20 二次予選
二次予選が始まった。
大会の本番は、これからだと言えよう。乱戦であった一次予選と違い、舞台に上がるのは二人の戦士たちである。当然観客の目も集中する。
この二次予選が、一番大会の中では長い。
10人に分けられた8組が、総当りのリーグ戦を行うのである。それはもう、長引いて当然である。
もっとも多様な選手たちの戦いが見られるので、その意味では決勝トーナメントよりもエンターテイメント性は高いかもしれない。
予定通り、セリナはジークフェッドやシズカとは別のグループに分けられた。
そして刀も使わず、長柄の武器や短剣などの武器を使う戦士たちを、素手で昏倒させていく。
締め技や関節技も使わず、打撃系の当身や、相手のバランスを崩した投げ技のみでの戦闘である。ちなみにベースは空手であるが、源流の中国拳法も取り入れられていたりする。北派の中国拳法は台湾で学んだので、もはや魔改造されていてセリナ自身もどう分類すべきか分からないが、技能としては体術に分類されるらしい。
この戦い方は、観衆たちの目を引かざるをえなかった。武器を持った大の大人たちを、素手の少女が一撃で倒していくのである。
しかも、魔法による身体強化もなしで、だ。
実は帝都入りしていた両親や兄たちも、これを見ている。
武闘会は年少の部も先に行われていたのだが、最初両親や兄たちは、そちらにセリナが出場すると思っていたらしい。
年少の部の上限年齢は13歳なので。
対して本戦に年齢制限はない。もっとも12歳のセリナが出場するというのは、やはり非常識なのだが。
かくして一番大きな驚きをもって見つめられるセリナであったが、彼女自身は他の選手の試合を横目で見ていたりする。
ジークフェッドは強かった。
単純に、早く、速く、重い。魔法も使わず身体能力だけで、身体強化した魔法戦士を無力化していく。
あまりにも一方的なので、セリナと同じように、彼の試合ももはや賭けが成立していない。
途中からは彼が何秒で勝利するかという、変則的な賭け方が行われていた。
シズカもまた強かった。
彼女の得物は槍であったが、セリナの見るところ、おそらく刀の方が習熟しているだろう。
その戦闘は一撃。相手の攻撃を避け、カウンター気味に一撃を与えるという、単純な攻撃で相手を戦闘不能にしていた。
相手が威圧されて動かなければ、さっさと近づいて、間合いに入った瞬間に一撃。
あまりにも単純で、早く、的確な攻撃であった。
二次予選は続いていく。
だが三人は早急に、予選通過の戦績を収めていた。
上位二人が決勝トーナメントに進出出来るので、他の選手が星を潰し合えば、白星ばかりの三人は選出される。
それにしても、とセリナは思う。
参加者のレベルが、思ったよりも低い。
かつて200年前、セリナがこの世界を旅した時代は、まさに一騎当千の戦士たちがいた。
それこそジークフェッドの仲間たちが、それであった。
彼がなぜ仲間たちと離れてこの大会に出ているのかは知らないが、残りのメンバーはどうしているのか。
特にマリーシアとアルテイシアは、ジークフェッドから目を離さないようにしていたはずなのに。
そして参加している冒険者たちも、平均してレベルが低い。いや、ステータスが低いと言うべきか。
武装、兵器の発展により、それに習熟することが兵士としては重要になっている。昔も今も変わらないのは、基礎体力が重要だということぐらいだが、強化外骨格という小さな武装で、戦車の代わりに戦場を闊歩する兵まで存在する。
この武闘会は地球で言うならプロレスや総合格闘、柔道や空手、ボクシングといった見世物なのだろう。スポーツの一流選手が、観衆によって讃えられるのと同じだ。
殺傷力の高い武器の使用が制限されていないのは、魔法によって地球よりも選手の安全性や、怪我からの復帰が見込まれるからである。
それでも流血と死を間近に見るのが好きなのは、死から遠い場所にいる人間の性であろうか。
ちなみにこの武闘会、人間と魔族の選手は多いが、亜人は少ない。
もともと接近戦に優れていないエルフなどはともかく、膂力に優れたドワーフなどもほとんど出場しない。人口構成から見ても少ない。彼らは戦士であっても、見世物にはならないという種族の矜持があるのであろう。
