24 剣聖と英雄
いくつかのアトラクションや武闘会以外の試合が行われた後、正午をしばらくを過ぎてから行われる、準決勝第二試合。
ある意味これは、決勝よりも注目度が高かった。
なにせセリナの実力は間違いないが、彼女の容姿はどうしても強さと結びつかなかったので。
同じ女でもシズカは年齢が上で、その肉体は見る者にしなやかな強さを感じさせる。猫の半獣人であるというのも納得である。
対するは生ける英雄ジークフェッド。期待がふくらむのは避けられなかった。
両者が入場してきたとき、観衆からは大歓声が上がったが、一部の者は多少の困惑を見せた。
これまでの試合全て、シズカは皮製の部分鎧を身につけていた。
しかしこの試合において、彼女は鎧を全く身につけていない。
そしてその衣装は、道着に袴というものだった。
腰には刀を大小。そして手には槍というのは変わらない。
一方のジークフェッドは、これまでと変わらない装備である。
やたらときらきらした鎧だが、神々の力によって強化された、伝説級の鎧。武器もいつもの長剣だ。
変わったところと言えば、もう一本短剣を吊るしていることぐらいだろう。
どうやら彼も、今までの試合とはこの戦いが違うものだと確信しているようだ。
セリナは選手専用の観覧席でそれを見ていた。
両者共に、変に高揚したり萎縮したりした様子はない。平常心を保っている。
むしろいつも不敵な笑みをたたえたジークフェッドが真顔というのが、変と言えば変である。
「本気だな……」
「ふむ、本気とな?」
セリナの隣に座るのは、準決勝で相手をしたハイオークさんであった。
せっかく達人同士の対決を見るなら、達人による解説を聞きたいらしい。図々しいと言うか、意欲的と言うか。小娘相手でも学ぶべきは学ぶという姿勢は好感が持てる。
実際この両者の対決なら、魔法使い寄りのプリムラでは詳しい解説は不可能だろう。
「前世でジークフェッドたちと戦ったことがあるんですが、彼が大魔王アルスと戦った時と同じ感じがします」
「大魔王アルスとは……そなたはどんな前世を送っていたんだ……」
呆れるハイオークに目は向けず、セリナは試合場を見る。
両者が構え、試合開始の合図。その直後。
シズカは槍を投擲した。
ジークフェッドは魔法戦士である。攻撃魔法も多く使える。ただ、それよりは近距離戦が得意というだけで。
対してシズカは、魔法の技能を持っているが、攻撃に向いたエネルギー操作系の魔法はほとんど使えない。
ジークフェッドが遠距離からの魔法攻撃をするのを阻害するために、ここまで使ってきた槍を投擲したのだ。
もちろんジークフェッドが、その槍を普通に受けることはない。
むしろあっさり最小限の動きでかわす。接近してきたシズカに向き直る。体勢を崩すことさえなかった。
まだ両者の距離はある。ジークフェッドが魔法を使う余地はある。
それに対してシズカは、腰の大小の刀まで投げつけた。
これにはさすがにセリナも驚いた。小太刀ならともかく、打刀は投擲用の武器ではない。いや、小太刀はおろか通常の槍でさえ、その武器のバランスを考えると、投げて扱う武器ではないのだが。
だがシズカが必要だったのは、その一瞬だったのだろう。彼女は自分の間合いの直前で、かすかに呟いた。
「武装烈火」
言葉と共に赤い輝きが彼女を包み、赤を基調とした鎧に覆われる。そしてその両手にはそれぞれ刀を持っていた。
続けてセリナは驚かされた。
シズカの武器と防具。
それは『鑑定不能』のものであった。
シズカの両手に持たれた刀が、舞うようにジークフェッドを狙う。
それにジークフェッドは一本の長剣で対処する。両手持ちの利点である、一撃あたりの威力を考えて。
シズカの手数は多いが、ジークフェッドの肉体に刃が達することはない。激しい連撃の音に、会場が沸いている。
両者共に、その武器を振るうスピードは、既に常人では見えないものとなっている。ネアース世界での本物の戦士の戦闘は、平気で音速を突破する。
姿さえもぼやけるほどの速度で激突する両者。はたしてこれで興行として成り立つのかどうかはともかく、己たちの想像の及ばない戦士の戦闘は、観衆たちにはうけている。
一際激しい衝突音の後、シズカが背後に跳躍した。それに対してジークフェッドはその場で構えを取る。
互角、とプリムラの目からは見えた。それに対してセリナは、ジークフェッドの有利と見た。
双剣使いというのは多くない。普通は片手剣を持つなら、もう片方には盾を持つ。そんな少数派の、つまりは対戦したことの少ないであろう両手使いの剣士を後退させたのだから、ジークフェッドの対処能力は極めて高い。
両者呼吸も乱れず。まだ小手調べ。
「セリナ殿の目にはどう見えましたかな?」
ハイオークに問われ、セリナは言葉を紡ぐ。
「六対四でジークフェッド有利。ただし引き出しはまだ、シズカの方が多い」
