26 決着

 セリナとシズカの剣術。どちらが有利かと言えば、より新しい技術を採り入れたセリナの方が有利であるはずであった。

 関口新心流。江戸時代の初期に成立した流派であるが、紀州藩で御流儀指南として仕えたため、実は地理的に近い柳生新陰流の技も含まれていたりする。当然その後も他流派と相対し、お互いに技術を交換し、様々な流派の長所によって改良されている。その中には元の新陰流もある。

 だがそもそも新陰流が、陰流に様々な流派を加えて成立したもので、その正当な後継の一つとも言われる柳生新陰流は、将軍家お留め流となったせいで、江戸の柳生では逆にあまり技術が発展しなかった。柳生新陰流の正統は、実は尾張藩に仕えた柳生なのである。

 対して関口新心流は開祖とも言える柔心やその息子が諸国を漫遊し、様々な要素を採り入れ、後には逆に細分化され、これまた大元の技術が変化してしまっている。

 新しければ良いというものではない。だがセリナは前世で新心流を、実戦的に調整した。

 関口新心流は剣術だけではなく、居合いや抜刀術、柔術、さらには中国拳法まで当初からその内に存在していたというが、ある程度は虚構もあるようである。

 ちなみに現代の関口新心流は、剣術ではなく柔術の流派としての名前の方が有名であったりもした。



 対してシズカの新陰流。これはまさに戦にて実戦を重ねた上泉伊勢守信綱(異名あり)が関東から京に向けて広めた流派であり、柳生新陰流を初めとして様々な流派の祖となっている。

 シズカはそれに、この世界の物理法則とステータスを組み入れた。地球では不可能であった動き、力が、地球の技に乗せられて使われる。

 つまり新陰流とは言っても、天才が新たな世界で創造した、新たな流派と言えた。



 この二人の攻防であるが、刃同士が交差することはあっても、打ち合うことはほとんどない。

 刀は消耗品である、という前提がある以上、下手に打ち合うよりも型をなぞって相手の次の挙動を読み、次に刃が存在することのありえない位置に移動する。

 そしてやはり両者に関係することであるが、足の動きが床を滑るがごとくであり、まるで氷の上を滑っているような動きであったことだ。

 大道芸のような派手な動きはない。観衆に見えるのは、コマ送りの映像だ。

 構えから構えへ、一瞬で姿勢が変わる。

 途中経過をすっ飛ばして、ただ位置が変わっている。その合間が見えない。



 二人の動きがいくら速いと言っても、それは光速には及ばない。せいぜい音速の数十倍である。ならばなぜ見えなくなるのか。

 それが技である。高速と低速を使い分けることによって、高速の動きが目に止まらなくなる。

 両者一進一退、とさえも言えなく、完全に戦闘は膠着していた。

 この場合の決着は、セリナのほとんど削られていないダメージが積み重なるか、シズカの魔力と体力が途切れるか。

 おそらく不利なのはセリナの方であった。







 単純に、装備の差である。

 ハーヴェイ家に伝わる家宝の脇差は、竜の牙から作られたものである。

 それに対してシズカの装備も竜の牙から作られた物であるが、素材と作成者で一段階上回る。

 家宝であるはずの黒い刀が、少しだけだが欠けてきている。

 このままではいけない。かと言って焦って動いてもいけない。



 だが先に動いたのはシズカだった。

 跳躍。そして宙を駆ける。猿が樹上を行くように、戦場を立体的に使って動く。

 敵の上から攻撃する、というのは基本的に有利である。

 単純に相手がそんな動きに慣れていないのと、重力を武器の威力に乗せることが出来るからだ。

 だがセリナにとっては、悪手に見える。



 ありとあらゆる斬撃は、地面をしっかりと踏んだ二本の足から、力を得て繰り出される。

 シズカの攻撃は確かに、地球であったなら斬新なものであったろう。しかしここはネアース。飛行する魔物も多い世界である。

 一つ一つの打撃が軽すぎる。これでは曲芸であって武術ではない。

「物理法則さん仕事しろ!」

 怒鳴りつつも、セリナは己の有利を確信する。



 そう思っていた時期がセリナにもありました。







 シズカの動きは、回転である。

 一つ一つの動きから、次の攻撃への継ぎ目がない。セリナの動きもそうだが、シズカのそれはもっと極端である。

(これは……剣術に八卦掌を組み込んでいる?)