ちなみに二次予選に進んだ選手は半分がオーガである。体格に恵まれ、オーガスでも数の多い怪力の彼らは、当然ながら優秀な戦士である。かつて科学や魔法が発展していなかった時代など、訓練された人間の兵10人が、ようやくオーガの戦士と戦えると言われたものである。
そしてその次に多いのが人間だ。身体能力にも、魔法にも特に秀でているわけではないが、時に異常な能力を持つ個人を輩出する、大陸最多の種族である。
魔法と接近戦技能をバランスよく使う人間は、繁殖力はより高いゴブリンやオークよりも、大陸では最多を誇っている。
個人としての能力よりも、集団としての能力で、人間はおそらく一番優れた種族なのだろう。
セリナの戦闘は、早かった。
二次予選に進んだ80人の中で、三人だけが突出している。そして二次予選の結果でトーナメントが組まれる。
セリナが勝負を急いでいたのは、それもまたトーナメントの組み合わせに考慮されると、プリムラに聞いていたからだ。
ジークフェッドとシズカ。この二人を相手にするのは、準決勝から決勝に一日あると言っても、消耗が回復しない可能性がある。
逆に二人が準決勝で噛み合えば、決勝では多少なりとも消耗した相手と闘うことになるかもしれない。普通に考えればこれが正しい。
だが、セリナは迷ってもいた。
あの二人が対戦することにより、その強さが一段階高いところに上昇するのではないかと。
激戦により得るものは多い。それと魔法による回復を考えると、どちらが正しいかは実のところ分からないのだ。
それでも一度決めた方針を、セリナが変えることはなかった。
修羅場の経験により相手が強化されるよりも、その奥の手をまで晒してくれることを期待したからだ。
ジークフェッドの強さはおおよそ分かっている。200年間の時間が経過していると言っても、戦い方の方向性はさすがに変わっていないだろう。
だがシズカは不気味だ。
身のこなし、そしてステータスに出た称号、これから見るに、彼女の真骨頂は刀を使った戦闘だ。
しかしそれを使わず、手の内を隠している。どちらが強いかは分からないが、少なくともジークフェッドの力はある程度知っているのだ。
セリナは徒手の技術だけで、リーグ戦を勝ち続ける。
要した時間は短く、それにジークフェッドとシズカが続いている。
やがて予定通りに、決勝トーナメントの枠は決まっていった。
二次予選リーグを最も優秀な成績で通過したのはセリナであった。
それに続いてジークフェッド、そしてシズカとなる。
セリナのいるトーナメントの山に、二人はいない。順当にいけば、二人は準決勝で潰しあってくれる。
翌日の決勝にまで響くダメージを期待するのは虫が良すぎるが、切り札の一つも使ってくれればめっけものだ。
そしてジークフェッド、シズカの順で通過者が決まっていく。
その後の決勝進出者も、予想の範囲を出ていない。
おおよそ世間に知られている者か、それでなければ騎士団からの出場者である。
そしてその人種構成は、人間が一番多い。オーガが二次予選でバランスの良い魔法を使える人間に負ける。
試合が夜にでも行われるなら吸血鬼が圧倒するのかもしれないが、あいにく予選の段階では、試合は日中に行われる。
二次予選通過者は勝ち星の関係で決まるので、全ての組み合わせの試合が行われるわけではない。
それでも順位付けでトーナメント表を作るので、決勝進出に挑む者は最後まで戦うのだが、不戦勝も多くなる。
既に敗退が決まった者は、徒に身を危険に晒すこともなく棄権していく。不戦勝による勝ちは、最低点として評価されるので、短時間で戦闘を終わらせたセリナの不利になることもない。
そして全ての組み合わせが決まった。
決勝トーナメントは舞台を魔法で再構築し、その上において行われる。
今までの試合と違って、場外負けは無い。周囲には結界が張ってあるのだ。
その構成を確認していたセリナだが、いささかならず不満があった。
セリナの使える魔法の中で、最大の威力を誇るのは『流星雨』である。
対人魔法ではもう一つ『灰は灰に、塵は塵に』というものもあるが、これは手加減が全く出来ない魔法なので、殺し合いでもない試合で使うつもりはない。
