28 追跡

 新帝からシズカ追跡の命を受けるまで、セリナはただじっとしていたわけではない。

 ジークフェッドはともかく、シズカが皇帝を殺したのには、彼女の感情が見て取れた。

 つまりシズカには、彼女個人の動機があったのだ。単純に金を積まれたとか、そういうことではなく。

 そしてシズカがかつて七つの流星という傭兵団にいたことを知るセリナは、まず竜退治後の傭兵団について調べることにした。



 七つの流星は、竜を倒した後、解散した。

 傭兵団として機能するための、必要な人材が死亡してしまったからだ。

 それでも半数以上の集団はそのまま、それまでの戦争で得た財産を持ち、竜牙大陸から竜骨大陸に渡ってきていたそうだ。

 そこで冒険者のクランでも立ち上げるというのなら分かるが、彼らはもっと方向性を変えた。

 小国の首都で、冒険者相手の宿屋を開業したらしい。

 宿屋と言っても、単なる宿屋ではない。冒険者を相手とした、情報収集や物品の提供を行える、通常とは違った機能を持つ宿屋である。



 そしてこの宿屋の面白いところは、鍛冶屋や食堂、またそれに提供する素材を集めてくる、多機能拠点として運営されていたことである。

 傭兵団のうち戦闘力や索敵能力の高い者は冒険者になり、魔物の素材や獣の肉、はたまた薬草や鉱石の採集を行う。

 傭兵団付けの鍛冶屋であった鍛冶師は、冒険者の武具の整備を格安で行う。

 魔物や獣の肉は、通常の流通からも仕入れるが、冒険者となった団員が狩ってくることも多い。おかげで普通の宿屋では不可能な、珍しい料理を食することも出来る。

 冒険者が店で暴れても、たいがいは料理人や給仕に取り押さえられる。そんな戦闘的でありながら一風変わった、評判の宿屋であった。



 過去形である。



 この宿屋があった小国の首都は、昨年オーガス帝国が持つ飛空騎士団の爆撃に遭い、壊滅した。

 当然その宿屋も、そこで働いていた従業員も。

 全てが死んだわけではないだろうが、オーガス帝国の持つ爆弾は、普通の人間が耐えられるものではない。ネアース世界の戦士なら耐えられる者も少なくないが、さすがに傭兵団の全てがそれだけの実力者で構成されているわけではない。

 つまりシズカの動機は復讐である。

 小国への空爆は皇帝だけの責任ではないが、少なくとも最後に許可を出したのは皇帝のはずである。

 もっともあの皇帝が、自らの意図で以ってわざわざ空爆を考えたわけではないだろうが。



 とにかくシズカの目的は判明し、それは達成された。

 彼女が戻るところは、おそらくその小国の近辺。宿屋の生き残りがいるなら、そこであろう。

 いや、完全に単独で暗殺を達成したことを考えると、もう仲間たちの所には戻らないのではないか。

 前世の人格や、対戦した印象を考えると後者の可能性が高いが、可能性は一つ一つ潰していかなければいけない。

 シズカが飛んで行った方角はその小国よりも北に向かっているが、セリナのマップの有効範囲内ぎりぎりでも、それは変わらなかった。







 それにしても、ジークフェッドの行動は謎である。

 二人の短い会話からして、目的は同じだが動機は違うようだった。

 それにジークフェッドに関しては、仲間であろう魔法使いがいた。

 転移をセリナのマップ外まで使えるほどの時空魔法の使い手。あの大規模な結界を一撃で破壊する、攻撃魔法の使い手。ぱっと思いつくのは大賢者サジタリウスだが、フードで隠された顔は彼のものではなかった。

