23 準決勝
決勝トーナメントを行う闘技場であるが、実際のところ武闘会の試合だけを行っているわけではない。
一日に一試合だとか二試合では、観衆も満足しないのだ。よって普段開催されるような拳闘や武闘も行われる。
競馬のGⅠレースをメインに、他の条件戦が行われるのと同じようなものである。
そして開催されるのも戦闘だけではない。
その広大な空間は、いわゆるスポーツの会場にも転用される。
武闘会の準々決勝が終わった後は、いわゆる地球で言うサッカーが行われていた。
もっとも出場する選手に天翼族などがいたりすると、リフティングをしながら空を飛んで行くというボール運びが行われる。
1000年以上前からルール改正の動きはあるのだが、一部の種族の強烈な反対があって実現していない。
ちなみに本来であればこのような余興は行われる予定ではなかった。
セリナとシズカとジークフェッドがあまりにも早く試合を決めすぎたのが原因である。
かつて地球でも、マイク・タイソンの世界戦が二時間番組で生放送されたことがあるが、肝心の試合が一分半で終わるという事態があった。
その時は解説者が必死に動揺を隠しながら、その一分半の映像を何度も流したものである。
平和なスポーツ競技を、セリナは控え室の大画面で眺めていた。
サッカー。前世の地球では多くのスポーツが大戦の影響で興行が成立しなくなってしまったが、例外的に存続した競技の一つである。足を使う競技というのがやはり斬新でしかも受け入れやすかったからだろうか。
武闘会において、セリナはあまりにも他の選手のレベルが低いので、今のところ上半身しか攻撃に使っていない。
もっとも彼女の身につけた武術は、重心の取り方を重視するので、空手のような蹴り技は実戦ではあまり使わないのだが。
剣道と違って剣術には、足技がある。そして足への攻撃もある。
スポーツチャンバラとも違い、幕末までの剣道は、足払いや体当たりが当然のように組み込まれていた。
剣道はスポーツに昇華されてしまったせいで、実戦に向いた武術とは言えなくなってしまった。なにせ無手よりは確実に強い剣道でも、銃火器の前にはほぼ無力であるからだ。
しかしながら剣術は違う。
そもそもは種子島――火縄銃への対処のため、手裏剣や指弾のような遠距離攻撃を持つ流派がある。
さらにあえて刀を使わず、とにかく相手を倒す。それがスポーツと武術の差である。
シズカとジークフェッドの身につけた技術は、言うまでもなく武術である。
特にジークフェッドなどは3000年以上に渡り実戦を繰り返し、激戦を勝ち抜き、今ここにいる。
シズカは勝てると言ったが、おそらく彼女の前世を考慮しても、実戦経験はジークフェッドの方が多いであろう。
しかしシズカは大言壮語をするような人間とは思えない。何か勝算があるのだ。
そしてその何か、にもセリナは心当たりがある。
ジークフェッド・ラーツェン。世界で間違いなく五指に入る魔法戦士。
人種という括りで言うなら、機械神を使う大魔王よりも、肉体での戦闘力は高くなっているかもしれない。接近戦では人種最強とも言えるだろう。
だがセリナの感覚からして、ジークフェッドは戦い方が雑だ。
必要がないからではあるが、力任せに相手を一蹴している。おそらく長い間、苦戦するような相手と戦ってきてなかったからだろう。
実戦経験は多くても、死闘の経験は少ない。それがセリナの分析である。
もう一つシズカの持つ勝算にも心当たりがあるが、それは実際の試合にて確認出来るだろう。
ジークフェッドの戦い方が雑であろうと、その強さは本物だ。
シズカは完全に無駄な動作を省いた戦闘でここまで勝っているが、ジークフェッド相手のステータスの差ではそう簡単に事態は運ばないだろう。
その時にどんな戦いが行われるか。それを見てから、セリナの対策は始まる。
もちろんジークフェッドが勝つ可能性もある。レベル差を考えると、むしろ彼が勝つほうが当然であろう。
しかし、レベルやステータスとはいったいなんなのか。
前世でこの世界に召喚された時は、10代であったセリナは何も疑問に思わなかった。
そういう設定の小説やマンガはあふれていたし、何より自身がその恩恵に与っていたからだ。
しかし今は違う。
地球というステータスもレベルも無い世界で、彼女は一生を過ごした。
そこで手に入れた技術は、レベルやステータスといったものとは明らかに別物だ。反映されていない技術を彼女は持っている。
