16 お見合い回避作戦
セリナにとっての日常とは、修行と学問の日々である。
前世においては、カーラという世界最高レベルの魔法使いに魔法を直接指導されたが、さすがに200年も経っていては、魔法も発展したり効率的になっていたりする。
もっとも実戦における魔法使いの役割が減ったので、魔法使い自身の平均的な実力は、以前より劣ったものになっているようだが。
そしてセリナにとっては不得意な魔法であっても、帝都においてはプリムラ以外に相手がいないほどの強度を誇る。
よって研究の場でさえ、二人が一緒にいることは多かった。
さて、帝国の貴族にとって、結婚とはほぼ政略結婚である。
事前にお見合いをしたり、社交界で交流を持つので、意外と夫婦仲は上手く行く場合が多い。
12歳という結婚可能年齢に達したセリナにもたらされたのは、急なお見合いの話であった。
「……私のせいかな……」
珍しく神妙にプリムラが言ったので、セリナは大きく頷いた。
「まあ『美少女キラー』といつも一緒にいると聞いたら、両親が心配するのも無理はないしね」
「フォローなしかよ」
事実に対してフォローは必要ないであろう。
12歳という結婚可能年齢は法によって確かに決められているが、実際にその年齢で結婚するのは、人間以外の人種であることが多い。成長の早い魔族が主だ。
せいぜい婚約者を見繕いだすのがこのぐらいの年齢なのだが、セリナが急にお見合いを命じられたのは、プリムラの悪影響を受けないようにとの配慮であろう。
オーガス帝国は同性による結婚も認められているが、奨励されているわけではないし、少数派であることに変わりはない。まして貴族であるなら、多数派である方が望ましい。
セリナの両親が心配するのも無理はないのだ。
そしてこのお見合いを拒否することが、実は帝国の法では出来ない。
神聖オーガス帝国は家父長権が強く、特に貴族の場合、基本的に子供の結婚は全て親が決める。前近代的であるが、これで上手く治まっているのだから仕方がない。
レーンの街の友人であったアルバートも、優先順位は低いが、実はセリナの結婚相手候補の一人であった。
「いっそのこと私と結婚するか? 伯爵の権威はこういう時に使うものだが」
「またまたご冗談を」
だいいちそんなことになれば、プリムラの取り巻きの何人かは毒を塗った短剣で襲ってくるだろう。
実際の脅威度はともかく、それは避けたい事態である。
「そもそも大前提として、お前は結婚したくないんだよな?」
「12歳で結婚、しかも相手が男というのは、前世男だった私には、かなりハードル高いです」
「女同士もいいものだぞ?」
「まあ選択肢の一つには入れておくよ」
この事態の収拾には、実際のところプリムラの力は使えない。
そもそも彼女が持っている力は財力と戦闘力であって、伯爵の爵位を持つとは言え権力には関わってきていない。
それでもセリナを助けようとすれば、逆に周囲の取り巻きが大騒動を起こすだろう。プリムラの取り巻きの中には、皇族までいるのだからして。
よってセリナがプリムラに頼るのは、ない知恵を絞って事態を避ける手段を発見してくれることなのだが。
プリムラは魔法使いである。魔法使いは頭がいいというのが定説である。
だが彼女は生来の魔力と、母による修行に任せた戦闘系の魔法使いであり、知恵の方にはあまり自信がない。学者が全ての部門において知恵が回るとは限らないのと同じである。
戦場の魔法使いには珍しくないが、彼女はいわゆる脳筋なのだ。性格からして搦め手は苦手である。
「相手は侯爵家の嫡男か。普通なら願ってもない良縁なのだろうが……」
セリナは自分が男なのか女なのか、いまだにはっきりと自覚していない。時折着飾って周囲の視線を集めるのも楽しいが、基本的には男装で通している。
「悪い評判を流すか? 侯爵家の嫡男が子爵家の娘を妻にするのは、けっこう無理があるからな」
「悪い評判?」
「乱暴だとか、贅沢だとか、それとも……実は女が好きだとか」
その程度なら、プリムラと交流をしている時点で既に断られていただろう。
セリナの持つ魔法に関する知識や、外見あたりが相手には魅力的に見えるのだろう。
「正面から父親を説得するのはどうだ?」
