31 ゲルマニクス
ネアースと名付けられたこの世界には、かつて神がいなかった。
しかし世界が生物の生存に可能なほどに整えられていくと、異世界から幾多の神々が渡ってきた。
神々は主に二つの勢力に争い、自分の眷属となる種族を生み出した。
それが現在の亜人や魔族である。ちなみに魔物も野生の生物とは違い、神々の一種か、神々の生み出したものである。
故郷の世界を破壊されても、なお二つの勢力は争い続けた。
神々の数だけで、ざっと30万はいただろうか。その力の行使により、世界は荒廃した。
そしてそのあたりで神竜の、堪忍袋の緒が切れた。
両陣営の神々の主戦派を滅ぼすか封印し、力尽くで戦争を止めた。
神々は竜たちを恐れながらもその意志には従い、生み出した種族たちは、あるいは混淆して生活し、あるいは種族単独の集落を形成した。
この時代が、ネアースの最も平和だった時代と言えるかもしれない。
おおよそ6200年前、その平和は崩れた。
第一次大崩壊。世界と世界の接触という、記録には残っているが想像のしづらい出来事である。
相手の世界を破壊し、ネアースは危機を脱した。しかしその折に、破壊した相手の世界から訪れた者たちがいた。
異なる世界の神々と、人間たちであった。
新しい神々も人間も、ネアース古来の神々とは争わなかった。もちろん神竜とも。むしろ神竜は彼らを保護した。
魔力においても、単純な力においても、ほとんどの亜人や魔族に劣り、寿命も短い存在である人間。それがまさか、世界で最大の勢力になるとは思ってもいなかった。
人間たちはゴブリンやオークほどの繁殖力もなかったが、生き延びる方法を模索する点において、他の全ての種族より優れていた。
彼らは全ての大陸において最大多数の勢力となった。そして集落ではなく、国を作った。
竜骨大陸における『帝国』がその最たるものである。
だが人間がその勢力を拡張するにつれ、他の種族との衝突も当然のように増えていった。
亜人種とはおおよそ友好的な関係、または不干渉を築いたが、魔族とは争うごとが多くなった。
そして最終的に勢力を拡張させたのは、やはり人間であった。その背景には、彼らが神々の援助と、神竜の加護を受けたことがある。
この戦争とは言えない勢力争いにおいて、悪しき神々は傍観に徹した。
元々性質が邪悪な神こそが、悪しき神々と呼ばれるのだ。己の支配下にある種族と言えど、神竜の暴力を考えては力を貸すことは躊躇われたのだ。
魔族と人間の戦いは、3200年前まで続いた。
大魔王アルスが共存共栄を無理やりにでも布くことによって、種族間の大規模な戦争はほとんどなくなった。
そして200年前。また新たな出来事が起こった。
悪しき神々が封印から目覚め、あるいは復活し、あるいは勢力の拡張を始めたのである。
セリナは前世では思わなかった、一つの疑問を持っていた。
200年前、悪しき神々はなぜ唐突に、神竜という自分たちより強大な存在が支配するこの世界で、また戦乱を起こしたのだろうということだ。
セリナの知る限り、最上位の神でも、神竜には勝てなかった。新たな種族を生み出し、世界を混乱させたが、その最終目的がなんであるかを考えなかったのだ。
当時は単純に、悪しき神は悪しき神、としか思っていなかった。しかし今は違う。
この世界の宗教――あるいは信仰というものを考えると、悪しき神々は3200年前から、徐々に追い込まれていった。
魔族を理性的に統治した大魔王アルスは、表面上は悪しき神々への信仰を捨てさせなかった。
だが実際の彼は、神よりも神に近い存在だった。彼は魔族を、善き神々へと近づけたのだ。
善き神々と言っても、それほど極端な存在の神々ではない。彼が現代日本の感覚で認められるだけの、ちょっとした善行を勧める神だ。あるいは秩序、安全、そういった社会へと。
魔族という腕力至上主義の間にあって、彼らを統治し治安を維持させるためには、悪しき神々の原理では不可能であったからだ。
