21 決勝トーナメント
決勝トーナメントが開始された。
帝国の内外から集まった、16人の選ばれた戦士。そのほとんどは既にある程度の名声を得ているが、それだけに二人の存在は目立つものとなった。
セリナとシズカ。
共に帝国内ではほとんど評判を聞かない。セリナに関しては『あの』プリムラの友人というぐらいは限定的に知られているが、その実力までは知られていなかった。
なにしろ12歳である。帝立大学と研究所に籍を置く天才と一部では言われていたが、戦闘力までそこまで高いとは思われていなかったのだ。
そしてシズカ。彼女に関しては全く帝国内の情報がない。
国外の出身であることは間違いないが、半獣人というのはオーガスとガーハルトを除けば、竜牙大陸南方の諸島群にあるニホンでしか生まれないものだ。レムドリアにも技術はあるが、人間至上主義のあの帝国は、遺伝子操作で混血を作ることを忌避している。
オーガスとガーハルトは隣接する巨大な国家の割には、例外的に仲がいい。間に山脈や魔境があるとはいえ、情報や人間の往来は多い。
そのガーハルトはオーガス以上に半独立の自治区が多い国家だが、それでもシズカほどの腕があるのならば、なんらかの情報が出回っているはずだ。
よって彼女の出身はニホンであろうと推測されるのだが、かの国は現在、海を隔てた竜牙大陸との間で緊張状態にあり、遠方ということもあって情報が回ってこない。
経済的にも政治的にも、ネアースは魔法と科学が発展しているにも関わらず、国家間の関係が薄いのだ。通信の科学も魔法もあるが、それを妨害する手段も地球以上に発展している。
オーガスは始祖レイアナの頃から、ガーハルトと共にニホンとは友好関係を築いていたが、さすがに3000年は長すぎた。皇帝の外交への無関心もあり、国家間の交流は現在ほぼ途絶えている。
「それで、何か分かった?」
選手控え室にいるのは、セリナとプリムラである。家族にも遠慮してもらって、二人は話し合っている。間もなくセリナの試合が始まるのにだ。
「それがだなあ、さっぱり分からんのだ」
プリムラは気が抜けたような表情で語った。
オーガスは大国である。計算した国力で言うならガーハルトの次だが、政治体制の違いもあるため、考えようによっては世界最大の国力を持っているかもしれない。
そんな大国であるからには世界中に情報網を作り、ガーハルトと協調して大小の国家や部族の調停に乗り出す必要もあるだろうというのが、前世地球の知識を持つセリナの常識だ。
実際問題、ガーハルトの大魔王は他の大陸の魔王を統帥し、世界の調和を保とうとしている。最も他種族の住む国家であるだけに、その政治には繊細な手腕が求められる。
オーガスにしても他種族国家であるからには、抱える種族の不満が出ないよう、行政は慎重な舵取りが要求される。そしてかつての皇帝たちはそれに応えてきた。
だがそれも過去形だ。
当代の皇帝になってから、オーガスの世界諸国家への影響力は弱まっている。そして内情を調べようとする努力もない。
全ての原因を求めるなら皇帝の無関心にあるのだが、いくら下が頑張っても上がその成果を活用しないのなら、下の人間も腐っていくというものだ。
プリムラは戦術兵器という扱いもあって、軍部との仲も良い。参謀本部の幹部とは、全員顔見知りである。
そのプリムラが分からないというのだから、本当にシズカの前歴は不明なのだろう。もっともセリナは万能鑑定で、プリムラは竜眼で、彼女の素性をだいたい推測しているのだが。
竜という生き物――というか存在は、およそ100年をかけて成竜となる。
成竜となった竜は普通にそのまま竜の聖域に住むことが多いが、中にはちょっとはっちゃけて、外の世界へ出る者もいないではない。そしてそのまま魔境や迷宮の主となった竜もいる。
そしてとてつもなくはっちゃけて、無意味に人種の国家を襲ったりする個体もいるのだ。だいたいはすぐに上位の竜が来て強制連行するが、人種の方はたまったものではない。