セリナには甘い父である。正面突破は意外と効果的かもしれない。
だがプリムラと距離を置かなければいけなくなる可能性が高い。実際に二人の様子を見れば、友人以外の何者でもないと分かるのだろうが。
「なんなら私が直接、誤解を解いてきてもいいぞ?」
「それは逆効果だろ」
「いっそのこと他国に出奔するとか」
「それは……最終手段に使えるかもしれないけど、家族と縁を切るのはちょっと」
はっきり言ってこの問題に関して、プリムラに動いてもらうのは悪い方向に事態が向かうだけだろう。
「そういえばプリムラは?」
「私が……男に言い寄られるとか? まあ最初はそんな人間もいたんだが――」
その言葉の途中で、プリムラは膝を叩いた。
「いい策がある。いや、策というよりは、真っ当な手段なんだが」
そしてプリムラは、その方法について語り出した。
そもそも問題は、セリナがハーヴェイ子爵家の家父長権の保護下にあることである。
つまり父親を殺してしまえば、ひとまずこの件は後回しにされるだろう。
……もちろん冗談である。
「お前自身が、子爵家の家父長権から外れればいいんだ」
「? 養子になるにしても家父長の承認は必要だし、聖職者になるのも無理があるけど」
貴族出身でも聖職者は、世俗の権力とは無関係になるのが建前である。だが聖職者でも結婚は出来るのがたいがいの神の聖職者であるし、建前は建前でしかなく、世俗の力は聖職者にも及ぶ。
「違う違う。お前自身が一家を立てればいいんだ」
「……ああ、爵位を取るということか。けれどそれは無理じゃないのかな」
平民や、貴族の嫡子以外が新たに家を興すというのは、実はそれほど珍しくない。
騎士や官僚になれば自動的に最低位の貴族にはなるし、それ以外の手段――社会貢献や、大企業の設立者、研究の大成によっても爵位は与えられる。
だがそれには時間が必要である。一番簡単なのは冒険者として尋常でない名声を得ることであろうが、12歳のセリナが迷宮や魔境を踏破しても、説得力が薄い。皇帝陛下や人事院の人間は判を押さないだろう。
「そこで、あれだ」
プリムラが指差したのは、質素な彼女の部屋にかかっているカレンダーだった。
デートの約束で埋まったカレンダーだが、その中に一つ、異質なものがある。
その日付を見て、セリナも思わず声を出した。
「そうか、その手があったか」
プリムラがスケジュールを入れたその日。
それは神聖オーガス帝国における、大陸武闘会の開催日であった。
大陸武闘会。帝国武闘会。あるいは単に武闘会。もしくは天下一武闘会。
呼び名は色々とあるが、帝国において開催される、世界最大の武闘会である。出場者は帝国各地だけでなく、世界中から訪れる。
もっとも交通の便を考えると、さすがに他の大陸からやってくる者は少ないし、他国のお抱えになっている強者が参加することも少ない。
それでもこの武闘会は、四年に一度のお祭りである。予備予選があり、一次予選があり、二次予選があり、本戦へと進むことになる。
そして重要なことだが、この大会において優勝、もしくはそれに準じた奮闘を見せた者には、騎士爵に任じられるという道がある。
つまりセリナがこれに優勝すれば、ハーヴェイ子爵家とは別の家の当主となるわけだ。
「でも、予備予選はもう始まってるんじゃ?」
「私の推薦枠がある。今まで一度も使ったことがないが、これで予備予選は通過出来る」
この類の権力なら、行使しても問題はないだろう。実際、セリナが一次予選で敗退でもすればプリムラも恥をかくことになるが、まずそれはありえない。
ちなみにプリムラは審判として出席するので、選手として戦うわけではない。
この武闘会、武闘会とは謳っていても、実は魔法を使うことも許可されている。
もっとも戦闘を行う壇上の大きさから言って、近距離戦を行う戦士が有利なので、やはりセリナにとっても有利なのである。
この条件なら自分でもセリナには勝てないと、プリムラは思っている。
「なるほど。これなら間に合う」
お見合いの日取りは、さすがに貴族のものであるからして、色々準備をして一ヵ月後。そして予選を終えた本戦は、21日後に行われる。
セリナは家父長権から解放されるし、そもそも武闘会で優勝するような武闘派の嫁を欲しがる貴族はいないだろう。
