第三部 幻想崩壊 シズカ編
17 猫耳の女戦士
帝国各地の街で行われていた予備予選が終わり、それを突破した者と推薦を受けた者が、一次予選に出場できる。
この一次予選からが、帝都にある15万人収容可能な競技場で行われる。もちろんテレビでも配信されるが、競技場を幾つかのエリアに区切って行われるので、直接目にしようという観光客は多い。
またこの大会は、公営の賭け事でもある。人も動けば金も動く。貴族の中でも目端が利くものは色々と策動するので、セリナのお見合いにまで時間があったのは、この大会のおかげでもある。
さて、この大会のルールであるが、基本は自分の力を使うなら、武器は自由である。
科学兵器や、魔石や魔結晶を使う武器は反則だ。セリナの脇差は魔法の武器だが、武器自体に魔法が付与されているのでセーフという、微妙なラインである。
金持ちであれば魔法の武器や防具で武装できるので、当然ながら有利であるが、そもそも金持ちは出場する方ではなく観戦する方である。
もっとも子飼いの配下を自慢するために出場させることもあるが、死の危険性があるので、そうそう多くはない。
装備を整えるのも器量のうち、という考えもあった。
「まあ、装備の違いで負けることはないんだろうが……」
出場者の控え室に、セリナの応援にプリムラが来ていた。
セリナのセコンドは、かつて迷宮に挑戦した護衛騎士のアーロである。プリムラは運営者側の立場であるため、セコンドにはなれなかったのだ。
「一応装備も、それなりには整えてあるけどね」
ミスリル繊維の服や、魔物の革を使った鎧に、もはや御馴染みとなった脇差である。
一応腰にはもう一本刀を差していて、出来るところまではこちらで戦うつもりだ。
相手が何をしてくるか分からない。それが戦闘にとっては最も怖い。
鑑定不能の祝福を持つセリナは、それだけで一歩どころか十歩はリードしているのだ。
「言うまでもないだろうが、頑張れよ。相手になりそうなのは、ジークフェッドだけだ」
この会話は小声でなされているが、さらに魔法で遮音してある。
セリナの見た目の弱さというのも、これまた一つの武器であるからだ。
一次予選は舞台に10人の選手が上がり、バトルロイヤルで二人が残るまで続けられる。
気絶、戦闘不能、場外、審判による制止などで脱落者が決まる。
馬券ならぬ人券で、賭けが行われる。
二次予選は同じく10人が一グループにまとめられるが、今度は総当りのリーグ戦である。決勝トーナメントに進出するのは同じく二人。
この結果を見て、最終的なトーナメント表が作られる。盛り上がることを狙って、運営側がシード選手決めるのが、二人進出できる理由である。
プリムラがこの立場にあるので、最悪でもセリナは決勝までジークフェッドとは当たらない。
この時点でセリナの目的は達成されたのも同然である。出場者名簿を見たところ、他にセリナに匹敵する強者は見当たらなかった。
隠れた実力者がいるかもしれないが、それはジークフェッドと同じトーナメントの山に入れてしまえばいい。
セリナ以上の実力者がそうそう何人もいるとは考えられないし、いたとしてもセリナの鑑定不能は初見殺しである。
決勝トーナメントは純粋に試合ごとの賭けも行われるが、出場者が決定した段階で優勝者を選ぶ賭けも行われる。
時間単位の決着も賭けられるので、様々な方式があり、これはやはり国家レベルの一大興行となるのである。
かける手間暇や時間、費用を考えても、国が得られるものは大きい。
在野の強者を表の世界に出す。たとえ召抱えることができなくても、そんな人物がいるという情報を得られるだけで、大きな収穫となるのだ。
控え室において、セリナは注目の的だった。
プリムラがわざわざ訪れたということもあるが、それ以前から視線は感じていた。
武闘会の参加者は、九割が男である。そして少ない女性も、明らかに鍛えた肉体の者が多い。
