27 暗殺者たち

 全ての試合が終了し、残るは表彰式のみとなった。

 気絶していたシズカはセリナに活を入れられ、意識を取り戻す。

 直前の記憶が曖昧だったが、自分が地面に腰を落としていることで、敗北を察したようだった。

 しばらく頭を傾げた後、呻くように言った。

「……あんな技術があったとは……」



 セリナとシズカ。二人の勝敗の結果は、技量差によるものではない。

 単に技術を知っていたかどうか。その差である。

 前世においては武器戦闘、せいぜい組打ちまでが戦闘の手段であったシズカは、知識が無かったために敗れただけだ。

 ネアースにおいても、絞め技は断絶した武術であったので、学ぶ機会もなかった。

 セリナの優勝は、ネアースに絞め技という技術を復活させることになるかもしれない。

 また、はるか彼方のニホン帝国では、古い知識の中からこの技術体系が復活するかもしれない。

 だがそれは、もっと後の話であろう。



 全ての試合が終了したが、武闘会が閉幕したわけではない。

 ある意味では一番派手な、表彰式というものが控えていた。

 金メダルを頂点に凸形の表彰台に上ることはなく、ただ三位までの三人が表彰されるだけだ。

 そしてその表彰をする者は、なんと皇帝なのである。







 戦闘によって破壊された試合場が修復され、その中央にセリナたち三人が立つ。

 一際高い位置にあった観覧席から、皇帝が降りてくる。それを12人の騎士が守り、さらには皇帝の悪名を高める友人たちが囲んでいる。皇帝が33歳だというので、取り巻きたちもだいたいその年代だ。

 皇帝の足が試合場に踏み入った瞬間、セリナとシズカは跪く。だがジークフェッドは腕を組んだまま、平然と立っている。

 貴族だろうが王族だろうが、神だろうが魔王だろうが、関係のない男である。だがまさか、オーガス帝国の皇帝の前でまで、その姿勢を貫くとは。

「あなた、この三人の中で一番弱かったのに、態度は大きいですね」

 シズカの嫌味にも、ジークフェッドは鼻で笑って答えない。



 近づいてきた皇帝の護衛の騎士が、ジークフェッドを睨みつけ、腰の剣に手をかける。

 それに対してもジークフェッドは、にやにやと笑って不遜な態度を崩さない。そもそも他人に対する敬意とは無縁の男だが、ここまで自分に正直だとは。

「立つがいい」

 不快さを隠そうともしない皇帝の声に、セリナとシズカは立ち上がる。

 初めて至近で見た皇帝は、にやにやと感じの悪い笑みを浮かべていた。

「女にしてその齢にしてその強さ、まさに驚嘆の一言に尽きる。世の男共は全て恥じるべきだな」

 お前はどうなんだ、と咄嗟にセリナは思ったが、そこは大人の対応、口には出さない。

 この皇帝、促成栽培とは言えレベルは70ある。まあたいがいの人間は弱く見えるだろう。

 しかし大会に出場した戦士たちの全てを貶めるような言い方には、勝者であるはずのセリナも不快であった。



 そんなセリナの内心に斟酌することも、もちろんなく皇帝は続ける。

「特に……英雄とも謳われるジークフェッドが、まさか半獣人の娘に敗北するとは」

 ジークフェッドはプライドが高い男ではないが、舐められるのは嫌いな人間である。この公衆の面前で皇帝に危害を及ぼすかはともかく、何か反論はするのではないかと思ったが、セリナの意に反して何も言わない。

 感じられる気配も凪いだ水面のようで、かえってそれが不自然である。

 皇帝は竜の尾を踏んでいるようなものだのだが、それに彼は気付いていない。……だからこそ、セリナはジークフェッドに注意をしていた。



 皇帝はそれからもジークフェッドの神経を逆撫でするようなことを言い、またシズカやセリナにも無神経な言葉をかけたが、少なくともセリナはそれで激怒するということはない。