「よし、じゃあ手続きにいくか。推薦状の書式をもらってくるから、同時に提出しよう。けっこうタイミングはギリギリだからな」
かくして二人は武闘会の運営を行う、役所へと向かうことになった。
武闘会への参加に関しては、幾つかの制限がある。
まず犯罪者は参加出来ない。犯罪歴を隠して出場した選手が、優勝して恩赦を勝ち取ったという例が過去にはあったが、現在は帝国内で犯した犯罪なら、データベースで調べることが出来る。
そして年齢の下限が12歳である。これは単に成人でないと参加出来ないというものであり、セリナには問題ない。
あとは、戦意喪失した相手には攻撃を加えないこと。セコンドを一名用意して、選手の代理に棄権する権利を持つことなどがある。
このあたりのルールについても詳しい説明がされたが、基本相手を殺しても罪には問われない。もっともその場合、優勝した場合の特典が少なくなるのだが。
プリムラの名による推薦は問題なかったが、さすがに手続きを行う人間も、セリナの年齢には驚いていた。
これまでの最年少での優勝は27歳。後に剣聖と呼ばれた魔族であり、その後100年以上もこの記録は更新されていない。
ちなみに貴族の子弟は、推薦人がいないと逆に出場出来ないと決められていた。
貴族家の当主や後継者が死亡してしまうと困ったことになるため、そんな規則があるのである。
「ついでだから、参加者の名前でも確認していくか」
役所の専用端末には誰も並んでいない。武闘会に興味がある人間は、もっと直前で自分の端末で確認する。
予備予選が終わった段階では、さすがに人数が多すぎて、有名人も埋もれてしまうのだ。
だがセリナとプリムラの動体視力は、こんな場合でも発揮される。
名前や年齢、種族といった簡単な事項が並べられていく。それを時々プリムラは止めるが、ある程度強くても、セリナの相手ではないと一蹴する。
しかし一つの名前を目に入れたところで、彼女が息を飲む。
同時にセリナも息を飲んだ。
「おいおい、こいつが参加するのかよ……。確か大陸のほとんどの国で指名手配されてたはずだが……」
頭を抱えるプリムラに対して、セリナもまた初めての緊張を覚えた。
二人が共に強敵と判断したのは、一人の魔法剣士である。
ジークフェッド・ラーツェン。
世界屈指、あるいは人種の中では最強かもしれないという、3000年以上を生きる戦士である。
セリナの知る限りにおいては、竜骨大陸の諸国家において、婦女暴行の容疑で指名手配されていた男だ。
「そうか、今の皇帝が即位したときに、恩赦が出たな」
オーガスの法律では、犯罪によっては恩赦、あるいは時効によって刑罰が消滅することがある。
国内の法によると、殺人以下の犯罪は、他国に逃げていたとしても、時効が成立するのだ。
しかし参った。
「なんでこんな有名人が、今更名声を求めるんだろ?」
「金じゃないか? 優勝賞金は高いからな」
ジークという男、セリナは前世で少ししか会ったことはないが、神竜でさえ敬遠するほどの女好きである。
冒険者として成功し、ある国でハーレムのようなものを築いたこともあるらしいが、あまりにも女に金を使いすぎて、破綻したこともあるらしい。
そして問題は、間違いなく強いということである。
この世界の本当の強者は、実のところプリムラのように、武闘会に出場することはない。
しかし冒険者という自由人であるジークなら、金やその他のために出場することは不思議ではないだろう。
「判明している情報からすると、この大会のルールでは、私でも勝てないぞ」
むしろどんなルールであっても、プリムラの勝算はあまり高くないと言えるだろう。
しかし、セリナは燃えていた。
ネアースに転生後、彼女に全力を出させた強者は未だにいない。プリムラとは戦い方の相性があるので、全力での戦闘にはならないのだ。
殺し合いになっても、手加減をする必要がない。地球の戦場で敵を殺しまくっていた時のような、暗い情熱が沸き起こる。
「楽しくなってきた」
そう言ったセリナが浮かべた笑みは、プリムラの目から見ても凄惨なものであった。
プリムラ編 了
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