魔法による身体強化が可能なネアース世界では、体格の良さが戦闘力に直結しないとは分かっていても、やはり限度がある。
それにセリナの幼さ。装備も目立つ装飾はなく、凛とした貴族の雰囲気を漂わせはしても、強者のオーラは感じられない。
よってプリムラが控え室を辞した後、こんな風に声をかけてくる相手もいるのだ。
「お嬢ちゃん、貴族の箔付けなのかもしれないが、出場する大会を間違えてないか?」
細剣を使った、もっと危険の少ない、貴族のみが出場する競技会もある。セリナの体格であれば、それが普通の選択肢だ。
ちなみにもはや戦場では完全に廃れているが、馬上槍での競技会もある。
目付きの鋭い中年の小男は、油断のならない動きでセリナの隣に座った。
「この武闘会に出場しないと、父に結婚させられるのです」
嘘ではないが全てではないことを、セリナは言った。
「ほう、お嬢ちゃんの家は騎士か」
騎士は下士官を務めるので、女でも最低限の実戦に即した心構えが求められる。
「いえ……そうですね、武闘会に出場するような女なら、結婚相手も嫌がるかと思って」
それを聞いた小男は、声を出して笑った。
「そうか……。なら一次予選では、俺から離れた所にいるといい。進出出来るのは二人だからな」
「自信があるのですね」
「まあ、な」
男の名はオルガスといった。
動きの機敏さに加え、足取りに隙がない。武器は両腰の小剣だろう。革鎧の軽装だ。
鑑定を自重して、セリナは五感からの情報だけで、男の技量を判断する。
男にとっては、出来れば強い戦士は、予選の段階で潰しておきたい。それがセリナに対する忠告として出たのだろう。
もっともセリナの技量を見極められない時点で、それはそこまでの見る目しかないのであるが。
セリナとオルガスは、控え室にいる他の選手たちを見ていく。
全身甲冑の斧槍を持つ戦士や、逆にほとんど防具をつけない、無手で戦うらしい選手もいる。
武装の具合からも、ある程度はその実力が知れる。
鑑定技能や、鑑定の魔法を持つ選手もいれば、それを偽装隠蔽で情報操作をしようとしている選手もいる。
種族も様々だ。人間が人口比に対して少ない。オーガやオーク、三眼人、天翼人、巨人族もいる。さすがに吸血鬼はいない。
見た限りではオルガスがこの中で二番目に強いのは分かった。人間でそこまで鍛えのは素直に称賛に値する。
それはそうと、他の選手を観察する間に、選手が九人しかいないことに気付いた。
運営側の役人も、入り口の傍でちらちらと端末を確認している。まだ集まっていない選手がいるようだ。
「全く……。遅刻して棄権なんて、罰金ものだぞ……」
小声で呟くその言葉を、セリナの鋭い五感は拾っていた。
そして次の瞬間には、音もなくドアを開けて、足音もなく入室してきた少女に、セリナだけが気付いた。
鳥肌が立った。
プリムラと出会った時でさえ感じなかった、絶大な危機感。致死感知が頭の中で響いている。
「遅くなりました」
突然そこにいた少女に、係員が驚愕する。すぐに正気に戻って、手元の資料と整合させる。
「シズカ・ミナモト選手かね?」
「はい。少し厄介ごとを片付けていたので」
そう言った彼女からは、かすかな死臭がした。
そして、戦場の匂いが。
猫の耳を頭から生やした、半獣人の少女。いや、幼く見えるだけで、年齢は二十歳だそうだが。
あまりの危機感に、思わずセリナは万能鑑定を使っていた。
シズカ・ミナモト。半獣人。年齢20歳。
そこから先は偽装隠蔽の魔法がかけられていたが、セリナの万能鑑定には無意味である。
レベル248。主な技能は、剣術レベル10、槍術レベル10、体術レベル10、歩法レベル10…。
接近戦に関した戦闘技能が、おおむね最大のレベルにまで上がっている。そしてセリナの勘が、彼女もまた、レベル10オーバーの技能持ちだと告げている。