 もちろん顔を変える魔法はあるが、使っている術式が彼のものとは違っていたのだ。

 むしろあの術式の描き方は、セリナの前世での知り合いに似ている。



 シズカを追うのは命令だが、むしろジークフェッドの方にこそ、セリナは興味をそそられていた。

 一軍にも匹敵する四人の仲間を従えず、セリナの知らない高位の時空魔法使いと協力し、皇帝暗殺を謀った。

 過程は予定通りではなかろうが、結果は成功である。

 あのジークフェッドが他者からの依頼で動くとなると、そこには何か予想外の目的があるのではないか。



 少しだけ見た魔法使いの顔を、セリナはオーガスの端末で調べる。

 高位の時空魔法使いであるからには、相当に人数を絞ることが出来る。

 あの魔法使いは間違いなく、自分で魔法を発動させていた。なんらかの魔法具によるものではない。

 そしてオーガスにはそれほどの実力を持つ魔法使いなら、まず情報を集めたデータベースがある。セリナは貴族特権とプリムラの紹介で、それを使っていた。



 だがどうやらこのデータ、完全無欠のものには程遠いらしい。

 オーガスとガーハルト、周辺諸国と魔王直轄地はほぼ網羅しているが、他の大陸にや潜在敵国であるレムドリアの情報は少ない。

 魔法使いならば魔法都市、と思って調べても、あそこは機密の塊だ。そうそう情報の全てが開示されているわけではない。

 ならばどうすればいいのか。セリナは考えて、手を動かす。

 シズカの飛び去っていった方角に、直線を引く。するとかなり先、オーガス帝国に所属はしているが飛び地である、自治都市に到達する。

 神聖都市。

 このネアース世界に存在する、数十万とも言われる神々を、唯一全て祭る特殊な都市である。

 その機密性は高く、ある意味魔法都市以上であるとも言える。







 そこでセリナの中の情報が、一つの推論にまとめられた。

 シズカは仲間や家族を失った。だが中には、大怪我をしても命は助かった者もいるかもしれない。

 神聖都市は基本的に国家間ならず、種族間や個人間の戦いでさえ、忌避する傾向を持つ。小国同士の戦争が続いた場合、講和の調停を行うことも少なくない。

 先帝は主戦論者で、レムドリアとの駆け引きを単純な戦闘で果たそうとする傾向があった。人種に限らず、その政策では多くの犠牲が出た。

 神聖都市は赤十字のように、国家の垣根を越えて、戦争による被害者を救おうと運動していた。

 あそこにとって、先帝は邪魔な存在であった。神聖都市の派遣した神聖魔法使いが、紛争に巻き込まれた死んだ例さえあるのだ。



 神々に仕える者たちであっても、世俗の考えを捨てるということではない。一部の者たちが、先帝の暗殺を画策するというのも、考えられないことではないのだ。

 そしてその報酬として、シズカは仲間たちの治療を提案されたかもしれない。もちろんこの考えに穴はいくらでもあるが、神聖都市とシズカが絡むとすれば、その点にあるのではないか。

