30 神聖都市へ

 ネアース世界において、力の象徴は竜であり、奇跡の象徴が神である。

 直接戦闘においては竜の方が強いが、神々はそれぞれの異能を持っているのだ。

 その異能の奇跡を求めるため、人々は神々を信仰する。その信仰心で、神々は力を増す。

 竜は強くても、基本的に人間を助けてくれないので、信仰する人は少ないか、両方を信仰していたりする。

 そもそも多神教の世界なので、いくつかの神を掛け持ちで信仰することがごく当然となっている。



 聖治癒神ラエルテは最上位の神の一柱であり、特にその異能は強力なものであった。

 だが3200年前の大崩壊により、異世界の神々との戦いで力を消耗し、今は眠りに就いている。

 それでもこぼれる力で奇跡を起こすため、人々の間では広く親しまれている神である。







 宿の部屋に戻った二人は、得た情報を整理していた。

「その……聖治癒神という称号を持っていて、神喰らいという称号を持っているということは……」

 おそるおそるセリナが確認すると、プリムラは溜め息と共に言った。

「眠りに就いていたラエルテを食った。……もしくは吸収したのかな? 神を吸収するというのが、人間に可能とは思えないが……」

 いくら力を弱めていたとはいえ、善き神々の中でも最上位に位置する神である。それを、その神の神官である聖女が食べたというのはどういうことなのか。

 それにレベル420というのも尋常ではない。勇者にして大魔王、世界最強とまで言われるアルス・ガーハルトを上回るレベルに、どうやって到達したのか。

 それ以前の問題として、封印されていた神をどうやって見つけたのか。

「称号に気を取られて詳しくは見えなかったが、技能はあまり戦闘向けではなかった気がするが……」

 それに時空魔法も高いレベルでは使えない。だからこそ迎えが来たのだろう。しかしセラフィナには違う方面での突出した能力がある。



 治癒魔法。



 それも神々の中で、最高位の治癒能力を持つラエルテの魔法だ。当然レベルは10。死者の蘇生さえ、条件次第では可能である。

「とりあえず、どうする?」

「どうしよう……」







 元々の目的は、プリムラもセリナも、シズカとジークフェッドの捕獲。もしくは処刑であった。

 しかしセリナはこれ幸いと帝都を出て、かつてこの世界にいた仲間や師を探すのが本当の目的である。

 プリムラにしても、先帝殺害の実行犯を捕まえるのは、正直に言って気が進まなかった。

 これは国家の威信の問題であるが、そもそもオーガスに縛られるものはプリムラにはない。

 せいぜい恋人たちのことであるが、それはあっさりと捨てられるようなものだ。ひどい女である。



 それに大前提として、それは不可能なのだ。

 シズカ一人ならばともかく、ジークフェッドは仲間と合流した。あの五人のパーティーに、セリナとプリムラの二人では勝てない。

 そしてシズカの方も、ゲルマニクスやサジタリウスと関係がある。シズカ一人ならともかく、もしどちらかがシズカの味方をすれば、勝率は良くて五分五分といったところか。

 さらに出てきたのが、セラフィナという存在である。

 どういう立ち位置なのかは分からない。だがシズカとジークフェッドの両者とは面識がある。

 さらに二人の大賢者とも交流があるだろう。しかしそれを除外しても、おかしすぎる。



 レベル400越えというのは、もはや人間ではない。神や竜ですら、下位の存在なら簡単に消し去るであろう。

 そんな存在がどうして発生しているのか。かつて勇者が複数召喚された時でさえ、こんな非常識な人間はいなかった。

 神喰らいなどという二つ名は、聞いたこともない。神殺しや竜殺しならともかく、神を喰らうというのは、人間の発想の限界の外にある。

「お前もそうだが、シズカといいセラフィナといい、こんな無茶苦茶な強さの連中が、どうしてこんなに一気に出てくるんだ……。千年紀や大崩壊でも発生するのか?」

 もはや憔悴とも言っていい表情で、プリムラは溜め息をついた。



 強さを求めよ、と水竜ラナは言った。その言葉に従ったわけでもないが、オーガスもレムドリアも、軍備の拡張に力を入れている。だが個人で英雄と言われるような力の持ち主は、この200年、知られる限りではプリムラとゲルマニクスぐらいしか出てこなかった。