その技術をこの世界で試したい。その相手としてどちらが相応しいのか。
セリナは出来れば、ジークフェッドに勝ってほしいと思っている。
ジークフェッドの奥の手は見たことがあるし、彼の使う技術はこちらの世界のものだ。対処法は出来ている。
それに対してシズカは不気味だ。武芸者である確率は高いが、もしかしたら前世は忍者であったりするかもしれない。
実際、21世紀の半ばまでは、確実に忍術の流派は残っていた。セリナもそれをかじったことがある。戦場の偵察ではかなり役に立ったものだ。
そして準決勝の朝が明ける。
午前と午後に一つずつ試合は行われる。
セリナの対戦相手はハイオーク。流派はブンゴル流である。
ブンゴル流。開祖ブンゴルが、剣神とまで言われた神竜レイアナから学んだ戦闘法である。
ブンゴルはセリナの前世において弟弟子であった。膂力を活かした鈍器などの武器を得意とするハイオークにしては珍しく、刀を学ぼうとしていた。
戦闘の才能はそれなりにあったし、セリナが地球へ帰還した後の歴史を調べると、それ以後もレイアナに師事し、かなりの腕前となったらしい。
それでも刀を使った戦闘法は達人の域に達することはなく、結局は自らハイオークに適した流派を開いた。それがブンゴル流である。
セリナの弟弟子は、ハイオークの肉体に適した戦闘法に落ち着いた。
体力と筋力、そして生命力が高いハイオークであるからして、重武装に重装甲。刀のような鋭利な武器より、戦棍のような鈍器を主流とする。
彼が生きていればもう一度戦ってみたかったが、100年ほど前に亡くなっていた。
セリナの相手となるハイオークはブンゴルの曾孫にあたり、ブンゴル流の当主としては七代目である。
四代目でないのは、血縁で当主を名乗る流派ではないからである。
実際のところ、一つの武術を極めるとなると、幼少時からの訓練が重要なものとなる。
十代の半ばまで剣道をかじっただけであったセリナは、前世の地球で様々な流派を、極めると言えるまで修めたが、その根本にはネアース世界でのレイアナによる修行の土台があった。
なにしろ死なないし治せるので、どれだけ無茶な修行を課されても大丈夫だったのだからして。
そして今、セリナは闘技場で対戦相手と向かい合っていた。
ハイオークの装備は全身甲冑に衝撃吸収素材。片手には大盾を構え、右手には重量のあるフレイルを持っている。
ダメージは装備と頑健な肉体で無視し、相手を木っ端微塵にすることに重きを置いた装備なのだろう。
この試合、セリナは自分に一つの課題を課していた。
ただでさえ頑強な肉体を誇るハイオーク、防御力を高めた鎧を装着した相手に、果たして無手の攻撃が通用するのかということである。
魔物には通用した。人種にも通用した。では魔物並みの耐久力を持ち、武装したハイオーク相手にはどうなのか。
このハイオークには失礼なことかもしれないが、実験台になってもらおう。
開始のブザーが鳴る。
その瞬間、ハイオークは重武装を感じさせない動きで、一瞬でセリナの間合いに入ってきた。
明らかに重武装の戦士の動きではないが、レベル98というステータスに、各種技能による底上げだろう。
セリナは慎重にその動きを見て、まずフレイルの初撃をかわす。
相手は構えなおすこともなく、そのまま体当たりをしてきた。
肩からセリナに衝突する。そう思えた瞬間、ハイオークは回転しながら床に叩きつけられていた。
中国拳法の中でも太極拳で有名な、化勁の技術である。日本の合気道にもつながる、セリナが幼少期に得意とした技術だ。
転倒したハイオークに、セリナは追撃をかけない。内心で、失望はしていたが。
こんな力任せの戦闘術を、レイアナが教えたとは思えない。あるいはブンゴルが諦めてこうしたのかもしれないが、あの熱心だった弟弟子が、こんな力任せの戦闘術を広めたというのは考えにくい。
もっとも単純にステータスを上げて腕力で攻撃するというのは、手っ取り早く強くなる手段なのは確かである。
ブンゴルが広めたのは、その手っ取り早くなる方法で、内弟子には実は本質の技術を教えたとかなら分かるが、ブンゴル流の当主がこの程度とは、どこかで技術の劣化があったのだろう。
武術と言うのは本来、肉体的な才能に恵まれなかった者が、その枷を超えて強くなるための技術だとセリナは思っている。
地球に生きていた頃は、下手でも熱心な門下生に、熱心に指導したものだ。
