしい。

 細かい肉片はともかく、ケセルコスの精霊術で綺麗に切断された首や腕などは、復元してくっつけた方が、明らかに使う魔力は少なくて済む。



 頭部と右足を抱えながら荒野を歩くセリナは、先ほどの戦闘について考えていた。

 自分は、弱くなったのだろうかと。

 前世においてジークフェッドたちと戦った時、セリナは完全なオマケだった。

 大賢者サジタリウスがジークたちを分断し、一番厄介なジークは大魔王アルスが引き受けてくれた。



 当時のセリナの戦闘力は、まず不死身の肉体。そして最大レベルの各種耐性と、魔法への耐性であった。

 それに加えて、神竜レイアナによる戦闘訓練と、竜殺しの聖女カーラによる魔法の講義。

 接近戦だけに限れば、確実に今の自分の方が強い。それはジークのパーティーの二人を相手に出来たことからも分かる。

 だが戦闘以外の技能。耐性や回復速度の技能に関しては、前世の方がまだ上である。

 一撃の火力は高いが、継戦能力ではやや落ちる。それがセリナの下した結論である。







 騎士たちの肉片を拾い集めて、先にプルが肉体を可能な限り復元させる。

 命の失われた死体ではあるが、それが逆再生されたように元に戻るのに、シズが歓声を上げる。

「凄いな。ここまでの魔法使いは竜牙大陸にはいませんでした」

 竜牙大陸には戦士の強者はいても、魔法使いはあまり多くなかったらしい。いても攻撃に偏っていたようだ。もしくはシズの知らない場所にはいたのかもしれないが。

「さて、復元までは出来たが、あとは任せた」

「任せられた」

 セラが遺体の横に立ち、魔法を構成する。

 蘇生魔法。現在人種でそれが使えると確実に言われるのは、世界でも二人しかいない。大魔王でさえ使えない魔法だ。

 複雑な術式構成に加え、莫大な魔力が消費され、ようやく一人の騎士が蘇生する。

 心臓の鼓動と呼吸の有無を確認し、セラは息を吐いた。

 聖治癒神の力をもってしても、死者の蘇生とは簡単なものではないのだ。神竜は簡単にそれを行うが、そもそも存在の次元が違う。



 休憩を挟みながら、セラは騎士十人を無事に蘇生させた。

 もっともバラバラ死体を元にしたので、ほとんど全裸に近い男共が十人である。

「美しくないな」

 プルは独特の美的基準でそう言ったが、そういう問題ではない。

 セリナはとりあえず騎士たちに布をかけて、彼らが目覚めるのを待った。







 日が没する頃に、ようやく最初の一人が目覚めた。

 もっともまだ意識が朦朧としているようだ。そもそも一度肉体から離れた魂を戻すのは、世の中の摂理に反していることだ。

 時間の巻き戻しによる蘇生ならばそれもないのだが、神竜でさえそれは行わない。世界に与える影響が大きすぎるからである。

 また、竜や神といった存在を蘇生させることも行わない。巨大な魂を肉体に戻すことは、周囲に重大な影響を与えるからだ。



 完全に日が暮れて、野営の準備が整い、食事の用意が出来た頃、最後の十人目が目を覚ました。

 もっとも過半数は心神喪失状態にあり、まともに会話を出来る者に至っては一人しかいなかった。

 そしてその一人は、セリナたちにとって都合のいい結論に達してくれた。

 自分たちは役に立たないという事実を認めたのだ。



 ただでさえ戦力としては認められなかった騎士たちである。元の状態に回復するだけでも、もう少し時間がかかるだろう。

 そしてそれだけの時間をかけていては、ジークたちに逃げられる。

 本国や前線からの応援を待つ暇もない。この辺りには長距離転移施設はないのだ。

 装甲車で数日休み、騎士たちにはオーガスに戻ってもらう。

 セリナたちは用意していた自前の移動手段で、ジークたちを追う。



 騎士たちには本国への報告も頼むことになるだろう。そしてジークたちがどれだけ厄介な存在か、正しく理解してもらう必要がある。

 あるいはセリナたちにも召還の命令が出るかもしれないが、それは無視である。

 さて、しかし足手まといを切り捨てたことで、はたしてジークたちと戦えるだろうか。



 セリナにはまだ余力があった。シズは今度は最初から武装を使える。セラは状態異常を起こさせる有効な奇跡を使ったが、一度知った攻撃だ。今度はあれには抵抗される可能性が高い。

 実のところ先の戦いで一番消耗したのはプルである。相手の防御力がどいつもこいつも高かったので、遠距離から上級の魔法を連続して放っていた。その後の騎士たちの肉体を復元するのにも魔力を使った。

 もっとも消費したのは魔力だけなので、彼女なら半日安静にして休養すれば、問題なく回復する。

「それにしても、結局は様子見だけで終わったな」

 プルがぽつりと言った。



 ジークたちのパーティーは、当初全力ではなかった。全力だったのは、セリナを相手にした二人ぐらいだろうか。セラの状態異常攻撃を受けてからは、さすがに余裕がなくなりケセルコスも大規模な精霊術を使ったが。