そして3000年が経過し、己を信仰する存在が少なくなってきた悪しき神々が、ついに爆発したというのが200年前の表向きの事情だ。
裏向きの事情など、セリナは知らなかった。なにしろあの頃の彼女はまだ子供で、目の前の対処に精一杯であったから。
だが、地球に帰還してしばらくした折、自分が帰還させた人物と会い、少しながら情報を得た。
あの時、悪しき神々の中でも最も力と知恵を持っていたのは、魔神ルキエルと邪神バグであった。
そして200年前、悪しき神々を倒すために地球から召喚された勇者の中には、悪しき神々から祝福を授けられた者もいたのだ。
魔法創造。そして暴食、あるいは破滅。
自らを倒させるために、悪しき神々は勇者に力を与えたことになる。
もちろん悪しき神々の影響を受け、セリナと敵対する勇者もいたが、明確に悪しき神々に操られたのは一人だけだった。
そこまでした悪しき神々の動機を、地球に帰った勇者の一人は推理した。
ネアース世界に戦乱を起こし、軍備を充実させ、人種の能力を向上させる。
それは水竜ラナの神託と同じ目的であった。
つまり神竜と善き神、悪しき神は全て共謀の上で、世界を混乱させたこととなる。
地球にいたころ、セリナはその洞察を荒唐無稽と思っていた。確かに悪しき神々は勇者に祝福を与えた。その動機を暇つぶしとまで言った。
だが、だからこそ、再びこの世界への転生を願ったのだった。真実を知るために。
セリナが幼い頃から、ひたすら鍛え続けていた理由。
それは、あるいは神竜との戦いまでも見据えたものだった。もっともいまだにその力の裾野にさえ立っているとは思えなかったが。
前世での二人の師と出会い、あの戦いの意味を知ること。
それがセリナと、地球で盟約を結んだ彼との目的。
大賢者ゲルマニクス。
魔法創造という祝福を持つ、かつてこの世界に召喚された勇者の一人。
地球において第三次世界大戦勃発の、最後の引き金を引いた、冷徹にして冷酷な男。
セリナよりも一足先にこの世界に転生した彼は、既にこの世界の裏の事情に通じているはずだ。
いまだにセリナに接触してこないのは、彼女が誰か、分かっていないのだろうか。
せっかくあんなに頑張って、武闘会でも優勝したのに。
(日本の武術であれだけ戦ったら、分かるだろうに、普通)
一般人では日本の武術にそこまで知識がないことこそ普通なのを、セリナは気付いていなかった。
神々の争いがあったため、戦を司る神がいるのも当然のことである。
また神聖都市は半独立の都市国家であることもあって、自治を守るためと周辺の町や村の守備のため、軍備を整えている。
戦の神の神聖魔法を使うため、神官騎士の身体能力は高く、兵器に依存していない。
セリナが求める意味での強者が多く、レベルも100に達しているものが少なくない。
身体能力を活かした隠密行動を行い、セリナは彼らの訓練を眺めたりしていた。
そして思った。やはり物足りないと。
オーガスの騎士たちと比べると、平均的な練度は高い。だがセリナにとっては誤差の範疇だ。
やはり本当に強い武装団体は、戦乱の大陸に行かなければ見つからないのだろうか。
訓練所を回りながら、セリナは観光を続けた。
神聖都市というのは、朴訥とした神殿もあれば、絢爛な神殿もある。
節制を旨とする神がいれば、芸術や能力の発現を奨励する神もいるからだ。
観光するにはもってこいの街である。もちろんそれだけがセリナの目的ではないが。
足取り軽くセリナは街を歩き回っていたが、最後の目的地は決めていた。
聖治癒神ラエルテの神殿である。
治癒を司る神であるからして、敬虔な信者以外にも需要は大変に多い。
並大抵の治癒魔法や医療ではどうにもならない難病も、ここに来れば大抵はどうにかなるのだ。それこそ傷や病気以外の呪いの類でさえ。
寄進をして治療の列に並ぶ病人や怪我人の列は、奇跡を求める者がいかに多いかを示してくれる。