だが、それよりもありえないことが、一つある。
彼女の持つ称号。『八つめの流星』そして『竜殺し』
傭兵団『七つの流星』が成竜を殺して壊滅したのが六年前。そして彼女の持つ称号『八つめの流星』。
間違いない。瓦解したはずの七つの流星の生き残り。しかも、竜殺しにおいて重大な役割を果たした者だ。
セリナは戒めを破った。出来るだけ五感で敵の力を計るなど、ただの傲慢にすぎないと分かっている。明らかな強者相手には、確実な情報が必要だ。
シズカは半獣人だ。遺伝子操作によって各種族との混血児が生まれることは珍しくないが、人間と獣人の混血は、どちらも性癖にかなりの偏りがないと成立しえない。
肉体的な能力は獣人の遺伝子を受け継いで強く、特に敏捷性や柔軟性に優れている。
魔法の技能もあるが、攻撃的なものよりも、補助的なものが多い。おそらく身体強化をかけて、前衛に出るという戦士のよくある戦い方なのだろう。今のセリナと戦闘方が重なる。
そして彼女は転生者だ。
年齢にそぐわない技能レベルは、おそらく前世での経験が反映されているのだろう。そしてそれは、彼女が戦乱の世界から転生してきたことを示している。
自分は幸運だ、とセリナは思った。
この大会において優勝するための一番の難関は、ジークフェッドの攻略である。しかし彼女をジークフェッドと当てることで、どちらが勝つにしろ大きく消耗させることが出来る。
何よりその手の内を知ることが出来る。
腰の帯に差した二振りの刀で、既にある程度の情報は分かる。その上で槍を抱えている。完全な接近戦装備。それでいて防具は、セリナと同じような革鎧。
剣道の有段者と、薙刀の有段者が戦った場合、おおよそ薙刀の有段者が勝つ。
剣道のほうが競技人口は上であるにも関わらずだ。その理由は、単純なリーチの差と、剣道にはない脛への攻撃がある。
槍の有効性を知りながら、それでいて腰に二本の大小を差す。もしかしたら前世は日本人かもしれない。
シズカは猫科の獣の動きを思わせる、忍びやかな歩みで室内に入る。
つややかな黒髪と、ニホン人らしい細面で、男たちの獣性を誘っているようにも感じる。
美しい。単に造作が美しいのではなく、動きが美しいのだ。
男たちが彼女に声をかける。バトルロイヤルは、舞台に上がる前から戦いは始まっている。誰かと組む、誰かを集中的に攻撃する。その駆け引きも、戦いのうちだ。
オルガスは一番与しやすそうなセリナに声をかけた。そしてセリナは一方的に情報を得ることで、シズカと対することを避けると決めた。
それにしても。
シズカのステータスにある称号。それがセリナは気になった。
『剣聖』
槍を主武装としながらも、刀の扱いのほうにより優れているということだろうか。
一次予選が消化されていく。
控え室のモニターでその様子が見れるが、おおよその試合は、まず目立つ体格のオークやオーガ、巨人族が集中的に攻撃されるようだ。
その集中攻撃でやられる者もいれば、逆に全てを跳ね返してしまう者もいる。
極力防御に徹し、残る二人にまでなるよう、上手く立ち回っている者もいる。
一番強い者は、一番弱いものを残そうとしているようだ。
少しでも対戦相手が弱いことを望んでいるのだろう。
賭けのオッズは、よって穴が当たる場合も多い。
少数になって舞台が広く使えるようになってからは、魔法を使う天翼族や三眼族、エルフなどが実力を発揮していく。
今度は逆に、強い者がやられていく。そこまでを見越して賭けるのだ。鑑定持ちであっても、戦いの進捗を予想しなければ、人券が当たることはない。
結局胴元である国が一番儲かるという仕組みである。
そしてついに、セリナたちの組が呼び出された。
一次予選の開始である。
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