15 ラビリンスとの対話
「ところで――」
ラビリンスとの会話は、まずセリナの問いかけから始まった。
「最後のボスはジャンだったはずだけど、サイクロプスになったの?」
「ああ、ジャンくらいのレベルの吸血鬼だと、ほとんど対抗できる探索者がいないから、サイクロプスに戻したの。簡単にサイクロプスを倒せるような相手なら、ジャンが出てくるようにして」
もっともこの200年、吸血鬼はおろかサイクロプスの元まで辿りついた者もいないようだ。
帝国が軍の訓練所として使っているので、それも当然のことである。ラビリンスとしては不本意なので、皇帝にこれを撤回させようとしているらしいが。
「母上とは連絡が取れず、か……」
オーガス帝国の初代皇帝にして、プリムラの母でもあるレイアナは、ラビリンスでも所在をつかめていないらしい。彼女であれば迷宮の利用法を変えさせることも容易だ。初代皇帝であり、神竜であるという権威以外に、直接的な暴力が凄まじいからだ。誰も彼女は止められない。
セリナが最も情報源として期待していたのだが、ラビリンスが知らないとなるとなかなか難しい。
唯一のヒントは、やはりレイアナから聞いた、強さを求めよ、という言葉らしい。
そもそもプリムラも、実家を出る時には修行に励めと送り出された。
そのプリムラをラビリンスは興味深そうな目で見つめている。
「? 何か?」
「いえ、本当に二人によく似てると思ってね」
プリムラの容姿はレイアナに似ている。瞳の色を除けば、あとは微妙な差異があるだけだ。
「懐かしいわね。そういえば最後に会ったのは200年前ね」
その時レイアナは、ラビリンスに対して迷宮の難易度を上げることを要求したらしい。
ラビリンスは要請通りに迷宮構造の変化という手段でそれに応えたが、肝心の探索者が入って来れなくなったのは本末転倒である。
この状況をレイアナが知ったら、皇帝に直接迷宮の利用法を変更させるだろうから、彼女は今、少なくとも帝国内にはいないのだろう。竜骨大陸にさえいないのかもしれない。
あるいは……考えづらいことだが、どこかに封印でもされているのか。それよりはどこかの迷宮にかかりきりで探索しているほうがありえるだろう。
ラビリンスを交えた三人の話は、200年前の水竜ラナの神託に関して移行した。
強さを求めよ。この短い言葉に、世界中が振り回された。
もちろんラビリンスも直接この神託を受けている。レイアナが訪れたのは、そのすぐ後のことであったそうだ。
もっともラビリンス自身は、それほど高い戦闘力を持っているわけではない。希少な魔法の使い手ではあるが、直接戦う戦闘要員としては求められていないのだろう。
「迷宮をちゃんと利用してほしいのにな……」
迷宮妖精は、少し寂しいらしい。
強さを求めよ。この言葉に隠された意図を知るためにはどうすればいいか、三人は引き続き話し合う。
確実にそれを知っているのは、まず神竜の面々であろう。そしてレイアナの傍にいるはずのカーラも当然知っているだろう。
世界に強い影響を与えると共に、自身も強大な戦闘力を持つ、ガーハルトの先代大魔王も知っているに違いない。
それに大森林のハイエルフ、クオルフォス。そもそも大概の神よりも強く、世界の森羅万象に通じた彼も、知っているのはまず間違いないだろう。
当代の大魔王や、各地の魔王、また神々の中でも最上位のものは知っているかもしれない。
しかし確実に知っていそうで、しかも所在が判明しているのは、大森林のクオルフォスだけだ。
「アルスさんがどこにいるかは、フェルナさんに聞けば分かるでしょうけどね」
セリナは前世において、先代大魔王のアルスにおおいに助けられた。
神竜を含めても、この世界では上位の実力者である。少なくとも200年前の時点では、幼い神竜よりも強かった。というよりも、策によるとはいえ、成熟した神竜を倒した唯一の人種である。
さて、もしその先代大魔王に会うとするならどうすべきか?
