18 一次予選

 三つの舞台にそれぞれ10人の選手が等間隔で立ち、開始の合図を待つ。

 選手たちの視線は、巨人種の男に向けられている。巨人と言っても山巨人や森巨人ほどの体格は持たない、岩巨人である。

 視線と視線が絡み合い、意図が一致する。

 始まりの銅鑼の音と共に、選手たちは動いた。



 巨人は盾を構えて動かない。それに向けて殺到するのが五人。

 オルガスは巨人に襲い掛かる選手たちを、背後から襲う。残りの三人は、開始の場所から動かない。一人は漁夫の利を狙う天翼族の男。そして残る二人がセリナとシズカ。

 漁夫の利など求めなくても、圧倒的に勝てる実力の持ち主であった。



 巨人はさほどの時間もかからず沈み、場外へと転がる。

 そこからは文字通りの乱戦だ。先ほどまでの仲間は今は敵。そしてその中でオルガスは身を低めて立ち回り、選手の足に攻撃を加えていく。

 倒れてから10秒以内に立ち上がれないと失格なので、これもまた的確な戦法だ。



 二人が倒れた後、天翼族の男がシズカに躍りかかった。

 オルガスが勝ち抜くとすると、残りの枠は一つ。ならばセリナとシズカを狙うのは当然である。セリナを後回しにしたのは、単に位置の関係だろう。

 少しでもシズカの手の内が分かるかと思ったセリナの希望は、あっけなく打ち砕かれた。

 シズカは槍の石突で、ゆったりと天翼族の胸を打った。



 軽い攻撃であった。少なくともそう見えた。

 だが天翼族の男は、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。

 それをオルガスは見た。

 獲物の最後の一人を片付けたオルガスは、シズカではなくセリナに対して向かってきた。

 当初の予定変更。外見からはその実力が分からないシズカではなく、ある程度見抜いたと思っているセリナを順当に落とそうとしたのだろう。

 卑怯でもなんでもない。ただ、状況判断が正しいだけだ。



 そしてセリナは、その変化にも対応していた。

 腰の刀を抜刀術で抜く。その狙う先はオルガスの双剣。

 豆腐でも切るかのように根元から断たれたオルガスの剣。そして彼の動きが一瞬止まる。

 その一瞬の間に、セリナの刀の切っ先は、オルガスの首の前で止まっていた。







 江戸末期の人物に、林子平という人物がいた。

 学校の教科書では海国兵談の作者として教わる人物であるが、実はこの男、とてつもない武名がある。

 出島にて駐留していた外国人同士の乱闘を止めようとし、日本刀で剣を切断したのである。

 後日、その話を聞いて「いかにも盛ったものだ」と笑った外国人の前で、彼は同じようなことをした。

 数本の剣を束ねたものを、己の刀で全て切断してのけたのである。



 つまり業物の刀とセリナの腕、そして相手の剣が一般的な物であるという条件が揃えば、魔法を使わずに同じことが出来るのだ。

 鉄製の兜を同じ鉄製の刀で両断できるかと言うと、物の良さによっては出来る、という回答がある。

 ましてセリナは前世で、鋼鉄の刀でオリハルコンを切断したこともあるのだ。

 魔法も使わず身体能力と技だけで、オルガスの剣を斬ることも、出来て当然なのである。







 数秒の沈黙。オルガスは両手を上げる。だがセリナは油断しない。

 オルガスはゆっくりと動きながら、舞台から自分で降りていった。

「全く……見かけで判断出来ないのは分かっていたが、ここまでとはな」

 最後に振り向いてそう言ったが、苦々しい感情は自分に向けられたものだった。潔いものだ。

 彼には鑑定の技能があった。

 そしてセリナのステータスは看破できなかった。貴族の娘が、そういった魔法具を身につけていると思ったのだ。

 計算違いで、そして順当な結果であった。



 一分もかからず決着した舞台に対して、他の舞台はまだ混戦が続いている。

 それに対して見目麗しい女性二人が残った舞台には、一際大きな歓声が向けられていた。

 その歓声に対してセリナは手を振るが、シズカはじっとセリナを見ている。

 見られていると分かっているが、セリナは視線を返さない。それだけでも危険だと思ったからだ。

 やがて納得したのかシズカは舞台を降り、セリナもそれに続いた。







 一次予選は続いていく。

 決勝トーナメント16人を選別するのだから、80人にまでここで人数は絞られるのだ。

 控え室に移動したセリナは、テレビの大画面を見ている。シズカも同じだ。

 本当は観客席で試合を見たかったセリナだが、選手が観客と接触するのは禁じられている。八百長の危険があるので。このまま大会の終わりまで、選手はごく一部の係員を除いて他者とは隔離されるのだ。

