25 決勝
決勝前夜。
「おう、何か用か?」
明日の三位決定戦を控え、自室へと引き上げるジークフェッドの前に、セリナが立ちふさがっていた。
女の敵と呼ばれ、さらには男の敵とも呼ばれるジークフェッドだが、ロリコンではないのでセリナは対象外である。よって対話にも危険はないと思っての接触だった。
「なぜ、全力を出さなかったんですか?」
セリナが気になっているのは、その一点だった。
準決勝。ジークフェッドは確かにシズカにやや押されていたのかもしれないが、どこか全身全霊をこめて戦っていたとは思えなかった。
3000年生きてきた戦士だ。切り札の一つや二つはあったはずだ。それを衆目に晒されたくなかったということだろうか。
「試合用の全力と、殺し合い用の全力は違うからな」
ジークフェッドは敗者とは思えないほどの、溌剌として獰猛な笑みを浮かべた。
「それに俺の目的は、もう果たした」
その言葉にセリナが考えを巡らせる隙に、ジークフェッドは彼女の脇を通り過ぎ、ぽんと頭を叩いて去っていく。
殺し合いをするつもりはなかった。つまりあれ以上では殺し合いにまでなった。手加減の余地が全くなくなると言うことだったのだろう。
それには納得出来る。実力差がある程度ないと、戦闘は相手の死を以って終了することが多い。ジークフェッドにはそれが不本意だったのだろう。
しかしもう一つ、目的は既に果たしたというのはどういうことだろうか。
準決勝への進出。シズカとの対戦。はたまたオーガスに集まった強者たちの情報収集。
どれが目的だったのかは分からない。もしこれがジークフェッド以外であったなら、準決勝――実際には三位までの入賞が目的だったのだと判断がつく。
大会で優勝した者は騎士爵に叙されるが、実際には三位までは騎士爵として叙勲されることが慣例だ。仕官を目的とした武人なら、それが目的としていても不自然ではない。
だが、ジークフェッドは世界に知られた冒険者だ。
その名声、はたまた悪名、財産や実質上の戦力、それらは小国ならば滅ぼしてしまうほどのものだ。オーガスに仕える必要などあるのだろうか?
それは絶対にない。彼はそんなことのために戦わない。彼が戦うのは、己の快楽と女のためだけだ。
女に頼まれた? だが準決勝で既に目的を果たした?
意味が分からない。
ジークフェッドの大会への参戦には何か裏がある。
時効という概念はこの世界でもある。だが長命種の多いこの世界では、それが恐ろしく長く設定されている場合が多い。
ジークフェッドの婦女暴行の事件は、一応竜骨大陸では時効が成立している。だから戻ってきたというのはいい。
しかしかつての仲間たちの姿が一人も見えないこと。そこに何か事情があるのではないか。
セリナはそう推理するが、実のところ自分に関係のあることではない。
やがて彼女は考えるのをやめた。
決勝の日は晴れだった。
実のところ天気予報では雨だったのだが、広域魔法で無理やり天候を変えたのである。
皇帝の命令だ。試合直前にプリムラが文句を言っていた。
セリナは係員に連れられて、もう見慣れた試合場への入り口に立つ。
何も変わらない。ジークフェッドの影はない。彼は午前に行われた三位決定戦で、あっさりとハイオークを降していた。
自分のことに集中しよう。セリナは頭を切り替える。こういったことは得意だ。戦場では切り替えの遅いやつから死んでいく。
既に聞こえる大歓声に向けて、セリナは足を踏み出した。
『お待たせしました皆さん! 本日のメインイベントにして、四年に一度の最強決定戦! 今、人類最強の座が決められます!』
解説のクリゲラさんが必死の声で叫ぶ。ちなみに彼はオーガである。でかい声が拡声器でさらにでかくなる。
それにしても、とセリナは思うのだ。
本当の人類最強を決定するなら、大魔王様や先代大魔王様、はたまた先生を連れて来る必要があるだろうと。
エンターテイメントとしては認めるが、これは別に世界最強決定戦ではない。
人型になった神竜が出場でもしたら、ひどい結果になるだろう。同じように神竜が結界でも張らない限り、会場どころか首都が丸々消えかねない。
まあそれは、アルスやカーラが出場しても同じことが言えるのだが。
……ジークフェッドはかなり気を遣っていたのだろう。あんなでも。
解説の席に座るプリムラを見る。彼女は口の形で「壊すなよ」と言っていた。
おそらくその要望は叶えられないだろう。
反対の入り口から入ってきたシズカは、前日と同じく道着と袴だ。直前まで武装はしないつもりだろう。ただし今日は、槍も刀の大小も持っていない。
セリナのこれまでの戦いから見て、魔法で初撃を食らうことはないと判断したのだろう。
それに、あの装備。セリナの経験からして、装備しているだけで相当の魔力や体力を消耗するはずだ。神竜の武装は強力な代わりに、そのような明確な弱点がある。
シズカの魔力量は相当のものだが、それでも無駄には出来ないのだろう。実際ジークフェッドがもう少し粘っていれば、勝ったのは彼のはずだった。
しばし見詰め合う。互いの瞳の中にあるのは、互いの姿のみ。他にはない。
開始のブザーと同時に、シズカは呟いた。
「武装水虎」
そしてセリナも、初めて脇差を抜いた。
脇差であったものは、一瞬で槍に変化していた。
日本刀最強論争やきのこたけのこ論争ほどではないが、槍と刀、どちらが強いか論争というのがある。
これに対してセリナは明確に答えられる。槍であると。