「私は名誉伯爵と言っても、それほど伝手があるわけじゃないからな。むしろ他国の元首に会おうとしたら、周りがうるさい」
プリムラの実力や勇名をもってしても、大魔王には会えないそうな。むしろ他国の元首に会おうなどとしたら、すわ亡命かと国内を混乱させるだろう。
そしてラビリンスの方も、伝手はない。直接アルスに会ったことはもちろん、かつては仲間として魔王を相手に戦ったこともあるらしいが、今では交流も途絶えている。彼女は基本、引きこもりなので。
すると大森林を訪れるのが一番確実なのだが、これにはまた違った障害がある。
プリムラが、帝国内からは出られない。彼女は帝国の切り札であるからして、他国に亡命などされたら一大事だ。実際今回帝都を離れることさえも、色々と面倒はあったらしい。
セリナもまた、帝国内から出るのは難しい。成人前の人種は、保護者なしでは国外に出られないという法律がある。もちろん抜け道もあるが、セリナには当てはまらないだろう。また単純に、両親が心配するのが目に見えている。
結論、ここでは何も得ることができなかった。
「しばらくはレベル上げでもするか……」
プリムラが悩ましげに言うが、それは悪い案ではない。
プリムラはもちろん、セリナもここしばらくは、苦戦と言えるような戦闘を行っていない。これでは勘が鈍ってしまう。
そしてラビリンスはプリムラに、どうにか皇帝へこの迷宮の使用法を変えるように伝えてくれるように言った。
今後の問題に関しても話し合った。
まずプリムラだが、国外に出る許可をもらわなければいけない。広大な帝国内には難易度の高い迷宮や魔境もあるが、情報収集という点ではやはり自分の目で見るのが早いだろう。
情報回線で世界各地の様子を見ることは出来るが、それはあくまで秩序が維持されてインフラが整備された場所に限る。戦場の強者については、自分で接触するしかない。
セリナに関しては、貴族の成人年齢である12歳を待たなければいけない。あと二年。その間に学ぶべきものは多いだろう。
「セリナの方は、魔境や迷宮でレベルを上げるのがいいわね」
ラビリンスは妖精の瞳という祝福を持っている。セリナの鑑定不能を上回るものだ。
セリナはレベルを上げて経験を積み、まず竜の血脈の本来の力を発揮しなければいけないだろう。
プリムラにとってもそれは同じで、彼女にもまだまだ伸び代はあるのだ。
結論として、二人は帝都に帰ることにした。
元々その予定ではあったのだが、何かいい情報があれば方針を変えることは決めていたのだ。
プリムラは魔法の研究と鍛錬をし、セリナはそもそもの理由である大学に入ることになる。
何か新しい情報が入れば動くが、とりあえずはセリナの成人までは待つことにした。
プリムラ曰く、本来母が起居する暗黒迷宮にでも挑戦したりはするらしい。
暗黒迷宮はこの世界の迷宮の中で、最も強力な魔物が徘徊する迷宮と言われている。
そこでならばプリムラのレベルも上がるだろう。長期の休みには、セリナもそれに付き合えばいい。
「こんなところか」
プリムラがまとめると、セリナは頷いた。ラビリンスは難しい顔をしている。
「あたしも戦闘力があればいいんだけどなあ……」
かつての魔王との戦いでは、その異色な魔法を使って、後方支援で大活躍していたラビリンスである。
「強さを求めよ、というのは戦争が迫っているのだと思う。しかもわざわざ神竜が神託を告げるほどの大戦が。そしたらラビリンスの能力は、すごく貴重だと思うよ」
フォローのつもりでもなく、セリナはラビリンスの能力について評価する。
迷宮を造るほどの無限魔法に加えて、彼女は魔物まで生み出すことが出来る。生物を生み出すことが出来るのは、少なくとも上位の神でしかありえない能力だ。
前世で戦場を渡り歩いたセリナは、彼女一人が一個軍団にも匹敵する戦力だと計算する。
それこそプリムラと同じ戦術級の魔法使いである。
「あとは……国内の強者に会うことぐらいだろうが、そんな者はほとんど紛争地帯に行っているだろうしな」
帝国の軍人にも相当の強者がいるらしいが、プリムラには負けるだろうし、国境線の部隊に張り付いているのがほとんどだ。
そもそも軍人に必要なのは個人的武力よりも、統率力や知力の方が高い。
「自治都市なら、面白そうなのがいるんだがな」
プリムラが挙げたのは、まず魔法都市の大賢者。
10歳の時には既に名前が知られていたという魔法使いは、個人で魔物の氾濫を止める実力があるらしい。
そして神聖都市の聖女。