 シズカにとっても単なる復讐とは違い、おおいにメリットがある。可能性としては考える必要があるだろう。

 もちろんこのことは、他言できることではない。相談相手とするならプリムラだが、彼女は既に帝都を離れていた。



 そしてシズカを降したセリナに、騎士叙勲と共に命令が下されたのだ。

 期限なし。国家からのバックアップ付きという条件だが、正直それがなくともセリナは帝都を出るつもりではあった。

 まず目指すのは、神聖都市とも近い魔法都市。前世でいささか関わりのあった、大賢者サジタリウスに会おうと思っていた。

 彼ならば先代大魔王アルスとつながりがあるし、神竜レイアナとも連絡がつけられるかもしれない。

 幸い軍資金は国が用意してくれた。あとは理由をつけて魔法都市を目指せばいい。

 プリムラがどう判断するかは分からないが、一応行動は共にするとだけは決めていた。

 正直シズカと一対一で接近戦を行った場合、プリムラが敗北する可能性は非常に高かったので。







 家族との別れを済ませ、セリナは車上の人となった。

 帝都から出て、列車は東に向かう。だがセリナはその途上で列車を降りた。

 プリムラ一行と合流することは決めていたが、この機会にセリナは国内を見て回るつもりだ。

 帝国の頭である皇帝は腐っていたが、現皇帝はまともな判断力を持ち、方針を打ち出せる人物だった。

 父は善良で有能な為政者であったが、学園や研究所では横暴で権勢欲の強い貴族の姿も目立った。

 ……あまりにも目に余るものは、穏便な手段、つまり騒ぎにならないように処分していったが。



 列車を降りたセリナは街から少し離れた荒野で、使い魔を呼び出した。

 かつて魔境で降した馬の姿をした悪魔、エクリプスである。

 悪魔であるエクリプスは、基本的に主であるセリナから魔力を提供されれば、食事を摂取する必要はない。

 だが悪魔である彼にとっては、生あるものを蹂躙し食すことは、精神的に大きな充足を感じることだ。

 セリナもそれを止めることはなく、魔物や獣を狩るエクリプスからおこぼれをもらって、無限収納から取り出した食料と合わせて食事をする。

 眠る前には地面に風呂を作り、汚れを落としてから睡眠を摂る。



 かなりの速度でプリムラと合流しようとしたセリナであったが、途中で色々な事件に遭遇した。

 小さなものでは盗賊との接触。大きなものでは貴族の不正。

 盗賊に関しても貴族に関しても、彼女は自分なりの判断基準で処理をしていった。

 そして思うのだ。オーガスという国は、活力を失っていると。

 軍事力や経済力に、それはまだ現れていない。だがわずかな治安の悪化や、経済格差の発生、道路や水路のメンテナンスの遅れなど、小さなところからそれが見てとれる。



 何より痛感したのは、帝都でもずっと感じていたことだが、民衆のモラル、あるいは意欲の低下である。

 モラルの低下というのは軽犯罪を頻発させ、ちょっとした都市にはスラムが発生している。

 意欲に関しては、ある意味においての野蛮さとも言えようか。何か新たな境地に挑戦するという活動を見かけない。

 社会のシステムが固定化され、その中での栄達を目指す。枠組みの中から飛び出ようというアウトサイダーが活躍する場がほとんどない。

 冒険者にしてもそうだ。冒険者は冒険しない、とはよく言われていることだが、現在の冒険者は本当に、職業としての冒険者となっている。その言葉に一攫千金の響きがない。

 安定しているとも言えるが、停滞しているとも言える状況であった。







 何よりセリナが感じたのは、軍事力の問題である。

 オーガスの軍団基地は、基本的に国境線に近い街に隣接しているのだが、それに向けて資材や食料を運ぶのは後背地が必要である。

 そこでセリナは兵站武門の不正を見つけた。前線への物資が横流しされていては、オーガスの軍事力がその真価を発揮しない。

 近代以降の軍隊において兵站の重要さは前線以上のものであるが、そこが腐敗の温床となっていては、軍がまともに機能しない。

 とりあえず不正を働いていた人間は殺し、その証拠を司令部に投げ込んでおいたが、果たして帝国全体としてはどうなのか。



 オーガスは賄賂の少ない国家であった。利権に関してもそれが既得利権にならないよう、流動性を持った柔軟な国家であるはずだった。

 良く治められていた故郷と、首都を見ただけでは分からないことが、セリナにはよく分かった。

 やがて魔法都市の手前の街で、セリナはプリムラと合流した。

 プリムラたちもシズカの進路やジークフェッドと共にいた魔法使いから、まずは魔法都市を調査することにしたようだ。

 そして一人、容疑者が浮かんできた。当代の大賢者、ゲルマニクスである。



 ゲルマニクスは魔法都市近郊の村の出身で、子供の頃から魔法に関して異常な才を示していた。

 10歳で魔法都市の学園に入学し、驚くほどの速度で知識を吸収し、新たな魔法を次々に生み出していった。

 本来の大賢者であるサジタリウスがほぼ不在なので、魔法都市は新たな大賢者として彼を認めたのだ。

「なるほど。大賢者は一応立場がある存在だが、実際は実務に携わることは少ないしな」

 プリムラは納得する。そして眉をしかめる。



 大賢者ゲルマニクス。彼はおそらく、プリムラよりも強い。

 接近戦を挑めばシズカなどとは違ってプリムラの方が強いだろうが、転移で距離を取られたらどうしようもない。

 ジークフェッドと彼が共に戦えば、セリナとプリムラのコンビでも敗北するかもしれない。

 しかしそれでも、まずはゲルマニクスに会うべきであろう。

 プリムラは自分以外の追跡班を神聖都市に向かわせ、自身はセリナと共に魔法都市を訪れることとした。



 セリナは悪い予感がしている。

 ゲルマニクスの使った魔法の術式構成。あの実戦的な、厳密な制御力と最小の魔力で発動する術式には見覚えがある。

 あれは、ネアース世界で普通に使われる転移とは、かなり違った術式であった。

 大賢者ゲルマニクス。年齢は51歳。長い研鑽が必要な魔法使いの中では、かなりの若さと言える。

 だがあの転移の術式を見る限り、あの男がゲルマニクスであった可能性は高い。



 そしてゲルマニクスの正体が、セリナの予感どおりであれば……。

「とりあえず、ゲルマニクスに会ってみるか」

 プリムラが危機感のないのんびりした様子で言うので、セリナは自分がしっかりしなければ、と気合を入れなおした。





  シズカ編 了

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