「戦ってみた感想はどうですか?」

 明らかに全力ではなかったセラがそう問うと、まず騎士たちは全員が下を向いた。

 相手に一撃を入れることも出来ず、無力化されてしまったのだ。そして魔法や科学の力で作られた武器や防具は失われてしまった。

 もはやこれは戦力ではない。実はセリナの無限収納の中には予備の武器が含まれているのだ、それをあえて口に出したりはしない。







 消耗した騎士たちを装甲車の中で休ませ、セリナたちは本当の戦闘会議を開始した。

「勝てますか?」

 セリナが端的に問うと、プルは自信無さげに首を傾げ、シズも考え込むように唇に手を当てた。

 シズ、その仕草は可愛いが、前世が戦国武将だと知っていると台無しである。

 その中でセラだけが言葉を紡いだ。

「問題はジークフェッドだけですね。……長いですね、彼もジークと呼びましょう」



 他の四人は、セラだけでなくプルやシズもどうにかなると考えた。だがジークだけが問題である。

 ジークの持つ、強力で癖の強いギフト『絶対悪運』は苦難を与えそれを乗り越えさせるという、一神教の神様が好みそうな祝福である。

 前世においてもジークの相手をしたのは、大魔王アルスであった。

 彼についてアルスは、ある種のイレギュラー、特異点だと言っていた。

 3200年前、召喚された勇者を異世界にやることになったのも、彼の存在が関係しているという。

 神竜でさえ警戒する、ある意味勇者や大魔王よりもこの世界を引っ掻き回す存在だ。

 歴史上において重要な人物ではないはずなのだが、何故か影響力が強い。トリックスターとしての面を持っている。



「あのアホをどうにかしないと。他の四人はともかく」

 セリナもついにあのアホ呼ばわりである。シズとプルも同意見だが、セラのみはにこにこと笑っている。

「何か考えが?」

「いいえ、特にありません」

 その返答に、セリナは肩を落とした。

「そもそもあの男、殺せるのですか? あれは……死ににくい男ですよ?」

 シズの言葉には妙なニュアンスが含まれているが、セリナには納得出来る。

 前世の戦場でもそうだった。激戦区に何度も投入されても、なぜか生き残る人間というのがいた。セリナ自身がそもそもそうだったし、セリナよりもはるかに戦闘力が劣る人間にも、そういったタイプの者はいたのだ。

 サバイバル能力に優れているというのではない。何故かその人間の周りだけ、銃弾の雨が降り注がない。ある意味強運、運命の女神に愛されているような存在が。



「まあ、なんとなく戦いにくい男だとは思ったが、戦力的に検討してみよう」

 プルはそう言って、空中に図を投影する。

「とにかく問題なのはジークだな。うん、この呼称はいいな。短くて済む。そもそも本国が必要なのは、こいつの捕縛か殺害なわけだし」

 先の戦いでは、シズがジークを抑えていてくれていた。大会での試合を鑑みても、彼女一人でジークを抑えることは可能である。通常ならば。

「でもあのアホ、『逆境打破』の祝福も持ってるでしょう」

 そう、ジークの持っている祝福は絶対悪運だけではない。逆境になればなるほど限界を超えて力を出し、ありえない可能性を手繰り寄せるという、英雄と呼ばれる人物によく見られる祝福まで持っているのだ。

 シズがジークを抑え、セリナが前衛、プルとセラが後衛から攻撃を行うというのは、正直分が悪い。

「私が前に出てもいいんだが……」

 魔法で強化したプルなら、あのパーティーの一員と殴り合えるだろう。だがせいぜい一対一が限界だ。

「戦力が……足りない?」

「足りているかもしれないけれど、確実とは言えないということでしょう」

 シズの呟きに、セリナはそう返した。



 戦力。かつてこの世界に転移した時、セリナは強力なバックアップを与えられていた。しかし現在は決定力に欠ける。

 ゲルマニクスが手伝うか、せめて誰かを紹介してくれればいいのだが、彼も忙しそうであった。おそらく協力者を求めることは出来ないだろう。

 かつてこの世界を巡った時の仲間で戦力になりそうなのは、一人は地球に帰還し、一人は竜爪大陸にいる。

 師匠も先生も行方は分からず、大魔王に依頼するのは伝手もなければ時間も足りない。

 最低、任務失敗という形でもいいのだが、正直ジークにむかついている。あの男は最低でも半殺しにしないと気がすまない。

「戦力に……一つ心当たりはある」

 セリナの言葉に、三人が彼女の方を向いた。



 そう、大魔王でも勇者でも神竜で大賢者でもない戦力。

 それはこの先、竜翼大陸を目指す進路からは少し外れるが、確実な戦力が存在する場所だ。

「大森林のハイエルフ」

 それは間違いなく、この世界最強の精霊使い。

「クオルフォスに、頼んでみる」

 セリナの視線は東、大陸の一割近くの面積になるという大森林の方角を見つめていた。





      セラフィナ編 了

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