そして六年前、その珍しい事態が起きた。
竜牙大陸南方のアセロア地方。火薬庫とも呼ばれるその地方で、人間の武力集団が禁術に手を出し、竜がそれを粉砕するべく派遣された。
竜は役目を果たしたが、何を考えたのか何も考えなかったのか、周辺の国家を襲いだしたのだ。
都市国家では成竜の脅威に対抗出来ない。そこでいくつかの都市国家が連合し、金を出し合って傭兵や冒険者を集め、竜と対決させようとした。
これは半分ほど上手くいった。傭兵は集まった。だが、その集まりが悪かったのだ。
竜を倒した人種など、それだけで英雄と言われるものだ。あるいは勇者でさえ、竜には敗北する確立が高い。
ジークフェッドも倒したのは神であり、竜ではない。竜とはそれほどまでに強大な存在だ。どれだけ報酬を示しても、それに乗るような傭兵団や冒険者はほとんどいなかった。
その例外が『七つの流星』であった。
群雄割拠の竜牙大陸南方で、最も勇名を馳せる傭兵団は竜と戦い、ほぼ壊滅しながらもその打倒に成功した。
シズカはその生き残りだ。今が20歳というのだから、当時は14歳。ありえない若さだが、今のセリナよりは年長である。
セリナの前世における師は二人いた。一人は神竜であり、もう一人が竜殺しであった。
だが彼女の話によると、竜の攻撃を防ぎ、ありとあらゆる補助魔法をかけてくれた仲間の魔法使いがいなければ、自分は死んでいたであろうとのことであった。
後に分かったことだが、その魔法使いとは正体を隠した大魔王であったのだ。
かの大魔王は同時に勇者でもあった。それも歴代の勇者の中で最強とも謳われた者だ。
レベル150越えの猛者が五人いて、そのうち二人が死亡し、ようやく竜を倒したのである。
もっともセリナに教えていた頃の彼女であれば、単独でも竜に勝てたであろうが。
ジークフェッドのパーティーも、挑む機会がなかっただけで、おそらく成竜には勝てるだろう。
しかし古竜は無理だ。
人種で古竜に勝てるのは、自重を放棄した大魔王アルスか、ハイエルフのクオルフォスだけであると師は言った。
もしくは前世でセリナが戦ったあの魔法使いなら……。
とにかくシズカの来歴は、予想は出来るが確信は出来ないものであった。
転生者であることと、異常な技能レベルであることから、その前世が気になるところだが、まずはジークフェッドと戦って、手の内を晒してもらおう。
それ以前の問題として、まだトーナメントは初まっていないのだが。
一回戦の第一試合に、セリナは出場する。
一番優秀な成績で二次予選を突破した者と、一番劣等な成績で突破した者との試合である。
舞台が撤去され一面が魔法で床になった試合場で、二人は向き合う。
二次予選までを見ていなかった観衆は、手元にある端末と、その二人を見比べて何度も首を傾げる。
どう考えてもセリナの外見が、二次予選の成績と比較して納得出来ないらしい。そのせいか賭け率も拮抗している。
運営側のミスかと思っているうちに、決勝トーナメント専用のアナウンスが始められる。
『四年に一度の武闘会! またこの熱く燃える季節がやってきました!!!』
アナウンサーの声が拡声器で会場に響き、それに応じたように歓声が上がる。
『今回も厳選された16人! その第一試合! まず東の門からは今大会出場最年少! セリナリア・ウノ・レーン・ハーヴェイ子爵令嬢! 普段は帝立大学で魔法の研究に携わる、天才美少女です!』
どうでもいいけど、その盛り上げ方はどうなんだ、とセリナは思った。
『対するは皆様もご存知! 闘技場での実力派闘士オスティ・グルーム! グループ分けによって二次予選では良い結果を出せませんでしたが、その実力は既に承知の通りです!』
わあわあと観客が盛り上がっているので、実際によく知られているのだろう。端末から調べたら、確かに闘技場での戦績は良い。同じグループにジークフェッドがいたのが、成績の悪かった原因である。