また流星雨も、その威力が巨大すぎて使えない。
前世の自分であれば魔法の方が得意だったので不利であるが、地球に戻って修行を行い、武術を身に付けた今では接近戦の方が得意になっている。これはかえって有利だろう。
もっとも、接近戦でジークフェッドとシズカを上回っているとは限らないのだが。
「どうだ? 何か気付いたことはあるか?」
セリナと共に試合場を見に来たのはプリムラだ。一応監視の名目だが、彼女に対してうるさいことを言える人間はいない。
戦闘力的にどうとか言うのもだが、彼女は怖いのだ。自分が気になるあの娘が、寝取られたらかなわない。そんな怖さだ。
「床は石材……。投げ技が効果的なのかな?」
「いや、身体強化した戦士が石に叩きつけられた程度で……いや、どんな勢いで叩きつけるつもりだよ」
もちろん相手の骨を折るぐらいの勢いである。
「試合場は広くなったけど……それでも接近戦が得意な戦士向きか。そこは私には有利だけど」
決勝トーナメントに残った者の中には、魔法を得意とする者もいる。だが得意と言っても、セリナの脅威になるほどではない。
セリナは頷き、会場を後にした。
トーナメントに残った16人は、いずれも名の知られた冒険者や騎士であった。セリナとシズカを除いては。
シズカの称号である『八つめの流星』は傭兵団『七つの流星』と関連があるのであろうが、表立った情報はない。
そしてこの二人のみが女性で、あとは暑苦しい男共である。
いや、常に女を侍らしている、色情狂もいるが。
用意された広間には、ちょうど半数の八人がいた。
面識のある同士が、小声で何かを話し合っている。対戦者の情報交換などだ。セリナの鋭敏な耳には聞こえてくる。
そんな中、シズカは一人ソファーに座り、何かを考え込むように目の前を見ている。
「残りましたね」
そんなシズカに、セリナは横から声をかけた。
「ええ、お互いに」
シズカは愛想よく、セリナに顔を向けて笑みを浮かべた。
一次予選突破後、二人はプリムラを交えて選手の戦闘力を分析していた。
同じ女ということもあるが、二人の間では、お互いに感じ入るものがあったのだ。
それは性格の一致や刀を使うということではない。
根本的に、二人の戦闘システムが共通していたからだ。
この世界にはない、地球の日本の剣術。それから派生した武術が、二人の根源となっている。
それについて話し合ったことは無い。お互いの手の内を探ることになるからだ。
「準決勝で嫌な相手と当たりますね」
そこまでの過程は既に決まったものとして、セリナは世間話のように話し始めた。
「ああ、先ほど高級娼婦を三人も連れて、自室のほうへ戻っていきましたね」
シズカもジークフェッドには注意を払っている。
なにせレベルに関して言えば、この大会の選手の中で頭一つ抜けているのだ。
もっとも三番手のセリナの後には、どんぐりの背比べで他の選手が続いているのだが。
「勝てますか?」
「勝てますね」
セリナの問いに、シズカは気負いもなく答えた。
ジークフェッドに勝てる。生きた伝説に。
それを静かに口にした事実に、セリナは少し驚いた。
「彼には切り札がありますよ。武装の機能を解放すれば、今よりもさらに強くなる」
セリナが口にしたのは、ジークフェッドの間違いなく切り札の一つである。
「武装ですか。私にも似たような切り札はありますが、ああいうものを本当に切り札と言ってもいいのかどうか……」
シズカが苦笑する。
「常日頃から、己の力を正確に把握する。そうでなくては、己の力に溺れるのみ」
どこか悟ったようなことを言ったシズカは、次の瞬間にはまた苦笑した。
「あなたと決勝を戦うのは、面白いことになりそうだ」
既に決まっているのだ、とでも言いたげにシズカは言った。そして席を立つ。
「下手に取りこぼさないようにしましょう。まあ、そんな忠告が必要とも思えませんが」
足音も無く、シズカは己に割り当てられた部屋へと去っていく。セリナはその背中をずっと凝視していた。
そして決勝トーナメントが始まる。
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