武器というのは基本的に、射程の長いものが強い。ゴリアテに対して投石器。槍に対した銃。竹刀に対した薙刀。
中国の有名な武術家であった李書文も、素手以外に得意な武器は槍であった。なにしろ伝説になるほどの拳法家であるのに、二つ名は『神槍』であるからして。
織田家の槍が長柄の槍であったことや、戦国の兵の基本武器が槍であったことからも、刀に対する優位は分かっている。さらに言えば死傷者の原因は弓矢がもっと多かった。
それでも剣術が日本で発展したのは、技術の幅が広いのと、携帯性の問題からであった。
屋内戦闘を主とした幕末の新撰組で、槍ではなく刀を使う者が多かったのは、取り回しの理由である。
ネアースには宝物庫の祝福がある。槍の携帯性はこれで補える。
そして会場は広い。かと言って遠距離から魔法だけで勝負するには、いささか狭い。
セリナの使える最大威力の魔法では、会場を破壊するか相手を殺してしまう。
そして何より、セリナは魔法よりも白兵戦の方が得意だ。
二人の槍が交差し、そして音速を突破し、衝撃波が結界を揺らした。
シズカは無傷。それに対してセリナも無傷。だが衣服が破れていた。
ミスリル繊維の服の上に、魔物の皮から作った革鎧を着ていたのだが、それでは不十分だったようだ。
しかしながら竜の血脈が含む祝福『剛身』により、衝撃波程度ではダメージを受けない。
だがやはりセリナは防御面で不利だった。
シズカの鎧は神竜謹製の物である。普通に国宝として登録されていてもおかしくはない。いや、希少価値を考えるとそれ以上である。
何しろ素材は神竜の鱗。それをドワーフと共に神竜が力を込めて作ったものであるので。
それが少なくとも四つ。セリナに対してシズカが圧倒的に優っているのが、その防御力であった。
逆にセリナが圧倒的に優っているのは、肉体の耐久力と回復力である。
観客席の家族が、わずかに槍の刃で流血するセリナを見て、あばばばばばと狼狽する。
しかしその傷は超高速治癒と超高速回復で、ほとんど瞬時に回復する。
若干シズカが有利であるが、それは本当にわずかな差であった。
『攻防が……見えません! 人外の領域の戦闘です! どちらが有利なのか全く分かりません!』
『互角だ。足元を見てみたまえ。どちらもその場から動いていない』
プリムラの言うとおりであった。槍や腕はもちろん、上半身も蜃気楼のようにぼやけた戦闘だが、足元は割りとしっかり見える。
どちらも後退することはない。時折踊るように回転するが、それもその場でくるくると回っている。
槍の腕は互角――というか、どちらもまだ探りあいの段階である。
その探りあいの段階で、既に結界は何度も崩壊しかけ、足場の石材は破裂してる。
ほとんどドラゴ○ボールレベルの戦いに、常人レベルの戦いしか見たことのない観衆は愕然と、興奮していた。
互角であるとプリムラは言ったが、セリナは不利だと感じていた。
わずかな傷と言っても、傷は傷である。対してこちらの攻撃は全くダメージを与えられていない。
シズカの体力切れ、という勝機も考えられるが、はっきり言って万能鑑定を使う余裕がないので、どれぐらい相手が消耗しているのかも分からない。
戦局を変える必要がある。だがきっかけがつかめない。
わずかに一歩退く。だがシズカはそれを追ってこなかった。
両者の間に、静止した時間が流れた。
『こ、これはセリナ選手が一歩後退しました! わずかにシズカ選手が有利なのでしょうか!?』
『そうとも限らんと思うが……どうかな……両方とも本気を出すつもりになったかな?』
『……は……? 今までのは本気でなかったと?』
『探り合いだったのだろう。少なくともセリナは、まだ上の段階がある』
変身をあと二回残している、というわけではないが、セリナにはまだ奥の手がある。
限界突破という、人種の限界を突破する祝福。それを今までは使っていた。音速を超えて動くというのは、そういうものだ。
そして限界突破の祝福の上位互換に、天元突破という祝福がある。
これは生物の限界、物理的な限界を突破するというもので、神や竜の領域に入るものだ。
まだ成長期であるセリナには、かなり負担がかかるものだが、この相手にはそれを使う必要があるだろう。
そして竜殺しであるからには、シズカも同じ祝福か、技能を持っている。
セリナの武器が変化した。刀にである。
武器としては不利であるはずの刀だが、セリナはこちらを選択した。
試合で使うならば、槍を訓練したほうが当然効果的である。武器としての性能は、槍の方が上なのは、論理的に説明できる。しかしセリナが想定していたのは戦場。
単純に鍛錬に費やした時間の差で、槍よりも刀のほうが熟練度は高くなっている。よってここで使うのも刀。
そしてシズカもそれは同じようであった。
「武装……神竜」
漆黒の闇が、シズカを包んだ。
暗い……暗黒竜の鱗のような鎧に、光輪装備と同じ野太刀と言ってもいい刀。
これがおそらくはシズカの奥の手。
かすかな笑みを、シズカが浮かべていた。
セリナとシズカ、同じ正眼の構えで対峙する。動きが止まった両者に、会場も静寂に満ちる。
それだけの緊張感が、その場を支配していた。
やがてセリナが先に口を開く。
『新心流コジマ・セイ、参る』
セリナが名乗る。それに対してシズカも応ずる。
『新陰流カミイズミ・ムサシノカミ。お相手いたす』
そして500年の時代を超えた、剣聖同士の戦いが始まった。
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