なんでも上位神をその身に降ろし、神の力を直接行使するとか。年齢はまだ10代の半ばだそうな。どの時代でもいる、世界に不満を持つ悪しき神々の信奉者からは、天敵のように恐れられているらしい。
正式に悪しき神を倒した実績があるので、プリムラともいい勝負が出来るかもしれない。
ただ前者は放浪の癖があり、後者は神秘のベールに包まれている。
この世界基準では邪教であるキリスト教やイスラム教は絶滅しているが、それは実際に神業を行使する神竜や神がいるからである。
「そういえば……」
真面目な顔で、プリムラが尋ねた。
「その聖女というのは、美少女なのか?」
「……」
聖女であろうと関係なく、プリムラの関心はそこらしい。
聖女に関しては、名前さえ秘されている。この情報化の社会において、容姿までも含めた個人情報が完全に秘匿されているのは珍しい。
ただおよその年齢と、その強大な力だけが有名になっている。
「だが、美少女な気がしないか?」
「……容姿と能力は比例しないと思うけど……」
整形技術も進んだこの世界では、貴族の子女がそれを行うことも多い。
だがプリムラにはそれが分かる。天然の美でないと彼女はお気に召さないらしい。贅沢なことである。
大森林にはハイエルフのクオルフォスがいる。誰もが知っている有名な強者だ。
レムドリアは人そのものを強化するより、兵器を強化しているので、人材的にはそれほど期待出来ないだろう。
他に竜骨大陸を見て見ても、期待できそうな著名な強者は、仲間にするには難しいだろう。
「そういえば」
とセリナが問いかけたのは、竜殺しの傭兵団のことであった。
七つの流星。そう呼ばれた傭兵団は竜牙大陸の傭兵団であったが、既に壊滅している。
中心メンバーがどうなったのか、セリナもプリムラも知らない。
残念なことにラビリンスも知らなかった。
「おそらく生存者は引退したか、他の傭兵団に入ったんだろうが……」
竜殺しの強者なら確かに戦力と言えるだろう。レムドリアと違って、軍が兵器を運用して倒したわけではない。
傭兵団の幹部であった七人の名前は分かっているが、その半数以上は竜との戦いで死亡している。そして残りは行方不明だ。
「しばらくは、私とセリナで訓練を行うしかないか……」
しかし前衛のセリナと後衛のプリムラでは、戦い方が全く違う。
逆にそれが経験となることもあるのだろうが、純粋な実力を伸ばすのは難しいかもしれない。
やがて話も尽き、二人は再訪を約束して迷宮を後にすることになった。
アーロとダルカスは吸血鬼のジャンの接待を受けていたらしいが、男にもてなされてもそれほど嬉しくはなかっただろう。
一応おまけとはいえ迷宮の踏破者なのでラビリンスが特製の鎧をあげたら、たいそう喜んではいたが。
かくして迷宮の冒険は終わった。
セリナはそれなりの戦闘経験を積んだが、レベルが上がってもあまり嬉しくはなかった。魔物相手では、さほど技を磨くことはなかったからだ。
ちなみに帝都に帰還後、プリムラは取り巻きの少女たちに、自分がいなかったことによる寂しさを感じさせた罪状によって、たいそう時間と労力をかけることになった。
よくもあそこまで女好きなものだ、とセリナは変な感心をしたが。
そして二年が経つ。
この二年、セリナとプリムラは頻繁に戦闘訓練を行っていた。
セリナの相手を引き受けてくれるのはプリムラしかいなかった。なにしろ子供の女の子に負けたら、戦士の面子がなくなるので。
プリムラの相手も、セリナしかいなかった。彼女の魔法をかいくぐってくる戦士など、帝都にはいなかったので。
二人きりという環境が悪かったのだろう。
実際に二人の関係を見れば、友人以上でないことは確かだったし、プリムラはセリナとの訓練よりも女の子たちとの交流を優先することも多かったからだ。
だが話を聞いただけでは、セリナもまたプリムラの毒牙にかかったのかと思う者もいたのである。
その日、帝都の巨大な訓練場を貸切で、セリナと訓練を受けるはずだったプリムラは、端末からセリナの救援要請を聞いて驚いた。
慌ててセリナの住む屋敷に向かったが、セリナは彼女を近くの喫茶店に呼び出した。
セリナの表情が硬い。これまでプリムラが見てきたセリナでは、決してそんな表情はしなかった。
「何があった!」
おもわず大声で問いかけた。それに対してセリナは、苦渋の表情で声を出す。
「……どうしよう……。……実家からお見合いの話がやってきた……」
その予想外の話に、プリムラもまた表情を硬くした。
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