 これにシズカとセリナの存在が加わった。そして今、セラフィナという存在を知った。

 オーガスの外、特に紛争地帯や暗黒の竜爪大陸では、さらに英雄と呼ぶに相応しい人種が生まれているかもしれない。

 あるいはガーハルトの大魔王なら、手元でそういった存在を育成していてもおかしくない。



「とりあえず、話がしたいな」

「……シズカとか? セラフィナとか?」

「その二人に加えて、ゲルマニクスと、あとサジタリウス……サージさんも」

 ネアース世界には何度か、人種が壊滅する直前の危機があった。

 その中でも最も危険だったのが、3200年前の大崩壊である。

 ネアースと異世界の衝突という、どうも想像しづらい事象であったというが、それは確かにあった歴史的事実なのだ。



 そしてサジタリウス。セリナの師たちがサージと呼んでいた大賢者は、その当時を生きた伝説的存在である。

 ジークフェッドたちも3200年前には活動していたが、大崩壊の折に何をしていたか、記録には残っていない。おそらく女遊びをしていたのだろう。

 セリナは元々皇帝暗殺犯の捕縛を、帝都から出る名目程度にしか思っていなかったので、もう一度シズカと戦う気はない。いや、戦う気はあるのだが、殺そうとかそういう物騒なことは考えていない。

 そしてプリムラにしてみれば、命じられた任務は達成不可能のものである。むしろ下手に手を出せば、返り討ちにあう。そしてオーガスの軍部の本音としては、皇帝暗殺犯をどうにかするより、プリムラが無事であることの方が重大である。