 二人の間にはぴりぴりと緊迫した気配があるが、幸い係員が一人いるので、それが緩衝材となってくれている。



 選手たちの戦いは続く。ある意味一番紛れの多い一次予選は、選手の頭脳が試される場でもある。

 やがて目当ての試合。ジークフェッドの試合となった。

「ほう」

 シズカが感心したような小声を発した。

 ジークフェッドは煌びやかな鎧をまとい、過度の装飾がなされた鞘を持つ剣を腰に吊るしていた。だが、ただ派手なだけの男ではない。



 シズカがセリナに目を向ける。その視線の意図を、セリナは正しく理解する。

「200年前と、さほど変わっていませんね」

「そうか、あなたは長命種ですか」

「いえ、ただの転生者ですよ」

「奇遇ですね。私も転生者です。もっとも、この世界ではない世界から転生したのですが」



 刀と槍を使う転生者。おそらく前世は日本人。

 そして刀だけならばともかく、槍まで使うとなれば、おそらくは転生した時代が違う。

 そもそも『剣聖』という称号を持つ点からして、セリナの生きた時代とは違うのだろう。

「彼は相当使いますね。どういう流派か分かりますか?」

「我流ですよ。ただ、なにしろ3000年以上生きていますからね。色々な流派の長所を取り入れているでしょうけど」

「3000年ですか。人間に見えますが、長命種なのですか?」

「いえ、神を殺したことにより、不老不死となったそうですが」

 セリナはそう説明するが、シズカがジークフェッドのことを知らないことに内心驚いていた。



 ジークフェッドの勇名は、世界中で鳴り響いているはずだ。それを知らないということは、よほどの田舎から出てきたか、もしくは情報の拡散の遅い地の出身であることを示す。

 あるいは知らない振りをしているだけなのかもしれないが。

「ジークフェッド・ラーツェンの名前を聞いたことがないのですか?」

「……ああ、そういえば……。確か竜翼大陸の冒険者でしたか」

 今更思い出したとばかりに、シズカは吐息した。

「世界最強の冒険者とも聞きましたが、実際はどうなのです?」

 セリナは迷った。ジークフェッドの情報を、彼女に与えていいものだろうか。



 正直、シズカの実力の底はまだ見えない。

 対してジークフェッドの力はある程度知っている。だが前世の自分では太刀打ち出来なかった相手だ。他者の見方も聞いてみたかった。

「彼をどう思います?」

「かなり使うでしょうが……修練の結果、合理を得た剣術ではないでしょうね」

 シズカの評価は、曖昧なものだった。

「合理?」

「理。即ち……ひたすら生き残るため、他者を殺害するために極めたものではないようです」



 ジークフェッドにしろ、大魔王アルスにしろ、この世界において戦闘技能のレベルを上げた者には、ある種の欠陥がある。

 それはステータスに頼った戦闘力であるというものだ。これに対してセリナの使う戦闘の技能は、純粋に物理的な法則の内にある。

 魔力もステータスも存在しない地球で鍛えたからこそ得られたもの。それをシズカは合理と呼んでいるのだろうか。

「彼と戦って、勝てますか?」

「そうですね。まあ、もう少し見てからならば」

 ジークフェッドに勝てると、シズカは言った。

 亜神とまで言われるほどの、素行は悪いが間違いなく英雄である戦士に、勝てると。

「この世界の剣術は、洗練されていないですから」







 ジークフェッドの試合は一方的なものであった。

 セリナやシズカの試合よりも、さらに短い時間で決着がついた。

 しかし二次予選への選手が決まるのには、時間がかかった。

 襲い掛かってきた者も、それ以外も。全てジークフェッドが剣の一閃で、場外に叩き出してしまったからである。

 残りの九人が再び舞台に上がって、最後の一人を決めることとなった。



 あまりにも圧倒的な勝利。

 それは優勝候補の名に恥じないものであった。

「無駄が多い」

「確かに」