しかしその技術の深奥を継承していくのは、やはり天才の上に努力まで出来る人間だった。
セリナが技術を継承できたのは、才能もあるかもしれないが、レイアナによる基礎の積み上げがあったからだ。
ハイオークは立ち上がり、戦意を失わなっていない目でセリナを睨みつける。
どうやらまだ試合は継続するらしい。実力差は今ので分かったはずなのだが。
そう思ったセリナだが、次の瞬間には認識を改めた。
ハイオークの足運びが、明らかに変わった。筋肉に力を込めて瞬発的に動く、分かりやすい動作ではない。
足の裏が地面に接着したような、重心が安定した動きである。
そしてそのまま、じりじりとセリナに向けて前進してくる。
その動きを見て、セリナは腰の刀を抜いた。
実験をしようという気は失せていた。
構えは正眼。それに対して、ハイオークはフレイルを振り上げた姿勢を取る。
セリナが刀を抜いたのは、ハイオークの実力を恐れてのことではない。
ブンゴルの血を継承する者に、少しは技術を与えてやりたいと思ったからだ。
上から目線であることは確かだが、そこには確かに思いやりというものがある。
ごつい体で、姉弟子姉弟子となついていた弟弟子のことを、思い出していた。
間合いに入った瞬間、フレイルが振り下ろされる。
セリナはそれを、ハイオークの体の外側にかわした。重量武器を使った後の、無防備な脇が目に入る。
だがハイオークはそこで武器を捨てた。
無手のままセリナの方に向き直った際には、既にその手に刀が握られていた。
宝物庫の祝福を使った、武器の連携である。
なるほどブンゴルは、刀に対する拘りを失わなかったらしい。
大太刀サイズのその薙ぎ払い。セリナはわずかに接近し、刀で刀身の根元を押さえる。単純に体重の差で、セリナは吹き飛ばされた。
いや、自ら背後に飛んだ。華麗に着地し、かすかに笑みを浮かべる。
「なるほど、ブンゴル流。ここまで受け継がれてきただけのことはある」
「お前さんはどうやったら、その年齢でそこまで強くなっとるんだ……」
試合開始後の、初めての会話だった。
「私は前世持ちなんですよ。そしてその前世で、ブンゴルと戦ったこともある」
一方的に稽古をつけていただけだが、その言葉にハイオークは顔をしかめた。
嘘だとしても、セリナの強さは本物だ。
ハイオークは言葉を続けることはなく、大太刀を片手で振り回す。
宮本武蔵の二刀流などの影響で、刀を二本使う創作は多いが、実際のところ刀は両手で使う武器である。
小太刀までの重量なら二刀流もありかもしれないが、両手で柄を握ることにより、その攻撃の幅が二刀流などよりよほど増えるのだ。
盾が発展した西洋の剣とは、そこが違う。
ハイオークの筋力なら大太刀を振り回すことは出来るのだろうが、可動域の狭さは変わらない。
「刀の使い方を、その身で学んでください」
そして一方的な授業が始まった。
地球の剣術の型は、人間を想定したものである。
よってセリナの型は、ネアースに転生して以来、自分で開発したものが多い。
その型を駆使して、セリナはハイオークと切り結んでいた。
傍目から見れば互角に見えるかもしれないが、それはセリナが型の動きでハイオークに攻撃していたからだ。
正しく防御すれば、その型が身に付く。
圧倒的な技量差だが、ハイオークは戦意を失わなかった。
学ぶべきものは多い。
セリナでさえ、まだ自分の技術に積み上げることは多いと思っている。おそらくそれは際限のない道のりなのだろう。
だが武を志したものは、その道を進むしかない。
セリナはまだ上り始めただけなのだ。この果てしない武の坂を。
そして30合ほどの打ち合いの後。
ハイオークの刀が折れ、体力を使いきった彼は膝をついた。そのまま倒れ伏す。
ダメージを与えることのない、体力切れによる決着である。だがそれまでの華麗な応酬を見ていた観客には、決着がついたのだと分かったのだろう。
開設席からプリムラが勝者の宣言をし、セリナは決勝への進出を決めた。
「……また、教えを乞うてもよろしいだろうか……」
よろよろと立ち上がるハイオークに対して、セリナは心からの笑みを浮かべた。
「機会があれば、いつでも」
差し出されたセリナの手を、ハイオークはしっかりと握った。
準決勝第一試合が終わった。
そしてついに、英雄と英雄の対決が始まる。
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