距離を取ったシズカは少し両手の刀を揺らしていたが、その動きがぴたりと止まる。
「武装水虎」
青い輝きがシズカを包み、鎧が変形した。そしてその手には槍が握られている。投擲した槍とは違う、大身の十文字槍だ。
両者の距離が接近する。そして槍は剣よりも間合いが長い。
繰り出される槍の連撃に、ジークフェッドは防戦一方となる。しかしその攻防はまたも目で捉える速度を超える。
『こ、これは……。シズカ選手、また武装を変えましたね。魔法でしょうか?』
『魔法は魔法だが……武装の方に魔法がかけられてるな。しかもあの武装……多分古竜か上位神以上の存在が造ったものだぞ。さっきの武装と同じく』
展開についていけない解説者に対し、プリムラは竜眼で装備の値打ちを鑑定している。口には控え目にしか言わなかったが、あんな装備を作れそうなのは、おそらく世界に一人しかいない。
即ち、神竜レイアナだ。
プリムラの母である。
武装の製作者欄が不明なのは、プリムラの竜眼でも判別できないということで、竜眼で鑑定出来ない以上の上位存在など、神竜しかいない。そしてわざわざ人間用の武装を作る酔狂な神竜などレイアナだけだ。
シズカの謎がまた深まった。
『それにしても、いかんな』
プリムラは手を伸ばし、試合場を覆う結界を強化した。
既に両者の攻防はその余波でさえ、観客席への衝撃を与えるほどのものとなり、結界を破壊させかけていた。
シズカの連撃を受け流し続けるジークフェッドは、変に笑みなどは浮かべていなかった。
彼は色情狂だが戦闘狂ではない。普段の彼からは考えられないほど冷静に、シズカの動きを見定めていた。
シズカの槍による攻撃は、特にジークフェッドの足元を狙ってきていた。槍の間合いをよく分かった、熟練の動きである。
地球の知識のあるセリナなどには、それだけで嫌な記憶が甦る。前世で彼女は、薙刀を使う女子を相手に竹刀で勝負し、こてんぱんにやられたことがあったからだ。
幕末にも足狙いの剣術流派が江戸の道場を蹂躙し、北辰一刀流の千葉栄次郎がその対策を生み出すまでは無敵とまで言われたものだ。
……まあ千葉栄次郎が単純にさらなるバケモノだったというオチは置いておくとして。
こちらの世界では、槍と剣の勝負がちゃんと成り立っている。
間合いの短い剣ではあるが、それは取り回しが簡単で、受け流して防御するには充分な武器である。
ましてジークフェッドは3000年もの間、長剣を振るってきた。いわば剣匠とでも言われるほどの腕のものだ。
だがシズカほどの槍の使い手と対戦したことはなかった。
それでも、だ。
「そろそろ慣れたぞ」
彼は天才だった。
ジークフェッドは3000年を生きる戦士である。
しかし彼がその名を高めたのは、20代の頃に神殺しを成し遂げたからである。
3000年の年月はその後についてきたものであって、本来の彼は早熟の天才であるのだ。絶対的な戦闘勘がある。
シズカの腕前は規格外だが、想定内であった。
くるくると回転するように、ジークフェッドの剣がシズカの槍に絡みついた。
ここから数十手先に詰みがある。ジークフェッドはそれを狙ったが、その最初で躓いた。
シズカはあっさりと槍を手放し、またジークフェッドから距離を取ったのだ。
無手になったシズカ。だがジークフェッドは踏み込まない。
天才の勘が告げている。目の前の戦士は、まだ奥の手を隠し持っている。
奥の手を使う暇もなく追撃するという選択肢もあるが、ジークフェッドはそれを選ばなかった。
これは試合なのだ。
殺し合いであったら、そのまま力押しでいったかもしれない。
シズカはジークフェッドが立ち止まったのを見ると、また呟く。
「武装金剛」
土色の光が身を包み、またもや鎧の形状が変化する。
そして武器も変化した。打撃武器のフレイルに。そして片手には大きな盾を持っている。
精妙な技の応酬は分からない観衆も、シズカの装備の変遷には目を奪われる。歓声がより大きくなる。
シズカはじりじりと間合いを詰めた。
打撃武器というのは、地球では、特に西洋では、刀刃系の武器よりも実戦的だと使用されたことがある。
武器の刃はそう簡単に鎧を貫くことは出来ない。刃を立てるという基本的なことが出来ても、普通は金属製の鎧を断ち切れないのだ。板金鎧の時代、騎士は打撃武器を好み、また剣も刃物と言うよりは打撃武器として扱われた経緯がある。
だがネアースでは違う。
この世界では金属の種類と加工技術が多種多様に及び、刃の付いた武器の性能が高い。ジークフェッドの魔剣ならば、普通の金属製の盾など易々と切り裂くだろう。
しかしシズカの盾は違う。
やや黄味を帯びたその盾は、間違いなくオリハルコンが使われている。そして付与された魔法も強力だ。
その防御を突破できるか、ジークフェッドは考える。そして結論。