 シズカの台詞に、セリナは同意した。

 ジークフェッドは圧倒的に強い。強さの底が見えない。

 セリナが気にかけていたのは、他のことである。



 200年前、ジークフェッドと共にいた仲間たち。

 あの四人も、桁外れの実力を持っていた。その四人がどうしているか、セリナは地図を使って探す。

 試合会場にはいない。それどころか、帝都の中にさえいない。

 200年の間に袂を分かったのか、それとも死んだのか。

 セリナは端末を使って、情報を検索していく。



「便利なものですね」

 シズカが端末を眺めながら言う。オーガスでは一般的な物だが、先端技術を使ったものだ。

「便利です。ただ、限界もありますけど」

 地球のネット環境ほど、端末は世界中を網羅しているわけではない。

 基本的には帝国内と、周辺の小国、そしてガーハルトと交流することが出来る。

「竜牙大陸には、そういったものはありませんでしたから」



 竜牙大陸。この竜骨大陸の南西に位置する、縦に長い大陸だ。

 北方はそれなりに落ち着いているが、南に行くに従って、その治安は悪化している。

 シズカの生まれ育ちを、少しは確認しておくべきかもしれない。

「あなたは竜牙大陸の出身なのですか?」

「出身と言うか……竜牙大陸を移動する傭兵団の中で生まれました」



 傭兵団『七つの流星』その最高幹部の二人が、シズカの両親であった。

 前世でも戦乱の時代を経験していた彼女は、そんな境遇にもすぐに慣れたらしい。

 セリナと同じく幼少時からその能力は高かった。

 そして『八つめの流星』という称号がついたのは、彼女が竜と対決し、その止めをさしたことによるという。



 現在両親は帝国の都市で、生き残りの傭兵団員たちと、宿屋を開いているという。

 シズカはそれに満足せず、再び戦乱の竜牙大陸に戻ろうと思っていたらしい。

 そのタイミングで武闘会が行われるので、路銀を稼ぐためにも参加を決めたのだとか。

「しかし、参加して正解でした」

 シズカは涼しげな眼でセリナを見つめるが、その言葉ほど目は笑っていない。

「あなたの剣術、私にも使えそうです」







 セリナは前世において、剣道の全国大会で優勝した経験がある。

 だがそこで、剣道の限界を感じた。剣道のルールの中では、ネアースで覚えた剣術が、ほとんど使えなかったからだ。

 そこからセリナは各地に残っている流派の門を、片っ端から叩いていった。

 剣術に飽き足らず、古武術や空手、合気道などまで達人レベルまで極めた後、その活躍の場を戦場に移した。

 銃弾や戦車砲、攻撃機のミサイルなど、人間の力などではどうにもならない現場を経験してきたのだ。



 だが、最終的にはやはり武術は役に立った。

 戦争の決着を決めるのは、やはり歩兵戦力による拠点の占領である。

 市街戦では身を隠し、意識の外から接近し、ナイフで首筋の動脈を掻き切る。

 常識ハズレなことに、セリナは刀まで戦場に持っていった。

 銃は弾が無くなれば使えない。刀もまた、100人を斬る前にはその切れ味が落ちる。

 相手の武器を奪い、果てには肉弾戦で、セリナは前世の戦場を生きてきた。

 そのセリナの勘が言っている。相手は前世でも、当世でも戦場を経験した戦士。

 単なるステータス以上の力を、必ず持っている。



「ああ、終わったようですね」

 シズカがモニターに目をやる。一次予選の全ての試合が終了していた。

 二次予選に進出する80名が選出された。ここからまた、各ブロックに分かれてリーグ戦を行うのだ。

「出来れば決勝で再会したいものですね」

 シズカはそう言ったが、セリナは同意しない。

 ジークフェッドとシズカ。このどちらか、もしくは両方を排除しておきたい。

 戦場を経験し、武の道を歩きつつも、セリナは戦闘狂ではなかった。



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