 前世で100年以上生きた彼女は、皇帝の迂闊さを、若年ゆえの幼稚さと微笑ましく捉える余裕がある。

 シズカもまた激昂することもない。やはり転生者というのは若くして老成するものなのだろう。



 それでも喋ることがなくなったのか、皇帝はお付きの官吏が箱に収めていた、金のメダルをセリナの首にかける。

 シズカも頭をたれ、銀のメダルを首にかけられた。

 そしてジークフェッドだが……彼は偉そうにふんぞり返って、皇帝を見下している。

「控えよ! 陛下の御前であるぞ!」

 小さな声で官吏が叫ぶ。それにジークフェッドはにやりと笑って、頭を下げる。



 皇帝が苦々しくもある表情で銅のメダルを手にした時――セリナの危機感知が反応した。

 ジークフェッドから洩れた、純然たる殺意に。それは自分に向けられたものではないので、致死感知は反応しなかった。

 腰に吊るした長剣を抜こうとするジークフェッドの姿を目にした瞬間、セリナもまた腰の刀を抜刀していた。

 金属音。

 皇帝とジークフェッドの間に立ったセリナが、長剣を受け止めていた。かわされた刃の向こうで、数瞬の後、ジークフェッドは笑った。

「なるほど、狙いは同じだったか」

 その言葉をセリナが正確に理解する前に。

 血臭が嗅覚に及んでいた。



 武装し、刀を両手に持ったシズカ。

 彼女が皇帝の取り巻きたちを滅多切りにしていた。







 セリナは動けなかった。

 ジークフェッドの剣に、動きを封じられている。その間にも、シズカの殺戮は淡々と進んでいた。

 皇帝の取り巻きたちを殺し、また護衛を殺し、皇帝の両足を切断する。

「愚かな皇帝よ。お前が殺した者たち、救わなかった者たちの無念を知れ」

 セリナの代わりに動いたのはプリムラだった。転移。そして魔法による攻撃。だがそれをシズカは無視した。



 鎧が魔法を弾く。そして同時に、シズカの刀が皇帝の頭部を四断し、さらに胴体を両断していた。ここまですれば、蘇生の魔法でも使わない限りは復活することもない。

 血の花が試合場に咲いていた。三人の戦士たち以外に、そこで息をしているのは、メダルを持っていた官吏のみ。

「全く。目的が同じなら、もう少し楽に動けたでしょうに」

 シズカがそう呟くが、それはジークフェッドも同じことであった。

 静寂が会場を包んでいた。目の前で、この国の最高権力者が殺された。それを脳が理解するのに、相当の時間が必要だった。

 ざわめきが絶叫に変わる。その間に転移したプリムラが、セリナと背を合わせてシズカと対峙する。



 プリムラの役目は戦時の兵器であるが、一応帝国の貴族である。皇帝を守る義務はあるし、殺された後でも犯人を捕まえることは必要だろう。

 だがセリナと背中を合わせたこの状態。接近戦を得意とするシズカに、武器を持たない自分が勝てる自信はない。

 さらに事態が大きく動いた。

 試合会場を守っていた魔法の結界が、外部から破壊されたのだ。

 その振動で、観客たちは恐慌状態に陥る。その間にジークフェッドは剣を弾いて、セリナと距離を取る。

 そして彼の傍に、フードを目深に被った魔法使いが転移してきた。



「任務達成。文句はねえな」

「ああ、展開は予想外だったが、上出来だ」

 魔法使いと共に。ジークフェッドの姿が消える。プリムラよりも卓越した転移の魔法だ。

 その隙に、実はセリナは男の顔をわずかに確認していたのだが、見知った顔ではなかった。

「武装天空」

 対してプリムラと相対していたシズカは、今までに見せなかった武装を着装する。そして結界の魔法が破壊された会場から、飛翔して脱出しようとする。

「逃がさん!」

 それを追おうとしたプリムラに、シズカは手にした弓から矢を放つ。射線から見てセリナをも狙ったその矢を、プリムラは全力の魔法障壁で防御する。

「くそ!」

 接近戦しか見せなかったシズカの遠距離攻撃を、プリムラは正面から受け止めるしかなかった。



 衝撃で地面に降り立つプリムラ。その隣でシズカを睨むセリナ。

 対してシズカは結界が再構築される前に、会場から飛び去った。

 プリムラが忌々しげにその姿を目で追っている間に、セリナは別のことをしていた。

 シズカに斬殺された護衛や取り巻き。それを看ていたのだ。

 結論。生き残りはいない。

 致命傷で即死したその者たちを、セリナは治癒魔法で傷を塞ぎ、肉体を復元させて、心臓の鼓動を取り返そうとする。心臓が止まっても、脳はしばらく生きている。頭部を破壊されていない数人は、助けられるはずだ。



 プリムラは空の彼方と地面の惨状を交互に見て、セリナのほうに手を貸した。

 何人かは助かるかもしれない。だがその中に、皇帝は含まれていない。

 会場がどうしようもない喧騒に包まれる中、ようやく医療スタッフが試合場に入ってくる。しかし人々の同様は収まらない。

 皇帝暗殺。

 白昼堂々のこの暴挙は、オーガス帝国3000年の歴史の中でも、初めてのことだった。







 帝国議会が召集された。

 まず第一に決めなければいけないのは、次の皇帝である。それと同時に、下手人を追跡することも内閣の国務大臣が命令する。

 内閣。帝国においては任期のあるものではなく、皇帝を補佐するために必要とされる期間を、議会や民間から皇帝が選んだ人種が務めることになる。

 皇帝のいないこの事態に、最低限の命令を出し、国務大臣が議会を召集した。



 皇帝が殺された。犯人は逃げた。要点はこの二つである。

 国務大臣はまず犯人の片方である、シズカの追跡を命じた。転移で逃げたジークフェッドも共犯と見られたが、まず実際に行為に及んだ主犯を捕えるか殺す必要がある。これは国家の威信を賭けたものだ。