 いや、修行の結果、八卦掌に辿り付いたと言うべきか。

 八卦掌の成立は清末期。上泉伊勢守がそれを習得しているわけはない。

 ならば己の才覚のみでその高みに昇りついたというのなら、それはそれで恐ろしい才能だ。



 しかもその動きを、地上ではなく空中で行っている。

 ほとんどの武術は、大地に根を下ろしたような下半身の不動性が、その威力の元となっている。

 たとえば武術から生まれた武道である柔道などは、相手の重心を崩すことが投げ技への大前提となっている。

 大地の力、重力を使わずにシズカが剣戟を続けるのは、ネアースのシステムあってのことであるが、それにしても常識外である。



 円の動きには継ぎ目がない。直線の動きは最短である。

 その両者を、シズカは間断なく繰り返している。

 対してセリナも刀を振るっているが、技量だけで見ればおそらくシズカの方が上だろう。

 上泉伊勢守が生きていた時代は、銃火器の発達が未熟であり、ネアースでは身体強化の方法があった。

 対してセリナは身体強化の方法もなく、地球の銃火器と対戦してきた。実戦経験は同等か上回っていても、その方向性が違う。

 接近戦で刀を使えば、シズカの方が強い。



 それは前世においても現世においても剣術の腕を磨いてきたセリナにとっては、受け入れがたい事実であった。

 だが事実は事実である。このまま戦えば、敗北するのはセリナである。

 距離を取る必要がある。今生においては接近戦より苦手な、中距離戦に持ち込む必要がある。つまり攻撃魔法を使う。

 いや、だが神竜の装備に対して、この場で使えるような魔法が効果的だろうか。

 それはないな、とセリナはまた判断を変えた。

 そして切り札の一つを切る。







 セリナの姿が消えた。

 超スピードとか幻覚とかではなく、光速を超えて、シズカの視界から消えた。

 次の瞬間、シズカは背後に刀を振るっていた。それがセリナの刀と激突する。

 セリナの切り札の一つ、短距離転移である。

 対人戦闘、しかも近距離戦では一撃必殺というこれが、シズカには通用しなかった。

 おそらく気配を一瞬で察知し、直感で迎撃したのだろう。だが、これが通用しないこともセリナはなんとなく分かっていた。



 切り札の一つや二つで勝てる相手ではない。



「近距離転移か……。普通なら防げないでしょうね」

 シズカはそう言うが、実際に今防いでいる。

 防いだだけでなく、刀同士が激突し、セリナの方には刃にダメージが及んでいる。

 魔力を注いで修復するが、向こうの刀には傷一つ無い。武器の性能がやはり違う。



 切り札を幾つ使うか――。この試合はオーガス国内だけではなく、近隣諸国にも放送されている。あまり手の内を知られたくはない。

 そう考えていた一瞬、致死感知が反応した。

 セリナは大きく跳び退った。シズカは動いていない。だが、喉元に切っ先を突きつけられた――いや、貫かれた幻想。

「これを避けましたか。かなりとっておきだったのですが」

 シズカが呟く。純粋に感嘆した声だった。



 今のは何か。何かをしようとしたのか、何かをしたのか。

 分からないが、とりあえずは避けられた。果たして何をしたのか。

 相手にもまだ奥の手がある。そう考えていいだろう。そもそも今の攻撃を、もう一度かわせるかが分からない。致死感知に引っかかったのだから、かわせるのだろうが。



 そう思った瞬間、セリナは戦慄した。

 シズカはこちらを殺すつもりで、それを使ってきた。だからこそ、シズカの殺意を致死感知で回避できた。

 しかし殺すつもりでなく、無力化を目的としてそれを使っていたならば。

 既にセリナは敗北していたかもしれない。



 セリナはそれを認識し、奥の手――いや、確実に通用する手段を使うことにした。

 二人の間合いが少しずつ狭まっていく。シズカが使う手段が何であるか、興味もあるが、とにかくそれを使わせるのはまずい。

 セリナがシズカに勝てるであろう、確実な一つの手段。

 それを使うために、セリナはシズカの間合いに入った。







 刃の応酬がまた始まった。

 一撃一撃が、相手を致死に追い込む攻撃。それを使っているのはシズカだけ。

 セリナの狙いは違う。消極的になったセリナに、シズカは逆に脅威を感じる。