『アナウンスは私、クリゲラ。解説には帝立魔法研究所のプリムラ・メゾ・ウスラン伯爵をお招きしております!』
プリムラは運営委員で審判で、さらには解説まで行うらしい。解説席の彼女は、どこか憂鬱そうに目を細めていた。
戦斧を使う巨体のオーガ。マネーシャの闘技場でも人気の闘士『猛獣』オスティ。
普段は主に、人種ではなく魔物を相手にその剛力で戦う彼だが、これはあまりにもセリナとは相性が悪すぎた。
知能の低い魔物を相手にする場合、純粋な肉体能力が重視される。しかしこと人間を相手にするなら話は別だ。
セリナが身に付けたのは、元は純粋に対人間を想定した武術。同じ剣術レベル10とは言っても、知能の低い魔物を相手にするのと、技を身につけた人種を相手にするのでは、使用すべき技術の前提が違う。
その意味でオスティの身につけた対魔物の戦闘法は、セリナにとっては隙だらけのものだった。
『さあ!それでは第一試合、開幕です!』
開始の合図と共に、腰を落とし構えを取るオスティ。
それに対してセリナはとことこと無造作に間合いを詰める。
刀は抜かない。それに対してオスティは狼狽の表情を見せる。
彼の武器であれば、セリナに当たれば一撃でその身体を切り裂くだろう。そう思っているに違いない。
オスティは闘士ではあるが、年端もいかない少女を問答無用に殺すような人物ではない。たとえ相手が、自分よりはるかに強い存在であっても。
迷いがある。だがさすがは一流の闘士。
セリナが武器の間合いに入った瞬間、その戦斧を横に薙いだ。しかしそれに対し、セリナの動作は一つ。
懐に入り拳で戦斧の柄を払い、肘を鳩尾に叩き込む。全ての動作が同時に行われた。
震脚で床が割れる。エネルギーはオスティの鎧を貫通し、彼の体を30メートルほども弾き飛ばした。
衝撃は一瞬だが心臓の鼓動を止め、それによって脳への血流も一瞬止まり、オスティは気絶している。
地球のマンガで見た技だが、ネアースに来るまでは完成しなかった技だ。
ほんの一瞬の激突に、観衆たちが沈黙した。
『え、え~、今のはいったい?』
決勝トーナメントから始まったアナウンサーによる解説だが、選手紹介をしただけで、その試合の彼の仕事は終わっていた。
『説明しよう。オスティは間合いに入った瞬間、戦斧を振り下ろそうとした。だがあんなもので斬られたら、問答無用で死ぬ。斧の刃以外の部分を叩きつけるつもりだったのだろうが、その瞬間にセリナ嬢が間合いを詰めた』
その解説を聞くために、観衆たちの沈黙は続く。
『薙いできた戦斧の手元を押さえる。力点と作用点の問題で、戦斧は勢いをなくす。そして肘を入れた。その衝撃で相手を気絶させたんだろう』
『……はあ? そんな体術があるのですか? それに鎧の上から肘を入れても、それほどのダメージにはならないと思うのですが』
『そういう技があるんだ。鎧の上から衝撃を身体に通すやつな。単なる打撃じゃない。ちなみに私も使えない。というか、世界であいつ以外に使えるやつがいるか知らん』
適当な解説をしたプリムラは、結界を越え、倒れたオスティの元へ跳躍する。
運営委員で審判で解説者で、さらには医療班でもある彼女であった。
オスティは完全に気絶しているが、命に別状はなさそうだ。
打撃の一撃で相手を殺すというならともかく、意識を奪うのはむしろ難しい。
セリナと時折組手を行っているプリムラだが、体術に関しては彼女に勝ったことが無い。
まあそこまで解説することではないが。
オスティが担架で運ばれていくと、ようやく会場はざわめきを取り戻した。
セリナはオスティの運ばれていった方向に一礼すると、自らの入ってきた入場門に戻る。
その背後からは、それまでにない大歓声が上がっていた。
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