 そしてそれは別として、次の皇帝を決めなければいけない。オーガスは皇帝に最高決定権がある立憲君主国家なのだ。皇帝がいなければ、司法も立法も行政も外交も軍事も、全てが止まることになる。

 次代の皇帝であるが、殺された皇帝の息子はまだ幼すぎた。ならば皇族の中から年長で能力のある人間を選ぶ必要がある。次代の皇帝は皇太子がなるのが当然だが、先帝は立太子をまだ行っていなかった。



 皇帝が次代の皇帝を定めないまま死ぬことは、これまでにもなかったわけではない。その場合、議会の投票によって皇帝が選ばれる。

 だがその投票を行う前に、候補者を選ばなければいけない。これがまた、暗殺という手段で皇帝が排除されたことによって、事前の根回しが全くない状態から行われるのである。

 もちろん皇族の中で影響力のある者は、ある程度絞られる。それらの者とつながっている帝国議会の面々は、水面下で行動する。

 結果選ばれた皇帝は、議会議員でもあり公爵でもある、皇族の血を間違いなく引く者であった。



 新帝がまず命じたのは、当然ながら先帝暗殺犯の追求である。

 シズカが逃げていったのは東の方角であった。その先を確かめなければいけない。

 新皇帝に命じられて、追跡班が結成される。その中にはプリムラの名前もあった。







 帝国を揺るがした大事件から一週間。ようやく皇帝が些事にも関わることが出来るようになったその日。

 セリナは騎士爵に授爵された。

 本来なら派手な式典によって行われるそれも、この状況では謁見の間こそ使うものの、ごく短時間で終了した。

 セリナに対して何か役職に就くか問われることもなく、続けて彼女は軍務大臣の執務室に招かれた。

 そこで、命令とほぼ同様の要請を受ける。

 即ち、先行したプリムラたちと共に、先帝暗殺犯たちを捕えよと。



 無茶な話である。

 殺せと言うならともかく、あれを捕えるというのは。

 プリムラと協力すれば可能かもしれないが、セリナはいまだに、シズカに対して敵意を持っていない。

 彼女が殺したのは皇帝と取り巻き、そして護衛騎士であったが、前世で死に慣れすぎていたセリナは、そのあたりに対する感覚が違う。

 皇帝が愚物で、シズカが何らかの事情で彼を殺したのは、短い会話からも明らかであった。そして皇帝の取り巻きたちは、阿諛追従の輩である。死んでも同情はしない。

 護衛の騎士についても、そもそも皇帝の命を守るのが彼らの仕事である。それにもしあそこで殺されなかったとしても、皇帝を守れなかった以上、社会的に騎士としては死んだも同然である。



 冷徹で酷薄な考えでセリナはそう考えたが、この命令を受けることには自体には特に問題を感じない。

 どのみちセリナは帝都を出ようとは思っていたのだ。そして帝都を出て、シズカの足跡が国外に及べば、セリナも当然その後を追うだろう。

 あとは本国からの制約を受けることもなく活動出来る。実際問題として、あの皇帝が殺されたというのは国家の面子の問題だけであって、実質的な行政問題などは、既に好転の兆しが見えているのだ。

 ジークフェッドをも負かしたシズカ。それを捕まえるなど、並大抵の労力と時間で成せるものではない。

 もっともセリナは、シズカに会ったとしても、捕まえることなど考えていないが。



 国家にとって最高権力者がテロで殺されたというのは、確かに醜聞でしかない。

 だが内心では、ほとんどの有識者は喝采を叫んでいた。出来れば毒殺などの、病死に見せかけたような殺し方をしてほしかったものだが。

 おそらくシズカは、あえて公衆の面前で皇帝を殺した。

 もちろんあの瞬間が最も警備の薄い機会であったことは間違いないが、シズカが発した声は皇帝だけでなく、オーガスという国自体に向けられたものに感じたのだ。



「さて、と」

 王宮から退出したセリナは、ホテルに宿泊している家族に会いに行くことにする。

 長い旅になるだろう。いや、するつもりである。

 あるいはこれが永別になるかもしれない。そう思ったセリナは、さすがに少しだけ寂しさというものを感じた。

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