 目の前の少女が尋常の存在でないとは、既に分かっている。そして奥の手が、まだ存在するであろうことも。

 分かっていたとして、対応できるのか。

 対応出来ないと考えたほうがいいだろう。ならばどうするか。



 使わせないまま勝つ。それがセリナの出した結論。

 がちり、と刃と刃が噛み合い、鍔迫り合いの形になった。

 どちらにとっても悪手の形である。だが武器の差で、やはりこれもセリナが不利。

 しかしここからが、彼女の想定した場面への移行となる。



 鍔迫り合いの形から、セリナの手がわずかに伸びた。

 シズカの指に触れる。そして、指の関節を取った。

 指絡み。現在のスポーツではまず使われない技術である。

 だがこれは効果的だ。セリナは武器を落としたが、シズカもまたそれを保持することが出来なかった。



 両者無手。そしてセリナはシズカの手首を掴む。

 セリナの両足が大地を蹴った。そしてその足で、シズカの首を絞める。

 三角絞めである。

 シズカの鎧は動きやすさを重視し、彼女の特質である柔軟性を効果的に使うため、重要な関節部分の可動域が意外なほど広く、防御力が弱い。。

 首回りも広かったため、三角絞めで頚動脈を絞めることが出来た。







 セリナに三角絞めを決められたシズカは、ひたすら不味いと思った。

 彼女の戦闘における弱点は、無手での戦闘方法が少ないことにある。

 新陰流においても無手の戦闘術がないわけではない。だが彼女の新影流は、戦場から発展したものである。

 組打ち、極めなどの技術はあるが、鎧を身につけない状態で効果的な、絞めの要素はほとんどない。

 そしてネアース世界でも、絞め技は発展していない。武器の携帯が可能であり、魔法の攻撃が存在するこの世界では、打撃はともかく絞め技は必要度が低いのだ。相手に怪我をさせず無力化するというのも、魔法や、怪我をしても魔法で治癒すればいいという考えが主流なので。



 シズカはその身体能力を利用して、自分にぶら下がった形のセリナを、床に叩き付けた。

 全力の攻撃で、床が破壊される。だがこの程度では、セリナのダメージにはならない。

 逆にセリナは自分の姿勢を微調整して、絞めをより強くする。

 絞め技が決まってから、わずかに10秒。

 もう一度シズカが絞め技からの解放を試す前に、彼女の脳は意識を手放した。







 シズカが前に倒れた。それに合わせて、セリナの背中が床に着く。

 セリナが足を解く。シズカは力なく床に転がる。

(勝った……)

 立ち上がるセリナ。気絶したシズカを、それでも油断無く見守る。

 それはシズカのまとった鎧が消失し、プリムラがセリナの勝利を告げるまで続いた。



 観客席は、奇妙なざわめきに満ちていた。

 武闘会は、その名の通り武器戦闘や魔法を使って戦う大会である。

 過去に優勝した者は、少なくともこの100年は、武器を持った戦士であった。

 決着もそれに応じたものになる。徒手空拳の技術で優勝した者はいない。

 まして絞め技などは想像外の出来事である。



 それでも、これで決着は決着であった。

『まさかの! まさかの決着です! 剣でも魔法でもなく、体術! しかも見たこともない技で、セリナリア選手の勝利です!』

『あ~、あれは絞め技と言ってな。本来なら武装していない状態での戦闘で使われるものなんだが、まあ鎧の隙間が多かったから使えたわけだな』

 鎧が関節部を守るように作られているのは、関節へのダメージで戦闘力が落ちるという以外に、後遺症が残る可能性が高いからである。

 地球ではともかく、ネアースでは復元の魔法で関節をぐちゃぐちゃに壊されても、ちゃんと元通りに治すことが出来る。それが鎧の構造の差異となっている。

 もしシズカの鎧がより重装備なものであったら、セリナは極め技を使っていただろう。



 とにかく、これで全ての試合が終わった。

 予想外の展開ではあったが、セリナは優勝した。目的は達成した。

 シズカという、剣術について語り合えるであろう人種とも知り合うことが出来た。ジークフェッドはどうでもいいが。

 緊張が途切れたセリナだが、遅れて湧き上がってきた大歓声に、なんとか手を振る。

 全試合が、これにて終了したのだった。

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