22 準々決勝
決勝トーナメントは順調に消化されていった。
そう、消化試合が多い。トーナメントの一回戦を終わった時点で、観客にはもう決勝までの結果が分かっていたのだ。
即ち、一方の山からはセリナが。そしてもう一方の山からはジークフェッドかシズカが出てくると。
ジークフェッドの試合は圧巻であった。
一瞬で間合いに入り、一撃で勝負を決める。武器を落とさせることもあれば、腕や足を斬り飛ばすこともある。
彼の試合においては、医療班は大忙しであった。相手の選手もほぼ蒼白になりながら彼と対峙するしかなかった。
対してシズカの試合は、全く持って無駄というものがなかった。
ゆっくりと間合いを詰め、相手の攻撃に合わせて槍で突くか、相手がためらっているなら無造作に一撃。なぜか相手はそれをかわせずに沈む。
『閣下、あれはどうしてなんでしょう?』
何が起こっているか分からない解説が、プリムラに問う。
貴族であるプリムラは、閣下と呼ばれる。そしてなぜシズカの攻撃がかわせないかも知っていた。自分がさんざんにセリナにやられていたので。
『人間に限らず、ある程度脳の大きな生物には、思考の死角とでも言うべきものが存在するんだ。簡単に言えば、集中力の狭間だな』
この知識はセリナに教えてもらったものだが、母からも似たようなことは聞いていた。
『彼女はその隙を突いてるだけなんだが……そんなことが出来るほどの実力差は、普通には考えられない』
『ミナモト選手のレベルやスキルが卓越しているということでしょうか?』
『……いや、レベルやスキルとしては存在してないんじゃないかな? 言うなれば彼女は、この世界のシステム外の技能を使って、戦っているんだ』
プリムラの言葉は彼女にとっては既にセリナから知らされた事実であるが、観衆や選手をはじめ、他の全ての人種にとっては衝撃的なものだった。
システム。神竜の作り出したステータス、祝福、技能が対処できないかもしれない、独自の戦闘力。
それはもし世間に広まれば、ネアース世界自体を変革するものになるかもしれない。
もっともそこまで深く考えたのは、プリムラの他にはほとんどいなかったが。
『……つまりミナモト選手は、鑑定しても分からない強さを持っていると?』
『ああ、私が見た限りでは彼女の技能には、レベル10のものが幾つかある。実際はおそらく10以上なのだろう』
技能。それ大げさに言ってしまえば、ネアース世界での人種の価値を決めてしまうものだ。
それをシズカは超越している。それではまるで神……いや、神竜ではないか。
『あとジークフェッドも、おそらく剣術や一部の技能は10を超えているだろうな。接近戦では私でも勝てん』
プリムラの技能は魔法の分野において高いが、最大は火魔法、術理魔法、物理魔法の9レベルである。統合魔法という特殊な技能では、やはりレベル9として存在している。
帝国最強と言われる彼女であっても、実際はその程度なのだ。過去の勇者や大魔王と比べれば、貧弱極まりないと言えよう。比較対象が適切かどうかは別として。
トーナメント一日目、一回戦が終わった。
武闘会は平均的な強者である選手の試合と、既に人種からはみ出た強者三人の試合に分けられている。
ここまで来れば、選手同士の探りあいなどはない。それぞれが己に与えられた部屋に篭って、翌日の対戦への準備をする。肉体的な消耗や怪我は治っても、精神的なものまではケアされない。
集中力を翌日の試合までにまた高めるため、それぞれの方法で準備しているのだ。
さすがに、と言うべきかは分からないが、ジークフェッドも女を用意しろとは言わなかった。
そして闘技場の地下にある訓練所には、セリナの姿があった。
一回戦で消耗した選手たちは回復魔法と治癒魔法をかけられた後、自室で休んでいるが、一撃で試合を終わらせたセリナにその必要はない。
むしろ先のことを見つめて、日課となっている稽古を行っているのだ。
地球で生きていた頃は、型稽古が多かった。
相手が武器を持つことを前提とした型であるが、それは既に古武術の型からはかけ離れている。