この武装は、防御特化型の武装である。
打撃武器の打撃は、肉体自体を強化する魔法によって、その効果を半減させる。ましてジークフェッドの鎧は神々の祝福と呪詛を受けている。
「武装がそれで終わりなら、お前の負けだぞ」
一瞬で間合いに入り、盾を切断する勢いで長剣を振り下ろす。それに対してシズカは盾を掲げたが、ジークフェッドの膂力に負けて大きく弾かれた。
その勢いのまま、また間合いを取る。かすかに苦い笑みを浮かべていた。
槍や双剣と違って、明らかにシズカは打撃武器には慣れていなかった。ちなみに戦国時代の槍は、個人としては刺突、斬撃武器。集団としては打撃武器として使われることが多かった。
ジークフェッドの言葉に、シズカはすっと息を吐く。それは諦めではなく、切り替えのための吐息。
「武装光輪」
緑色の光が彼女を包み、またも鎧が変化する。そして手にしていたのは、一本の刀であった。江戸時代の常寸とは違う、野太刀とも言える長さの刀。
構えを見ただけで分かる。これが彼女の最適装備だ。
「なるほど……」
ジークフェッドも呟き。そして両者の動きが止まった。
観戦していたセリナも息を飲む。隣のハイオークさんも緊張しているのが分かる。
鎧相手に刀、という装備。実はこれは、あまり実戦的ではない。少なくとも地球ではそうだった。
刀で鎧の守りを貫き、肉体を斬るのは相当の腕前が必要だ。実際、戦国期の剣術は介者剣術と言う鎧を装備した相手専用の、刀の使い方が教えられていた。
重装備の鎧武者を倒す場合、弓矢や槍の刺突、もしくは組打ちからの小太刀を使った刺突などが主な攻撃であったのだ。
戦国末期から江戸時代、さらには現代にかけての剣術は、相手が鎧を着ていないことを前提としている。それでも剣道の一本が相当の勢いで的確に部位を当てなければいけないところは、その名残を残しているが。
もっともこの世界の武器の性能なら、普通の盾や鎧は豆腐のように切断出来る。しかしそれも、防具が魔力付与もあまりない、既製品であるという前提が必要だが。
それにしても、である。
シズカとジークフェッドの動きが、常軌を逸してきていた。
既に見えないとか、音速を超えた衝撃波とかいうレベルではない。より大柄なはずのジークフェッドが、空間を蹴って三次元的な動きでシズカを攻撃している。
シズカはそれに対して地面に両足を着けて、最小限度の動きでそれをいなしている。だが防御一辺倒というわけではない。ジークフェッドに隙あらば、すぐにそこを突いてくる。
『すごい! これはすごい! 解説のしようもありませんが、すごいことだけは分かります! 見えません! 見えませんが、すごいことが起こっている!』
『あ~、私も見えんな』
こんなことなら、とプリムラは言いかけた。セリナを解説に持ってくれば良かったと思ったのだ。
力と力の激突。技と技の応酬。
ジークフェッドの剛に対してシズカは柔。だがそれも、水が流れを変えるがごとく、途端に剛の剣閃に変化する。
実力はトータルすれば互角だろうが、技の引き出しがシズカの方が多い。レベル差があるので勝負になっているが、むしろこのレベル差で勝負にしているシズカがすごい。
地面は抉り取られ、結界は何度も破壊寸前にまでなり、その都度プリムラが修復している。
そのぼろぼろになった地面を足場にしているにも関わらず、シズカの足運びは流麗なものだ。
ジークフェッドなどはほとんど足を着けず、空中を足場にしているのに。
だが戦闘の趨勢は見えた。
両者の間で、何度も爆発が起こっている。魔法によるものだ。
ジークフェッドが牽制のために放っているものだが、シズカの鎧の防御力の前には全く効果がない。強力な魔法を使うには、この接近戦には隙がない。
魔法戦士であるジークフェッドの利点、つまり魔法が使えない。戦術を限定されている。
このままなら、シズカが勝つ。
だが、あの男がこのままで済ませるだろうか。
セリナが最後の盛り上がりを期待していたところ、ジークフェッドの長剣が、その手から弾き飛ばされた。
シズカの刀が、ジークフェッドの喉元で止まる。
「え?」
思わず声を出してしまったセリナだが、むしろ彼女よりは周囲の方が、その状況を把握していた。
ジークフェッドが両手を上げる。……決着がついた。
「え? なんで?」
ジークフェッドには、まだ余力があったはずだ。おそらく奥の手も。
その奥の手を見せたくなかったのか。それにしても粘りが足りない。
とにかくこれで、準決勝の第二試合が終了した。
セリナ対シズカ。大会史上初めての、女性同士の対決である。
セリナは大きな疑問を抱えながらも、勝者となったシズカから視線を動かさなかった。
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