死後の世界など転生するのが当たり前というネアース世界において、死後の魂の救済を目玉にする一神教が敵わないのは、当然のことであった。
病人や怪我人の列ではなく、ごく自然に礼拝を行う信者たちに混じって、セリナも中に入った。
もっとも彼女の目的はもちろん参拝することではない。トイレの位置を聞いてさりげなく列から離れると、隠密の魔法で姿を隠す。
地図を発動させると、神殿の内部は一目瞭然となる。だが最奥部へ至る通路には、当然のごとく監視システムがある。魔法的なものと、機械的なものだ。
機械的なものは特に問題ない。セリナが前世で得た斥候的な知識に、ネアースで習得した魔法を使えば、ハッキングもどきの手段でそれを誤魔化すことは出来る。
魔法的なものも、本来なら問題ではない。魔法を発動させない魔法というのは、魔法の基礎の一つである。だがこの神殿にある監視の魔法には、一つ問題があった。
二重の結界である。しかも単に二重なのではない。片方の結界が、明らかにセリナの知る考えで作られたものであるのだ。
そしてそれを知りながら、その片方の結界だけに、セリナは触れた。
無音。そして神殿内に騒動が起こることもない。
セリナはそして、そのまま待った。
「侵入者かと思えば……」
かすかな空間の揺らぎ。ほとんど魔力の発動を感じさせず、その男はその場へ、つまりセリナの背後へ転移してきた。
「ただの迷子か? こちらを向け」
それに対してセリナは、ゆっくりと振り向いた。今回の人生において、彼がどういう顔をしているか、一応映像では知っていた。
痩身に見事な赤髪。視線は鋭く、灰色のローブに複雑な形の杖を持っている。どう見ても神官ではなく魔法使いである。
「? セリナリア・ウノ・ハーヴェイ? なぜこんな所にいる?」
セリナは顔も隠していなかった。見つけてもらうために、わざわざここまで来たのだ。
セリナの名と顔を彼が知っているであろうことは予想していた。彼の立場と思考を思えば、オーガス最強の戦士を記憶するであろうことは当然のことであるからだ。
「なぜこんな所にって? それはそちらが、いつまで経っても接触してきてくれないからですよ、ゲルマニクス」
その言葉に対して男――ゲルマニクスは魔法を発動させた。攻撃的なものではない。術理魔法だ。鑑定系の魔法の最高峰、万能鑑定を超え、竜や神のステータスでさえ看破する『神照看破』だ。
「……『竜の血脈』か。年齢に対して異常な強さだとは思っていたが、何者だ?」
「何者だ……って……約束してたでしょうが、こっちに転生出来たら、ちゃんと今度は協力しようって」
その言葉に、冷徹に見えたゲルマニクスの表情が引きつった笑みへと変化した。この笑みは、前世から変わっていない彼の特徴だ。
『まさかお前、セイか?』
日本語で問うたゲルマニクスに、セリナも日本語で返した。
『やっと気付いたのか。まあそちらが転生してから50年は経ってるみたいだし、約束は忘れていなかったみたいだな』
大賢者ゲルマニクス。その正体は、200年前に召喚された勇者が、セリナと同じようにこちらの世界に転生したものであった。
『っていうか、どうしてお前、女なんだ?』
転生者は普通、前世と同じ性別、似た種族に転生することがほとんどだ。魂が以前の肉体のそれと似たものを望むからだろう。
『ひょっとして女性化願望があったのか? こっちの世界で女体化したのがそんなに良かったのか?』
『いや、それは違うって。純粋に戦闘力を求めたら、こうなるんだよ……』
『分からん』
ゲルマニクス。日本名は蒼井空。
前世においてネアース世界から帰還したセリナが、頻繁に連絡を取っていた相手の中の一人。
世界中の軍事施設にハッキングを同時に行い、8割型成功させ、核ミサイルを発射させた、人類史上最悪の殺戮者である。
だがセリナにとってはそれは重要なことではなく、最後まで二人は友人であった。
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