なぜなら地球においては銃火器をはじめとする兵器が発達していたので。
セリナの戦闘技術も、それに対処したものになる。
古流の武術や剣術では、戦闘には役に立っても戦場では使えないことが多い。
もっともそれは古流の時代から同じことが言えたのだが。
そうして型をなぞっているセリナだが、これはネアース世界に来てから、対人専用に自分で開発したものだ。
地球での対人戦というのは、剣道での試合や剣術での型稽古、戦場で拳銃やナイフ、銃剣を相手にしたものであった。
ネアース世界での対人戦は、魔法が存在するため、地球での戦場戦闘に近いものとなる。
そしてトーナメント二回戦の相手は人狼だと判明している。
人狼とはネアース世界においては、満月以外の時でも自在に姿を変えることが出来る種族である。
そして狼の習性が残っているのか、武器ではなく自前の牙や爪、肉弾戦を好む。
それを考慮に入れ、相手の動きをシミュレートする。
今度も無手で勝てるかと思うが、刀を振ることは忘れない。
そしてそんなセリナを見つめる者がいた。
一通りの型を終えたセリナは、訓練所の入り口に佇む人物を見た。
気付いていないわけではなかった。だが、あえて型を見せていたのだ。
「元は……林崎の流れかな? もっとも時代は随分と流れているようですが」
敵意もなく近づいてきたシズカに、セリナは頷いた。
「抜刀術や居合いは、ほとんどがあの流れですからね。私が学んだのはそれから400年以上かけて発展したものですが」
前世の地球において、ネアースから帰還したセリナは、剣道を通して剣術を学んだ。
近所の剣道場は、剣道と言いながら実は剣術を伝えていたのだ。
もっともあの時代、古流の剣術や武術などは、ほとんど一子相伝となっていた。そこを頼み込んでセリナは技術を身につけた。
いや、技術と言っていいのだろうか。
一つの流派を極めるというのは、肉体そのもの――生活習慣までをも、その流派に合わせて作り変えるというものである。
剣術から柔術、そして拳法へと、セリナの学んだものは多い。元が林崎の流れなどとは、一見して分かるものではない。
それでも特徴的なのは、やはり抜刀術や居合いが、林崎重信を元としているからである。
笑顔のシズカは持っていた槍を構え、自分も型稽古を始めた。
日本の槍術の流派は、様々な流派から発生したが、それを大きくまとめたのが宝蔵院流の槍術である。
シズカの槍の使い方もその流れではあるが、ネアース世界の実情をふまえて、対人、対魔物とで動きが違う。
そして何より、気の流れとでも言うべきものが、他の武術家とは違った。
ネアース世界の武術は基本的に、表面的な技術である。
体幹を鍛え、呼吸法を鍛え、単なる筋力よりも、バランス感覚を重視する、地球の武術とはそこが違う。
シズカの槍の使い方は、完全に日本の槍術の流れを汲んでいた。
華麗ではなく無骨。しかしながらその幹はぶれない。
セリナは思わず手合わせしたくなったが、槍での戦いでは勝てないだろう。
セリナの生きた時代では、個人の武器としての槍は、重視されていなかったので。
槍の次に剣の型をシズカは見せた。
それはセリナのよく知ったものであったが、やはり改良はされている。
ネアースの武術が魔物を相手にするため、ステータスを重視したものと違って、地球の武術は対人戦闘が主なものだ。
それにしても。
「なぜ、そこまで見せてくれるのですか?」
シズカは笑みを浮かべたが、その眼差しは鋭い。
「あなたも見せてくれたでしょう? それに日の本の武術、廃れさせるには惜しい」
科学と魔法の発展したこの世界、個人の戦闘力に武術という技術はさほど重要視されていない。
それでもジークフェッドのような一騎当千の実力者はいるし、冒険者や兵器や魔法の使いづらい局地戦というものはある。
それにしても、地球の武術ではなく日の本の武術と言うとは……。
シズカはどうも、セリナの前世の地球とは、また違った並行世界の地球か、あるいは違う時代から転生してきたのに間違いない。
「それでは、これで。決勝でお会いしましょう」