 サージは前世において、顔見知りの一人である。接触すれば、なんらかの情報を得られるだろう。



 さて、どうしたものか。

 転移したセラフィナは、魔法都市と程近い神聖都市にいる。

 セリナの地図の能力なら、同じ範囲に入るほど、この二つの都市の距離は近い。

 サージの転移なら、神聖都市の結界も無視して、その最奥に達することも出来るのだろう。

 神聖都市と魔法都市が絡んでいるのかは分からないが、大賢者と聖女が親しい関係であるのは確実だ。

「まずは……本国に連絡を入れなければいけないだろうが……」

 ジークフェッドのパーティーを潰すだけなら、オーガスの軍事力を考えれば不可能ではない。だが理論上の可能と、実際上の可能は違う。

 数千から数万の将兵の損耗を覚悟し、さらに彼らが都市に篭るなら、その都市を完全に破壊する覚悟がいるだろう。

 そしてサージかゲルマニクスがその気になって協力すれば、転移の魔法で逃げてしまうだけである。転移阻害の魔法も、おそらくサージには通用しないだろう。



 シズカをどうにかするのは、それに比べたらまだ難易度は低い。だが魔法都市と神聖都市がどれだけ彼女の味方をしているかによって、その可能性はいくらでも変わる。

 大軍をもって、わずか一人の犯罪者を捕まえる。国家の面子的に重要なことだが、そこまで力をかける必要があることだろうか。

「シズカには死んでもらおう」

 セリナは何気ない口調でそう言った。

「……殺すにしても――いや、そもそも可能なのか?」

「重要なのは事実じゃない。大多数の人間が、そうだと信じてくれることでしょう」

「つまり表舞台から退場してもらえば、それでいいということか」







 接触する順番を、まず二人はセラフィナからにした。

 大賢者とシズカが転移の使えない聖山キュロスにいる以上、ジークフェッドのパーティーかセラフィナの二択が、選択肢として示される。

 ジークフェッドのパーティーが全力で戦えるようになった現在、二人で彼らと対峙するのは危険である。

 セラフィナが大賢者と関わりがある以上、彼女からサージたちに話を通してもらってもいい。

 オーガスの伯爵位を持つプリムラならば、聖女と接触することは難しくない。

 ……もっとも聖女の身に、違う意味での危険が迫る可能性はあるが。



 二人は都市間の移動に、装甲バスを選択した。

 オーガスの中心部と違って、この付近にはまだ魔境が点在しており、線路を敷くことが出来ていない。

 プリムラの転移を何度か休憩をはさんで行うのが一番早い手段なのだが、転移の折に生じる魔力を、魔法都市の者たちには気取られたくない。

 そんな理由で二人が選んだ装甲バスだが、乗り心地は大変に良かった。

 道路が敷設している地面を、さらに浮遊した状態で進むのだ。多少道に難があっても、その速度は変わらない。



 装甲バスの強化ガラスから、外の様子が覗える。草原や林が多く、畑も多い。のんびりとした様子だが、それでも多少は魔物の被害があるのだ。

 よってこの地方の農民は、強い。銃やその他の兵器で武装するので、魔物が出ても比較的素早く処理できる。

「神聖都市か……。息が詰まりそうな所じゃないといいんだが……」

 憂鬱そうにプリムラが呟くのには、それなりの理由がある。

 神聖都市は善き神々をまとめて祭る都市であるが、その教義のほとんどには、同性愛が好ましくないものとして記されている。

 また禁欲と節制を旨とし、博愛の精神を重視するのがほとんどの神である。

 芸術の神や愛の神の中には、もう少しリベラルなものもあるが、基本的にプリムラのような存在にとっては息がつまる雰囲気ではないか。



 そんなプリムラとは反対に、セリナはいささかならず期待していた。

 彼女は無神論者である。神々の存在が明らかなこの世界において無神論者とは、神に敬意を払わず、信仰を持たない者を言う。

 神竜という神々など問題にならない強大な存在を知る彼女にとっては、神聖都市とは観光の対象ぐらいでしかない。

 前世でも魔法都市や神聖都市、聖山キュロスを訪れることはなかった。不謹慎と言われるかもしれないが、観光が楽しみである。



 昼過ぎに出発し、夕方には到着。

 神聖都市に先に向かわせていたオーガスの騎士たちと、二人は合流した。



 他の調査員は何の手がかりもつかめず、悔しい思いをしているようだが、それは予定通りだ。

 セリナとプリムラは彼らに対して、ジークフェッドの所在を確認したことを告げた。

「……閣下とセリナリア卿で、勝てますか?」

「無理だな。だから本国に連絡する」

 神聖都市とも帝都は連絡がつながる。そこでプリムラは現状を報告し、ジークフェッドのパーティーの現状について報告した。

 電話での長いやり取りがあったが、プリムラは終始冷徹な口調を崩さなかった。



 評判の悪かった先帝を消してくれたのは、帝国全体としてはむしろ感謝すべきことかもしれないが、先帝のコネクションを利用していた者たちにとっては、これからも得るはずだった利益を奪われたこととなる。

 先帝と一緒にその取り巻きの多くが消されたのも、政情を変化させる要因となった。

「ならば軍を動かしてジークフェッドを殺すがいい。場所ぐらいは案内してやる」

 通話機に向かってそんな台詞を吐いた後、プリムラは通信を切った。

 通話相手が軍務卿であることを知っている騎士たちは、絶句している。いくらプリムラが最大戦力であっても、オーガスの国のバックアップを受けなければ、幾らでも対処のしようはある。

 プリムラはオーガスの最高兵器であると共に、オーガスに守られてもいるのだ。

「いいの?」

 セリナが軽い口調で問うと、プリムラは肩をすくませた。

「ジークフェッドたちを相手に、このメンバーで勝てる可能性はない。無駄に戦力を減らすことは、レムドリアとの緊張が高まっている現状、避けるしかないからな」

 プリムラも自分の価値は分かっているようだ。







 実際のところ、周囲の犠牲を無視していいのなら、勝つ方法は無くもない。

 広範囲の攻撃魔法で先手を取って、プリムラの転移でセリナが接近戦を行う。

 最初にどの程度のダメージを与えられるかで、勝敗は決まるだろう。だがこれとて勝率の高いものとは言えない。



 当惑して話し合う騎士たちを尻目に、プリムラは神聖都市の神官へと接触する。

 セラフィナと面会するために、算段をつけなければいけないのだ。

 オーガスの伯爵位を持つプリムラなら、聖女と会うのに不足はない。ただ、全くコネのない立場からなので、多少は時間がかかるだろう。

 それならば、ということでセリナは情報収集と訓練をすることにした。



 神聖都市は都市固有の軍事力を持っている。そして神官騎士は武芸にも魔法にも優れた者たちで構成されているという。

 オーガスの騎士たちは正直言って期待外れだったが、神聖都市の騎士たちの力はそれよりも高い。

 セラフィナというでたらめな存在がいることと、何か関係があるのではないか。

 今年度の武闘会優勝者という肩書きを持って、セリナは強者を求めるのであった。

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