颯爽と去っていくシズカの背中に、セリナはずっと視線を注いでいた。
準々決勝が始まった。
セリナはその第一試合に出場する。相手となるのは人狼の男だった。
人狼は獣人と違って、普段は人の姿をしている。変身すればオーガをも上回る怪力を発し、おおよその獣人と違い魔法に優れた者も多い。
そしてその性根は戦いを好み、古代には人間を餌として食っていたとも言う。
主に肉体をそのまま使う格闘を得意とし、牙や爪が武器となる。この人狼もそうだ。
試合場に現れた人狼は、既に二足歩行の狼の姿になっていた。
鎧は装備していない。そもそも毛皮の防御力が高く、スピードを活かした戦闘法を駆使していたので、それに対する疑念はない。
武器はナイフを持っているが、予備の武器である。一回戦は肉弾戦で終始していたので間違いない。
そして試合開始の合図と共に、人狼はセリナに襲い掛かった。
セリナの試合を見れば、その体術が尋常でないことは分かるはずだ。だが同時に、人狼は人間の肉体の脆弱さも知っている。
魔法で身体能力を強化される前に倒す。それが彼の計算だった。
急接近した後、両腕の爪を左右から挟みこむように繰り出す。手加減はしない。武闘会での死は事故である。相手が十代の少女であっても、それは変わらない。
それに対してセリナは、さらに一歩踏み込んだ。
人狼の爪のさらに奥、手首の部分を自分の手首で受けた。
その瞬間、人狼の両腕に激痛が走った。
セリナのそれは、受けの技術であった。
受けとは単に、相手の攻撃を防御することではない。
自分の肉体の硬く鋭い部分で、相手の肉体の柔らかい部分を受けるのだ。
たとえば拳を肘で受ければ、砕けるのは拳の方である。
そこまで極端でなくても、セリナの受けで人狼の腕はダメージを負った。
この技術は日本の古流ではなく空手である。少なくともセリナは前世ではそう習った。
日本の体術は鎧を身につけた状態からの組打ちが主流であったため、無手での戦いは投げ技や極め技に発展した場合が多い。
もちろん投げるためには相手を崩す必要があり、そのためには打撃技も発展したが、一撃必殺の打撃にまでは進化しなかった。
打撃に関しては中国拳法や空手の方が上なのである。
そして激痛で一瞬隙が出来た人狼の懐へ、さらに潜り込む。拳でさえ近すぎるその距離は、セリナの必殺の一撃の位置。
肘が人狼の鳩尾に入る。分厚い毛皮と筋肉を貫き、衝撃が通った。
吹き飛ばされることも無く、人狼はその場にゆっくりと倒れこんだ。
セリナはそれに背を向ける。一瞬の静けさの後、会場を大歓声が包んだ。
プリムラがまた解説をしているが、肝心のセリナは控え室に帰った。
人狼は人間よりはるかに肉体能力の高い種族だが、やはりセリナの敵ではなかった。
前世でもセリナは肉食の野生動物相手に素手で戦ったことがある。非常に不本意な状況だったが、熊は倒せた。
もっとも熊相手には組み技も絞め技もきかず、打撃一辺倒だったが。何しろ相手には爪という生来の武器があり、ネアースとは違い人間の筋力には限界がある。
この世界に再び立ったことを、セリナは感謝している。
一騎当千。あるいはそれ以上に個人の力が突出したこの世界。セリナはここでこそ生きていけるのだ。
準々決勝の第二試合目は、長く続いた。
ハイオークの重戦士と、天翼族の魔法戦士の勝負であった。
勝ったのはハイオークの重戦士。大方の予想を裏切っての勝利である。
だが疲労も負傷も多く、翌日の試合にはある程度影響が残るだろうと思われた。
そしてジークフェッドとシズカは、相変わらず一瞬で勝負を終わらせていた。
三強と一弱。そんなことまで言われるほど、三人の実力は突出している。
しかしセリナは準決勝に向けて、ハイオークの戦士の試合をよく観察していた。
大盾と戦棍、金属鎧という武装に、卓越した技術。
苦戦はしないであろう。だが、この世界の戦闘技術としては学ぶべきものがある。
セリナは期待して、翌日の準決勝を待つのであった。
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